学位論文要旨



No 115443
著者(漢字) 浦野,友彦
著者(英字)
著者(カナ) ウラノ,トモヒコ
標題(和) 骨芽細胞の増殖と分化における細胞周期制御機構
標題(洋)
報告番号 115443
報告番号 甲15443
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1629号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 講師 矢野,哲
内容要旨 I.緒言

 骨芽細胞の分化の制御は骨形成(リモデリング)において重要な働きを担う。生体内の骨形成を反映するモデル系であるラットの初代培養骨芽細胞を、transforming growth factor (TGF)、bone morphogenetic protein(BMP)などの細胞増殖および分化の制御因子によって刺激した時、細胞分化の進行に伴って増殖が促進される場合と、抑制される場合とがあり、さらに、細胞分化が抑制され、増殖が促進される場合も報告されている。このことは骨芽細胞の分化において、細胞増殖の制御機構が複数存在することを示唆している。この制御機構を解明するためには最終段階の場である細胞周期の制御機構を蛋白レベルで解明することが重要である。

 真核生物の細胞が増殖する時、細胞周期という一定の過程を経る。すなわちDNA合成を行うS期、娘細胞へと分裂するM期、そしてそれぞれの準備期間としてG1、G2期が存在する。この細胞周期の進行にはCyclin-dependent kinase(CDK)というセリン・スレオニンキナーゼの酵素活性が必須であることが知られている。細胞周期進行には正の制御因子としてサイクリンが、負の制御因子としてCDK阻害因子(CDK inhibitory protein:CKI)が知られている。CKIであるCip/Kipファミリーに属するp21とp27は血球系細胞、筋細胞、神経細胞の分化時において誘導され、増殖制御のみならず分化の進行において重要な役割を果たし得ることが報告されている。一方、新しいCip/Kipファミリーのメンバーであるp57に関しては、ノックアウトマウスの解析結果より骨形成への関与が示唆されているが、その発現が実際に細胞の増殖や分化に関連して制御されているかどうかは不明であった。そこで本研究は、骨芽細胞の増殖分化制御においてCDK阻害因子が果たす役割をp21とp27に加えp57について検討した。

II.方法

 ラット胎児頭蓋骨を酵素処理することによりラット初代培養骨芽細胞を得た。血清飢餓におけるCip/Kipファミリーの発現と再び血清刺激をした時の発現変化をwestem blot法を用いて検討した。この骨芽細胞にTGF1とBMP-7を添加した時の増殖と分化に対する影響を検討した。増殖に関しては[3H]thymidineの取り込みと細胞数を、分化に関してはアルカリホスファターゼ(ALP)活性をその指標とした。同様の実験系を用いてCiP/KiPファミリーとサイクリンの発現をwestern blot法を用いて検討した。p27とCDK2に対する抗体はラットのC末端領域のアミノ酸配列をペブチド合成機で作製し、これらを抗原としてウサギを免疫して作製した。p57に関してはラットのcDNAが未同定だったため、RT-PCRを用いて単離し、配列を決定し、ウサギを免疫して抗体を作製した。それ以外の抗体は市販品を購入した。免疫沈降を用いて、TGF1添加時、BMP-7添加時、非添加時の骨芽細胞抽出液を用いて、CDK2とCip/Kipファミリーとの結合を検討した。同様の骨芽細胞抽出液を用いて、TGF1、BMP-7添加時におけるCDK2活性の変化をCDKの基質蛋白である、histon H1のリン酸化を指標としたin vitroでのアッセイにより検討した。さらにendogenousなCDKの基質であるRbファミリー(pRb、p107、p130)の発現とTGF1、BMP-7刺激によるリン酸化(上方へのバンドシフト)をwestern blottingにより検討した。

III.結果

 ラット初代培養骨芽細胞においてCip/Kipファミリーであるp27、p57、P21の3種類の蛋白はすべて発現していた。特にp27とp57は低血清下にて培養することによりその発現が強く誘導された。一方、p21は軽度その発現が誘導されたが発現は常に低レベルであった。そして低血清下から再び血清刺激をしたところCip/Kipファミリーの発現はそれぞれ減少した。ラット初代培養骨芽細胞に、TGF1とBMP-7を添加した時、増殖は共に促進された。ところが、分化に関連して、TGF1投与群では非添加群に比してALP活性は抑制され、逆にBMP投与群ではALP活性が上昇した。興味深いことに、これら細胞においてCip/Kipファミリーの発現は、TGF1投与群ではp57の発現が劇的に減少した。これに対して、BMP-7投与群では発現に著明な変化はなかった。さらに、CDK2とp57の結合は非添加群ではその結合が確認出来るが、TGF1刺激時では消失していること、CDK2の酵素活性が上昇していること、ならびにp107の発現と上方へのバンドシフトが確認された。以上よりTGF1添加による増殖のメカニズムとして、CDK2と結合していたp57が消失することにより、CDK2の酵素活性が上昇し、p107をリン酸化することにより増殖が刺激されていることが示唆される。さらに、TGF1によるp57の劇的な減少はプロテアソーム阻害剤により著明に抑制されること、そしてp57蛋白質と単数さらには複数のGST-ユビキチンがin vitroで結合することを明らかにした。これはTGF1添加によるp57の発現減少がユビキチン-プロテアソームによる蛋白分解機構の活性化によることを示唆させる。一方、BMP-7添加時には、CDK2とp27もしくはp57の結合は非添加時と比べて変化せず、結合したままであった。しかし、CDK2の酵素活性は上昇し、p107の上方へのバンドシフトが確認された。さらにBMP-7添加時のサイクリンの発現を確認したところ、非添加時と比較してサイクリンD1、D2、E、Aの発現が誘導され、さらにこの誘導はTGF1刺激と比較しても強力であることが示された。このことはBMP-7刺激による細胞の増殖にはCip/Kipファミリーの機能をdown-regulateすることなくサイクリンの発現を強く誘導することによりCDKの酵素活性を上昇させて細胞周期を進行させていることを示唆させる。

IV.考察

 p57のノックアウトマウスによる解析では骨形成の障害を始め種々の形態形成の異常を認める。これらはp21やp27の場合には見られない特有なものである。さらに骨形成異常を含むこれらの表現系の一部は小児癌を多発するBeckwith-Wiedemann症候群においてもみられるものでり、ヒトの遺伝学的解析からもp57は同症候群の原因遺伝子の1つと考えられている。Beckwith-Wiedemann症候群は多彩な臨床症状をしめすがその中には、口蓋裂、骨年齢異常、塔状頭といった骨代謝の異常も含まれている。このようにp57は細胞の増殖制御のみならず、骨形成をはじめとする細胞分化の進行においても重要な働きを行っている可能性が示唆されているにもかかわらずin vitroでの実験系では十分な解析は行われてはいなかった。今回の報告は細胞周期のブレーキ役であるp57が骨芽細胞の増殖制御において重要な役割を果たすことを示す初めてのものである。さらに同じ増殖刺激でも分化を誘導するBMP刺激と、分化を抑制するTGF1刺激ではp57の発現変化が異なっていたことは、p57が骨芽細胞の分化にも関与していることを強く示唆する。近年、サイクリンDやサイクリンEそしてp27といった細胞周期制御因子の発現がユビキチン・プロテアソーム蛋白分解経路によって制御されていることが示され、この経路の制御機構が重要視されてきている。今回の検討から、p57以外の他のCK1もこの経路により制御されている可能性が示された。また近年、特定の蛋白質のユビキチン化を誘導する因子が複数同定されてきている。実際、初代培養骨芽細胞において、血清刺激ではp27とp57の両者の発現が減少すのに対し、TGF1刺激ではp57のみが劇的に減少した。このことは、骨芽細胞が増殖するときp57に特異的なユビキチン化促進分子と複数の非特異的ユビキチン化制御因子の両方がこの細胞系で機能していることを示唆させる。今後これらの制御機構の解明が骨代謝疾患全般の病態理解のために望まれる。

審査要旨

 本研究は骨形成において中心的な役割を果たしている骨芽細胞の増殖と分化における刀子レベルでの制御機構を検討するために、その最終決定機構である細胞周期の制御因子、特に細胞周期進行の負の制御因子であるCDKインヒビターの蛋白質レベルでの関与を解明することを試みたものであり下記の結果を得ている。

 I.ラット初代培養骨芽細胞においてCip/Kipファミリーであるp27、p57、p21の3種類の蛋白はすべて発現していた。そしてこの細胞に、TGF1とBMP-7を添加した時、増殖は共に促進された。ところが、分化に関連して、TGF1投与群では非添加群に比してALP活性は抑制され、逆にBMP投与群ではALP活性が上昇した。これら細胞においてCip/Kipファミリーの発現は、TGF1投与群ではp57の発現が劇的に減少した。これに対して、BMP-7投与群では発現に著明な変化はなかった。

 II.CDK2とp57の結合は非添加群ではその結合が確認出来るが、TGF1刺激時では消失していること、CDK2の酵素活性が上昇していること、ならびにp107の発現と上方へのバンドシフトが確認された。

 III.TGF1によるp57の劇的な減少はプロテアソーム阻害剤により著明に抑制されること、そしてp57蛋白質と単数さらには複数のGST-ユビキチンがin vitroで結合することを明らかにし、TGF1添加によるp57の発現減少がユビキチン-プロテアソームによる蛋白分解機構の活性化によることを証明した。

 IV.BMP-7添加時には、CDK2とp27もしくはp57の結合は非添加時と比て変化せず、結合したままであった。しかし、CDK2の酵素活性は上昇し、p107の上方へのバンドシフトが確認された。さらにBMP-7添加時のサイクリンの発現を確認したところ、非添加時と比較してサイクリンD1、D2、E、Aの発現が誘導され、さらにこの発現誘導はTGF1刺激と比較しても強力であることが示された。

 以上、本研究では、骨芽細胞の増殖と分化の制御における細胞周期制御因子の関与を明らかにした。さらに骨基質に大量に存在するサイトカインであるTGFによる骨芽細胞の増殖と分化の制御においてはCDKインヒビターの一つである、p57が重要な役割を果たしていることが示された。

 本研究は骨芽細胞の増殖と分化、即ち、骨形成における分子レベルでの制御機構の解明に役立つと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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