学位論文要旨



No 115409
著者(漢字) 塩之入,太
著者(英字)
著者(カナ) シオノイリ,フトシ
標題(和) 動脈硬化モデル動物におけるトコフェロールの組織分布
標題(洋) Tissue distribution of -tocopherol in animal models of atherosclerosis deficient in low density lipoprotein receptor or apolipoprotein E
報告番号 115409
報告番号 甲15409
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1595号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 講師 門脇,孝
内容要旨 目的

 トコフェロール(ビタミンE)は抗酸化作用をもち、抗動脈硬化作用が期待される脂溶性ビタミンである。十分には明らかにされていない、動脈硬化惹起性動物モデルでの、トコフェロール組織分布と取込みについて検討した。

材料

 in vivo;リポ蛋白の主な構成要素であるapoEを欠損する、アボ蛋白Eノックアウトマウス(ApoE-KO)。リポ蛋白の重要な受容体であるある低比重リポ蛋白受容体(LDL-R)を欠損している、LDL-Rノックアウトマウス(LDLR-KO)と渡辺ウサギ(Watanabe heritage hyperlipidemic rabbits;WHHL)。 野生型の対照としてC57B6マウスと日本白色種家兎。

 in vivo;ハムスター卵細胞由来株.LDLR欠損のCHO-A7株と野性株のCHO-K株。

方法

 in vivo;ApoE-KO,LDLR-KO,C57B6,WHHL,日本白色種家兎を通常食を用いて飼育した。LDLR-KO,C57B6については1.25%コレステロール負荷食を給餌した群(LDLR-KO+HC,Wild+HC)も検討した。12時間空腹後、採血し屠殺、臓器を摘出した。血漿の総コレステロールと中性脂肪を酵素法で測定した。ホモジュネートした臓器および血漿からトコフェロールをヘキサンで抽出しHPLC法で定量した。

 in vivo;ヒト血漿からLDL(低比重リポ蛋白)およびVLDL(超低比重リポ蛋白)を超遠心法で調製し、14C-トコフェロールをアセトンに溶解したものを混和し、一晩暗所静置した。再度超遠心し、LDL分画およびVLDL分画を得た。25gのリポ蛋白をCHO-A7株とCHO-K株に添加しシンチレーションカウンターで細胞内14Cを定員した。ホットと同時に、500gのコールドのLDLもしくはVLDLを25倍量添加して、で細胞内14Cを定員し、ホットのみのカウントとの差を、LDL依存性もしくはVLDL依存性のトコフェロール取り込みとした。

 統計;一元配置多変量分散分析をマウスとウサギの各群で行い比較した。統計にはBonferroniの変法を用い、マウスについては5群・10回の検定を行い、有意水準をp<0.005とした。ウサギについては、8群・24回の検定を行い、有意水準をp<0.0018とした。統計ソフトにはStat viewを使用し、平均±標準誤差で記述した。

結果1)in vivo

 1-1;血中トコフェロール濃度 血漿中のトコフェロール濃度は、遺伝背景と食事負荷に係わり無く、総コレステロールに相関していた(R2=0.895)。

 1-2;動脈トコフェロール濃度 大動脈の組織トコフェロール濃度も、血中総コレステロール濃度の高い、ApoE KO(173±100),LDLR-KO+HC(237±9),Wild+HC(261±9)の間で同等、LDLR-KO(13.8±7.2),Wild(22.7±10.9)の間で同等で、絶対値では動脈硬化惹起性動物モデルでトコフェロール濃度低下は認められなかった。しかし、血中総コレステロール濃度(R2=0.130)および、血中トコフェロール濃度(R2=0.132)に相関せず、補正した場合、ApoE KO,LDLR-KO,LDLR-KO+HCでは低くなっていた。

 ウサギにおいては、絶対値では年齢に関わり無くWHHLて高値であったが(WHHL1070±1079vs Wild 69.9±24.2)、血中総コレステロール濃度および、血中トコフェロール濃度で補正すると、野生種よりも低いか同等の価であった。ApoE KOと12ケ月齢WHHLは個体間に差が認められた。(単位;pmol/mg protein)

 1-3;他の組織中トコフェロール濃度 肝臓と心臓に於いては、血中総コレステロール濃度および血中トコフェロール濃度と組織トコフェロール濃度の間に弱い相関が認められた(R2=0.43-0.69)。だが、白色脂肪と筋肉でのトコフェロール濃度は種による差やコレステロール負荷による差が少なかった。脳については、LDLR-KO,Wildではコレステロール負荷は脳内トコフェロール濃度に影響を与えず、血中濃度の高いApoE-KOで逆に低下していた(ApoE-KO;69.8±19.1,LDLR-KO 201.6±16.5,Wild 107.9±19.5.単位;pmol/mg protein)。

2)in vivo

 CHO-A7株のLDL依存性取込みは認められなかったが、VLDL依存性の取込みは、CHO-K株よりも大きかった(CHO-K992±98vs CHO-A7 2553±229)。CHO-K株はLDL依存性の取込みが主体であった(CHO-K;LDL1811±184 vs VLDL992±98.単位;dpm/mg protein)

考察

 腸管から吸収されたトコフェロールはカイロミクロンによって肝臓に運ばれトコフェロール転送蛋白(TTP)によってリポ蛋白に負荷され末梢組織に供給される。そのため、流血中のリポ蛋白上のトコフェロールはApoEもしくはLDL受容体の有無には影響されず、血中トコフェロール濃度は総コレステロール濃度によって規定されていた。

 大動脈壁中トコフェロール濃度は、絶対値では、動脈硬化惹起性モデル動物で高値だった。しかし、血中総コレステロール濃度および、血中トコフェロール濃度で補正すると、野生種よりも低いか同等の価であった。

 動脈硬化惹起性動物モデルでは、濃度依存性のトコフェロール取込みに、一定の限界があることを示していると思われる。

 動脈硬化が進展しているためか、ApoEと12ヶ月齢WHHLのトコフェロール濃度が高値であったが、これは粥腫のコレステリン結晶などに含有されているトコフェロールの影響をみている可能性がある。

 白色脂肪と筋肉でのトコフェロール濃度は種によって差が少なかった。この二つの組織は、中性脂肪を主体とするリポ蛋白をLPLによる水解なとで取り込む経路が発達しているため、VLDL上のトコフェロールが供給されるためと思われる。

 肝臓においては、ウサギにおいては肝臓内の-トコフェロール濃度が同等か低く、マウスにおいても僅かに高いだけであった。血中コレステロールで補正した血中-トコフェロール濃度が、ウサギについてはWHHLで有意に低くまたLDLR-KO+HCにおいても低い傾向を示したのは、、肝臓内でVLDLに付与される-トコフェロールの相対的な不足が来されると思われた。

 一方で、マウス脳では、ApoE-KOで脳内-トコフェロール濃度低く、ApoEというリガンドが脳へのリポ蛋白と脂溶性ビタミンの取込みに重要な働きをしている可能性を示唆された。

 CHO細胞を用いた実験では、LDLR欠損株のCHO-A7では、野性株のCHO-K株に較べて、LDL受容体特異的な取込みが抑制されている反面、VLDLを介した取込みが増加していた。

 細胞株と動物モデルを併せて考えると動脈硬化惹起性動物モデルでは、動脈壁ではコレステロールで補正した場合低く、LDL受容体に依存した取込みが主体になっていると考えられる。そのため、トコフェロール作用が相対的に低下しているという前提でこれらの実験モデルを解釈する必要があるだろう。

結語

 1)LDL依存性のトコフェロール取込み経路と非依存性の取込み経路が存在する。

 2)組織によってLDL依存性/非依存性の取込みの割合が異なる。

 3)トコフェロールの抗動脈硬化作用を観察する場合、動脈での取込みはLDL依存性経路が主体のため、LDL受容体欠損モデル動物はあまり適切でない可能性がある。

 4)VLDLに依存する末梢組織へのトコフェロール供給経路の存在が示唆される。今後、LDL経路以外のトコフェロール供給経路を検討する必要があろう。

審査要旨

 トコフェロール(ビタミンE)は抗酸化作用をもち、抗動脈硬化作用が期待される脂溶性ビタミンである。本研究では、Apo Eノックアウトマウス(ApoE-KO)、LDL受容体ノックアウトマウス(LDL-RKO)、ワタナベウサギ(WHHL)という機序と種の異なる動脈硬化惹起性動物モデルにおいて、十分には明らかにされていないトコフェロール組織分布と取込みについて検討し、下記の結果を得ている。

 1)血中トコフェロール濃度:血中のトコフェロール濃度は、全体としてよく総コレステロールに相関していた(R2=0.895)。しかし、血中の総コレステロール濃度とトコフェロール濃度の比をみると、WHHLと高コレステロール負荷のLDL-RKOでは、他のモデル動物より低下していた。

 2)動脈トコフェロール濃度:大動脈の組織トコフェロール濃度も、血中総コレステロール濃度の高い、ApoE KO,高コレステロール負荷LDLR-KO,高コレステロール負荷Wild typeの三者間で同等、LDLR-KO,Wild typeの間で同等で、絶対値では動脈硬化惹起性動物モデルでトコフェロール濃度低下は認められなかった。しかし、血中総コレステロール濃度(R2=0.130)および、血中トコフェロール濃度(R2=0.132)に相関せず、補正した場合、ApoE KO,LDLR-KO,LDLR-KO+HCでは低くなっていた。

 ウサギにおいては、絶対値では年齢に関わり無くWHHLで高値であったが、血中総コレステロール濃度および、血中トコフェロール濃度で補正すると、野生種よりも低いか同等の価であった。これらから、ビタミンEの絶対量は高値でも、動脈硬化モデル動物では負荷されている脂質も増加しており、加えられる酸化ストレスに対するビタミンEの抗酸化作用が不足していると考えられた。

 3)肝臓中トコフェロール濃度:肝臓については、WHHLでは血中コレステロールと逆相関を示し、高コレステロール負荷のLDL-R KOにおいても血中総コレステロール濃度で補正すると低いトコフェロール含量しか示さなかった。LDL受容体を介したトコフェロール取込みが途絶した一方で、これらのモデル動物ではVLDLの合成が増しており、十分なトコフェロールをVLDLに付与できない結果となっている。そのため、血中のトコフェロール/TC比が減少しており、絶対値でトコフェロールが高値でもリポ蛋白粒子当たりの抗酸化能が不十分であると考えられた。

 4)他の組織中トコフェロール濃度:白色脂肪と筋肉でのトコフェロール濃度は種による差やコレステロール負荷による差が少なかった。この二つの組織は、中性脂肪を主体とするリポ蛋白をLPLによる水解などで取り込む経路が発達しているため、VLDL上のトコフェロールが供給されるためと思われる。

 脳については、LDLR-KO,Wildではコレステロール負荷は脳内トコフェロール濃度に影響を与えず、血中濃度の高いApoE-KOで逆に低下していた。

 ApoE-KOで加齢に伴い神経の変性が観察され、一過性脳虚血モデルでWild typeより重い障害が惹起される。Apo Eは脳内での脂質供給に大きな役割を担っており、ビタミンEの抗酸化作用が不十分であるためと考えられる。Apo E4が重要な役割を占めるアルツハイマー病でビタミンE補充療法がstageの進行を遅らせる事とあわせて考えると、Apo Eを介してアルツハイマー病とビタミンEの脳内代謝が結びついていると思われた。

 5)細胞におけるトコフェロール取り込み:野性株のCHO-K株はLDL依存性の取込みが主体であった。LDL受容体欠損株のCHO-A7株のLDL依存性取込みは認められなかったが、VLDL依存性の取込みが存在し代償していた。

 本論文は動脈硬化モデル動物でのトコフェロールの組織分布を検討し、A)LDL依存性のトコフェロール取込み経路と非依存性の取込み経路が存在し、組織によってLDL依存性/非依存性の取込みの割合が異なる。B)VLDLに依存する末梢組織へのトコフェロール供給経路の存在が示唆される。C)脳内のトコフェロールはApoEを介して供給される。D)動脈と肝臓ではLDL介する取込みが主であり、LDL受容体欠損モデル動物は肝臓と血中のトコフェロール濃度が相対的に低く、リポ蛋白に十分なトコフェロールを付与できない。以上、4点について初めて明らかにした。

 抗動脈硬化作用やアルツハイマー病進行抑制において重要な役割を果たすビタミンEの体内動態解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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