本研究は、脊椎動物の心臓発生のメカニズムを明らかにするため、心筋分化の早期に発現する遺伝子を探求したものである。マウス胚性腫瘍細胞(P19)の亜株であるCL6が、DMSO処理によって高率に心筋に分化する特徴を利用して、この系においてDifferential Displayを行い、下記の結果を得ている。 1.CL6は、DMSO処理によって高率に心筋に分化し、分化6日目から心臓特異的転写因子であるCsx、GATA-4、MEF-2Cを発現し、10日目にはMHCやMLC2v等の構造蛋白を発現すると共に拍動を開始する。本研究ではDifferential Display法を用いて、未分化のCL6では発現しておらず、分化後6日目で発現する遺伝子として5A1を同定した。northern解析において、5A1はCL6の分化後4日目から6日目にかけて強く発現し、その後は弱く発現していた。マウスのnorthern解析においては、胎生期は心臓に限局して発現し、出生後は心臓と骨格筋にのみ発現が見られた。 2.更にマウスのwhole mount in situ hybridizationで詳細に検討すると、5A1は7.5日目の胎仔のcardiac crescent(最も早期に見られる心臓原基)に限局して発現しており、その後の発現も10.5日目までは心臓に限局していた。 3.CL6分化6日目のcDNA libraryを作成し、この1ibraryと、マウス成獣の骨格筋由来のcDNA libraryとを用いてscreeningを繰り返し、cDNA sequenceによって5A1の全長を同定した。5A1の全長は約6.4kbであり、約5kbのORFがあり、既存の遺伝子にはhomologyのない新規の遺伝子であった。 4.HA及びMycを付加した5A1蛋白をそれぞれCOS細胞に発現させ、抗HA・抗Myc抗体を用いて免疫染色したところ、5A1蛋白の発現は細胞の核内に限局していた。 以上、本論文は、マウスにおいて心筋発生の非常に早期に核内に限局して発現する新規の遺伝子5A1を同定したものであり、未解明の部分の多い心臓発生のメカニズムを明らかにする上で重要な貢献をなすと考えられる。また、同時に心筋前駆細胞の分子マーカーとなる可能性もあり、心筋細胞移植など、臨床面での応用も期待される。 同定された5A1遺伝子の機能解析については、現時点では行き届かない部分もあるが、限られた期間において未知の遺伝子の機能の全貌を明らかにするのは困難である。一方、本研究は非常にユニークなものであり、また、基礎的研究を進めていく上で必要となる様々な実験手技を駆使した成果であり、学位に値するものと考えられる。 |