トコフェロール(ビタミンE)は抗酸化作用をもち、抗動脈硬化作用が期待される脂溶性ビタミンである。本研究では、Apo Eノックアウトマウス(ApoE-KO)、LDL受容体ノックアウトマウス(LDL-RKO)、ワタナベウサギ(WHHL)という機序と種の異なる動脈硬化惹起性動物モデルにおいて、十分には明らかにされていない トコフェロール組織分布と取込みについて検討し、下記の結果を得ている。 1)血中 トコフェロール濃度:血中の トコフェロール濃度は、全体としてよく総コレステロールに相関していた(R2=0.895)。しかし、血中の総コレステロール濃度と トコフェロール濃度の比をみると、WHHLと高コレステロール負荷のLDL-RKOでは、他のモデル動物より低下していた。 2)動脈 トコフェロール濃度:大動脈の組織 トコフェロール濃度も、血中総コレステロール濃度の高い、ApoE KO,高コレステロール負荷LDLR-KO,高コレステロール負荷Wild typeの三者間で同等、LDLR-KO,Wild typeの間で同等で、絶対値では動脈硬化惹起性動物モデルで トコフェロール濃度低下は認められなかった。しかし、血中総コレステロール濃度(R2=0.130)および、血中 トコフェロール濃度(R2=0.132)に相関せず、補正した場合、ApoE KO,LDLR-KO,LDLR-KO+HCでは低くなっていた。 ウサギにおいては、絶対値では年齢に関わり無くWHHLで高値であったが、血中総コレステロール濃度および、血中 トコフェロール濃度で補正すると、野生種よりも低いか同等の価であった。これらから、ビタミンEの絶対量は高値でも、動脈硬化モデル動物では負荷されている脂質も増加しており、加えられる酸化ストレスに対するビタミンEの抗酸化作用が不足していると考えられた。 3)肝臓中 トコフェロール濃度:肝臓については、WHHLでは血中コレステロールと逆相関を示し、高コレステロール負荷のLDL-R KOにおいても血中総コレステロール濃度で補正すると低い トコフェロール含量しか示さなかった。LDL受容体を介した トコフェロール取込みが途絶した一方で、これらのモデル動物ではVLDLの合成が増しており、十分な トコフェロールをVLDLに付与できない結果となっている。そのため、血中の トコフェロール/TC比が減少しており、絶対値で トコフェロールが高値でもリポ蛋白粒子当たりの抗酸化能が不十分であると考えられた。 4)他の組織中 トコフェロール濃度:白色脂肪と筋肉での トコフェロール濃度は種による差やコレステロール負荷による差が少なかった。この二つの組織は、中性脂肪を主体とするリポ蛋白をLPLによる水解などで取り込む経路が発達しているため、VLDL上の トコフェロールが供給されるためと思われる。 脳については、LDLR-KO,Wildではコレステロール負荷は脳内 トコフェロール濃度に影響を与えず、血中濃度の高いApoE-KOで逆に低下していた。 ApoE-KOで加齢に伴い神経の変性が観察され、一過性脳虚血モデルでWild typeより重い障害が惹起される。Apo Eは脳内での脂質供給に大きな役割を担っており、ビタミンEの抗酸化作用が不十分であるためと考えられる。Apo E 4が重要な役割を占めるアルツハイマー病でビタミンE補充療法がstageの進行を遅らせる事とあわせて考えると、Apo Eを介してアルツハイマー病とビタミンEの脳内代謝が結びついていると思われた。 5)細胞における トコフェロール取り込み:野性株のCHO-K株はLDL依存性の取込みが主体であった。LDL受容体欠損株のCHO-A7株のLDL依存性取込みは認められなかったが、VLDL依存性の取込みが存在し代償していた。 本論文は動脈硬化モデル動物での トコフェロールの組織分布を検討し、A)LDL依存性の トコフェロール取込み経路と非依存性の取込み経路が存在し、組織によってLDL依存性/非依存性の取込みの割合が異なる。B)VLDLに依存する末梢組織への トコフェロール供給経路の存在が示唆される。C)脳内の トコフェロールはApoEを介して供給される。D)動脈と肝臓ではLDL介する取込みが主であり、LDL受容体欠損モデル動物は肝臓と血中の トコフェロール濃度が相対的に低く、リポ蛋白に十分な トコフェロールを付与できない。以上、4点について初めて明らかにした。 抗動脈硬化作用やアルツハイマー病進行抑制において重要な役割を果たすビタミンEの体内動態解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 |