本研究は、血管平滑筋(VSMC)において産生される主要な内因性降圧因子であるプロスタサイクリン(PGI2)および一酸化窒素(NO)につき、ラット培養VSMCにおいて細胞周期同調法を用いVSMC増殖周期における産生動態とVSMC増殖調節機構に関する検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1.ラット培養VSMCの培養液中に分泌されるNOの測定の結果、増殖中のVSMCにおいては定常状態のVSMCに比較して内因性NO合成分泌が有意に増加していることが明らかにされた。細胞周期同調法を用いたVSMC増殖周期におけるNO測定の結果、NO合成はG0/G1期において時間の経過と共に増加し、DNA複製の開始の前にNO合成能は最大のレベルに達し、G2/M期を通じて一定の産生状態を維持することが示された。G1期におけるNO合成の増大は、RT-PCR法を用いた測定により、G1期早期に誘導型NO合成酵素(iNOS)mRNAの発現を伴っていることが示された。VSMC増殖期においてシクロヘキサミドにより蛋白合成を抑制した場合、抑制しない場合に比べてNO産生の増加は有意に減少し、VSMC増殖期において合成されるiNOSによりNO産生が増加することが示唆された。 2.細胞周期同調法を用いたVSMC増殖周期における培養液中のPGI2測定の結果、G0/G1期にPGI2の産生が増大することが示された。PGI2の産生は細胞増殖開始後4時間で最大に達し、その後は急速に減少しDNA合成開始前のレベルとなり、その後G2/M期を通じて最低の産生が続くことが示された。これらよりVSMCの増殖周期におけるPGI2の産生動態はNOの産生動態とは異なることが示唆された。 3.細胞数の測定とトリチウム(H3)標識チミジンのDNAへの取り込みの測定により、VSMCにおける内因性PGI2産生を阻害する10-6moles/Lのインドメサシンの添加によりVSMCの細胞増殖は加速することが示された。これとは対照的に、VSMCにおける内因性NO産生を阻害する10-5moles/LのL-NMMAの添加はVSMCの細胞増殖速度に影響しないことが示された。 以上、本論文は、増殖過程にあるVSMCでは相当量のNOとPGI2が合成されているが細胞増殖周期における産生動態は異なること、PGI2はVSMC増殖の進行を緩和するが増殖期VSMCにおけるiNOSの発現と内因性NO産生は細胞増殖に対して一定の影響を与えないこと、を明らかにしている。本研究はこれまで未知に等しかった、VSMC増殖時のiNOS発現とそれによって産生される内因性NOの細胞増殖周期における産生動態、およびそのVSMC増殖調節における役割を明らかにし、PGI2との違いを明らかにすることにより、これらの内因性降圧因子産生動態と血管平滑筋細胞増殖調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |