学位論文要旨



No 115400
著者(漢字) 陳,文彬
著者(英字)
著者(カナ) チン,ブンヒン
標題(和) 非家族性下垂体腫瘍におけるMEN1遺伝子異常とMEN1遺伝子強制発現によるアポトーシス誘導
標題(洋)
報告番号 115400
報告番号 甲15400
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1586号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 助教授 小田,秀明
 東京大学 講師 楠,進
内容要旨

 下垂体腫瘍は頭蓋内腫瘍の15%を占める比較的頻度の高い腫瘍である。下垂体腫瘍の発生には、他の癌と同様がん遺伝子やがん抑制遺伝子の異常が関与しており、細胞増殖やアポトーシス等、正常調節機構からの逸脱が原因として関与していると考えられている。ヒト下垂体腫瘍組織を用いてがん遺伝子ならびにがん抑制遺伝子の異常頻度を調べた報告では、これまでのところ下垂体腫瘍に特異的な異常は見出されていない。一方多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)の原因遺伝子MEN1が同定されてから、これが下垂体腫瘍の成因の一つではないかと注目されている。下垂体腫瘍は散発性(非家族性)、あるいは多発性内分泌腫瘍症1型の一部として発生し、下垂体腫瘍はMEN1型の50-60%に合併すると報告されている。MEN1遺伝子は、染色体11q13に存在し、がん抑制遺伝子として、何らかの機能を果たしていると考えられる。これまでの報告では、非家族性下垂体腫瘍における染色体11q13のLOHの頻度は、8-18%であり、非家族性下垂体腫瘍の発生にMEN1遺伝子異常が何らかの役割を果たしていることを示唆するものである。従って本研究Part Iでは、下垂体腫瘍組織を対象として、下垂体腫瘍に関与していると考えられるMEN1遺伝子の変異を解析した。クローニングされたMEN1遺伝子がコードするmeninタンパク質は、アミノ酸配列上、膜貫通領域やシグナルペプチドに相同する部分は存在せず、また他の既知の蛋白との類似性もないため、機能については、現在のところ不明である。そこで、PartIIでは、meninタンパク質が腫瘍細胞の増殖を抑制するとの仮説をたて、MEN1癌抑制遺伝子をラット下垂体腫瘍細胞株に導入して、それを検討した。

方法と結果1、非家族性下垂体腫瘍におけるMEN1遺伝子異常

 検討した非家族性下垂体腫瘍のうち、ヘテロ接合性の判定可能な非家族性下垂体腫瘍の4例/49例(8.2%)に11q13領域のLOHの存在を認めた。その中の1例(症例15)で、10個exon中のexon2でPCR-SSCPによる泳動度の異常を認めた。このexonについて、direct sequencingを行った結果、codon90にMEN1遺伝子の点突然変異を認めた。この点突然変異は、1塩基のdeletionで、codonTATがATに変化したものであり、このためcodon120にframe shiftによるstop codonが生じていた。MEN1遺伝子の異常を認めた症例15はPRL産生腺腫である。LOHの存在を認めた症例17,51,53においてはMEN1遺伝子異常が検出できなかった。

2、MEN1遺伝子強制発現による下垂体腫瘍細胞のアポトーシス誘導

 MEN1遺伝子をアデノウイルス発現ベクターに組み込んで種々の濃度(MOI)で下垂体腫瘍細胞(GH3)に感染、発現させて、細胞の増殖への直接的な効果を検討した。

 GH3細胞にMOI50以上でAd-MEN1を感染させたところ、controlとして用いたAd-LacZを感染させた細胞と比較して有意に生細胞数が経時的に減少した。Ad-MEN1をMOI50でGH3細胞に感染させると、2日後に細胞死が始まり、3日後には細胞死が約70%以上に達した。また、アデノウイルスによるMEN1の発現を検討すると、Ad-MEN1をMOI50でGH3細胞に感染させて6時間で発現が増加はじめ、24時間の時点で発現量がpeakに達した、その後、経時的に発現量が漸減した。MEN1の発現により細胞死におちいった細胞ではアポトーシスに特徴的なgenomic DNAの断片化が認められた。また、形態学的検討では、核のcondensationやfragmentationなどアポトーシスに特徴的な形態学的変化が確認された。さらに、アポトーシスの実行因子であるCaspase-3-like proteaseの活性化について検討した。Ad-MEN1をMOI50でGH3細胞に感染して24時間後、Caspase-3-like protease活性の上昇が始まり、48時間の時点でpeakに達した。controlとして用いたAd-LacZを感染した細胞ではアポトーシスは誘導されず、また、Caspase-3-like protease活性の上昇も認められなかった。

まとめ

 非家族性下垂体腫瘍53例についてMEN1遺伝子異常を検討した結果、4例にLOHを認め、そのうちの1例(PRし産生腺腫)でタンパク質翻訳領域に点突然変異を認めた。この1例では野生型MEN1を有するアリルが欠失していることがLOHによって示されており、MEN1癌抑制遺伝子の不活化が少なくとも本症での下垂体腫瘍発生に重要な役割を果たしているものと考えられる。一部のPRし産生腺腫においてはMEN1遺伝子の機能消失が腫瘍化に関与していることが示唆されたが、その頻度は低いことより、非家族性下垂体腫瘍の形成にMEN1遺伝子の変化が関与する可能性は少ないと考えられる。

 また、meninタンパク質の機能解析のため、PRLを産生するGH3下垂体腫瘍細胞に野生型MEN1遺伝子を導入発現させたところ、GH3細胞で細胞死が誘導されることが明らかになった。その細胞死ではアポトーシスに特徴的な細胞DNA断片化が認められ、形態学的にもアポトーシスであることが証明された。また、それがCaspase-3-like proteaseの活性化を伴うアポトーシスであることが明らかになった。

審査要旨

 本研究は下垂体腫瘍組織を対象として、下垂体腫瘍に関与していると考えられるMEN1遺伝子の変異を解析した。また、MEN1遺伝子がコードするmeninタンパク質の機能を明らかにするため、MEN1癌抑制遺伝子をラット下垂体腫瘍細胞株に導入して、それを検討した。下記の結果を得ている。

1、非家族性下垂体腫瘍におけるMEN1遺伝子異常

 検討した非家族性下垂体腫瘍のうち、ヘテロ接合性の判定可能な非家族性下垂体腫瘍の4例/49例(8.2%)に11q13領域のLOHの存在を認めた。その中の1例(症例15)で、10個exon中のexon2でPCR-SSCPによる泳動度の異常を認めた。このexonについて、direct sequencingを行った結果、codon90にMEN1遺伝子の点突然変異を認めた。この点突然変異は、1塩基のdeletionで、codonTATがATに変化したものであり、このためcodon120にframe shiftによるstop codonが生じていた。MEN1遺伝子の異常を認めた症例15はPRL産生腺腫である。

2、MEN1遺伝子強制発現による下垂体腫瘍細胞のアポトーシス誘導

 MEN1遺伝子をアデノウイルス発現ベクターに組み込んで種々の濃度(MOI)で下垂体腫瘍細胞(GH3)に感染、発現させて、細胞の増殖への直接的な効果を検討した。

 GH3細胞にMOI50以上でAd-MEN1を感染させたところ、controlとして用いたAd-LacZを感染させた細胞と比較して有意に生細胞数が経時的に減少した。Ad-MEN1をM0I50でGH3細胞に感染させると、2日後に細胞死が始まり、3日後には細胞死が約70%以上に達した。また、アデノウイルスによるMEN1の発現を検討すると、Ad-MEN1をMOI50でGH3細胞に感染させて6時間で発現が増加はじめ、24時間の時点で発現量がpeakに達した、その後、経時的に発現量が漸減した。MEN1の発現により細胞死におちいった細胞ではアポトーシスに特徴的なgenomicDNAの断片化が認められた。また、形態学的検討では、核のcondensationやfragmentationなどアポトーシスに特徴的な形態学的変化が確認された。さらに、アポトーシスの実行因子であるCaspase-3-like proteaseの活性化について検討した。Ad-MEN1をM0I50でGH3細胞に感染して24時間後、Caspase-3-like protease活性の上昇が始まり、48時間の時点でpeakに達した。controlとして用いたAd-LacZを感染した細胞ではアポトーシスは誘導されず、また、Caspase-3-like protease活性の上昇も認められなかった。

 以上、本論文は非家族性下垂体腫瘍53例についてMEN1遺伝子異常を検討した結果、1例(PRL産生腺腫)のタンパク質翻訳領域に点突然変異を認めた。この1例では野生型MEN1を有するアリルが欠失していることがLOHによって示されており、MEN1癌抑制遺伝子の不活化が少なくとも本症での下垂体腫瘍発生に重要な役割を果たしているものと考えられる。また、meninタンパク質の機能解析のため、PRLを産生するGH3下垂体腫瘍細胞に野生型MEN1遺伝子を導入発現させたところ、GH3細胞でアポトーシスが誘導されることが明らかになった。本研究はこれまで未知に等しかった、非家族性下垂体腫瘍の形成にMEN1遺伝子変化の解析およびMEN1遺伝子がコードするmeninタンパク質の機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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