高頻度振動換気法(以下HFOV)は、換気回数を生理学的範囲を著しく越えて(通常毎分900回で)換気する一方、一回換気量は生理学的死腔量以下に少なく保つことで、気道、肺胞にかかる機械的負担を軽減させ、未熟肺や急性呼吸窮迫症候群(以下ARDS)などの脆弱肺や病的肺を持った患者でも安全に換気を行う方法である。HFOVはまた、従来の換気法とは全く異なった換気様式であることから、通常の換気法では救命困難な症例での救命的人工換気手段としての利用がまずなされてきたが、最近では人工換気療法に伴う慢性肺障害、肺損傷予防手段としての利用もなされている。また専ら未熟児・新生児領域での使用に限られてきたHFOVも、現在では小児や成人領域への使用へとその適応が拡大しつつある。 近年の重症患者治療での人工呼吸器の使用の増加に従い、気管内挿管に伴う気管狭窄など気道合併症の報告も多く認められるようになってきている。特に高頻度換気法(HFV)の中でも高頻度ジェット換気法(HFJV)は、気道損傷を起こしやすいという報告が多く認められた。しかしHFOV使用に伴う気道合併症の臨床報告及び研究は、現在までは少ない。現時点でHFOVの気道損傷に関する見解は、議論の分かれるところではある。Mammelらの報告では、高頻度換気(HFV)群はCMV群より、気道損傷程度がかなり悪いという報告である一方、Wisewellらの実験結果は、HFOV群とCMV群では気道損傷に有意差が無いとの報告である。 HFOVは、その名前から推察されるように、高頻度(通常15Hz)の振動が気道に与えられ、実際には患者胸部の振動が観察される。このためベッドサイドでは、主に気管内チューブと気道との間での摩擦運動により上部気道に何らかの損傷が与えられるのではないかとの懸念が持たれる。実際にHFOVに起因する臨床的な気道損傷の存在は確認されてはいないが、HFOVの臨床使用の普及に伴いこうした懸念への対応は臨床上重要な問題である。そこで今回、新生児の気道の解剖と喉頭反射に近いとされる子猫を用いて、HFOV使用における気道損傷の程度を、従来型の換気法(CMV)を対照群として、実験的に比較検討を行い、急性損傷を観察した。換気は24時間行い、病理組織評価を用いて評価した。 研究方法:正常幼若子猫(体重平均980g)10匹を5匹ずつの2群に分けた。ケタミンおよびパンクロニウム静注による全身麻酔下に、内径3.0〜3.5mmの気管内挿管チューブ(Portex社製)を用い、喉頭気管損傷に十分留意し丁寧に挿管し、約20cmH2Oの加圧での声門部よりのエアリークのあることを確認した。チューブの固定位置はチューブ先端が気管の中心部となる様に、透視によって確認した。ハミングV(メトラン社)を用い、10匹のうち、5匹はOMVにて、5匹はHFOVにて人工換気を行った。換気条件は、換気回数をOMVでは25回、HFOVでは15Hzとし、平均気道内圧は5cmH2Oより開始し、PaCO2を30〜40torrに保つように、CMVでは最大吸気圧を、HFOでは振幅を調節した。血液ガスは、大腿動脈に挿入された動脈留置カテーテルからの採血により、2時間毎に測定した。人工換気は、静脈内持続麻酔下に輸液と慎重な体温監視のもとに24時間続け、この間、実験の目的の為気道損傷を来し得る可能性のある気管内吸引は一切行なわなかった、 実験終了時には、極細気管支ファイバー(オリンパスPF-3)にて気管内検査を行い、その後ベントバルビタールの大量静注、及びKCLの静注により猫を屠殺した。取り出した気道系の内、右肺は、主気管支の部分で二重結札した後に切除し、左肺は、10%緩衝フオルマリン液を注入圧10cmH2O下で注入し固定した。 病理検査:10%緩衝フォルマリン液にて固定した輪状軟骨より肺までの固定標本をa)輪状軟骨、b)気管、c)気管内挿管チューブ先端部、d)気管分岐部、e)左主気管支部、及び、f)左肺の6部分に区分けし、それぞれの横断方向の切片を病理標本とし、表A,Bのスコア表に準じて採点した。 このスコア表は、Ophovenらの用いたものを参考に作製したものである。気管、気管支の病理所見に関してのスコアは9項目5段階、肺に関してのスコアは6項目5段階からなっている。尚、採点は、実験の内容を全く知らない病理担当医2名により行われ、各部位ではスコア値の内、高い値を採用した。スコア値は部位別に表Cにした。両群間の有意差の検定はノンバラメトリックの検定方法のMann-Whitney rank test(SPSS7.5 for Windows)を用いた。 表A.病理組織スコア表(気管、気管支)表B.病理組織スコア表(肺)表C.病理組織スコア(気管、気管支、肺) 結果:平均気道内圧(MAP)は、HFOV群で3.9〜6.0cmH2O、CMV群で5.4〜7.2cmH2Oであり各々に有意差は認め無かった。吸入酸素濃度(F1O2)は、実験開始当初の約30分間1.0としたのみで以後は0.4で維持しており両群間にも差は認めなかった。 (1)肉眼的変化:24時間の実験終了時における気管支ファイバー検索は主にとして気管内挿管チューブ先端部に関して行われた。HFOV群、CMV群共にチューブ先端と気管との接触部位に肉眼的変化は認めなかった。 又、チューブ先端より末梢部位においても、両群共に、気管、主気管支の開通性問題はなく、気管粘膜の発赤、腫脹、出血、壊死等の肉眼的変化は認めなっかた。 (2)病理組織変化:スコア表に基づく結果は、表Cの如くであり、各部位における両群間の病理所見には、病理学的にも統計的にも有意差は認めず、又、肺胞レベルにおいても、両群共に病理組織変化は殆ど認めなかった。 結語:近年、小児領域における呼吸管理の適応は拡大し、それに伴い人工換気方法も換気効率の改善を中心に様々な方法が数多く開発されてきた。しかし一方では、脆弱な未熟肺に於ける人工換気により生じる急性および慢性の肺損傷や気道損傷などが増加し新たに大きな問題となってきている。 今回、こうした脆弱な肺への安全で効率のよい換気を目的に開発されたHFOVを正常幼若猫を用い、実際に24時間換気する事によって気道損傷の程度を肉眼的、病理組織学的に観察し、CMV群と比較検討した結果以下の結論を得た。 (1)気管内チューブ、及び、換気流が直接影響を及ぼすと考えられる部位の損傷の程度に、換気方法による差異は認められなかった。 (2)HFOV群、CMV群のいずれにおいても気道損傷の程度は軽微であり、両群間の損傷程度に有意差を認めなかった。 (3)HFOVがCMVに比較して気道損傷を増加させることはなかった。 |