学位論文要旨



No 115415
著者(漢字) 長田,太助
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,ダイスケ
標題(和) GATA-6転写因子によるメサンギウム細胞増殖抑制作用の細胞内機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 115415
報告番号 甲15415
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1601号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 客員助教授 山崎,力
 東京大学 講師 谷口,茂夫
 東京大学 講師 森山,信男
内容要旨

 転写因子GATA familyは、高度に保存された2個のzinc finger motifを持ち、同部位を介して、consensus DNA塩基配列、(A/T)GATA(A/G)に結合することが知られている。GATA転写因子には6個のisoformがあり、GATA-1/2/3は主に造血細胞系に発現し、GATA-4/5/6は主として心臓や消化管に発現している。以前、共同研究者の鈴木らが、GATA-6転写因子がヒトおよびマウスの培養血管平滑細胞(VSMC)に発現していること、静止期VSMCを血清刺激して細胞周期に再進入させると急速に発現が低下することを報告した。また、VSMCおよび線維芽細胞では、GATA-6の過剰発現により、cyclin-dependent kinase(cdk)抑制蛋白であるp21cip1の発現が亢進し、G1期で細胞周期が停止することも報告している。さらに、最近、タフツ大学の真野らは、頸動脈のバルーン傷害モデルにおいて、GATA-6のmRNAおよび蛋白質量、GATA-6転写因子DNA結合活性が一時的に低下するが、アデノウイルスを用いてGATA-6転写因子を過剰発現させておくと脱分化するVSMCが減少し、内膜新生が抑制されることも示しており、GATA-6転写因子の過剰発現は細胞周期蛋白の発現の調節を介して、増殖を抑制する可能性があると考えられる。

 糸球体腎炎の病態形成に糸球体メサンギウム細胞(GMC)の過度な増殖が関与していることはよく知られている。しかし、GMCの増殖がどのような細胞内機序によって制御されているかに関して、現在ほとんど解明されていない。GMCとVSMCが類似の性質を持っていることが知られおり、VSMCにおいて細胞周期停止、増殖抑制方向の作用を示したGATA-6が、GMCにおいても同様な作用を持つかどうかは、メサンギウム増殖性腎炎の病態の理解、さらに治療面での可能性を探る上でも重要と考えられる。そこで、今回、培養GMCにおいてGATA-6転写因子が内因性に発現しているか否か、また新たに我々が作成したGATA-6転写因子発現アデノウイルス(Ad GATA-6)を用いてGATA-6転写因子を過剰発現させたとき、VSMCで報告されているのと同様に細胞周期停止、増殖抑制が起こるのかどうかについて検討した。

 本学医科学研究所の斉藤らが開発したCOS-TPC法に従い、HA tagのついたヒトGATA-6転写因子を発現する増殖能欠損組み換えアデノウイルスを作成した。HA-tagをもつヒトGATA-6全長をコードするDNA断片をコスミドベクターpAxCAwtのSwaI siteに挿入し、それをDNA-TPCとともに293細胞にcotransfectした。コスミドとDNA-TPC間で相同組換えが起こり、HA tag付きヒトGATA-6を発現するアデノウイルス(Ad GATA-6)を得た。目的のAd GATA-6を単離し、293細胞内で大量に増幅させ、精製して今回の研究に用いた。感染コントロールには、green fluorescent protein発現アデノウイルス(Ad GFP)を用いた。

 GMCから精製したpoly A RNA 4gを使ったNorthern blotの結果より、GMCにもVSMCと同様にGATA-6が内因性に発現していた。さらに同細胞を血清で刺激し、細胞周期に再進入させると、内因性のGATA-6転写因子の発現は低下し、GATA-6 mRNA発現レベルは4〜8時間で最も低下した。この結果は、以前のVSMCでの報告と一致するものであった。

 Ad GATA-6感染GMCでは3H-thymidineの取り込みは、ウイルスの力価依存的に、また時間依存的に抑制された。Ad GATA-6の力価を50M.O.I.以上にあげても3H-thymidineの取り込みは増加しないことを確認し、以後の感染実験は50M.O.I.で施行した。Ad GATA-6感染GMCでは、FBS刺激開始後、l6h、24hで3H-thymidine取り込みは、無感染およびAd-GFP感染GMCよりも、有意に低下していた[Ad GATA-6:無感染:Ad GFP=(16時間後)297±29:1120±30:810±45/(24時間後)256±16:543±20:577±17,Mean±SE,cpm/g protein,P<0.001]。

 細胞周期関連蛋白である、cyclin D1、cyclin E、cyclin A、cdk2、cdk4、p21cip1、p27kip1について、血清刺激後経時的にGMCからの抽出蛋白を用いたWestern blot解析を施行した。Ad GATA-6感染GMCでは、Ad GFP感染GMCと比べると、cyclin Aの発現は抑制されていたが、cyclin-dependent kinase(cdk)inhibitorであるp21cip1はより多く発現していた。そこで、実際cdk2と結合しているcyclin A、p21cip1の量も同様な増減傾向があるのかどうか、抗cdk2抗体を用いた免疫沈降後にそれぞれに特異的な抗体でWestern blot解析を施行した。Ad GATA-6感染GMCと、Ad GFP感染GMCとを比べると、Ad GATA-6感染GMCにおいて、cdk2と結合しているcyclin Aは減少していたが、p21cip1は反対に増加しており、当初の予想に合致する結果であった。

 次に、cdk2 kinase assayを施行した。血清刺激後Ad GATA-6、Ad GFP感染GMCそれぞれから経時的に蛋白を抽出し、抗cdk2抗体にて免疫沈降した後、histone H1を基質としてcdk2によるリン酸化能を評価した。血清刺激16、24時間後では、Ad GATA-6感染GMCにおいてcdk2活性が抑制されていた。次にそのcdk2活性の抑制に、p21cip1が関与しているかどうかを示すため、以下の実験を行った。Ad GATA-6感染GMCの抽出蛋白を煮沸処理して、内因性の細胞周期関連蛋白(分子量の大きなcyclinやcyclin-dependent kinaseなど)を失活させ、それをAd GFP感染GMCの抽出蛋白と混合してcdk2活性を測ると、有意に抑制されていた。この結果より、Ad GATA-6感染GMCの抽出蛋白には、熱処理に耐性なcdk2活性抑制因子が含まれていることが明らかとなった。その熱処理に耐性な因子の効果は抗p21cip1抗体によるimmunodepletionによって消失し、cdk2活性抑制効果はほぼ完全に解除された。その対照実験として、正常ウサギ血清でimmunodepletionの操作を行ったが、cdk2活性抑制の解除はほとんどみられず、Ad GATA-6感染GMCにおけるcdk2活性抑制は少なくとも一部はp21cip1が関与していることが示唆された。

 Northern blot解析により、血清刺激後、対照においては時間依存性に増加するcyclin A mRNAの発現が、Ad GATA-6感染GMCにおいて抑制されていることが示され、転写レベルでの抑制が存在することが示唆された。一方、p21cip1 mRNAの発現量は低く、cyclinAと同じtotal RNA20gによるNorthern blotではbandのdensityの強弱を評価できなかったため、血清刺激後20時間のGMCのpoly A RNA4gを用いてNorthern blotを施行した。しかし、Ad GATA-6感染GMCと対照の間で明らかな変化を認めず、p21cip1に関しては転写レベルで発現調節されていないことが明らかになった。

 次に、cyclin Aのpromoter解析を行った。cyclinA遺伝子5’側promoter領域(-516/+245bp)を上流にもつluciferasc発現plasmidとGATA-6もしくはGFP発現plasmidをGMCにcotransfectして、luciferase活性を検討した。その結果、GATA-6はcyclin A promoter活性を抑制していることが示された。この抑制効果は、同promoter部位のactivating transcription factor(ATF)site、別名cyclic AMP responsive element(CRE)を欠損、もしくは変異させると消失し、GATA-6過剰発現によるcyclin A promoter活性抑制には、この部位が重要であることが示唆された。

 これらの結果から、GMCにおいてGATA-6転写因子は内因性に発現されており、GATA-6転写因子の過剰発現により細胞周期停止、細胞増殖抑制を起こし得ることが示された。また細胞周期停止はcyclin Aの発現低下とp21cip1の発現上昇をともなっていることが示された。GATA-6転写因子過剰発現にともなうp21cip1発現上昇には転写後調節の関与が示唆され、またcyclin Aの発現低下の少なくとも一部にはcyclin A promoter部位のATF/CRE siteが関与していると考えられた。

審査要旨

 糸球体腎炎の病態形成には、糸球体メサンギウム細胞(GMC)の過度な増殖が関与していることはよく知られている。しかし、GMCの増殖がどのような細胞内機序によって制御されているかに関しては、現在ほとんど解明されていない。GATA-6転写因子は、血管平滑筋細胞(VSMC)に豊富に発現していることが報告されており、増殖制御や分化に関係していることが示唆されている。本研究では、GATA-6のその作用が、メサンギウム増殖をきたす腎炎の制御に応用できる可能性があると考え、GATA-6転写因子発現アデノウイルス(Ad GATA-6)を用いてGATA-6転写因子を過剰発現させたとき、VSMCで報告されているのと同様に細胞周期停止・増殖抑制をおこすのかどうかについて検討し、下記の結果を得た。

 1.Northern blot法によって、培養GMCでは、GATA-6転写因子遺伝子が発現していることを示した。また静止期GMCを血清で刺激し、細胞周期に再進入させると、内因性のGATA-6転写因子の発現は低下した。

 2.Ad GATA-6感染GMCでは3H-thymidineの取り込みは、ウィルスの力価依存性に、また時間依存性に抑制された。

 3.Ad GATA-6感染GMCでは、cyclin Aの発現は抑制され、cyclin-dependent kiase(cdk)inhibitorであるp21cip1の発現は上昇した。感染control用のgreen fluorescent protein発現アデノウイルス(Ad GFP)を感染させてもそのような変化はみられなかった。

 4.免疫沈降後のWestern blot法では、Ad-GATA-6感染GMCにおいて、Ad-GFP感染GMCに比べると、cdk2と結合しているcyclin Aは減少したが、p21cip1増加した。

 5.cdk2活性がAd-GATA-6感染GMCにおいて抑制されていたが、その細胞蛋白抽出液を煮沸処理して、分子量の大きな内因性の細胞周期関連蛋白を失活させても、cdk2活性を抑制することが示された。その熱処理耐性成分のcdk2活性に対する抑制効果は抗p21cip1抗体によるimmunodepletionによってほとんど消失したことより、cdk2抑制効果の少なくとも一部にp21cip1が関与していることが示された。

 6.Northern blot法により、cyclin A mRNAはAd GATA-6感染GMCにおいて減少していたが、p21cip1 mRNAについては明らかな変化を認めなかった。

 7.Luciferase assayにより、GATA-6はcyclin A promoter活性を抑制することが示された。この抑制効果は、同promoter部位のactivating transcription factor(ATF)site、別名cyclic AMP responsive element(CRE)を欠損もしくは変異させると消失した。

 以上、本論文において、GMCにおいてGATA-6転写因子は内因性に発現されており、GATA-6転写因子の過剰発現により細胞周期停止・細胞増殖抑制をおこしうることが示された。また細胞周期停止はcyclin Aの発現低下とp21cip1の発現上昇をともなっていることが示された。GATA-6転写因子過剰発現によるp21cip1の発現増加には転写後の調節が関与し、cyclin Aの発現低下の少なくとも一部にはcyclin A promoter部位のATF/CRE siteが関与していることが示された。発生機序および治療法に関しては、未知の領域が多く残されているメサンギウム細胞増殖性腎炎に関して、それを制御し得る転写因子の存在、およびその細胞内機序の一部をアデノウイルスによる過剰発現という手法を用いて解明した点は、学位の授与に値するものと考えられる。

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