学位論文要旨



No 115432
著者(漢字) 川杉,要
著者(英字)
著者(カナ) カワスギ,カナメ
標題(和) 健康改善および国民福祉の向上を目的とするたばこ税増税政策の医療経済学的効果について
標題(洋)
報告番号 115432
報告番号 甲15432
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1618号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 講師 福原,俊一
内容要旨 はじめに

 喫煙は、肺がんや虚血性心疾患を始めとするさまざまな疾患の危険因子であり、多くの人々に莫大な健康被害をもたらしている。そして、日本はもちろんのこと世界各国において、喫煙が危険因子となる疾患の発生およびそれに伴う死亡によって、過剰な医療費が費やされ、また死亡、入院による生産性の低下などにより膨大な額にのぼる社会的な経済損失が生じていると推測される。

 喫煙対策の代表的なものには、たばこの価格をあげる価格政策、法規制などによる喫煙規制、たばこの健康影響に関する情報提供、広告規制、禁煙指導などがある。その中で価格政策のひとつであるたばこ税増税政策は、国や地方公共団体の歳入を増やすとともに、たばこ消費量や喫煙率を減少させ、たばこによる健康被害を防ぎ国民健康を改善する効果もあると考えられる。

 そこで本論文においては、喫煙者の健康を改善し、たばこによる社会的な経済損失を減少させるとともに、政府の歳入増加も見込める、たばこ税増税および福祉目的税化という政策に着目した。まず、たばこ税増税および目的税化に対する納税者の意識、理解等を調査、分析し、たばこの需要曲線を推測する目的で、たばこ税に関するアンケート調査を実施した。次に、たばこの商品としての特殊性(供給曲線が水平な直線)に着目し、アンケート調査の結果を参考に、医療経済学的分析と憲法学的分析を加えて、たばこ税増税政策の有効性と妥当性について評価、検討をした。

アンケート調査の方法

 ある生命保険会社の生命保険加入者を調査対象とし、喫煙者と非喫煙者のそれぞれに対して質問紙を用いて、任意抽出によりアンケート調査を実施した。

アンケート調査の結果

 アンケート調査の結果は、平成10年のたばこ税増税が、政府歳入の増加の他に、喫煙量減少による社会的損失の削減効果ももたらしたことを示唆した。また、健康改善目的や介護保険財源補充目的など国民福祉向上目的へのたばこ税の目的税化は、単なる増税の場合に比して、たばこの需要曲線それ自体をあまり変化させないが、増税に対するより多くの理解を得ることができることを示唆する結果となった。

医療経済評価モデル

 たばこ税増税政策の効果について、いくつかの前提条件のもと、医療経済学的にできるだけ簡便に評価するための以下のようなモデルを想定した。

 

医療経済分析結果

 たばこによる経済損失の総額Lについて、その内容と推計方法について、いくつかの研究報告を参考にして、分析を加えた結果、Lを7117億円と推計した報告と、3兆8646億円と推計した報告とを、それぞれLのおおよその下限と上限の代用とした。アンケート調査の結果を参考にして、喫煙率などの統計データを用い、平成10年の値上げによる経済効果Gを、上記モデルから下限2140億円、上限3212億円と推計した。

 さらに、需要曲線D:q=f(p)を、禁煙者の増加による喫煙者の減少を総喫煙本数の減少と仮定し、アンケート調査の結果から推定した。そして、今後の増税による経済効果Gを、その需要曲線を利用して、値上げにより禁煙しようと試みる者の禁煙成功率が10%、50%、100%と仮定した場合のそれぞれについて概算してみた。その結果、例えば損失Lに上限とした推計値を代用し、40円の値上げで10%の禁煙成功が達成されたとした場合、効果Gは5697億円となった。また、他のほとんどのシナリオにおいても経済効果Gの増加が多く期待できた。しかも、損失Lが大きいときには、増税とともにさまざまな禁煙サポートをすることにより、禁煙成功率を高めたほうが政府にとっては結局効果が大きくなるという結論が得られた。

憲法学的分析

 アンケート調査の結果を参考にして、喫煙の自由、営業の自由などとの関係において、たばこ税増税政策および目的税化を憲法学的に検討したところ、憲法に反しない妥当な政策であるという結論に至った。

考察

 アンケート調査の結果を参考にして、憲法学的分析も交えて実際のたばこ税増税政策について検討し、今後の増税に関しては1箱40円あるいは60円の増税が最も望ましいという結論に至った。また同時に、福祉目的税化を行い、さらに禁煙サポートの充実などにより禁煙成功率を高めることが有効な政策であると考えた。

 喫煙対策としてのたばこ税増税政策においては、喫煙量および喫煙率を減らし健康被害を防ぐという本来の効果に加えて、政府歳入の増加という効果も期待できる。また、たばこ税を目的税化し、禁煙運動など喫煙対策のための財源にしたり、国民医療費の財源補充など福祉政策のために使うことにより、さらなる国民健康の向上といった効果も期待でき、国民の増税に対する理解も得られる。本論文においては、たばこ税増税政策について、たばこに起因する社会的損失削減効果の他に、政府歳入の増減にも視点をむけ、医療経済学的分析および憲法学的分析を加えることによって、その有効性、妥当性を確認することができたと考える。

審査要旨

 本研究は、喫煙対策としてのたばこ税増税政策の有効性と妥当性について評価、検討をする目的で、たばこ税に関するアンケート調査を実施し、増税の医療経済学的効果の推計と政策の憲法学的分析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.たばこ税増税政策の医療経済学的効果について、いくつかの前提条件のもと、簡便に評価するためのモデルを以下のように想定した。

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 2.平成10年のたばこ税増税による経済効果は、アンケート調査の結果を参考にして上記モデルから下限2140億円、上限3212億円と推計された。

 3.アンケート調査の結果から需要曲線は、価格の上昇につれ価格弾力性が逓減していく、弾力性の低い曲線が推定された。

 4.今後の増税による経済効果については、例えば40円の値上げで禁煙を試みる者の10%が禁煙を達成できた場合、効果の上限は5697億円と推計され、他のほとんどのシナリオにおいても経済効果の増加が多く期待できた。しかも、たばこによる社会的損失が大きい場合には、増税とともにさまざまな禁煙サポートをすることにより、禁煙成功率を高めたほうが政府にとっては結局効果が大きくなるという結論が得られた。

 5.アンケート調査の結果は、増税という規制手段と国民福祉の向上という目的との間の実質的な合理的関連性の存在を示唆し、喫煙の自由、営業の自由などとの関係においてたばこ税増税政策は、憲法に反しない妥当な政策であるという結論に至った。また、たばこ税の目的税化も憲法の理念に反しないと考えられた。

 6.今後の増税に関しては、1箱40円あるいは60円の増税が最も望ましいという結論に至った。また同時に、福祉目的税化を行い、さらに禁煙サポートの充実などにより禁煙成功率を高めることが有効な政策であると考えられた。

 以上、本論文はたばこ税増税政策の医療経済学的効果を簡便に評価するための推計モデルを想定し、アンケート調査の結果を分析することによって、当政策の有効性および妥当性を確認した。本研究は、効果的なたばこ税増税政策の実現に向けて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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