学位論文要旨



No 115439
著者(漢字) 澁谷,紀子
著者(英字)
著者(カナ) シブヤ,ノリコ
標題(和) 急性白血病において染色体転座により形成されるキメラ遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 115439
報告番号 甲15439
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1625号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 助教授 吉川,裕之
内容要旨 1.研究の背景と目的

 白血病ではこれまでに多くの病型特異的な染色体異常が報告され、その切断点や切断点近傍に座位する遺伝子が、白血病の発生や進展に関与することが明らかとなってきている。

 染色体11q23転座は、乳児白血病や治療関連2次性白血病に高頻度に認められ、その転座切断点からMLL(mixed lineage leukemiaまたはmyeloid/lymphoid leukemia)遺伝子が同定された。MLL遺伝子の転座相手としてはこれまでに20近くの遺伝子が単離され、MLLと融合転写産物を形成することが腫瘍化のメカニズムとして重要と考えられている。このうち10;11転座からはこれまでMLL-AF10およびCALM-AF10の2つの融合転写産物が知られていたが、我々のグループで新たにMLL-ABI-1融合遺伝子を単離したことにより、MLLが関与する10;11転座が単一の異常ではないことが明らかになった。

 一方、MLLと同様、転座によりキメラ遺伝子を形成することで急性白血病に関与し、複数の遺伝子を転座相手にもつものとしてnucleoporin 98(NUP98)遺伝子が注目されている。NUP98遺伝子は11p15に座位し、その蛋白は核膜における核酸や蛋白の輸送に関与するヌクレオポリンファミリーに属し、これまで単離された転座相手遺伝子にはホメオボックス遺伝子が多い。

 本研究では、11q23転座型白血病のうちの10;11転座型白血病、および11p15転座型白血病の解析を行い、キメラ転写産物の構造や転座に関与する遺伝子の役割を検討し、腫瘍発生のメカニズムの解明に役立てることと、その臨床像を明らかにして診断、治療に役立てることを目的とした。

2.対象および方法A.10;11転座型白血病の解析10;11転座型白血病におけるキメラ遺伝子の検出

 MLL遺伝子再構成を有する10;11転座型白血病患者6例の検体を用いてRT-PCR法により、MLL-AF10およびMLL-ABI-1の検出を試みた。

マウスAbi-1(Abl interactor-1)遺伝子の単離

 マウスの32Dcl3細胞株からcDNAライブラリーを作成して新たにAbi-1遺伝子を単離した。

悪性腫瘍細胞株、腫瘍組織におけるAF10、ABI-1遺伝子の発現

 悪性腫瘍細胞株、腫瘍組織におけるAF10とABI-1遺伝子の発現をRT-PCR法により検討した。また細胞株に増殖・分化誘導を試みてABI-1の発現の変化を検討した。

B.11p15転座型白血病の解析11p15転座を有する15症例の解析

 15症例の内訳は、AML10例、骨髄異形成症候群4例、非ホジキンリンパ腫1例で、治療関連2次性白血病が2例であった。FISH法、サザンブロット法、RT-PCR法によりNUP98遺伝子の関与を検討した。

NUP98遺伝子の新規転座相手遺伝子単離の試み

 t(8;11)およびt(11;12)を有する患者検体を用いて、cDNAライブラリーのスクリーニング、3’RACE法、RT-PCR法により新たな転座相手遺伝子の単離を試みた。

白血病細胞株におけるHOX遺伝子の発現の検討

 白血病細胞株におけるHOX遺伝子の発現を、MLLの再構成のある白血病細胞株とない白血病細胞株との間でRT-PCR法により比較検討した。

3.結果と考察A.10;11転座型白血病の解析10;11転座型白血病におけるキメラ遺伝子の検出と臨床像

 MLL遺伝子再構成を有する10;11転座型白血病患者6例中5例からMLL-AF10を、1例からMLL-ABI-1を検出した。今回新たに見い出したMLL-ABI-1融合転写産物を有する症例は世界で第2例目の報告となり、1例目の結果が偶然のものではなく、ABI-1も10;11転座型白血病においてreccurentに転座を起こす重要な遺伝子であることを支持する結果となった。MLL-AF10融合転写産物が検出された5例はmixed lineage leukemiaの1例を除きすべて急性骨髄性白血病(AML)(M5)であった。4例が19ヶ月以内に死亡しており、生存中のl例も2度の再発を繰り返していて、予後不良であると考えられた。MLL-ABI-1融合転写産物が検出された1例は、MLL上の切断点がエクソン6と7の間に存在し、自験例の1例目の報告と異なっていた。1例目の症例および本症例とも、乳児期発症の単球系白血病であり、一般に予後不良といわれる10;11転座型白血病でありながら無病生存中であるという共通点があった。同じ10;11転座型白血病でもMLLの相手遺伝子により予後が異なる可能性が示唆され、治療を行う際も、RT-PCR法による両者の鑑別が必要と思われた。

マウスAbi-1(Abl interactor-1)遺伝子の単離

 新たに単離したAbi-1遺伝子は以前に報告されていたものより、ヒトABI-1やABI-2遺伝子と相同性が高く、本来の遺伝子と考えられ、ABI-1の配列がマウスでも高度に保存されていることが明らかとなった。

悪性腫瘍細胞株、腫瘍組織におけるAF10、ABI-1遺伝子の発現

 AF10では、細胞株や腫瘍検体の種類による発現の差は認められなかったが、ABI-1では、アイソフォームの発現パターンに相違が認められた。特に白血病由来の細胞株と固形腫瘍由来の細胞株で大きく異なっており、それぞれの組織で特有の機能を有する可能性が考えられた。細胞株に増殖・分化誘導を試みたが発現の変化は認められなかった。また、ABI-1がABLと結合することから、BCR-ABLが発現している白血病細胞株においてABI-1の発現が他の白血病細胞株と異なる可能性が予想されたが、両者の間に発現の違いは認められず、ABI-1とBCR-ABLとの直接的関係は見い出せなかった。しかし、蛋白レベルでの発現の消失が報告されており、今後作成した抗体を用いてウエスタンブロット法による検討を進める予定である。今回の実験の過程で今まで報告されていなかった新たな2つのアイソフォームを見い出した。ABI-1は癌抑制遺伝子としての機能が推測されているが、最近、Rasのシグナル伝達にも関与することが示されており、MLLとABI-1の融合によりABI-1の機能が抑制されること、および、これらのシグナル伝達経路に生じる変化が、腫瘍化に関与している可能性が推測される。

B.11p15転座型白血病の解析11p15転座有する15症例の解析

 FISHまたはサザンブロット解析により、15症例中9例にNUP98遺伝子のsplitを確認した。既にNUP98の関与が報告されているt(7;11)、inv(11)、t(2;11)、t(4;11)以外に、t(8;11)とt(11;12)が1例ずつ認められた。RT-PCR法によりinv(11)とt(2;11)からはそれぞれNUP98-DDX10およびNUP98-HOXD13融合遺伝子を検出したが、t(4;11)からは既知の融合遺伝子は検出されなかった。15症例の転帰については、検討できた14例のうち、12例が死亡した。寛解に入った10例のうち9例が再発しており、生存中の2例のうち1例も再発し、現在骨髄移植を施行されていた。このことから、11p15転座型白血病は予後不良と考えられた。

NUP98遺伝子の新規転座型相手遺伝子単離を試み

 t(8;11)およびt(11;12)を有する患者検体を用いて、新たな転座相手遺伝子の単離を試みた。NUP98遺伝子はホメオボックス遺伝子を相手遺伝子とすることが多く、12q13にHOXC遺伝子が存在することから、t(11;12)(p15:q13)におけるNUP98遺伝子の相手がHOXC遺伝子であることが強く示唆された。HOXC群遺伝子はごく一部しか配列が判明していないものが多いため、マウスの塩基配列を用いてdbESTを対象にBLASTsearchを行い、HOXC9、C10の配列の一部を決定し、さらにマウスの塩基配列をもとに作成したプライマーを用いたRT-PCRによりHOXC8の配列の一部を決定した。これらのデータをもとにRT-PCR法により相手遺伝子の単離を試みたがキメラ遺伝子は得られず、さらに配列の不明なHOXC12、C13について検討中である。

白血病細胞株におけるHOX遺伝子の発現の検討

 NUP98遺伝子の転座相手として白血病に強く関与するHOX遺伝子は、一方でその発現がMLLにより制御されていることが明らかになった。そこで、HOX遺伝子の発現がMLLによりどのように制御されているかを調べる目的で、MLLの再構成のある白血病細胞株とない白血病細胞株との間の発現の差をRT-PCR法により比較検討した。その結果、リンパ性白血病の細胞株において、特に癌化との関与が知られているHOXB8の発現がMLLの再構成のあるすべての細胞株で有意に減弱していた。このことから11q23転座型白血病において、HOX遺伝子の発現の変化が重要な役割を果たしている可能性が考えられた。HOX遺伝子は造血細胞分化のマスター遺伝子であると考えられている。NUP98遺伝子、MLL遺伝子ともに、直接的、間接的にHOX遺伝子の発現を制御することで、HOX遺伝子の異常な発現を介して白血病の発症に関与している可能性が考えられる。

審査要旨

 本研究は白血病の発生や進展において重要な役割を演じていると考えられる染色体転座により生じるキメラ遺伝子の解析を、11q23転座型白血病のうちの10;11転座型白血病、および11p15転座型白血病において行い、以下の結果を得ている。

 1.MLL遺伝子再構成を有する10;11転座型白血病患者6例中5例からMLL-AF10を、1例からMLL-ABI-1を検出し、AF10だけでなく、ABI-1も10;11転座型白血病においてreccurentに転座を起こす重要な遺伝子であることを明らかにした。MLL-AF10融合転写産物が検出された5例とMLL-ABI-1融合転写産物が検出された症例の臨床像を比較し、同じ10;11転座型白血病でもMLLの相手遺伝子により予後が異なる可能性があり、治療の上で両者の鑑別が必要であることが示された。

 2.マウスAbi-1遺伝子を新たに単離し、以前に報告されていたものの塩基配列の誤りを明らかにした。同時にABI-1の配列がヒトとマウスで高度に保存されていることが示された。

 3.ABI-1遺伝子は、白血病由来の細胞株と固形腫瘍由来の細胞株でアイソフォームの発現パターンが大きく異なっており、それぞれの組織で特有の機能を有する可能性が示された。また、今まで報告されていなかった新たな2つのアイソフォームが見い出された。

 4.11p15転座を有する15症例の解析を行い、11症例中9例にNUP98遺伝子のsplitを確認した。既にNUP98の関与が報告されているt(7;11)、inv(11)、t(2;11)、t(4;11)以外に、新たにt(8;11)とt(11;12)にNUP98の関与が見い出された。

 5.11p15転座を有する15症例の臨床像について解析し、検討できた14例のうち、12例が死亡し、寛解に入った10例のうち9例が再発していたことから,11p15転座型白血病は予後不良であることが示された。

 6.t(11;12)におけるNUP98の新たな転座相手遺伝子単離を試みる過程で、相手遺伝子の候補であるHOXC遺伝子のうち、今まではとんど配列が判明していなかったHOXC8、C9、C10の配列の一部が決定された。

 7.MLLの再構成のある白血病細胞株とない白血病細胞株との間のHOX遺伝子の発現の差を比較検討し、リンパ性白血病の細胞株において、特に癌化との関与が知られているHOXB8の発現がMLLの再構成のあるすべての細胞株で有意に減弱していることが明らかになった。このことから11q23転座型白血病において、HOX遺伝子の発現の変化が重要な役割を果たしている可能性が示された。

 以上、本論文は10;11転座を有する患者検体を解析し、形成されるキメラ遺伝子により臨床像が異なること、およびABI-1遺伝子の関与する転座がrecurrentに起こっていることを明らかにした。11p15転座型白血病についても、NUP98遺伝子の関与を検討し、新たな転座相手染色体を見い出しており、今後の遺伝子解析および診断、治療に役立つと考えられる。また、ABI-1遺伝子の発現パターンについて検討し、組織における役割の違いを示唆したこと、およびMLLの再構成の有無によるHOX遺伝子の発現の変化を示したことはMLLの関与する腫瘍化のメカニズムの解明に貢献すると考えられる。以上のことから本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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