本研究は、生物の生命維持に重要な役割を果たしている免疫系細胞のシグナル伝達に関係するものである。T細胞の場合、表面のT細胞受容体や1インテグリンが刺激されると様々なシグナル伝達分子が活性化され細胞応答を引き起こすが、その中にp105CasLという増殖、細胞運動に関与する分子が存在する。CasLは白血病の原因遺伝子産物であるBcr/Ablによって強くリン酸化されており、腫瘍化にも関係すると考えられている。本研究は、このCasLを介したシグナル伝達に関与する分子を同定すべく行われたものであり、以下のような結果が得られている。 1.CasL SH3領域をGST融合タンパクとして発現・精製し、アイソトープで標識したものをプローブとしてヒト胸腺由来の発現ライブラリをFar Western法によりスクリーニングしたところ、150万クローン検索の結果、FAK、C3G、PTP-1B、PTP-PESTおよび1つの未知遺伝子が陽性クローンとして得られた。前4者はCasL類似分子であるp130Casとの結合が既に明らかにされているものである。未知遺伝子についてDNAハイブリダイゼーション法、RT-PCR法にてスクリーニングを継続したところ、cDNAおよそ3.7kbの新規の遺伝子がクローニングされた。 2.この新規遺伝子産物は、1067アミノ酸からなる分子量118kDaのタンパク質であり、LIMドメイン、ロイシンジッパー構造、PPKPP配列を持つプロリン豊富領域、アクチン結合に関係するCalponin類似領域を持つことが判明した。CasLへの結合能から新規分子はCLIM(CasL Interacting Molecule/CasL interacting LIM domain)と名付けられた。データベース検索により、類似分子としてヒト脳由来ライブラリからクローニングされたKIAA0750が見つかっている。 3.CLIMの発現をNorthernブロットで確認すると、各種血液細胞株でおよそ3.7kbのバンドが認められ、CLIMは血液細胞で発現していることが示された。組織Northernプロットでは胸腺・肺・脾臓・精巣に発現が示されている。 4.CasL、p130Cas、CrkのSH3領域をそれぞれGST融合タンパクとして発現させ、これらをGSTビーズに結合させたものと、CLIM-FLAG発現COS7細胞total cell lysateを反応させたところ、CasLおよびp130Cas SH3領域がCLIM-FLAGと複合体を形成することが示された。また、CLIMプロリン豊富領域のPPKPP配列をPPAPPに変異させたもの(mCLIM-FLAG)を使用して同様の実験を行ったところ、SH3領域との複合体形成は見られなかった。これにより、CLIMはCasL SH3領域とPPKPP配列を介して結合していることが示された。 5.COS7細胞にpSSRCLIMおよびpSSRMyc-CasLを同時に導入して両者を発現させ、抗Myc抗体にて免疫沈降反応を行うと、複合体中にCLIMが含まれていることが示された。これにより、細胞内においてCLIMとCasLは複合体を形成していることが示された。 6.ヒトT細胞株であるH9細胞に対して、抗CLIM抗体にて蛍光免疫染色を行うと、抗CLIM抗体のシグナルは細胞質に局在し、CLIMは細胞質に存在する分子であることが示された。抗CasL抗体との二重染色で細胞を観察したところ、両者の存在部位は一致しCLIMとCasLは細胞質に共在していることが示された。COS7細胞にCLIM、CasLを共発現させた場合でも、両者は共に細胞質に分布し、共在が示されている。 以上、本論文はT細胞をはじめとする免疫細胞において抗原刺激やインテグリン刺激伝達系、あるいは腫瘍化において重要な役割を果たすとされているCasLに着目し、Far Westernスクリーニング法を用いてCasLと相互作用しシグナル伝達に関係していると予想される新規の遺伝子産物CLIMを明らかにした。本研究は、細胞増殖、細胞運動の制御に関係し、腫瘍化にも関与が指摘されているCasL周辺のシグナル伝達網の解明に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |