学位論文要旨



No 115425
著者(漢字) 平山,美樹
著者(英字)
著者(カナ) ヒラヤマ,ミキ
標題(和) 抗HCVコア領域タンパク抗体、および同コアペプタイド抗体価の測定について
標題(洋)
報告番号 115425
報告番号 甲15425
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1611号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 高山,忠利
 東京大学 講師 白鳥,康史
 東京大学 講師 大西,真
内容要旨 背景と目的

 「慢性C型肝炎」は、「慢性肝疾患」の中で、世界的にも大きな割合を占める。この疾患は、しばしば肝硬変や肝細胞癌への進展をきたし、致命的な結果をもたらす。C型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus:HCV)のRNA-sequenceは、1989年に初めて解読された。同時に、そのクローニングをもとに合成した「ウイルス産生タンパク」を抗原として、血清抗体価の測定が可能となった。以来、このウイルス抗原を様々に組み合わせた抗体が開発され、診断的な利用価値を競ってきた。現在、この疾患に対する根治的な治療薬として、単独の投与の効果が認められているものは、インターフェロン(Interferon:IFN)のみである。IFN著効例とIFN無効例では、治療後の予後に大きな差があるが、IFN治療の著効率は30%程度と芳しくない。IFN治療の効果判定は、現在、血中ALT値と血中HCV-RNAとの組み合わせで行われている。しかし、治療終了後6ヶ月以内に、治療中に消失した血中HCV-RNAが再陽性化する症例も数多くあり、投与終了直後における正確な治療効果判定は難しい。このため、投与終了後早期に正確な効果判定ができる指標の探究がなされている。抗HCVコア領域のタンパク抗体価は、IFN著効例では治療後に減少することが報告されており、治療効果判定にも役立つという予測がなされている。今回、抗HCVコア領域のペプタイド抗体をIFN治療効果判定に用いることができるか否か、また長期予後との関連性の有無についても検討した。

方法

 IFN治療を受けた慢性C型肝炎50症例を対象とした。以下の条件を満たすものを「IFN著効群(CR)」21例、それ以外のものを全て「IFN無効群(NR)」29例、とした。(条件:投与終了後6ヶ月以上の期間、血中ALT値が正常、かつ通常のbranched-DNAプローブ法により血中HCV-RNA陰性が続く症例。)検体は、各症例において、IFN治療投与前、終了直後、終了6ヶ月後の3ポイント血清を用いた。抗原は、2種類のコア領域タンパク:FLC(Full Length Core:core1-191a.a.)とJCC(Core1-120a.a.)、および19種類のコア領域ペプタイドP1-P19(1-15a.a.,11-25a.a.,……,181-195a.a.)を合成したものを用いた。また、これらの抗原に対する抗体は、IgG型、IgM型、IgA型、さらにIgGサブクラス型別の抗体価を測定し、時系列変動をみた。各抗体価はELISA法を用いて測定した。血中HCV-RNAは、通常のb-DNAプローブ法の他、HCVコア領域のプライマーを用いた独自のnested PCR(高感度コア領域PCR)も併せて行った。

結果

 予備検討として、IFN治療を受けていない慢性C型肝炎42例の血清で、各抗原に対するIgG型抗体の陽性率を測定した。抗コアタンパク抗体であるIgG型抗JCC抗体、IgG型抗FLC抗体の陽性率は、それぞれ100%(42/42)、86%(36/42)であった。抗コアペプタイド抗体の陽性率は、P1(core1-15):67%、P2(core11-25):93%、P3(core21-35):67%、P4(core31-45):33%、P5(core41-55):26%、P6(core51-65):36%であり、その他のペプタイドでは、全て20%以下であった。これらの結果から、本実験の抗原として、それぞれ最も高い陽性率をもつ、タンパクJCCとペプタイドP2(11-25a.a.)を使うこととした。

 IFN治療前後で、有意な変動を認めた抗体価の変動(IgG型抗JCC抗体,IgG型抗P2抗体,IgG1型抗JCC抗体,IgG1型抗P2抗体価)を次に示す。抗体価はS/N比の平均値である。

図表

 これらの抗体価の変動を%changeをみた。IFN投与終了直後の値では、治療前値の70%を境界としてx検定を行うと、IgG1型抗P2抗体でのみ、CR群で有意差があった。IFN治療6ヶ月後の値では、いずれの抗体でもほとんどのCR群で治療前値の70%以下に低下したのに対し、NR群ではほとんど低下は認められなかった。抗体別に%changeが70%以下となった症例の割合を見ると、IgG型抗JCC抗体:61%(13/21)、IgG1型抗JCC抗体:76%(16/21)、IgG型抗P2抗体:66%(14/21)、IgG1型抗P2抗体:85%(17/20)であった。この中で、CR群にてIFN治療前後の低下幅が大きい症例(%change70%以下)の割合が最も大きかったのは、IgG1型抗P2抗体であった。ところが、この抗体において、CR群でも例外的に抗体価が低下しない症例が3例あった。この3例では、コマーシャルなプローブ法では測定感度以下にあたる、ごく微量のHCV-RNAが残存していることが推定されたため、IFN治療6ヶ月後の血清を用いて高感度コア領域PCRを行った。その結果、33%(1/3)がHCV-RNA陽性であった。この1例についてさらに追跡調査したところ、IFN投与終了2年後には血中のHCV-RNAは消失し、IgG1型抗P2抗体価も低下していた。すなわち、ウイルスの消失が遅れ、抗体価も抗原刺激の残存を反映して高値が続いたと考えられる。

 その他の抗体での、IFN治療前後での測定結果は次の通りである。IgM型抗P2抗体、IgM型抗JCC抗体、IgG3型抗JCC抗体の陽性率は、それぞれ48%、44%、44%であったが、CR群においても変動幅が小さく有用ではなかった。(それぞれ%changeで示す。)

図表

 その他、今回測定したIgG2型抗P2抗体、IgG3型抗P2抗体、IgG4型抗P2抗体、IgA型抗JCC抗体、およびIgA型抗P2抗体は、投与前の陽性率そのものが10%以下であり、いずれも有用ではなかった。

結語

 1:IFN著効例で、治療前後の抗体価変動をみると、治療終了直後、終了6ヶ月後とも、低下幅が最も大きかったのは、IgG1型抗P2抗体価であった。

 2:CR群の中でも抗体価の減少が小さい症例では、3例中1例が治療終了6ヶ月後も高感度コア領域PCRにてHCV-RNA陽性であった。投与終了2年後にHCV-RNAが消失したとき、抗体価も減少した。

 3:IgG1型抗P2抗体価のモニタリングは、IFN療法の効果判定の指標として、最も有用であると考えられた。

審査要旨

 本研究は、血中の抗HCVコア領域ペプタイド抗体、および抗HCVコア領域タンパク抗体が、慢性C型肝炎に対するインターフェロン(interferon:IFN)治療効果判定における新しい指標として有用かどうかを明らかにするため、患者血清を検体としてELISA法とRT-PCR法を用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1:HCVコア領域(1-191a.a.)の範囲で、15残基長ずつに合成したペプタイドに対する血中のIgG型抗体の陽性率を測定し、epitope mappingを行った。この中で陽性率が最も高い値を示したのは、N末端付近のコアペプタイドP2(11-25a.a.)であった。HCVコア領域タンパクにおける抗体のエピトープ(immunodominant region)は、このP2部位であると推察された。

 2:HCVコアタンパクとして既に使われている抗原JCCを用いて、コアペプタイドP2の抗原特異性を検討した。慢性C型肝炎症例において、IgG型抗JCC抗体価とIgG型抗P2抗体価には、有意な相関関係が認められた。さらに、JCCとP2を添加抗原として、IgG型抗体の相互吸収実験を行ったところ、抗P2抗体は添加抗原JCCによって吸収され、両者が共通配列を持つ裏付けが得られた。したがって、抗P2抗体は、HCV感染者においてはHCV抗原特異性の高い抗体であると考えられた。

 3:IFN治療の前後で、抗原JCCおよび抗原P2に対する抗体価を、IgG型、IgM型、IgA型各分画、およびIgGサブタイプ型の抗体別に測定した。IFN治療前の陽性率の点では、IgG型抗体とIgG1型抗体が優れていた。慢性C型肝炎症例を著効群と無効群とに分けて、治療前後の抗体価変動を比較したところ、治療終了直後の時点では、IgG1型抗P2抗体価でのみ、著効群における低下傾向が認められた。治療終了6ヶ月後においても、著効群で低下傾向を示した抗体中、その低下幅が最も大きかったのはIgG1型抗P2抗体価であった。

 4:IgG1型抗P2抗体価の低下幅が、著効群においても例外的に小さい症例が3例あった。そのうち1例がIFN治療終了6ヶ月後も高感度コア領域PCRにてHCV-RNA陽性であった。治療終了2年後、HCV-RNAが消失したのに伴って、同抗体価も減少した。

 以上、本論文は抗HCVコア領域ペプタイド抗体である、IgG1型抗P2抗体価を測定することにより、慢性C型肝炎に対するIFN治療の効果判定を行うことができる可能性を示唆した。現在のIFN治療においては、治療終了後6ヶ月以内の再発が多く、より早期に正確な判定を行うことができる指標が求められている。本研究は、その開発に重要な貢献をすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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