本論文は移植免疫学領域に関する臨床研究の前臨床モデル動物として将来利用していくことを目的に、分子生物学的手法により、新世界ザルであるコモンマーモセット(英名:Common marmoset、学名:Callithrix jaccus)の主要組織適合性複合体(Major Histocompatibility Complex,MHC)クラスI遺伝子並びにクラスII DRB遺伝子とその多型性を解析した。また、移植前検査の為に、簡便解析法を新たに考案し、さらに、分子進化学の観点からも解析を行い、進化についての情報も検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.クローニング法やSSCP法の解析により、7種類の新たなアリル塩基配列を含む21種のコモンマーモセットMHCクラスII DRB第2エクソンアリルの塩基配列を同定した。ヒトのHLA-DRB遺伝子とのホモロジー検索結果により、核酸レベルで80〜90%の相同性が認められた。 2.組織適合性検査(histocompatibility test)を行うため、上述のアリル配列情報に基づき2組のコモンマーモセットに特異的なDRB第2エクソンプライマーセットを設計し、PCR-SSCP分析法にて、DNAタイピングを考案した。5家系18個体より得られたDNAを用いて、DRB遺伝子に関する家系図を検討した。同胎兄弟間に同じパターンが観察されたことからコモンマーモセットの骨髄キメラ性が支持された。 3.遺伝子座数を解析するため、細胞株や組織由来のゲノムDNAサンプルを用いサザン解析を行った。コモンマーモセットのDRB遺伝子のコピー数が異なる個体でも、少なくとも4種以上は存在すると考えられた。 4.各アリル遺伝子の系統関係を探る目的で、分子進化学的手法を用いて、コモンマーモセットDRB遺伝子第2エクソンの塩基配列と多種類の霊長類における同領域の塩基配列と比較し、系統樹分析を行った。新世界ザルのDRB遺伝子は旧世界ザルのDRB遺伝子と明瞭に区別するができた。この結果は、これまで考えられてきた霊長類の進化過程と符合するものであった。さらに、新世界ザルにおいてもDRB対立遺伝子多型性が種を越えて保存されている事実(transspecies polymorphisms)を示した。また、コモンマーモセットのMHC-DRB 1分子の抗原認識部位と非抗原認識部位とをそれぞれコードする遺伝子DNA配列より塩基置換頻度を計算したところ、コモンマーモセットのMHC-DRB分子 1ドメインの多型性が、アミノ酸の置換変化を引き起こすことが淘汰上有利となるような"正の自然淘汰"(positive selection)によって維持されている可能性を示唆した。 5.クローニング法と塩基配列解析により、20種のMHCクラスIの部分遺伝子の塩基配列を同定した。どの個体からも、10種類以上の遺伝子が観察された。コモンマーモセットのMHCクラスI第2エクソンから第3エクソンまでの領域において、系統樹を作成した結果から、MHCクラスI遺伝子は数グループに分けられた。そのうちの1つはMHC-G遺伝子と他の1つはMHC-E遺伝子と類似していたが、ヒトの古典的クラスIに類似する群も認められた。 6.得られたコモンマーモセットMHCクラスI遺伝子の塩基情報に基づき、それぞれの第2と第3エクソン領域に特異的な2組のプライマーセットを設計し、PCR-SSCP解析を行った。各個体からは複数のバンドが検出され、多種類アリルを持ち多型性を認めた。 7.マーモセットMHCクラスI遺伝子に関する特異的部位を解析するために、染色体マッピングを行った。FISHの蛍光シグナルは大型常染色体一対のみに観察できた。その位置は、Sherlockら(1966)の命名法にしたがい、染色体第4番の長腕のセントロメアに近い広い領域上に特定できた。コモンマーモセットの第4番染色体は染色体ペインティング法により、ヒトの第6番目染色体と相同であることが報告されている。従って、両種のMHCクラスI遺伝子が相同な染色体に存在していることが確認された。さらに、ゲノム構造を調べるために、2色プローブを用い、DNAファイバー上でFISHを行った。10個以上の2色の隣接した蛍光シグナル群が、直線状のファイバーに並ぶことが観察できた。 以上、本論文は同種造血幹細胞移植の霊長類モデルの作製を目的として、その最も基礎となる主要組織適合複合体遺伝子とその多型性の解析を行った。ドナーとレシピエントを選択するために組織適合検査法も確立した。臓器移植研究、MHC関連疾患の免疫研究とともに霊長類分子進化学に、大きく貢献し得たものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |