本研究は近年同定された福山型先天性筋ジストロフィー(FCMD)遺伝子について、未知の遺伝子変異の解析や転写調節領域の解析などの基盤を得るためにFCMD遺伝子のゲノム構造を決定し、また神経細胞遊走障害の一種である多小脳回というFCMDにおいて特徴的な脳の奇形性病変におけるFCMD遺伝子の関与を解明するためにFCMD遺伝子のヒト脳組織における発現の解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。 1.ゲノムの塩基配列は、染色体9q31対象領域に存在する5つのコスミドコンティグを用いてショットガン法で決定した。得られた塩基配列をワークステーションを用いて連結編集し、コンピュータープログラムを用いて解析した。総塩基数は131,892bpであり、FCMD遺伝子はゲノム上約100kbに渡っていた。41bpから6,067bpにわたる10個のエクソンと1,841bpから21,460bpのイントロンで構成されおり、各々の塩基配列とゲノム上の位置を明らかにした。すべてのスプライス部位はAG/GTのコンセンサス配列に従っていた。またmRNA転写開始部の上流にTATA boxを同定した。 2.ゲノム塩基配列を決定した領域のEST探索を行って3つのESTクラスターを認めた。そのうち1つはFCMD遺伝子に相当するものであり、他の1つはpseudogene、残る1つは新規tyrosine kinase遺伝子と思われた。 3.脳、骨格筋組織のRT-PCRを行いサブクローニングにより塩基配列を決定し、FCMD遺伝子のalternative splicingを解析した。主要転写産物以外に10以上の転写産物を同定し、ゲノム上に存在する新規エクソンを確認した。 4.ヒト脳組織でのFCMD遺伝子発現について、ノーザンブロット解析、RT-PCRを用いて解析した。ノーザン解析では、胎児組織、成人脳各部位で、同程度FCMD遺伝子の発現が確認され、RT-PCRでも胎児各時期、小児、成人脳組織で発現に大きな差異を認めなかった。FCMD胎児、成人患者ではコントロールと比較して発現の著明な低下が認められ、細胞株では、神経系の細胞において優位に発現していた。 5.in situ hybridizationを用いたヒト脳組織での発現の解析では、10週齢より胎児大脳において神経前駆細胞を含む発生過程の全ての神経細胞とCajar-Retzius細胞に発現が認められ、小脳ではプルキンエ細胞、顆粒細胞に発現していた。出生後も、大脳、小脳などの神経細胞に発現が継続する事を明らかにした。また患者で病変の見られるglia limitans-基底膜複合体には発現が認められず、分子層、白質のグリア細胞にもほとんど発現を認めなかった。一方、FCMD患者では、コントロールに較べ発現が低下しており、特に胎児の患者では病変部(皮質構築の障害)の発現レベルが近接する正常皮質より著明に低下していることを明らかにした。 以上、本論文はFCMD遺伝子のゲノム構造を決定し、新たに複数の転写産物を同定、FCMD遺伝子近傍に新規遺伝子と思われるEST群を同定した。またFCMD遺伝子が発生早期よりヒト脳組織神経細胞に強く発現しており出生後も継続すること、FCMD患者では著明に発現が低下しており、患者の病変部と正常部においても発現に差異を認めることを明らかにした。これらはたな遺伝子変異の探索、遺伝子の転写制御の検討、新規遺伝子同定に重要な情報となるとともに、FCMD遺伝子の神経細胞の機能自体への関与を示唆し、FCMDの皮質構築障害はastrocyteが形成する基底膜の破綻が病因、という説に新たな展開をもたらし、分子レベルでは未知に等しいFCMDの脳奇形の病態解明や最近進展が見られつつある脳発生機構解明に重要な貢献をなすと思われ、学位の授与に値すると考えられる。 |