Transforming growth factor- (TGF- )は分子量25kDaの二量体で、細胞増殖や分化に関する多機能調節因子であり、同時に、細胞外基質蛋白の蓄積にも大きな役割を担っている。すなわち、TGF- の過剰産生は、臨床的に肺線維症、肝硬変、創傷治癒をはじめ、腎臓においても糸球体腎炎や糸球体硬化に関連していることが推察されている。Thy-1腎炎ラットなど動物モデルによる検討では、中和抗体やデコリンを用いてTGF- の作用を阻害することでこれらの病気の進行を遅らせようとする試みがなされているものの、慢性疾患やヒトヘの治療応用には困難を極めているのが実状である。 TGF- は通常、生物学的に不活性な大小二種の潜在型として分泌されている。 大型の潜在型TGF- 複合体(large latent TGF- complex)は、成熟型のTGF- ・潜在型関連ペプチド(latency-associated peptide:LAP)・潜在型TGF- 結合蛋白-1(latent TGF- binding protein-1:LTBP-1)から構成されている。TGF- およびLAPは共にジスルフィド結合によるホモ二量体である。LAPはTGF- 前駆体のN-末端部分であり、成熟型のTGF- に非共有結合性に結合して、small latent TGF- complexを形成している。これらは、一部のトランスフォームした細胞系で認められているが、大部分の細胞種は、small latent TGF- complexのLAPの部分にLTBP-1がジスルフィド結合によって結合したlarge latent TGF- complexの形でTGF- を分泌している。LTBPにはLTBP-1,-2,-3,-4の4種のアイソフォームが知られているが、特にLTBP-1はヒトの血小板・線維芽細胞・平滑筋細胞など様々な細胞で発現している。また、LTBP-1はスプライシング過程でN-末端部に長短の差があるLTBP-1LおよびLTBP-lSの2種が知られている。LTBP-1はそのN-末端部で細胞外マトリックスと共有結合性に結合することが示されており、結果として、細胞外マトリックスにTGF- を蓄積させることとなる。LTBP-1LはLTBP-1Sに比べ、より効率的に結合するとされる。細胞外マトリックスに結合したlarge latent TGF- complexはプラスミンのような蛋白分解酵素がLTBP-1と細胞外マトリックスとの結合を切ることで再び放出され、その放出されたlarge latent TGF- complexが細胞表面で活性化されて成熟型TGF- を放出する。最近の知見からは、LTBP-1を介したlarge latent TGF- complexと細胞外マトリックスとの相互作用がTGF- の活性化に必要なステップであるといわれている。 慢性腎疾患では一般に糸球体内圧の上昇が観察されており、糸球体硬化の進行に大きく関与していると推察されている。しかし、糸球体高血圧がどのような機序で細胞外基質の蓄積をもたらしているのかは明らかではない。糸球体内圧はラプラスの法則に従って毛細血管壁に伝わり、その周囲に存在するメサンギウム細胞に伸展負荷がかかる。実験的には、培養メサンギウム細胞に機械的伸展刺激を加えると、細胞形態・細胞増殖・各種癌遺伝子等の発現などに変化を来すことが観察されている他、糸球体硬化との関連では、メサンギウム細胞への周期的伸展刺激により、細胞外基質の主要な構成成分であるコラーゲン・ラミニン・フィブロネクチンの産生増加が示されている。最近、我々はこの伸展刺激誘導性の細胞外基質産生増加が、伸展刺激によるTGF- のオートクリン・バラクリン分泌増加を介していることを報告した。 今回、糸球体硬化の進行抑制の観点から、in vitroのモデルとなりうる培養メサンギウム細胞伸展刺激実験系を用い、伸展刺激誘導性の細胞外基質産生増加の鍵となるTGF- の活性化段階に着目し、上述のLTBPやLTBP-細胞外マトリックス相互作用の役割を検討した。まず、LTBP-1が培養メサンギウム細胞に発現しているかをノーザンブロット法にて確認したところ、LTBP-1L及びLTBP-1Sともに高発現を示していた。 次に抗LTBP-1抗体を培養メサンギウム細胞に前投与した後、36時間の機械的伸展刺激を加えたところ、抗体非投与群と比べ、TGF- のmRNA発現増強はそのままに、細胞外基質の主要成分であるフィブロネクチン及びI型コラーゲンのmRNA発現が用量依存性に抑制された。次に、細胞外マトリックスとの結合に重要とされているLTBP-1のN-末端部分のアミノ酸配列に従ってオリゴペプチド(4種)を作成し、LTBP-細胞外マトリックス相互作用に対する競合阻害としての効果を検討したところ、オリゴペプチド非投与群と比べ、TGF- のmRNA発現増強はそのままに、フィブロネクチン及びI型コラーゲンのmRNA発現が用量依存性に抑制された。この抗体およびオリゴペプチドによる抑制効果はリコンビナントTGF- (活性型)を外因性に添加することによって解消した。また、ミンク肺上皮細胞を用いた増殖抑制試験にて、この抗体およびオリゴペプチドは外因性のTGF- による細胞増殖抑制作用に変化を及ぼさなかったことから、抗体及びオリゴペプチドがTGF- 自身或いはTGF- 伝達系に交差反応することなく特異性を持ってLTBP-1の細胞外マトリックスとの相互作用を阻害していると推察された。 これらの結果より、培養メサンギウム細胞はTGF- をlarge latent TGF- complexの形で分泌し、LTBP-1と細胞外マトリックスとの相互作用がTGF- の活性化さらには細胞外基質蛋白の産生にいたる重要な第一段階であることが示され、糸球体硬化の進行抑制という観点から、この過程を阻害することが新たな治療戦略になりうると考えられた。 |