学位論文要旨



No 115434
著者(漢字) 村田,茂穂
著者(英字) Murata,Shigeo
著者(カナ) ムラタ,シゲオ
標題(和) プロテアソーム活性化因子PA28ノックアウトマウスの作製と解析
標題(洋) Generation and analysis of the proteasome activator PA28-deficient mice
報告番号 115434
報告番号 甲15434
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1620号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 講師 門脇,孝
内容要旨

 プロテアソームはユビキチンをパートナーとする真核生物のATP依存性プロテアーゼである。ユビキチンが標的タンパク質に多数連結してポリユビキチン鎖を形成すると、識別シグナルとなり標的タンパク質はプロテアソームに捕捉され、分解される。プロテアソームの触媒ユニットは20Sプロテアソームと呼ばれ、7個のサブユニットから構成されたリングとリングが、の順に会合した円筒形粒子である。触媒活性部位はリングの内表面に存在するが、リングは閉じているため、標的蛋白を内部に取り込むためには活性化因子が必要である。その一つはPA700と呼ばれ、20Sプロテアソームの両端にATP依存的に結合し26Sプロテアソームを形成すると、ユビキチン化された蛋白を捕捉し、unfoldすることにより活性中心へと送り込み蛋白分解へと導く。もう一つはPA28と呼ばれる活性化因子であり、PA28とPA28の2種類のサブユニットが交互に会合した六量体または七量体として存在し、20Sプロテアソームの両端に結合する。PA28はPA700のようにユビキチン化蛋白の分解には関わらないが、ペプチダーゼ活性を顕著に促進することから、26Sプロテアソームと協調して蛋白分解を促進すると考えられている。また、プロテアソームは内在性抗原のプロセッシング酵素であり、PA28により効率的にMHC class Iリガンドが生成されることがin vitroで示されている。このPA28とPA28のクローニングされた際に、SLEの患者血清にみられる自己抗体に対応する抗原として知られていたKi抗原がPA28及びPA28と高い相同性を持つことが判明した。Ki抗原は単独で複合体を形成するが、20Sプロテアソームと会合することが確認され、PA28、PA28と同様にペプチダーゼ活性を促進する作用もあり、PA28と名付けられた。PA28/複合体とPA28複合体は多くの点で反対の性質を持つ。これらの細胞内局在は異なり、前者は主として細胞質に、そして後者は核に局在する。IFN-に対しては前者は強く誘導されるのに対し後者はほとんど変化しないか細胞種によっては減少する。進化的には、前者は脊椎動物に限られるのに対し、後者は線虫やダニなど無脊椎動物にも存在することが知られている。機能的にはPA28の過剰発現細胞に対してCTLの応答が高まることが報告されており、PA28/複合体はin vivoにおいても抗原プロセッシングに一定の役割を果たしていることが示唆されている。PA28に関しては現在機能は全く不明であるが、その局在および進化の古い段階より出現していることから生体機能に重要な役割を果たしている可能性が考えられた。

 今回、PA28単独欠損マウス、およびPA28とPA28を同時に欠損するマウスを作製し、これらのin vivoにおける機能の解析を行った。PA28欠損マウスはメンデルの法則に従い生まれ、免疫学的機能を含め顕著な異常は認められなかった。しかし身体のサイズが野生型に比し小さく、胎児線維芽細胞を用いた実験では、欠損マウス由来の細胞は野生型のものに比し増殖速度が遅く、飽和密度が低かった。細胞周期の解析ではS期の割合が減少しており、PA28は細胞増殖、身体の発育など増殖に関連した機能を持つことが示唆された。一方、免疫学的側面において重要な役割をもっていると考えられていたPA28/の同時欠損マウスは、驚くべきことに胎齢9.5-10.5日において致死となった。形態、組織学的には野生型と大きな差異を認めず、しかも胎齢9.5日から10.5日というきわめて短期間に死亡する点が、従来の致死性ノックアウトマウスに比し特異であった。ノーザンブロット解析では発生の早期にPA28/の発現のピークがあり、PA28/は免疫における働き以外に個体発生に重要な役割を持つことが判明した。

審査要旨

 本研究は、細胞内蛋白質分解の主要な酵素であるプロテアソームという複合体のペプチダーゼ活性を促進する因子として見いだされていたプロテアソーム活性化因子PA28の生体内における機能を発生工学的手法を用いて解析を試みたものである。PA28には,,の3つのファミリーよりなり、それぞれのノックアウトマウスを作製し、下記の結果を得ている。

 1.PA28ノックアウトマウスは、メンデルの法則に従って生まれてきたが、野生型に比して体重が小さいことが判明した。細胞レベルの解析により、PA28欠損細胞では細胞周期のG1期からS期への進入が野生型に比して遅れ、また細胞の大きさがPA28欠損細胞では野生型よりも大きくなっていた。PA28が細胞周期の進行および細胞の大きさ、ひいいては個体の大きさの決定に重要な役割を果たしていることが示された。

 2.PA28とPA28は同じ染色体上に隣接して存在し、生理的条件ではPA28(/)複合体として細胞内にあることから、この両者を同時に欠損するマウスを作製した。これまでin vitroの解析において免疫学的機序への関与が考えられていたPA28(/)複合体だが、このノックアウトマウスは胎生10.5日までに致死となり、今回初めてPA28(/)複合体が免疫以外の重要な役割を持っていることが判明した。しかもその表現型は成長遅延や臓器形成の異常が皆無であるという点で非常に特異な致死の形態を示していた。マウスの各発生段階のRNAをもちいたノーザンブロットでは、胎生7日目に発現のピークがありその後急激に減少することが判明し、このこともPA28(/)複合体が発生に重要な役割を持つことを示唆する結果である。

 以上、本論文はPA28ファミリーのノックアウトマウスの作製と解析により、PA28が個体の大きさの決定と細胞周期に関連した役割を、PA28(/)複合体が発生初期において必須の役割を持つことを初めて明らかにした。本研究はこれまで関連性さえ想像されていなかったPA28と細胞周期、発生という生体に重要なシステムとの関わりを解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54762