本研究は心臓の活動電位形成に重要な役割を演じていると考えられる、遅延整流型カウムチャネル蛋白ergの正常心筋、梗塞心筋での発現動態を明らかにするため、主に生化学的手法を用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.ラット正常心筋の左室心外膜側、左室心筋中層、左室心内膜側、右室からRNAを抽出し、RNase protection assayを行ってerg mRNAの発現量を半定量した。その結果心外膜側、心内膜側では心筋中層と比較して有意にerg mRNAの発現が多かった。固定したラット正常心筋でin situ hybridizationを行い、erg mRNAを染色し、これを裏付ける結果を得た。同様に心臓の各部位から蛋白を抽出し、Western blotでerg蛋白の発現量を半定量した。心外膜側では他の部位と比較して有意にerg蛋白が多く、免疫組織染色でも同様な結果を得た。また、パッチクランプ法で計測したところ、erg蛋白がチャネルを構成すると考えられるIKrも同様な分布をすることが示された。 2.左前下行枝結紮により心筋梗塞を作成したラットにおいて、梗塞4日後には梗塞巣周囲の残存心筋ではmRNAの発現は著明に減少しており、in situ hybridizationでも同様な結果を得た。また、蛋白の分布も同様であった。心筋梗塞巣から離れた部分ではergの発現に変化は認めなかった。 3.心筋梗塞28日後には心筋梗塞巣の周囲部においてもerg mRNA、erg蛋白の発現が回復した。これはRNase protection assay、in situ bybridization、Western blotting、免疫組織染色で一致した所見を得た。ergの発現は細胞一個当たりでは多かったが、残存心筋は壊死巣の中に散在しており、局所的には不均一分布となっていた。 以上、本論文はラット正常心筋でergの分布に不均一性があること、また心筋梗塞後によってmRNAレベルでergの発現が著明に抑制されることを明らかにした。本研究は病的心筋におけるカリウムチャネル蛋白の発現動態を、この分野ではこれまでほとんどなされていなかった分子生物学的手法を用いて明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 |