本研究は下垂体腫瘍組織を対象として、下垂体腫瘍に関与していると考えられるMEN1遺伝子の変異を解析した。また、MEN1遺伝子がコードするmeninタンパク質の機能を明らかにするため、MEN1癌抑制遺伝子をラット下垂体腫瘍細胞株に導入して、それを検討した。下記の結果を得ている。 1、非家族性下垂体腫瘍におけるMEN1遺伝子異常 検討した非家族性下垂体腫瘍のうち、ヘテロ接合性の判定可能な非家族性下垂体腫瘍の4例/49例(8.2%)に11q13領域のLOHの存在を認めた。その中の1例(症例15)で、10個exon中のexon2でPCR-SSCPによる泳動度の異常を認めた。このexonについて、direct sequencingを行った結果、codon90にMEN1遺伝子の点突然変異を認めた。この点突然変異は、1塩基のdeletionで、codonTATがATに変化したものであり、このためcodon120にframe shiftによるstop codonが生じていた。MEN1遺伝子の異常を認めた症例15はPRL産生腺腫である。 2、MEN1遺伝子強制発現による下垂体腫瘍細胞のアポトーシス誘導 MEN1遺伝子をアデノウイルス発現ベクターに組み込んで種々の濃度(MOI)で下垂体腫瘍細胞(GH3)に感染、発現させて、細胞の増殖への直接的な効果を検討した。 GH3細胞にMOI50以上でAd-MEN1を感染させたところ、controlとして用いたAd-LacZを感染させた細胞と比較して有意に生細胞数が経時的に減少した。Ad-MEN1をM0I50でGH3細胞に感染させると、2日後に細胞死が始まり、3日後には細胞死が約70%以上に達した。また、アデノウイルスによるMEN1の発現を検討すると、Ad-MEN1をMOI50でGH3細胞に感染させて6時間で発現が増加はじめ、24時間の時点で発現量がpeakに達した、その後、経時的に発現量が漸減した。MEN1の発現により細胞死におちいった細胞ではアポトーシスに特徴的なgenomicDNAの断片化が認められた。また、形態学的検討では、核のcondensationやfragmentationなどアポトーシスに特徴的な形態学的変化が確認された。さらに、アポトーシスの実行因子であるCaspase-3-like proteaseの活性化について検討した。Ad-MEN1をM0I50でGH3細胞に感染して24時間後、Caspase-3-like protease活性の上昇が始まり、48時間の時点でpeakに達した。controlとして用いたAd-LacZを感染した細胞ではアポトーシスは誘導されず、また、Caspase-3-like protease活性の上昇も認められなかった。 以上、本論文は非家族性下垂体腫瘍53例についてMEN1遺伝子異常を検討した結果、1例(PRL産生腺腫)のタンパク質翻訳領域に点突然変異を認めた。この1例では野生型MEN1を有するアリルが欠失していることがLOHによって示されており、MEN1癌抑制遺伝子の不活化が少なくとも本症での下垂体腫瘍発生に重要な役割を果たしているものと考えられる。また、meninタンパク質の機能解析のため、PRLを産生するGH3下垂体腫瘍細胞に野生型MEN1遺伝子を導入発現させたところ、GH3細胞でアポトーシスが誘導されることが明らかになった。本研究はこれまで未知に等しかった、非家族性下垂体腫瘍の形成にMEN1遺伝子変化の解析およびMEN1遺伝子がコードするmeninタンパク質の機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |