学位論文要旨



No 115436
著者(漢字) 鶴ヶ野,しのぶ
著者(英字)
著者(カナ) ツルガノ,シノブ
標題(和) 下垂体前葉におけるインターロイキン6の局在と機能
標題(洋)
報告番号 115436
報告番号 甲15436
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1622号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 関根,義夫
 東京大学 講師 赤林,朗
 東京大学 講師 三崎,義堅
内容要旨 研究の背景と目的

 インターロイキン-6(Interleukin-6,IL-6)は炎症性サイトカインの一つであり,主に単球-マクロファージ系の細胞において産生され,炎症性ストレスをはじめとする種々の侵襲に対する生体の防御機構において主要な役割を果たしている.下垂体前葉でもIL-6は産生され,パラクライン機構を介して下垂体前葉におけるホルモン産生細胞の分化・増殖,分泌を調節する重要な機能を持つと考えられているが,その詳細は不明な点が多い.これまで種々の下垂体腫瘍におけるIL-6の産生が知られているが,近年正常下垂体もIL-6を産生しているとの報告が相次いでいる.一方,下垂体前葉には瀘胞星状細胞(Folliculo-stellate cell;FS cell)とよばれる,特徴的な形態(細長い突起を細胞間に伸ばし,時に濾胞を形成する星型の細胞)を持つ非内分泌性の細胞が存在する.FS細胞は下垂体前葉におけるホルモン分泌細胞の支持細胞のみならず,IL-6をはじめvasculer endothelial growth factor(VEGF),leukemia inhibitory factor(LIF),basic fibroblast growth factor(bFGF)などのサイトカインや細胞成長因子を産生して,下垂体前葉におけるangiogenesisや細胞増殖,さらには下垂体腫瘍の形成にも関与する事が示唆されてきた.また,下垂体前葉での死細胞の処理などに関与するスカベンジャー細胞としての機能も有する多機能性の細胞であることが明らかにされつつある.これまでの下垂体初代培養系や濾胞星状細胞由来の細胞株を使用した実験から,このFS細胞が正常下垂体組織においてIL-6を産生する唯一の細胞ではないかと想定されている.しかし,これまで免疫組織化学による正常下垂体組織(in situ)でのIL-6産生細胞の同定はなされていない.またIL-6の多様な生理活性を理解するためには,そのレセプターの局在およびシグナル伝達機構の解明が必須であるが,下垂体のIL-6レセプター(IL-6R)の局在に関しても,下垂体腫瘍でのIL-6RmRNAの発現に関する報告は散見されるものの,その詳細な研究はいまだ行われていない.

 このため本研究では,1)正常ラット下垂体でのIL-6含有細胞の局在を免疫組織学的に同定し,2)種々の下垂体培養細胞におけるIL-6遺伝子の発現およびIL-6分泌の定量をおこない1)の結果を検証するとともに,サイトカインの強力なinducerであるLipopolysaccharide(LPS)刺激による下垂体前葉細胞のIL-6分泌についても検討した.さらに下垂体でのIL-6の機能探索の一環として,3)ラット下垂体でのIL-6Rの局在に関する免疫組織化学的な同定を行った.また4)エストロゲン誘導性ラット下垂体腫瘍細胞株(MtT/SM)を用いてプロラクチン(PRL)および成長ホルモン(GH)分泌に及ぼすLIF/IL-6サイトカインファミリーの作用とそれらの細胞内機構についても検討し,以下の知見を得た.

結果および考察1)下垂体前葉におけるIL-6の局在

 Wistar雄ラットを用いて凍結切片を作成し,マウス抗IL-6モノクローナル抗体と,FS細胞のマーカーであるS-100proteinに対する抗体および各下垂体前葉ホルモン抗体との二重免疫染色を行った.その結果IL-6陽性細胞は,一部のS-100細胞(約12%)以外にも,副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)および甲状腺刺激ホルモン(TSH)産生細胞の一部とも重なりが認められた(約24%,48%).このことより,下垂体前葉においてはFS細胞だけでなくホルモン産生細胞自体もIL-6を産生している可能性が初めて示された.今回,IL-6を含有するS-100陽性細胞には,一般的なFS細胞の形態をとらないものが多く見受けられた.Allaerts(1997)らは,下垂体のS-100陽性細胞の一部と,単球由来のdendritic cellとの構造学的および免疫学的な類似性を見い出し,FS細胞のheterogeneityを提唱しているが,今回の結果よりFS細胞には機能上のサブグループも存在する可能性が示唆された.

2)下垂体培養細胞でのIL-6遺伝子の発現およびIL-6分泌の定量

 1)の結果をもとに,ラット下垂体由来細胞株MtT/S,MtT/SM,GH3,MtT/E,およびマウス下垂体由来細胞株TtT/GF,AtT-20,TT-1,T1-1,LT-2,TtT/M87を用いたIL-6遺伝子の発現をRT-PCRにて検索した.その結果,TtT/GF(FS細胞様細胞株),AtT-20(ACTH産生),TT-1(-subunit,TSH産生),T1-1(-subunit産生),MtT/E(非ホルモン分泌性,Rit-1陽性),TtT/M87(マクロファージ様細胞)において,IL-6mRNAの発現が認められた.またこれらの細胞株についてB9cellによるIL-6のbioassayを行ったところ,TtT/GF,AtT-20,TT-1,T1-1,MtT/E細胞でIL-6の分泌が確認された.これらは先述の免疫組織化学的検索の結果を支持するものであった.今回,ラットエストロゲン誘導性腫瘍細胞株であるMtT/E細胞においても,IL-6遺伝子の発現と多量のIL-6の分泌が確認された.MtT/E細胞は非内分泌性の細胞であるが下垂体特異的転写活性因子であるPit-1/GHF-1を持ち,おなじくPit-1/GHF-1陽性であるTSH産生細胞,GH産生細胞,PRL産生細胞と同じ系譜上の細胞である.また,近年IL-6がMtT/E細胞の増殖を促進することが報告されている.このことは今回TSH産生細胞にIL-6の局在が確認されたことに関連して興味深い.すなわち,IL-6は正常下垂体においてもPit-1/GHF-1系譜の細胞に発現し,これらの細胞の増殖や分化を制御していることが示唆される.

 一方,LPS刺激下での各培養細胞のIL-6分泌を定量したところ,上と同様にTtT/GF,AtT-20,TT-1,T1-1,MtT/E細胞でIL-6分泌の亢進が認められ,これらはpolymyxinBの添加によって抑制された.特に下垂体のFS細胞由来と考えられるTtT/GF細胞は,低濃度のLPS刺激にも応答して大量のIL-6を濃度依存的に分泌した.これに対し非刺激下で多量のIL-6分泌がみられたMtT/E細胞のLPSに対する応答性はTtT/GF細胞に比較して弱かったことから,生体での炎症ストレス下の下垂体では,おそらくFS細胞が主導的にサイトカインを分泌しているものと推察された.最近,非炎症性のストレスによっても血中のIL-6濃度が上昇するとの報告がなされているが,下垂体においても非炎症性のストレス刺激で局所的なIL-6の分泌亢進が起きる可能性が考えられる.さらに今回,TtT/GF細胞は非血清下でもLPS刺激によってIL-6を分泌することが確認された.このことより,FS細胞にはCD14非依存的なIL-6産生機構が存在することが推察された.

3)下垂体前葉におけるIL-6レセプター含有細胞の局在

 IL-6の生理活性を理解するためには,IL-6Rを介するシグナル伝達機構を明らかにする必要がある.本研究では1)と同様の手法で,ウサギ抗IL-6Rポリクローナル抗体と各下垂体前葉ホルモン抗体との二重免疫染色を行った.その結果,LH産生細胞の大多数にIL-6R含有細胞の局在が認められた.Ohmichiら(1995)もヒト胎児下垂体でのIL-6Rタンパクの局在を検索し,今回と同様の結果を報告している.現在まで,Hypothalamic-pituitary-gonadal axisの観点にもとづいたIL-6の機能に関する研究は少なく,性腺組織においては,IL-6Rは卵胞顆粒層細胞や精上皮細胞(Sertoli細胞)に存在し,ゴナドトロピン分泌や生殖細胞の分化などの調節因子として機能しているとの報告があるが,下垂体のgonadotrophの機能に関するIL-6の研究はこれまでほとんどなされていない.今後IL-6のLH,FSH産生細胞への作用に関しても細胞内情報伝達機構をはじめとした詳細な解析を行っていく予定である.

4)PRLおよびGH分泌におけるLIF/IL-6ファミリーの作用と細胞内機構の解析

 IL-6,LIF,IL-11,oncostatin M(OSM),cardiotropin(CT)-1およびciliary neurotropic factorは共通のシグナル伝達分子gp130を持つサイトカインファミリーであり,サイトカインレセプターを介するシグナル伝達においては,JAKキナーゼとその基質である転写因子STATのチロシン残基のリン酸化が重要な役割を担っていることが知られている.今回somatomammotrophとしての性質を持つMtT/SM細胞を用いて,LIF/IL-6ファミリーのPRLおよびGH分泌に及ぼす作用について検討した.その結果,これらのサイトカインはほぼ同程度にPRLおよびGH分泌を抑制した.また各サイトカインの単独刺激によって,細胞内STAT3のリン酸化が短時間(10分以内)で誘導された.さらにMtT/SM細胞におけるサイトカインの発現について検索したところ,LIFmRNAのみの発現が認められた.2)でも述べたようにPRL,GH遺伝子の組織特異的発現にはPit-1/GHF-1が重要な役割を果たしていると考えられるが,今回の結果よりPit-1/GHF-1はIL-6を始めとするLIF/IL-6サイトカインファミリーのホルモン分泌制御機構においても標的遺伝子として機能している可能性が示唆された.

審査要旨

 本研究はインターロイキン-6(IL-6)の下垂体前葉における機能を明らかにするため、正常ラット下垂体前葉でのIL-6,およびIL-6受容体(IL-6R)の含有細胞の局在を免疫組織学的に同定した。また各種下垂体培養細胞でのIL-6遺伝子発現とIL-6分泌の定量を行い,Lipopolysaccharide(LPS)刺激による分泌の変化についても検討した。さらにIL-6サイトカインファミリーのPRLおよびGH産生細胞に及ぼす作用についても検索し,下記の結果を得ている。

 1.Wistar雄ラットの下垂体前葉におけるIL-6の局在を、各前葉ホルモンおよびS-100タンパクに対する抗体との二重免疫染色により同定した。その結果,IL-6陽性細胞は一部のS-100陽性細胞以外にACTHおよびTSH産生細胞の一部とも重なりが認められた.これらより,下垂体前葉においては濾胞星状細胞(FS細胞)だけでなくホルモン産生細胞自体がIL-6を産生していることが初めて示された.

 2.ラット下垂体由来細胞株(MtT/S,MtT/SM,GH3,MtT/E)およびマウス下垂体由来細胞株(TtT/GF,AtT-20,TT-1,T1-1,LT-2,TtT/M87)を用いてIL-6遺伝子の発現をRT-PCRにて検索したところ、TtT/GF(FS細胞様細胞株),AtT-20(ACTH産生),TT-1(-subunit,TSH-産生),T1-1(-subunit産生),MtT/E(非ホルモン分泌性、Pit-1陽性)およびMtT/M87(マクロファージ様細胞)においてIL-6mRNAの発現が認められた。またこれらの細胞株はいずれもIL-6を分泌していることがB9cellを用いたbioassayにより確認され、特にMtT/E細胞からの分泌が顕著であった。一方LPS刺激に対しては、TtT/GF細胞において大量のIL-6分泌が認められたことから,炎症性ストレス時に下垂体で主導的にIL-6を分泌するのはFS細胞であることが推察された.

 3.Wistar雄ラットの下垂体前葉におけるIL-6Rの局在を、各下垂体前葉ホルモン抗体との二重免疫染色法を用いて同定した。その結果,LH産生細胞の大多数でIL-6R含有細胞の局在が認められた.これまで性腺組織においては,IL-6が生殖細胞の分化などの調節因子として機能していることが報告されているが,今回の結果より下垂体前葉でのIL-6の主要な標的細胞はLH産生細胞であり、IL-6が下垂体gonadotrophの何らかの機能を直接調節している可能性が示唆された。

 4.somatomammotrophとしての性質を持つ下垂体腫瘍細胞株MtT/SM細胞を用いて,IL-6と共通のシグナル伝達分子gp130を持つサイトカインファミリーであるLeukemia inhibitory factor(LIF),IL-11およびoncostatin M(OSM)のPRL,GH分泌に対する作用について検討した.その結果,これらのサイトカインはPRLおよびGH分泌を抑制し,細胞内STAT3のリン酸化を短時間(10分以内)で誘導することが確認された。MtT/SM細胞は下垂体特異的転写活性因子Pit-1陽性の細胞株であり、Pit-1はPRL,GHおよびTSH遺伝子の組織特異的発現に必須であると考えられているが,2.の結果より同様にPit-1陽性であるMtT/E細胞で顕著なIL-6の分泌が認められた事からも、IL-6は下垂体前葉においてPit-1系譜上の細胞に発現し,これらの細胞増殖や分化を制御している可能性が示唆された.

 以上,本論文は炎症性サイトカインであるIL-6が下垂体前葉のホルモン産生細胞に発現していることを明らかにし,これまでほとんど未知であった下垂体局所でのIL-6の作用,特にホルモン産生細胞の分化過程における作用機序の解明に重要な指針を示すものと思われることより,学位の授与に値すると考えられる.

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