本研究は小児心疾患における血管グラフトが小児の成長に伴い相対的狭小化を来す問題を解決するために、吸収性素材であるpolyglyco1ic acid(以下PGA)を用いて作成した人工血管の応用を検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.PGA繊維でwoven graftを作成し、雑種成犬の上大静脈置換を行い、血管造影と組織学的検査で経過観察した。1〜2ケ月の間、グラフト内腔は血栓のために狭小化したが、完全閉塞を免れた例ではその後徐々に内腔が再拡大し、6ケ月でほぼ移植時の内径に近い値まで回復した。組織学的所見では、グラフト内腔は1週間では厚い血栓によって覆われて狭窄を呈するが、3週間では血栓の組織化が進行し、6週間までに内腔は完全に血管内皮細胞によって被覆されていることが確認された。6ケ月後にはグラフトはほぼ完全に吸収され、置換された部分には組織学的にnativeの静脈と同様の構造の外膜をもち、内腔は血管内皮細胞に被覆された血管の再生を認めた。血管中膜の構成成分である弾性線維は、6ケ月の時点では生来の静脈壁から吻合部を越えて再生血管壁内に向かっての増殖が認められ、12ケ月で再生血管全長にわたって弾性線維の層が観察された。静脈瘤様の拡張や破裂などは見られず、吸収性の静脈グラフトの移植後、生来の静脈と同様の構造の血管壁が再生されることが示された。 2.幼若雑種犬7頭を用いて同様にPGAグラフトによる上大静脈置換実験を行った。血管内径はやはりいったん狭窄を呈し、その後再拡大した。6ケ月までの観察で、長期開存の4例の平均では血管内径は13%減少していたが、4例中1例で12%の内径の増大が観察された。したがって移植後早期の血栓閉塞や高度の狭窄を回避できれば、吸収性グラフト移植後の静脈が成長する可能性もあると思われた。 3.血管新生因子であるacidic fibroblast growth factor(以下aFGF)をグラフトに添加して犬の上大静脈を置換した。aFGFによって血管の再生が促進されることが期待されるが、結果としては血栓の形成が先に起こり、その血栓の器質化が通常よりも強い線維化を伴って生じたため、器質化血栓による狭窄が6ケ月の時点でも残存した。またグラフト周囲や血栓内には、数多くの側副血行の発達が見られ、これはaFGFの効果であると考えられた。 4.PGAグラフト移植後、血小板IIb/IIIa複合体の拮抗薬であるFK633の持続投与によって抗血栓療法を施行した実験では、グラフトの開存が4例中4例となり、適切な周術期の管理によって静脈グラフトの開存率が向上し得ることが示された。 5.PGAグラフトにより犬の右肺動脈の一部を置換したところ、6ケ月後には静脈と同様にグラフトの吸収と血管の再生が認められた。血管壁は結合組織とその内腔を覆う血管内皮から成っており、弾性線維の再生は見られなかったが、動脈瘤様の拡大は認めなかった。 以上、本論文は吸収性のグラフトによって、患者の成長によるグラフトの相対的狭小化という問題の解決を試みたものである。吸収性の人工血管は、長期的開存性を向上させる目的で小口径動脈において研究された例はあるが、静脈においての検討は今までなされていない。また成長し得る人工血管という観点での吸収性人工血管の研究も前例がない。本研究は、小児の心臓血管外科において、患者の成長に伴うグラフト狭小化によって再手術を余儀なくされている現状に対して、成長し得るグラフトを提供するための基礎的研究として貢献できると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |