学位論文要旨



No 115413
著者(漢字) 川上,高幸
著者(英字)
著者(カナ) カワカミ,タカユキ
標題(和) ウシ脳からの可溶性及び膜結合型脱ユビキチン化酵素群の精製と性質の検討
標題(洋) Isolation and Characterization of Cytosolic and Membrane-bound Deubiquitinylating Enzymes from Bovine Brain
報告番号 115413
報告番号 甲15413
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1599号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 講師 金子,義保
 東京大学 講師 橋本,佳明
内容要旨 本研究の背景および目的

 ユビキチン(Ub)は分子量8.6kDaの進化的に高く保存された蛋白質であり新しい翻訳後修飾分子として作用する。UbはE1(活性化酵素)-E2(結合酵素)-E3(リガーゼ)の複合反応で様々な細胞内蛋白質に共有結合し、その繰り返し反応によって形成されたポリUb鎖(多数のUbの重合型)は"分解シグナル"となる。Ub化蛋白質はプロテアソーム(真核生物のATP依存性プロテアーゼ)の標的となって異化代謝され、最近、この選択的蛋白質分解が細胞周期、シグナル伝達、免疫応答など様々な生体反応の制御に中心的な役割を果たしていることが明確になってきつつある。興味深いことは、Ubが融合蛋白質として生合成されること、ポリUb鎖形成が可逆的であること、そしてプロテアソームでは分解されずに再利用されることなどであり、ごく最近Ubを生成・供給する酵素である脱ユビキチン化酵素(DUB)の生物学的重要性が生命科学の分野で広く認識され始めている。

 一方、臨床医学のレベルでは、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病など種々の神経変性疾患患者の脳においてポリUb化蛋白質が異常に蓄積している所見が数多く報告されている。このようにUb代謝の破綻が神経活動を抑圧しこれらの難治性疾患の発症誘因となっている可能性が示唆されており、特にUb代謝を調節する役割を担っているDUBの役割が注目されている。現在までに哺乳類のDUBとしては60種類以上の報告があるが、その詳細は不明である。そこで本研究では、臨床的に重要と考えられるウシ脳のDUB群の性状について生化学的に解析した。

対象と方法

 ウシ脳を試料としてホモジネートを調整した後、遠心分離分画法による分別や各種クロマトグラフィー操作を用いて複数のDUBを分離精製した。DUB活性は125Iで標識したUb-NH-MHISPPEPESEEEEEHYC(Ub-PESTc)を基質として反応後に遊離してきた125I-PESTcの定量およびSDS-PAGEによる解析から評価した。精製酵素の性状については、エドマン分解によるアミノ酸構造解析、免疫化学分析、および基質特異性などについて多角的に検討した。以下にDUB精製のフローチャートを示す。

図:ウシ脳からの脱ユビキチン化酵素(DUB)精製のフローチャート。横矢印は分離した各DUB。
結果

 陰イオン交換カラム、ハイドロキシアパタイトカラム、ヘパリンカラムによるクロマトグラフィー操作から、ウシ脳の可溶性分画には数十種類のDUBが存在する可能性が示唆された。さらにUbをリガンドとしたアフィニティークロマトグラフィーによってsDUB-1、sDUB-2と名付けた分子量約30kDaの二種類の酵素を高純度に精製し、その性質を検討した結果、それらはヒトUCH-L3およびUCH-L1のウシホモログに相当すると推測された。

 一方、不溶性の膜画分にも可溶性分画に匹敵する125I-Ub-PESTc分解活性を認めた。非イオン性界面活性剤の処理により可溶化した後、Ub-アフィニティークロマトグラフィーによってmDUB-1、mDUB-2と命名した酵素をほぼ均一に精製するとともに、各種クロマトグラフィー操作によってmDUB-3とmDUB-4と名付けた新しいDUBを部分精製した。

 精製した酵素標品のアミノ酸構造特性および阻害剤特異性や基質特異性の検討から、分離した6種類のDUB群が互いに異なる酵素であることが示唆された。これらの酵素は全て、UbのC末端に融合したペプチドを解離させるプロセシング活性を有していたが、mDUB-1とmDUB-3にはポリUb化させたp53からUb分子を解離させるアイソペプチダーゼ活性を持つことが観察された。以上の結果はウシ脳には機能の異なる多様なDUBが存在する可能性が考えられ、それらが脳におけるUb代謝の調節に関与している可能性が示唆された。

考察

 本研究から、ウシ脳の可溶性分画には予想以上に多数のDUBの存在することが考えられた。また、今回初めて細胞内に膜結合型DUBの存在することが判明した。これらの結果から、可溶性蛋白質のみならず膜結合蛋白質のUb化修飾も可逆的であることが推定された。このようにDUBが大きなファミリー蛋白質として存在することは、Ub前駆体のプロセシング反応およびUb修飾システムの可逆性が生理学的に重要な意味を持っていることを示唆している。事実、DUBが長期記憶や細胞分化に関与することの他に、癌および脳神経変性疾患におけるUb代謝の異常などが多数報告されている。このようにDUBの分子多様性は、Ub化修飾系の機能が多岐にわたっており、その可逆性の制御が生理的に重要な役割を担っていることを示唆している。しかし、高等動物におけるDUBの概要は未だほとんど解明されていないのが現状である。今後、個々のDUBの分子特性と生物学的作用の解明は、増加の一途を辿っているUb研究に新しい方向性を提示する可能性を与える事になるかもしれない。更に、DUBの異常に基づいた様々な疾患の発症や防御のメカニズムの研究に重要な役割を果たすことも期待されている。

審査要旨

 本研究は、ユビキチン-プロテアソームシステムという選択的蛋白質分解システムにおいて、ユビキチンリサイクルにとって必須な脱ユビキチン化酵素(DUB)という、ポリユビキチン鎖あるいはユビキチン化蛋白を脱ユビキチン化させる酵素についてウシ脳を題材としてその分離・精製を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ユビキチン蛋白のC末にペプチドを付けた人工的基質(Ub-PESTc)を用いて、ヨードラベル化したこの蛋白(125I-Ub-PESTc)を加水分解させる活性を測定することによりDUB活性を持つ蛋白をウシ脳の可溶性分画から抽出した。陰イオン交換カラム、ハイドロキシアパタイトカラム、ペパリンカラムによるクロマトグラフィー操作により、数十種類のDUBがウシ脳に存在する可能性が示唆された。更に、ユビキチン(Ub)をリガンドとしたアフィニティークロマトグラフィーにより、sDUB-1、sDUB-2と名付けた分子量約30kDaの2種類のDUBを抽出した。このsDUB-1、sDUB-2はそれぞれ免疫化学反応、部分アミノ酸解析からヒトUCH-L3およびUCH-L1のウシホモログである可能性が考えられた。

 2.1.と同様の測定方法を用い、ウシ脳の膜画分からも、DUB活性をもつ蛋白を抽出した。非イオン性界面活性剤処理により可溶化した後、Ub-アフィニティークロマトグラフィーによりmDUB-1、mDUB-2と命名したDUBを精製し、更に各種クロマトグラフィー操作により、mDUB-3、mDUB-4と名付けたDUBも部分精製した。

 3.(部分)精製した各DUBに対しUb-PESTc以外の基質に対する加水分解活性を調べた結果、それぞれは異なる酵素であることが示唆された。Ub融合蛋白の一つUb-DHFRに対する反応性の差からsDUB-1、sDUB-2とmDUB-1、mDUB-2とは別の酵素であり、更にUb類似蛋白を使ったNEDD8-gsPESTcに対する反応性の差からsDUB-1とsDUB-2とは、また一アミノ酸置換をさせたUb(G76A)-gsPESTcに対する反応性の差からmDUB-1とmDUB-2とは異なる酵素であることが示唆された。またNEDD8-gsPESTcとUb-DHFRの反応性の差からmDUB-3は他のDUBとは異なる反応特性をもち、阻害剤(Ub-CHO)による活性抑制の差も含めて考えるとmDUB-4も他とは異なる酵素であることが示唆された。

 4.in vitroで作成したポリユビキチン化p53蛋白を基質として用いた実験から、mDUB-1とmDUB-3はポリユビキチン鎖を分解するアイソペプチダーゼ活性を持つ可能性が考えられた。

 以上、本論文は、ウシ脳においてUb-PESTcに対する加水分解活性を追うことにより、可溶性分画、膜分画ともに多数のDUB活性が存在することを示した。特に今まで報告のなかった膜分画にもDUB活性の存在する可能性を示し、ユビキチン-プロテアソームシステムにおいてユビキチン前駆体のプロセシング反応およびユビキチン修飾システムの可逆性が細胞の可溶性蛋白のみならず膜蛋白にも、重要な意味を持つことを強く示唆する一根拠となると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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