学位論文要旨



No 115418
著者(漢字) 藤原,聡
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,サトシ
標題(和) 内因性降圧因子産生動態とラット血管平滑筋細胞増殖調節機構に関する検討
標題(洋)
報告番号 115418
報告番号 甲15418
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1604号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 小室,一成
内容要旨 緒言

 一酸化窒素(NO)は内皮由来平滑筋弛緩因子の一つとして、近年その生理作用が特に注目されている。血管弛緩因子として単離同定されたが、その後血管壁以外に殆どすべての組織がNO産生系を有し、免疫、神経など幅広い生物学的機構にも関係し、細胞間の情報伝達において重要な病態生理学的意義を有していることが明らかとなってきた。NOはNO合成酵素(NOS)によりL-アルギニンとO2を基質としてL-シトルリンとともに産生されるが、NOSには現在、神経型(nNOS)、内皮型(eNOS)、誘導型(iNOS)の3つのアイソフォームが知られている。NOは、内皮細胞のみならず血管平滑筋(VSMC)からも著明に分泌され、誘導型NO合成酵素(iNOS)のmRNAがVSMCで同定されている。VSMCにおいてはエンドトキシンやインターロイキン1、またTNFなどのサイトカイン刺激後にiNOSが誘導され、大量のNOが産生されることが報告されている。実際、敗血症、血管形成術後の血管障害や動脈硬化を含む様々な炎症性変化にiNOS由来のNO産生がみられることが知られており、動脈硬化病変ではVSMCがNOの産生源としてマクロファージよりも重要であるともいわれる。一方、プロスタサイクリン(PGI2)はNOと同様に強力な血管拡張作用をもつ生理活性因子であり、血管壁の内皮および平滑筋細胞において多く産生される。外因性PGI2の血管壁に対する作用に関しては、血管収縮を抑制するとともに、血小板凝集抑制作用を持ち、また平滑筋細胞増殖にも他の降圧系エイコサノイドと同様に抑制的に働く。

 このようにPGI2およびNOは強力な血管作用を有するとともに、血管内皮および平滑筋細胞において産生される生理活性因子のうちでも特に産生量が多い物質でもある。血管壁で産生された内因性降圧因子もオートクライン、パラクライン的に血管壁機能に重要な働きをなしていることが考えられる。したがって、本研究においては、内因性NOおよびPGI2の血管壁機能、特に血管平滑筋細胞増殖における役割を明らかにするため、VSMC増殖過程における内因性NO合成およびPGI2産生を解析し、VSMC増殖の調節におけるNO系の役割を調べた。

方法

 Wistar-Kyotoラットの胸部大動脈から動脈片を採取し、explant法により血管平滑筋培養細胞(VSMC)を作成した。細胞周期は無血清培地およびヒドロキシ尿素を用いた細胞同調法によって評価した。DNA複製相の判定にはBrdUラベリング法で、また細胞増殖活性は細胞数の算出または酸不溶性DNA分画への(3H)チミジンの取り込み速度によって調べた。VSMCの胞体分裂相は細胞核をギムザ染色することにより判定した。培地中のNOは代謝物である亜硝酸塩と硝酸塩の総量として測定した。VSMCに発現されているiNOSのmRNAはRT-PCR法によって調べた。プロスタサイクリンは6-keto-PGF1として放射免疫測定法によって測定した。

結果

 VSMCにおけるNO合成は静止期に比べ血清刺激による増殖期に産生が増加したが、細胞密度の上昇とともに産生能は減少した。細胞増殖周期のG0/G1期を通してNO合成が時間経過に伴って増加することが明らかになった。DNA複製開始前、細胞増殖12時間後にはNO合成能が最大レベルに達し、その後のG2/M期には一定の産生能を保持した。iNOSmRNAのシグナルはG0/G1期、細胞増殖4時間後に観察されたが、8時間、12時間後にはシグナルを認めなかった。シクロヘキサミドによるRNAの翻訳の抑制によってG0/G1期におけるNO産生はみられなくなった。また、10-5mol/LのL-NMMAによる内因性NO合成の抑制はVSMCの増殖には影響しなかった。

 これに対してVSMCにおけるPGI2産生は、血清刺激による細胞増殖状態で著明に増加した。これは細胞増殖周期のG0/G1期での増加が主体であったか、特に細胞増殖4時間後にはPGI2産生は最大となった。DNA合成およびG2/M期にはほとんど産生が見られなかった。インドメサシンによる内因性PGI2産生の阻害によってVSMCの増殖は著明に増加した。

考察

 VSMCの増殖期には、内因性NO・PGI2共に産生が増加していることが明らかになった。NOについては、G0/G1期にiNOS mRNAの発現があり、それのよるNO合成の増大と判断された。実際、シクロヘキサミドによるiNOS mRNAの翻訳阻害によってG0/G1期におけるNO合成がみらなくなったこともこのことを強く支持していると考えられた。しかし、内因性NO合成の抑制はVSMC増殖能に影響を与えず、VSMC細胞増殖に観察されるNO産生の増大それ自体はその細胞増殖調節作用がないのもと考えられた。

 PGI2については細胞増殖の初期G0/G1期に合成能の増加が観察されたが、NOの場合とは異なり、それに続くS期からG2/M期には産生が急速に低下した。しかし、内因性PGI2合成の抑制によってVSMCの増殖が著明に増加したことは、内因性PGI2の増大がVSMCの細胞増殖に対し負の作用をもっていると考えられた。

 PGI2とNOは共に強い血管拡張作用をもつ物質でありいずれもVSMCの増殖期には産生が増加したが、増殖の細胞周期におけるピークの持続時間はPGI2の方が短かった。また、内因性PGI2は細胞増殖を遅延させるネガティブフィードバックシステムをもっている可能性が示唆されたが、これに対して内因性NOは細胞増殖の調節に対してPGI2と同様の関与はしていない可能性が強く示唆された。

結論

 血管拡張因子であるNOとPGI2はいずれも細胞増殖中のVSMCにおいて産生増加がみられた。増殖周期中のNO産生の増大はiNOSの発現を伴うものであったが、増殖速度には影響を与えなかった。一方、内因性PGI2はG0/G1期の持続に関係し、細胞増殖速度の促進に抑制的に働いていることが示された。血管平滑筋細胞より産生分泌されるこれら主要な降圧系因子は、オートクライン、パラクライン的に血管平滑筋細胞機能に影響を与えると考えられるが、細胞増殖の調節には主にPGI2系が関与するものと考えられた。

審査要旨

 本研究は、血管平滑筋(VSMC)において産生される主要な内因性降圧因子であるプロスタサイクリン(PGI2)および一酸化窒素(NO)につき、ラット培養VSMCにおいて細胞周期同調法を用いVSMC増殖周期における産生動態とVSMC増殖調節機構に関する検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.ラット培養VSMCの培養液中に分泌されるNOの測定の結果、増殖中のVSMCにおいては定常状態のVSMCに比較して内因性NO合成分泌が有意に増加していることが明らかにされた。細胞周期同調法を用いたVSMC増殖周期におけるNO測定の結果、NO合成はG0/G1期において時間の経過と共に増加し、DNA複製の開始の前にNO合成能は最大のレベルに達し、G2/M期を通じて一定の産生状態を維持することが示された。G1期におけるNO合成の増大は、RT-PCR法を用いた測定により、G1期早期に誘導型NO合成酵素(iNOS)mRNAの発現を伴っていることが示された。VSMC増殖期においてシクロヘキサミドにより蛋白合成を抑制した場合、抑制しない場合に比べてNO産生の増加は有意に減少し、VSMC増殖期において合成されるiNOSによりNO産生が増加することが示唆された。

 2.細胞周期同調法を用いたVSMC増殖周期における培養液中のPGI2測定の結果、G0/G1期にPGI2の産生が増大することが示された。PGI2の産生は細胞増殖開始後4時間で最大に達し、その後は急速に減少しDNA合成開始前のレベルとなり、その後G2/M期を通じて最低の産生が続くことが示された。これらよりVSMCの増殖周期におけるPGI2の産生動態はNOの産生動態とは異なることが示唆された。

 3.細胞数の測定とトリチウム(H3)標識チミジンのDNAへの取り込みの測定により、VSMCにおける内因性PGI2産生を阻害する10-6moles/Lのインドメサシンの添加によりVSMCの細胞増殖は加速することが示された。これとは対照的に、VSMCにおける内因性NO産生を阻害する10-5moles/LのL-NMMAの添加はVSMCの細胞増殖速度に影響しないことが示された。

 以上、本論文は、増殖過程にあるVSMCでは相当量のNOとPGI2が合成されているが細胞増殖周期における産生動態は異なること、PGI2はVSMC増殖の進行を緩和するが増殖期VSMCにおけるiNOSの発現と内因性NO産生は細胞増殖に対して一定の影響を与えないこと、を明らかにしている。本研究はこれまで未知に等しかった、VSMC増殖時のiNOS発現とそれによって産生される内因性NOの細胞増殖周期における産生動態、およびそのVSMC増殖調節における役割を明らかにし、PGI2との違いを明らかにすることにより、これらの内因性降圧因子産生動態と血管平滑筋細胞増殖調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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