学位論文要旨



No 115403
著者(漢字) 鈴木,隆浩
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タカヒロ
標題(和) p105CasL SH3領域に結合する新規タンパク質の同定
標題(洋)
報告番号 115403
報告番号 甲15403
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1589号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 助教授 別所,文雄
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
内容要旨 論文要旨

 p105CasLは、p130Casファミリーに属し、N末端に1つのSH3領域、中央部に基質領域と呼ばれる13の「YXXP」モチーフを含む領域、C末端にSrc SH2領域への結合能のある「YDYVHL」モチーフを持つドッキングタンパク質である。主にリンパ球と一部の上皮細胞に発現し、1インテグリンやT細胞レセプター、B細胞レセプターからの刺激によってリン酸化され、CrkLを介してMAPKの活性化や細胞運動の制御に関与すると考えられている。また、CasLは慢性骨髄性白血病の原因遺伝子であるbcr/abl遺伝子産物によって強くリン酸化されることが、動物モデルなどで確認されており、Bcr/Ablの腫瘍化シグナルにおいて重要な役割を果たしていることが予想されている。

 CasLをリン酸化する分子の一つに細胞質キナーゼの一つであるFAKが確認されているが、FAKはCasLのSH3領域を介して結合する。また、p130Casの場合はその他にPyk2/RAFTK、PTP-1B等数多くの分子がSH3領域を介して結合することが示されており、ドッキングタンパクとして機能する際のSH3領域の重要性が認識されている。

 この度私はリンパ球において重要なシグナル伝達に関与し、腫瘍化にも関連していると思われろこのCasL分子に注目し、CasL SH3領域に結合する分子をFar Westernスクリーニング法にて検索したところ、これまでに報告されていない新規の細胞質タンパク質を同定したので報告する。

 GST-CasL SH3領域融合タンパク質をプローブとして、正常ヒト胸腺由来の発現ライブラリをFar Western法にてスクリーニングしたところ、4種類の既知分子(FAK、PTP-1B、PTP-PEST、C3G)と1種類の未知クローンが得られ、未知クローンのスクリーニングを続けたところ、その全長を得た。この分子は、1067アミノ酸からなる分子量118kDaのタンパク質であり、アミノ酸配列から1つのLIMドメインと、1つのロイシンジッパー構造およびCalponin類似領域をもつことが分かった。また、Pro-Pro-Lys-Pro-Pro(PPKPP)という配列のプロリン豊富領域も認められる。後述のように、この新規分子はPPKPP配列にてCasL SH3領域と結合するため、私は本新規分子をCLIM(CasL Interacting Molecule/CasL interacting LIM domain)と命名した。データベース検索により、CLIMにはヒト脳由来ライブラリよりクローニングされたKIAA0750という類似分子が存在することが判明したが、KIAA0750の生物学的機能は未だ解析されていない。Northern解析にてCLIMは胸腺、肺、脾臓、精巣に強く発現していることが分かった。また、骨髄系、リンパ系の各種血液細胞株でも発現が多い。これらの発現組織はCasLの発現組織と重複するところが多く、両者の相互作用が示唆される。

 そこでCLIMとCasLが実際に結合することを示すため、まずCasL、p130Cas、CrkのSH3領域(CrkはN末端側SH3領域)とGSTの融合タンパクを作成し、これらとCLIMの結合実験を行った。その際抗体での検出を容易にするために、CLIMはそのC末端にFLAGタグを付加したものを実験に用いた。まずGST-SH3融合タンパクをグルタチオンセファロースビーズに結合させ、ここにCLIM-FLAGを発現させたCOS7細胞の全細胞抽出液を加えて反応させ、ビーズに結合したタンパク複合体をSDS-PAGE、ウェスタンブロットにて解析したところ、複合体中にCLIM-FLAGが含まれることが分かった。また、p130Casの場合そのSH3領域に結合するプロリン豊富領域のコンセンサス配列がPPKPPであり、CasL SH3領域の場合も同様であることが予想されたため、CLIMプロリン豊富領域のPPKPP配列をPPAPPに変化させた変異体(mCLIM-FLAG)を作成してCOS7細胞に発現させ、同様の実験を行ったところ複合体中にmCLIM-FLAGは認められなかった。以上より、CLIMとCasL SH3領域はCLIMのPPKPP配列を介して結合していることが明らかになった。

 次に細胞内でCLIMとCasLが結合していることを示すため、COS7細胞にCLIMおよびN末端にMycタグを付加たCasLを共発現させ、抗CLIM抗体、抗Myc抗体で免疫沈降し複合体中にそれぞれMyc-CasL、CLIMが含まれているかを検索した。これに先立ち、CLIMのC末端領域に対するウサギポリクローナル抗体を作成し、この抗体が免疫沈降可能であることを確認しておいた。その結果抗Myc抗体で免疫沈降した複合体中に抗CLIM抗体で検出できるCLIM分子が存在することが示され、両者の細胞内での結合が確認された。なお、抗CLIM抗体で免疫沈降した複合体中には抗Myc抗体で検出できるMyc-CasLを確認することはできなかった。その明らかな理由は不明だが、抗CLIM抗体が三次構造上CLIMとCasLの相互作用に必要な部分をブロックしている可能性、抗CLIM抗体の力価が低い可能性などが考えられた。

 さらに、CLIMおよびCasLの細胞内分布を確認するため、抗CLIM抗体、抗CasL抗体を用いて、蛍光免疫染色を行った。まず、両者を共に発現しているT細胞系細胞株であるH9細胞を用いて実験を行ったところ、CLIM、CasL共に細胞質領域が染色され、両者の存在領域は一致することが分かった。また、COS7細胞に両者を共発現させて同様の染色を行ったところ、やはり両者とも細胞質に分布し、分布領域はH9細胞の場合と同じく一致することが分かった。

 以上より、新規タンパク質CLIMは細胞質に分布し、そのプロリン豊富領域に含まれるPPKPP配列を介してCasL SH3領域と結合していることが判明した。CLIMはキナーゼなどの酵素活性部位は持たず、CasL同様に何らかのドッキングタンパク質であると考えられる。CLIMにはLIMドメインが存在するが、細胞質LIMドメイン保有分子には、Paxillin、Zyxin、Enigma等の細胞骨格関連分子があり、CLIMにはアクチン結合に関係するCalponin類似領域もあることから、CLIMがこれらと同様に細胞骨格制御に関与している可能性が予想される。また、CasLはT細胞受容体やB細胞受容体刺激によってリン酸化され、MAPKへとシグナルを伝達すると考えられており、さらにBcr/Ablのシグナル伝達にも関与している。CLIMがこれらのシグナル伝達系に関与していないか、リン酸化の検索などを通じてさらに研究を進めていく予定である。

審査要旨

 本研究は、生物の生命維持に重要な役割を果たしている免疫系細胞のシグナル伝達に関係するものである。T細胞の場合、表面のT細胞受容体や1インテグリンが刺激されると様々なシグナル伝達分子が活性化され細胞応答を引き起こすが、その中にp105CasLという増殖、細胞運動に関与する分子が存在する。CasLは白血病の原因遺伝子産物であるBcr/Ablによって強くリン酸化されており、腫瘍化にも関係すると考えられている。本研究は、このCasLを介したシグナル伝達に関与する分子を同定すべく行われたものであり、以下のような結果が得られている。

 1.CasL SH3領域をGST融合タンパクとして発現・精製し、アイソトープで標識したものをプローブとしてヒト胸腺由来の発現ライブラリをFar Western法によりスクリーニングしたところ、150万クローン検索の結果、FAK、C3G、PTP-1B、PTP-PESTおよび1つの未知遺伝子が陽性クローンとして得られた。前4者はCasL類似分子であるp130Casとの結合が既に明らかにされているものである。未知遺伝子についてDNAハイブリダイゼーション法、RT-PCR法にてスクリーニングを継続したところ、cDNAおよそ3.7kbの新規の遺伝子がクローニングされた。

 2.この新規遺伝子産物は、1067アミノ酸からなる分子量118kDaのタンパク質であり、LIMドメイン、ロイシンジッパー構造、PPKPP配列を持つプロリン豊富領域、アクチン結合に関係するCalponin類似領域を持つことが判明した。CasLへの結合能から新規分子はCLIM(CasL Interacting Molecule/CasL interacting LIM domain)と名付けられた。データベース検索により、類似分子としてヒト脳由来ライブラリからクローニングされたKIAA0750が見つかっている。

 3.CLIMの発現をNorthernブロットで確認すると、各種血液細胞株でおよそ3.7kbのバンドが認められ、CLIMは血液細胞で発現していることが示された。組織Northernプロットでは胸腺・肺・脾臓・精巣に発現が示されている。

 4.CasL、p130Cas、CrkのSH3領域をそれぞれGST融合タンパクとして発現させ、これらをGSTビーズに結合させたものと、CLIM-FLAG発現COS7細胞total cell lysateを反応させたところ、CasLおよびp130Cas SH3領域がCLIM-FLAGと複合体を形成することが示された。また、CLIMプロリン豊富領域のPPKPP配列をPPAPPに変異させたもの(mCLIM-FLAG)を使用して同様の実験を行ったところ、SH3領域との複合体形成は見られなかった。これにより、CLIMはCasL SH3領域とPPKPP配列を介して結合していることが示された。

 5.COS7細胞にpSSRCLIMおよびpSSRMyc-CasLを同時に導入して両者を発現させ、抗Myc抗体にて免疫沈降反応を行うと、複合体中にCLIMが含まれていることが示された。これにより、細胞内においてCLIMとCasLは複合体を形成していることが示された。

 6.ヒトT細胞株であるH9細胞に対して、抗CLIM抗体にて蛍光免疫染色を行うと、抗CLIM抗体のシグナルは細胞質に局在し、CLIMは細胞質に存在する分子であることが示された。抗CasL抗体との二重染色で細胞を観察したところ、両者の存在部位は一致しCLIMとCasLは細胞質に共在していることが示された。COS7細胞にCLIM、CasLを共発現させた場合でも、両者は共に細胞質に分布し、共在が示されている。

 以上、本論文はT細胞をはじめとする免疫細胞において抗原刺激やインテグリン刺激伝達系、あるいは腫瘍化において重要な役割を果たすとされているCasLに着目し、Far Westernスクリーニング法を用いてCasLと相互作用しシグナル伝達に関係していると予想される新規の遺伝子産物CLIMを明らかにした。本研究は、細胞増殖、細胞運動の制御に関係し、腫瘍化にも関与が指摘されているCasL周辺のシグナル伝達網の解明に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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