学位論文要旨



No 115437
著者(漢字) 山田,武司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,タケシ
標題(和) HIV-1アクセサリー遺伝子に焦点をあてた宿主 : ウイルス相互作用の解析
標題(洋) Analysis of host-viral interactions focusing on HIV-1 accessory genes
報告番号 115437
報告番号 甲15437
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1623号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 増田,道明
内容要旨

 ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)は後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因ウイルスである。HIV感染者は1998年末までに世界中でおよそ3,300万人,日々16,000が新たに感染していると推測されている。抗ウイルス薬の登場によってHIV-1の複製を強力に抑制する治療(HAART)が可能となり、先進国においてはAIDSによる死亡者数が減少しているが、いまだ感染個体内からウイルスを排除することは不可能である。HAARTに加えて新たな治療方法の開発が重要々課題となっている。このような状況から私はHIV-1をコントロールする因子について解明すべく、HIV-1感染者のうち数%存在するといわれ、未治療にもかかわらず病態進行が非常に緩やかで10年以上経過してもAIDSを発症しない患者群(長期未発症者)を対象に、ウイルスと宿主の相互作用の解析を行った。この解析を行うに当たり私は主にウイルスのアクセサリー遺伝子に注目した。アクセサリー遺伝子はウイルスの宿主への感染力を高めたり複製効率を上げたりするなど、重要な機能を果たしている。私は以下の2点について解析を行った。

 (解析-1)HIV-1のアクセサリー遺伝子産物に対する宿主の液性免疫反応。

 (解析-2)感染長期未発症とAIDS発症者におけるHIVプロウイルスアクセサリー遺伝子の比較。

研究対象

 対象とした患者はほば同じ時期(1985年以前、1982-1983年がピーク)にHIV-1に感染したと考えられる日本人血友病患者である。10年以上経過した1995-6年の時点で、免疫力の指標となるCD4リンパ球の数が未治療にもかかわらず450/l以上を示し、かつ無症候を維持している長期未発症者7名とCD4リンパ球の数が100/l以下で既にAIDSを発症した患者7名を解析の対象とした。研究には1995-6年に採取された血液サンプルの凍結保存末梢血単核球(PBMC)と血漿を用いた。

解析-1HIV-1のアクセサリー遺伝子産物に対する感染者の液性免疫反応(HIV-1感染細胞表面に発現されるNef蛋白エピトープ)

 患者の血漿サンプルを用い、主要なHIV-1構造蛋白であるgp120,とp24,逆転写酵素(RT)とアクセサリー遺伝子産物であるTat,Rev,Vif,Nef蛋白に対する抗体価をELISA法により測定し、抗体価を長期未発症者とAIDS発症者で比較した。するとAIDS発症者に比べ、アクセサリー遺伝子産物の1つであるNef蛋白に対して高い抗体価を保有する長期未発症者が5名(5/7)見られた。Nef蛋白に対する患者抗体についてより詳細に調べるため、206個のアミノ酸からなるNef蛋白全体をカバーするように、9残基のペプチドを3アミノ酸ずらしで66個合成した。これらを抗原としてELISA法で患者抗体を用いてエピトープマッピングを行った。その結果、Nef蛋白のN末端とC末端の中間あたりに相当する91番目から99番目のアミノ酸からなるペプチドに対して、長期未発症者がAIDS発症者に比べ有意に高い抗体価を持つことが分かった(p<0.01)。このエピトープ部位をさらに詳しく解析するため、この部位に相当するペプチドでウサギを免疫してポリクロナール抗体を作成した。このポリクロナール抗体を用いてHIV-1感染細胞の免疫蛍光染色を行ったところ、感染細胞の表面が染色された。上記のペプチド相当の部位が感染細胞表面に露出されていることは、さらに補体依存性細胞障害実験、抗体を用いた細胞表面ラベリングで確認した。様々な病期の189名のHIV-1感染者において、このエピトープ部位に対する抗体価と感染者の免疫状態の指標であるCD4リンパ球の数との間に正の相関性があることが分かった(r=0.457,p<0.001)。

 Nef蛋白は、主に感染細胞中で細胞膜の内側に存在すると考えられてきた。私の行った解析は感染細胞表面にNef蛋白の一部が発現しており、その部位に対する抗体価が病態進行に関わっている可能性が示唆された。

解析-2長期未発症者とAIDS発症者におけるHIV-1プロウイルスアクセサリー遺伝子の比較

 長期未発症者とAIDS発症者のPBMCからそれぞれDNAを抽出し、各々2組のプライマーを用いたnested PCR法でtat,rev,vpr,vpu,vif,nefのウイルスアクセサリー遺伝子を増幅し、pGEM-Tクローニングベクターに組み入れ、クローン化した遺伝子を数個ずつABI377シークエンサーにて解析した。また対照として構造遺伝子部分のp24について同様の解析を行った。さらにホモロジー解析、系統樹の作成を国立遺伝研究所のClustal W programにより行った。感染プロウイルスのアクセサリー遺伝子(nef,vpu,vpr,vif,tat,rev)をシークエンスし、解析したところ、対象とした7名の長期未発症者の全てに、いずれかのアクセサリー遺伝子に欠失やナンセンスコドンなど異常を持つ変異クローンが多数存在することが明らかになった。異常を伴うアクセサリー遺伝子の変異クローンの割合を長期未発症者全体で見るとnefでは30.6%(11/36)、vpuでは34.5%(10/29)、vprでは9.5%(4/42)、vifでは23.1%(9/39)、rev-2(exon2)では33.3%(10/30)という結果であった。一方AIDS発症者では変異クローンが存在したのはvifの1クローンのみで、これはシークエンスした全てのアクセサリー遺伝子クローン231個のわずか0.4%にすぎなかった。

 アクセサリー遺伝子の解析の結果、長期未発症者において感染プロウイルスのアクセサリー遺伝子に欠失やナンセンスコドンなど異常な変異クローンが多く存在することが明らかになった。これら変異クローンには準種性があり、変異ウイルスにも複製能があるものと推測される。このような変異ウイルスの存在は、長期未発症者の低いウイルス量と高い免疫能に関係している可能性があると考えられる。

結語

 今回のHIV-1アクセサリー遺伝子に焦点をあてた宿主-ウイルス相互作用の解析から、アクセサリー遺伝子の1つであるNef蛋白の一部がHIV-1感染細胞の表面に発現しており、その部位に対する免疫反応が病態の進行に関わっている可能性が示唆された。この結果はHIV-1感染患者における新たな治療法の開発につながる可能性があるものと考えられる。また長期未発症者においてアクセサリー遺伝子に変異をもつ感染プロウイルスが多くみられることが明らかになった。このような変異ウイルスの存在は、長期未発症者の低いウイルス量と高い免疫能に関係している可能性があり、HIV-1特異的免疫能活性化のための治療ワクチンの開発にも示唆を与える知見であると考えられる。

審査要旨

 本研究はHIV-1の体内増殖を抑制する因子について解明すべく、長期未発症者を対象にウイルスと宿主の相互作用の解析を行った。この解析を行うに当たり私は主にウイルスのアクセサリー遺伝子に注目し解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

 1.HIV-1抗原に対する抗体価を長期未発症者とAIDS発症者で比較したところAIDS発症者に比べ、アクセサリー遺伝子産物の1つであるNef蛋白に対して高い抗体価を保有する長期未発症者が5名(5/7)見られた。Nef蛋白に対する患者抗体についてより詳細に調べるため、206個のアミノ酸からなるNef蛋白全体をカバーするように、9残基のペプチドを3アミノ酸ずらして66個合成し、エピトープマッピングを行った結果、Nef蛋白のN末端とC末端の中間あたりに相当する91番目から99番目のアミノ酸からなるペプチドに対して、長期未発症者がAIDS発症者に比べ有意に高い抗体価を持つことが分かった(p<0.01)。このエピトープ部位に相当するペプチドでウサギを免疫してポリクロナール抗体を作成し、HIV-1感染細胞の免疫蛍光染色を行ったところ感染細胞の表面が染色された。上記のペプチド相当の部位が感染細胞表面に露出されていることは、さらに補体依存性細胞障害実験、抗体を用いた細胞表面ラベリングで確認した。また様々な病期の189名のHIV-1感染者において、このエピトープ部位に対する抗体価と感染者の免疫状態の指標であるCD4リンパ球の数との間に正の相関性があることが分かった(r=0.457,p<0.001)。

 2.感染プロウイルスのアクセサリー遺伝子(nef,vpu,vpr,vif,tat,rev)をシークエンスし、解析したところ、対象とした7名の長期未発症者の全てに、いずれかのアクセサリー遺伝子に欠失やナンセンスコドンなど異常を持つ変異クローンが多数存在することが明らかになった。異常を伴うアクセサリー遺伝子の変異クローンの割合を長期未発症者全体で見るとnefでは30.6%(11/36)、vpuでは34.5%(10/29)、vprでは9.5%(4/42)、vifでは23.1%(9/39)、rev-2(exon2)では33.3%(10/30)という結果であった。一方AIDS発症者では変異クローンが存在したのはvifの1クローンのみで、これはシークエンスした全てのアクセサリー遺伝子クローン231個のわずか0.4%にすぎなかった。このような変異ウイルスの存在は、長期未発症者の低いウイルス量と高い免疫能に関係している可能性があると考えられる。

 以上、本論文はHIV-1アクセサリー遺伝子に焦点をあてた宿主-ウイルス相互作用の解析から、HIV-1感染細胞の表面にNef蛋白の一部が発現していることを新たに発見した。この結果はHIV-1感染患者における新しい治療法の開発につながるものと考えられる。また長期未発症者においてアクセサリー遺伝子に変異をもつ感染プロウイルスが多くみられることを明らかにした。この結果はHIV-1特異的免疫能活性化のための治療ワクチンの開発に示唆を与える知見であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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