学位論文要旨



No 115420
著者(漢字) 宮下,和久
著者(英字)
著者(カナ) ミヤシタ,カズヒサ
標題(和) 血液透析患者と保存期慢性腎不全患者のリコンビナントヒトエリスロポエチン(rHuEPO)による昇圧反応の比較検討
標題(洋)
報告番号 115420
報告番号 甲15420
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1606号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 講師 中尾,彰秀
 東京大学 講師 谷口,茂夫
内容要旨 1.はじめに

 健康人、慢性関節リウマチ、多発性骨髄腫、zidovudine治療中のAIDS患者など非腎不全患者で、これまでリコンビナントヒトエリスロポエチン(recombinant human erythropoietin,rHuEPO)療法による副作用は認められていない。一方腎不全患者の臨床試験で、高血圧(高血圧性脳症として頭痛、痙攣)、血栓・塞栓症などがみられた。我が国では透析患者へのrHuEPO療法導入時より、目標Ht値を30%と健常人より低く抑えており、脳血管障害、心筋梗塞、脳症による死亡者数の増加はなかった。しかし、血液透析患者の一部(20-30%)にrHuEPOよる高血圧がみとめられる。

 1990年にrHuEPOが、我が国の透析患者に認可された。それまで輸血のみに頼っていた透析患者の貧血を著明に改善し、QOL(quality of life)を向上させた。近年、rHuEPO療法で透析患者のHt値を正常まで上昇させるとQOLや脳機能がさらに改善すると報告されている。しかし、このように積極的にrHuEPO療法を行うためには、その副作用の予防が必要である。

 一般に保存期腎不全患者の高血圧は糸球体濾過能の低下と糸球体毛細管内圧の上昇が悪循環を形成し(Hyperfiltration theory,糸球体高血圧仮説)、腎不全を進行させる。実際の保存期慢性腎不全患者に対する臨床試験では、腎機能に対する影響は認められなかった。しかし、腎不全進行に伴うものか、rHuEPO投与によるものか区別は困難であるが、rHuEPO投与後約20%の患者で高血圧の進行が認められている。

 rHuEPO療法よる高血圧について、いくつかの機序が示されている。第一に循環血液量の増加、血液粘稠度の増加、低酸素下の血管拡張の改善など、rHuEPO投与によるヘマトクリットの上昇を介する機序が示されてきた。一方、in vitroでrHuEPOの直接血管平滑筋収縮作用や、in vivoでETA受容体拮抗薬によるrHuEPOの昇圧作用の阻害などが高血圧自然発症ラット(spontaneously hypertensive rat,SHR)で示された。また、ヘマトクリットの上昇のない鉄欠乏性貧血の腎不全ラットで、rHuEPOの投与による高血圧をみとめた。これらは動物実験だが、第二の機序としてrHuEPOがヘマトクリットの上昇を介さず、直接または種々の血管作動性物質を介し血圧を上昇させる可能性を示している。さらに、高血圧の家族歴がある透析患者は家族歴のない患者に比べrHuEPO療法で、有意に血圧上昇を認め、第三として遺伝的素因の関与も示唆されている。しかし、これらrHuEPOの昇圧機序の一定した見解はまだ得られていない。

2.研究-1

 方法:血液透析患者41人に対し、高血圧の家族歴とrHuEPOの単回投与(9000u,i.v.)による血圧変化を調べることで、ヘマトクリットの上昇を介さないrHuEPOの血圧上昇作用の有無とその遺伝的素因について検討した。さらに、血中の血管作動性物質の変化を調べ、rHuEPOの昇圧機序として、エンドセリン分泌の増加、レニンーアンジオテンシン系の亢進および自律神経系の活性化などがないか検討した。

 結果:18人(44%)が、rHuEPO投与30分以内に平均血圧5mmHg以上の上昇を認めた(図1a)。endothelin-1値が有意に上昇し(図2a)、平均血圧の変化量とendothelin-1値の変化量が正の相関を示した(図3a)。ノルアドレナリン値はrHuEPO投与後減少し、レニン値は変化しなかった。

 考察:rHuEPO単回投与でヘマトクリットの増加なしに血圧が上昇する割合がこれまで報告されているrHuEPO療法による高血圧の発症の割合とほぼ一致し、rHuEPOによる血管収縮作用がHD患者のrHuEPO療法での高血圧に関与している可能性が示唆された。rHuEPO投与後30分後に血漿endothelin-1濃度が増加し、平均血圧の変化と血漿エンドセリン濃度の変化が正の相関を示し、rHuEPO単回投与の血圧上昇はET-1分泌の増加を介することが示唆された。

3.研究-2

 方法:保存期腎不全患者36人に対し、研究1と同様な方法でrHuEPOを単回投与(6000u,i.v.)し、調べた。

 結果:11人(31%)rHuEPO投与30分以内に平均血圧5mmHg以上の上昇を認めた。endothelin-1値は上昇せず、ノルアドレナリン値はrHuEPO投与後減少し、レニン値は変化しなかった。

 考察:rHuEPO投与による昇圧反応は(図1b)、透析患者と比べ軽度で頻度も少なかった。ET-1の上昇もみられず(図2b)、血管作動性因子の関与は少ないと考えられた(図3b)。

図表図1.rHuEPO投与後の血圧変化 / 図2.rHuEPO投与後のET-1の変化図3.ET-1変化量と平均血圧変化量の関係
4.まとめ

 血液透析患者ではrHuEPO単回投与によりendothelin-1の上昇を介し、血圧上昇を示すが、保存期慢性腎不全患者ではその反応は乏しい。臨床的に通常使用する量の初回投与では血圧上昇はそれほど問題にならないと考えられる。rHuEPOの投与量が保存期慢性腎不全患者では6000uで、血液透析患者の9000uより少なかったこと、また保存期慢性腎不全患者はrHuEPO初回投与にほとんどの測定を行ったのに対し、透析患者では約7年の透析歴がありすでに頻回にrHuEPOを投与されていることが影響している可能性がある。

 透析患者のR群でET-1の有意な上昇を認めたが、保存期腎不全患者では、ET-1の有意な上昇はみとめられなかった。これは透析患者では頻回にrHuEPOを投与されて、血管内皮細胞あたりのEPO receptorの数や細胞内情報伝達系、特にJAK2/STAT系、Ras/Raf1/MAPK系などの核内転写に影響する系の活性化などのupregulationがあり、ET-1の産生が多かった可能性が考えられる。

 今後これらの機序が完全に解明され、ETA受容体拮抗薬などの治療薬が臨床応用されれば、透析患者を中心とするrHuEPO療法による高血圧が軽減され、より積極的な貧血の治療が可能になると思われる。

審査要旨

 本研究は腎不全患者の腎性貧血に対するrHuEPO療法の主要な副作用となっている高血圧の発症機序およびその頻度や程度を明らかにするため、血液透析患者および保存期腎不全患者のrHuEPO単回投与にて、ヘマトクリットの増加を介さないrHuEPOによる血圧上昇および血管作動性物質の変化の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.保険適応に従って、rHuEPOを9000u iv.した血液透析患者の44%(18/41人)と6000u iv.した保存期腎不全患者の31%(11/36人)が、rHuEPO投与後30分以内に平均血圧5mmHg以上の上昇を認めた。そのうち透析患者で11人、保存期腎不全患者で2人が10mmHg以上上昇し(P<0.05)、平均血圧の最大上昇値も、透析患者が30mmHgに対し保存期腎不全患者は11mmHgにとどまった。さらに、追加試験として保存期腎不全患者13例に9000u iv.したが、6000u投与の時と血圧上昇の頻度や程度は同じであった。このことより、保存期腎不全患者ではrHuEPO単回投与後、血圧上昇は透析患者に比し軽度であり、臨床上問題にならない事が示された。

 2.上記の透析患者でrHuEPO投与30分後、血圧上昇群(平均血圧上昇≧5mmHg)でエンドセリン-1値が有意に上昇し(p<0.05)、透析患者全体でも平均血圧の変化量とエンドセリン-1値の変化量が正の相関を示した(r=0.43,P<0.01)。このことから、血液透析患者ではrHuEPO単回投与によりエンドセリン-1の上昇を介し、血圧が上昇することが示唆された。

 3.保存期腎不全患者ではrHuEPO 6000u iv.30分後、平均血圧の変化量とエンドセリン-1値の変化量に相関はみられなかった。

 4.血漿カテコラミンおよびレニン値は、透析患者および保存期腎不全患者ともにrHuEPO投与30分後上昇せず、rHuEPO単回投与後の血圧上昇に関与しないことが示された。

 以上、本論文は血液透析患者ではrHuEPO単回投与によりエンドセリン-1の上昇を介し、血圧が上昇する可能性を示した。また保存期腎不全患者のrHuEPO単回投与による血圧上昇は、透析患者に比して頻度およびその程度が低く、臨床的に問題にならないことを明らかにした。本研究はまだ定説のない、rHuEPO投与による血圧上昇の機序の解明、および、これまで未知に等しかった、保存期腎不全患者のrHuEPO療法による高血圧の知見に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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