学位論文要旨



No 115414
著者(漢字) 鈴木,尚江
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ナオエ
標題(和) レニン・アンジオテンシン系と高血圧 : アンジオテンシンIItype 1a受容体遺伝子欠損マウスを用いての研究
標題(洋)
報告番号 115414
報告番号 甲15414
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1600号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 講師 木村,健二郎
 東京大学 講師 中尾,彰秀
内容要旨

 研究の背景:アンジオテンシンII(AII)は強力な血管収縮物質であると同時に、重要な細胞増殖因子である。AIIの受容体は複数同定されているが、従来から知られてきたAIIの主要な働きは、すべてtype1(AT1)受容体を介しての作用と考えられている。また、AT1受容体にAT1aとAT1b受容体とが存在するが、腎臓ではAT1a受容体が主体で、輸入・輸出細動脈平滑筋、糸球体メサンギウム細胞、髄質のヘンレ尿細管付近の間質細胞など種々の細胞に発現しており、高血圧発症の病因に密接な関連のある微小血行動態やNa・水の再吸収、レニン分泌に重要な役割を担っている。AIIは輸入細動脈よりも輸出細動脈を強く収縮させるので糸球体内圧は上昇するとされている。また、AIIは尿細管糸球体フィードバック機構の感受性を増強させたり、血管平滑筋細胞や、メサンギウム細胞のTGF-生成を促進し、直接血管平滑筋を増殖させる作用や、メサンギウム細胞基質産生増加などの作用を有している。さらに最近、菅谷ら(筑波大学TARAセンター)の作製したAT1a受容体遺伝子欠損マウスを用いることにより、AT1a受容体を介したAIIの作用で、メサンギウムの構造と機能を維持していること、また、病態ではメサンギウム基質の産生過剰により糸球体硬化への過程を促進することが明らかになった。

 以上よりAIIは、血行動態的にも非血行動態的にも糸球体障害の進展に重要であるが、AT1a受容体の腎の細動脈における局在や分布は、まだ詳細に検討されてはいない。また、in vivoの実験でAIIが輸入細動脈と輸出細動脈の両方を収縮させるとの報告もあり、研究1では、AT1a受容体遺伝子欠損マウスを用いてAT1受容体の局在とAIIのin vivoでの腎細動脈に対する作用を検討した。また、ACE阻害薬やAT1受容体拮抗薬が低レニン性高血圧でも糸球体障害を一部に軽減すると報告されていることから、組織中のレニン・アンジオテンシン系が糸球体障害の進展に関与している可能性が推定されるが、直接の証明は未だなされていない。そこで研究2では、AT1a受容体遺伝子欠損マウスを用いて低レニン性の高血圧モデル(DOCA食塩高血圧)を作製し組織中のレニン・アンジオテンシン系の糸球体障害進展への関与を検討した。

研究1:腎微小循環におけるAT1a受容体の局在とその働き1-1:AT1a受容体の腎微小循環における分布

 目的:腎微小循環におけるAT1a受容体の局在を明らかにする。

 対象と方法:用いたAT1a受容体遺伝子欠損マウスのへテロ接合体では、野生型でAT1a受容体が発現している部位に、ATla受容体と-galactosidaseを発現しているので、-galactosidaseの同定によりAT1a受容体の局在を検討した。また、連続切片を用いて-平滑筋アクチンと平滑筋特異的ミオシンの免疫組織化学染色を行い、輸入と輸出細動脈を同定した。

 結果:AT1a受容体(=-galactosidase)は、輸入と輸出細動脈の両方の平滑筋細胞に発現していた。また、AT1a受容体は糸球体及び糸球体外のメサンギウム細胞、JG細胞にも発現していた。

 考察及び結論:連続切片を用いることにより、AT1a受容体が輸入細動脈と輸出細動脈の両方に、同等に強く発現していることが示された。

1-2:AIIの腎微小循環作用

 目的:exo vivoにおけるAIIの輸入細動脈と輸出細動脈への作用を検討した。

 対象と方法:野生型、ヘテロ接合体、ホモ接合体のマウスで水腎症を作製し、左腎臓を露出し、顕微鏡で直接腎細動脈を観察できるようにした。腎を浸した加温漕に10-14M〜10-6MのAIIを投与した。また、10-5Mの濃度でAT1受容体拮抗薬のCV-11974(カンデサルタン)を予め野生型のマウスに投与し、その後、AIIを上記と同様に投与した。

 結果:野生型マウスでは、AIIに対して1014Mから106Mまで用量依存性に、輸入・輸出細動脈は収縮した。予めCV-11974を投与した場合、10-14Mから10-10MのAIIに対する輸入及び輸出細動脈の反応は見られなくなった。ホモ接合体では、輸入細動脈と輸出細動脈は両方とも著明に拡張しており、AII10-8Mでどちらの細動脈も全く変化しなかった。

 考察及び結論:AIIが両方の細動脈に同等に作用することが示され、研究1-1のAT1a受容体の局在の結果と一致していた。また、AIIの細動脈への作用は、AT1a受容体を介していることが示された。

研究2:食塩感受性とレニン・アンジオテンシン系の関与2-1:AT1a受容体遺伝子欠損マウスを用いての検討

 目的:AT1a受容体遺伝子欠損マウスで低レニン性高血圧モデルであるDOCA食塩高血圧を作製し、糸球体障害の進展における組織レニン・アンジオテンシン系の関与を明らかにすることを目的とする。

 対象と方法:野生型、ヘテロ接合体、ホモ接合体マウスのDOCA食塩高血圧モデルを作製した(wild+DOCA群、hetero+DOCA群、homo+DOCA群)。2週間毎に血圧を測定し、6週間目に右腎臓を潅流固定し、糸球体障害について半定量的に検討した。

 結果:DOCA食塩高血圧群において血圧はwild+DOCAでは100から124mmHgと+23mmHg、hetero+DOCAでは98から125mmHg(+27mmHg)、homo+DOCAでは78から113mmHg(+35mmHg)と上昇した。また、糸球体障害も、wild+DOCA、hetero+DOCA、homo+DOCAの順に強かった。DOCA食塩高血圧群において血圧の上昇の程度(BP)と糸球体障害の程度には相関関係が認められた(r=0.63)。

 考察:本研究では、ホモ接合体のDOCA食塩高血圧で最も血圧が上昇し、糸球体障害も強かったことから、本低レニン性高血圧における糸球体障害には、組織レニン・アンジオテンシン系は関与せず、血圧が関与していることが示唆された。また、AT1を介するAIIの働きが欠損すると、食塩感受性が亢進することも示された。この機序としてAT1a受容体遺伝子欠損マウスでは近位尿細管でのNa排泄がもともと増加している状態にあるが、そこにさらに塩分を過剰に負荷すると処理能力を越え、Naが体内に著明に貯留し血圧が上昇することが考えられた。また、AIIのAT1a受容体を介する働きの欠落のため、Na負荷に対しさらに輸入細動脈が拡張することでNa利尿を達成することができないことが考えられた。

 結論:この研究では、レニン・アンジオテンシン系の欠損が高血圧における食塩感受性を惹起し、高血圧による糸球体障害がAIIのレベルにではなく血圧に依存していることが示された。

2-2:ACE阻害薬とAT1受容体拮抗薬による食塩感受性の亢進

 目的:研究2-1で得られた結果をさらに確認するために、野生型マウスにACE阻害薬及びAT1受容体拮抗薬を投与しDOCA食塩高血圧モデルを作製し、Ca拮抗薬または遮断薬を投与した場合と比較検討した。

 対象と方法:野生型マウスに、DOCAを留置する2週間前(-2週)からimidapril 25mg/Kg/day(DOCA+imidapril)、TCV-116 10mg/Kg/day(DOCA+TCV)、betaxorol 20mg/Kg/day(DOCA+BXL)、またはdiltiazem 100mg/Kg/day(DOCA+diltiazem)を投与した。薬剤を投与しない群をwild+DOCA群、対照群として左腎摘し1%食塩水を負荷したのをwild群とした。

 結果:血圧はwild+DOCAで109から126mmHgと+18mmHgの上昇、DOCA+imidaprilで84から128mmHgと+44mmHgの上昇、DOCA+TCVで82から124mmHgと+42mmHgの上昇、DOCA+BXLで88から116mmHgと+29mmHgの上昇、DOCA+diltiazemで85から114mmHgと+29mmHgの上昇と、BPはDOCA+imidaprilとDOCA+TCVでwild+DOCAに比較して有意に大きかった(p<0.01)。糸球体障害も、DOCA+imidaprilとDOCA+TCVで強い障害がみられた。また、DOCA食塩高血圧の中で、BPと糸球体硬化のスコアとの間には相関関係がみられた(r=0.42、p<0.01)。

 考察:本研究では、野生型マウスのDOCA食塩高血圧モデルで、ACE阻害薬及びAT1受容体拮抗薬を投与により、Ca拮抗薬または遮断薬を投与した場合よりも血圧は上昇し、高血圧による糸球体障害が増悪した。このことは、研究2-1で得られた、レニン・アンジオテンシン系の欠損が高血圧における食塩感受性を亢進させるという結果と一致している。低レニン性高血圧を呈するDOCA食塩高血圧モデルで、ACE阻害薬でも降圧作用がみられるとの報告はあるが、今回の実験のように予めACE阻害薬またはAT1受容体拮抗薬を投与して、AT1a受容体遺伝子欠損マウスと同様にAIIのレベルが変化しない状態におくと食塩負荷に対し対処できなくなると考えられた。

 結論:研究2-1の結果がさらに確認された。

 結語:今回の研究で、AIIがAT1a受容体を介して、輸入細動脈と輸出細動脈の両方に同程度に作用し、糸球体血行動態を調節していることが示された。また、ルニン・アンジオテンシン系の欠損は食塩感受性を亢進させ、糸球体障害を悪化させることが示された。

審査要旨

 本研究は、強力な血管収縮物質であると同時に重要な細胞増殖因子であるアンジオテンシンII(AII)に着目し、高血圧による腎糸球体障害の発症・進展へのレニン・アンジオテンシン系の関与を明らかにするために、アンジオテンシンII type1a(AT1a)受容体遺伝子欠損マウスを用いてAT1a受容体の局在およびAIIの腎血行動態作用および非血行動態作用の検討を行い、下記の結果を得ている。

 1.AT1a受容体遺伝子欠損マウスのヘテロ接合体の-galactosidaseの同定、および-平滑筋アクチンと平滑筋特異的ミオシンの免疫組織化学染色により輸入・輸出細動脈を同定し、腎微小循環におけるAT1a受容体の局在を検討した。AT1a受容体(=-galactosidase)は、輸入と輸出細動脈の両方の平滑筋細胞に発現していることが示された。また、糸球体及び糸球体外のメサンギウム細胞、JG細胞にも発現していることが確認された。

 2.AT1a受容体遺伝子欠損マウス、ホモ接合体および野生型のマウスで水腎症を作製し、顕微鏡下で直接腎細動脈を観察できるようにし、exo vivoにおけるAIIの輸入細動脈と輸出細動脈への作用を検討した。野生型マウスでは、AIIに対して10-14Mから10-6Mまで用量依存性に輸入・輸出細動脈は収縮した。予めCV-11974(AT1a拮抗薬)の投与によりこの反応は抑制された。ホモ接合体では、輸入細動脈と輸出細動脈は両方とも著明に拡張しており、AII10-8M投与でどちらの細動脈も全く収縮しなかった。以上より、AIIが両方の細動脈に同等に作用することが示され、1のAT1a受容体の局在の結果と一致していた。また、AIIの細動脈への作用は、AT1a受容体を介していることが示された。

 3.AT1a受容体遺伝子欠損マウスのヘテロ接合体、ホモ接合体マウスおよび野生型マウスで低レニン性高血圧モデルであるDOCA食塩高血圧を作製し、糸球体障害の進展における組織レニン・アンジオテンシン系の関与を検討した。その結果、ホモ接合体のDOCA食塩高血圧で最も血圧が上昇し、糸球体障害も強く、血圧の上昇の程度と糸球体障害の程度との間には相関が見られた(r=0.63)。従って、本低レニン性高血圧における糸球体障害には、組織レニン・アンジオテンシン系は関与せず、血圧に依存していることが示唆された。また、AT1を介するAIIの働きが欠損すると、食塩感受性が亢進することも示された。この機序としてAT1a受容体遺伝子欠損マウスでは近位尿細管でのNa排泄がもともと増加している状態にあるが、そこにさらに塩分を過剰に負荷すると処理能力を越え、Naが体内に著明に貯留し血圧が上昇すること、また、AIIのAT1a受容体を介する働きの欠落のため、Na負荷に対しさらに輸入細動脈が拡張することでNa利尿を達成することができないことが考えられた。

 4.3で得られた結果をさらに確認するために、野生型マウスにACE阻害薬及びAT1受容体拮抗薬を投与しDOCA食塩高血圧モデルを作製し、Ca拮抗薬または遮断薬を投与した場合と比較検討した。その結果、ACE阻害薬及びAT1受容体拮抗薬を投与した野生型マウスのDOCA食塩高血圧モデルで、Ca拮抗薬または遮断薬を投与した場合よりも血圧は上昇し、高血圧による糸球体障害が増悪した。レニン・アンジオテンシン系を抑制することにより高血圧における食塩感受性が増大することが確認された。

 以上、本論文はAT1a受容体遺伝子欠損マウスを用いることにより、AT1a受容体が輸入細動脈と輸出細動脈の両方に発現し、AIIはAT1a受容体を介して両方の細動脈に同程度に作用し、糸球体血行動態を調節していることを明らかにした。また、レニン・アンジオテンシン系の欠損が食塩感受性を亢進させ、糸球体障害を増悪させることを示した。本研究は、従来いわれてきた「AIIが輸出細動脈への特異的な収縮作用」「ACE阻害薬やAT1受容体拮抗薬の腎保護作用」とは異なる新しい知見であり、AIIの腎血行動態作用や組織レニン・アンジオテンシン系の高血圧における役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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