本研究はHIV-1の体内増殖を抑制する因子について解明すべく、長期未発症者を対象にウイルスと宿主の相互作用の解析を行った。この解析を行うに当たり私は主にウイルスのアクセサリー遺伝子に注目し解析を試みたもので、下記の結果を得ている。 1.HIV-1抗原に対する抗体価を長期未発症者とAIDS発症者で比較したところAIDS発症者に比べ、アクセサリー遺伝子産物の1つであるNef蛋白に対して高い抗体価を保有する長期未発症者が5名(5/7)見られた。Nef蛋白に対する患者抗体についてより詳細に調べるため、206個のアミノ酸からなるNef蛋白全体をカバーするように、9残基のペプチドを3アミノ酸ずらして66個合成し、エピトープマッピングを行った結果、Nef蛋白のN末端とC末端の中間あたりに相当する91番目から99番目のアミノ酸からなるペプチドに対して、長期未発症者がAIDS発症者に比べ有意に高い抗体価を持つことが分かった(p<0.01)。このエピトープ部位に相当するペプチドでウサギを免疫してポリクロナール抗体を作成し、HIV-1感染細胞の免疫蛍光染色を行ったところ感染細胞の表面が染色された。上記のペプチド相当の部位が感染細胞表面に露出されていることは、さらに補体依存性細胞障害実験、抗体を用いた細胞表面ラベリングで確認した。また様々な病期の189名のHIV-1感染者において、このエピトープ部位に対する抗体価と感染者の免疫状態の指標であるCD4リンパ球の数との間に正の相関性があることが分かった(r=0.457,p<0.001)。 2.感染プロウイルスのアクセサリー遺伝子(nef,vpu,vpr,vif,tat,rev)をシークエンスし、解析したところ、対象とした7名の長期未発症者の全てに、いずれかのアクセサリー遺伝子に欠失やナンセンスコドンなど異常を持つ変異クローンが多数存在することが明らかになった。異常を伴うアクセサリー遺伝子の変異クローンの割合を長期未発症者全体で見るとnefでは30.6%(11/36)、vpuでは34.5%(10/29)、vprでは9.5%(4/42)、vifでは23.1%(9/39)、rev-2(exon2)では33.3%(10/30)という結果であった。一方AIDS発症者では変異クローンが存在したのはvifの1クローンのみで、これはシークエンスした全てのアクセサリー遺伝子クローン231個のわずか0.4%にすぎなかった。このような変異ウイルスの存在は、長期未発症者の低いウイルス量と高い免疫能に関係している可能性があると考えられる。 以上、本論文はHIV-1アクセサリー遺伝子に焦点をあてた宿主-ウイルス相互作用の解析から、HIV-1感染細胞の表面にNef蛋白の一部が発現していることを新たに発見した。この結果はHIV-1感染患者における新しい治療法の開発につながるものと考えられる。また長期未発症者においてアクセサリー遺伝子に変異をもつ感染プロウイルスが多くみられることを明らかにした。この結果はHIV-1特異的免疫能活性化のための治療ワクチンの開発に示唆を与える知見であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |