本研究は、西洋文化とは異なった文化背景をもつ日本人や、在米日系人において終末期医療についての希望に相違があるか、また相違があるとすればどのように異なっているかについて明らかにすることを目的とした。米国ロサンゼルス地域在住の英語を主に話す日系人(English-speaking Japanese Americans:EJA)、日本語を主に話す日系人(Japanese-speaking Japanese Americans:JJA)、および日本在住の日本人(Japanese living in Japan:JJ)を対象に、1)延命治療についての希望に関する医師・患者間コミュニケーション、2)終末期における意思決定モデル、3)終末期の告知に関する希望、4)治療からの撤退およびアドバンス・ケア・プランニングに関する態度について、自己記入式質問表を用いた比較調査研究を行った。最終的に539名のEJA、340名のJJA、そして304名のJJから有効回答を得た。本研究から以下の結果を得た。 1.日系人、日本人ともに多くの人々が医師と自分の終末期のことについて話し合いたいという希望を持っているにもかかわらず、これまでに話し合ったことがあると答えた人は各集団とも極めて少数であった。したがって、日米ともに終末期医療に関して医師・患者間にコミュニケーション・ギャップがあることが考えられた。 2.ほとんどの回答者は、終末期医療の治療方針は、特定の個人ではなく、複数の集団で治療方針を決定していきたいと答えた。したがって集団での決定を含むアドバンス・ケア・プランニングの確立が日系人・日本人には必要と考えられた。 3.対象者の背景因子ならびに健康状態で補正したあとでも、末期状態の予後について本人に告知してほしいという希望は、日系人は日本人に比べて有意に強かった。 4.EJAは、延命治療からの撤退、アドバンス・ケア・プランニング、治療法についての自律性に関してJJA、JJに比し、より積極的な意見を持っている人が多かった。JJAは、JJよりこれらについてむしろ消極的な意見を持っている人が多かった。 以上の結果より、日本文化を背景にもつ日系人と日本人は、世代や環境が異なっていても、ある部分終末期医療に関する希望や、態度において日本の伝統的な価値観を共有していること、逆に末期状態の予後の告知、延命治療に関する態度、アドバンス・ケア・プランニングの考え方などは日系人・日本人の間で考え方に違いがあることが明らかになったと考えられた。したがって患者および患者家族の個々の事例に応じ、終末期医療についての希望についての評価をより早期から開始することが、米国在住日系人についても、日本に住む日本人においても終末期医療における医師、患者、患者家族間のコミュニケーションを改善し、終末期における意思決定を円滑にする上で重要であるという示唆が得られた。 本研究は、同じ文化背景をもつ文化集団間の終末期医療態度の違いについて多岐にわたり共通の質問票を用いて定量的に検討した初めての研究である。本研究はこの点において独創性があり、また米国在住の日系人、さらには米国在住のマイノリティーに対する終末期医療のあり方への提言を与え、日本人・日系人の今後の終末期医療のありかたについて具体的な示唆を提示したという点で臨床的かつ社会的有用性があり、学位の授与に値するものであると考えられる。 |