学位論文要旨



No 115444
著者(漢字) 小林,城太郎
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ジョウタロウ
標題(和) 吸収性素材Polyglycolic acidを用いた人工血管による血行再建の実験的検討
標題(洋)
報告番号 115444
報告番号 甲15444
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1630号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 柳澤,正義
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
内容要旨

 現在、小児心臓疾患の分野では体外循環や手術手技の発達により手術の対象年齢はどんどん低下している。低年齢時に移植された人工血管はその後患者の成長に伴って相対的狭窄を呈することになる。従って成長能力をそなえた人工血管の開発が望まれている。

 吸収性素材で組織を置換した場合、吸収後には自己組織の再構築が起こることはよく知られている。吸収性素材を血管の再建に用いることはいくつか研究があるが、いまだ臨床応用はなされていない。しかし、再生した血管が自己の血管に等しい特性を持っておれば、良好な抗血栓性や成長能力を有する事も考えられる。したがって、今回吸収性素材 Polyglycolic acid(PGA)を用い、人工血管を作成して静脈、及び肺動脈に移植し、その治癒過程を観察し、人工血管として応用するための問題点とその解決方法を検討した。

第1章グラフト作成、上大静脈再生過程の観察1.グラフトの作成

 吸収性素材Polyglycolic acid(PGA)のフィラメントを平織りにしてシート状にした。これを適当な内径になるよう、折りたたんで輸血パックを封じる際に用いるHemofreeze Sealerで熱固定した。このグラフトの通水率は、圧120mmHgにおいて約3000ml/cm2だった。

2.実験1 雑種成犬の上大静脈置換

 雑種成犬6頭を用いた。全身麻酔下に気管内挿管し、人工呼吸器による調節呼吸を施行した。右第4肋間開胸して上大静脈の最上部と奇静脈の直上に血管鉗子をかけ、約5-10mmの上大静脈を切除、欠損部に自己血でpreclottingしたグラフトを端々吻合した。吻合は6-0 polypropylene糸の連続縫合で行った。術後14日目、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月と血管造影を施行し最長12ヶ月まで生存させた後犠牲死させ、上大静脈を切除し組織学的に検討した。

3.実験1の結果

 14日目には1例が完全閉塞し、残り全ての症例でも吻合部に血栓のためと思われる軽度の狭窄を認めた。1ヶ月の時点では、狭窄の度合いは全ての例で増強していた。完全閉塞をきたした例が35日目に、非常に高度な狭窄を呈した例が43日目に死亡した。剖検では2例ともに大量の乳び性胸水が認められ、上大静脈圧の亢進が死亡原因と考えられた。感染を示唆する所見は無かった。

 3ヶ月の時点で、全ての生存例で狭窄の軽減を認めた。6ヶ月の時点ではさらに狭窄は軽減しており、グラフト部分の血管内腔径は当初のグラフトの内径に近い値となり、吻合部前後で血管に口径差は認めなかった。

 一週間後の標本では内腔は厚い赤色血栓に覆われ、著しい狭窄を呈していた。これをAzan染色で観察すると、血栓の表面はフィプリンで覆われ、吻合部近くでは線維芽細胞の増殖が見られ、青く染まるコラーゲン繊維も認められており、すでに器質化が始まっていた。

 3週間目の切除標本では血栓はすでに内膜に覆われているようにみえた。残存するグラフトの線維の外側は結合組織に覆われていた。さらに、高度狭窄のために43日目に死亡した検体では、完全に器質化した血栓の表面が一層の血管内皮細胞に覆われていた。したがって、6週間より以降に生じる内腔の拡大は、器質化した血栓が縮小して起こるものと考えられた。

 6ヶ月時の標本写真でグラフトが吸収された部分の組織を観察した。グラフトは褐色に染まる無構造物として部分的に残存していた。Elastica van Gieson染色で黒く染色される弾性線維が静脈側から吻合部を越えてグラフトのあった部分に再生してきていた。弾性線維を含む外膜は静脈から連続して、グラフト全長にわたって再生していた。内腔面は一層の細胞に覆われ、ここを走査電子顕微鏡で観察すると血管内皮細胞の敷石状の配列が認められた。さらに、1年後の標本では、グラフト部分の全長にわたって、内膜下に縦走する弾性線維が認められた。

第2章再生血管の成長能力の検討1.実験2 幼若犬の上大静脈置換

 幼若な動物にPGAグラフトが移植された場合、検体の成長にしたがってグラフトの径が増大するかどうかを検討した。

2.実験2の結果

 7例中3例が1ヶ月以内に完全閉塞した(開存率57%)。閉塞例のうち2例は2ヶ月以内に死亡、1例は6ヶ月生存したがグラフトの再開通は見られなかった。

 長期開存した4例の全てに体重の増加が見られ、増加率は+19±10%であった。いっぽうグラフトの径の増大率は-13±17%だった。

 一例だけ体重増加15%に対してグラフト径は12%増大しており、成長に見合ったグラフトの増大が認められた。

第3章開存率向上のための工夫1.実験3 aFGFによる組織治癒の促進

 細胞成長因子の一つacidic fibroblast growth factor(aFGF)はヘパリンと親和性を持ち、血管の内皮細胞、線維芽細胞、平滑筋細胞などの増殖を促進し、血管新生を生じさせる。これをグラフトに添加して、PGAグラフトの内腔の内皮化が早まることによって血栓性の狭窄を抑制し、開存率が向上するかどうか検討した。

2.実験3の結果

 10日目の時点でグラフトはやはり血栓性の狭窄を示した。1ヶ月の時点で狭窄の改善は見られなかったが、グラフト内外に多数の側副血行が縦走していた。6ヶ月後、側副血行は減少し、グラフト内腔の径も拡大したが、内腔面に壁の不整が見られ、上大静脈との間に口径差を残していた。

 光学顕微鏡では血栓の中を縦走する太い側副血行がみられた。6ヶ月の時点ですでに静脈壁内に弾性線維の層が再生していた。

3.実験4 FK633による抗血小板療法

 IIb/IIIa複合体の拮抗薬FK633の持続投与によりグラフトの開存性が向上するかどうかを検討した。

4.実験4の結果

 4例全てが3ヶ月の時点で開存(開存率100%)。実験1、実験2の結果から考えて、3ヶ月以降狭窄が進行することはないと考えられた。

第4章肺動脈系への応用

 PGAグラフトが肺動脈の圧に耐えうるかどうか、実験的検討を試みた。

 1.実験5 雑種成犬1頭を実験1と同様に右開胸し、右肺動脈を切除、径6mm、長さ6mmの自己血でpreclottingしたPGAグラフトで置換した。

2.実験5の結果

 血管造影では、静脈の時とは異なり、血栓による狭窄は認められなかった。6ヶ月後に標本を切除した。吻合部に狭窄や瘤形成はなく、肉眼的にグラフトは完全に吸収されていた。組織学的所見では、吸収後の血管壁は主に線維芽細胞と膠原線雑から成る結合組織で構成されており、血管壁内血管も多数認めた。内腔面は内皮細胞に覆われていた。本来の肺動脈には多量の弾性線維を認めたが、グラフト部分には弾性線維の増生は認められなかった。

第5章考察

 動脈系における吸収性人工血管の研究では、血管の3層構造、特に中膜の再生が見られなかったため、動脈瘤化を完全に避けることが困難だと考えられ、100%吸収性の人工血管の研究は最近では行われなくなっている。しかし静脈や肺動脈など比較的圧の低い血管系であれば、中膜の再生は不完全でも臨床使用に耐えうる可能性がある。本研究では吸収性人工血管の静脈移植によって、内膜、外膜に加えて、やや疎ながら血管全長にわたって弾性線維層の再生を確認した。再生した血管は本来の静脈と同等の抗血栓性を持っていると考えられるので、早期に起こる血栓性閉塞が解決できれば半永久的に開存すると思われる。成長する動物に移植した場合、宿主にあわせて増大していくグラフトが開発できる可能性も認められた。肺動脈では圧が静脈より高いが、結合組織の壁とその内腔を覆う血管内皮細胞の形で肺動脈の再生が観察された。自家組織の採取を必要としない、成長能力のあるグラフトは小児領域の医療に大きく役立つと思われるので、今後も研究の意義があると思われた。

審査要旨

 本研究は小児心疾患における血管グラフトが小児の成長に伴い相対的狭小化を来す問題を解決するために、吸収性素材であるpolyglyco1ic acid(以下PGA)を用いて作成した人工血管の応用を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.PGA繊維でwoven graftを作成し、雑種成犬の上大静脈置換を行い、血管造影と組織学的検査で経過観察した。1〜2ケ月の間、グラフト内腔は血栓のために狭小化したが、完全閉塞を免れた例ではその後徐々に内腔が再拡大し、6ケ月でほぼ移植時の内径に近い値まで回復した。組織学的所見では、グラフト内腔は1週間では厚い血栓によって覆われて狭窄を呈するが、3週間では血栓の組織化が進行し、6週間までに内腔は完全に血管内皮細胞によって被覆されていることが確認された。6ケ月後にはグラフトはほぼ完全に吸収され、置換された部分には組織学的にnativeの静脈と同様の構造の外膜をもち、内腔は血管内皮細胞に被覆された血管の再生を認めた。血管中膜の構成成分である弾性線維は、6ケ月の時点では生来の静脈壁から吻合部を越えて再生血管壁内に向かっての増殖が認められ、12ケ月で再生血管全長にわたって弾性線維の層が観察された。静脈瘤様の拡張や破裂などは見られず、吸収性の静脈グラフトの移植後、生来の静脈と同様の構造の血管壁が再生されることが示された。

 2.幼若雑種犬7頭を用いて同様にPGAグラフトによる上大静脈置換実験を行った。血管内径はやはりいったん狭窄を呈し、その後再拡大した。6ケ月までの観察で、長期開存の4例の平均では血管内径は13%減少していたが、4例中1例で12%の内径の増大が観察された。したがって移植後早期の血栓閉塞や高度の狭窄を回避できれば、吸収性グラフト移植後の静脈が成長する可能性もあると思われた。

 3.血管新生因子であるacidic fibroblast growth factor(以下aFGF)をグラフトに添加して犬の上大静脈を置換した。aFGFによって血管の再生が促進されることが期待されるが、結果としては血栓の形成が先に起こり、その血栓の器質化が通常よりも強い線維化を伴って生じたため、器質化血栓による狭窄が6ケ月の時点でも残存した。またグラフト周囲や血栓内には、数多くの側副血行の発達が見られ、これはaFGFの効果であると考えられた。

 4.PGAグラフト移植後、血小板IIb/IIIa複合体の拮抗薬であるFK633の持続投与によって抗血栓療法を施行した実験では、グラフトの開存が4例中4例となり、適切な周術期の管理によって静脈グラフトの開存率が向上し得ることが示された。

 5.PGAグラフトにより犬の右肺動脈の一部を置換したところ、6ケ月後には静脈と同様にグラフトの吸収と血管の再生が認められた。血管壁は結合組織とその内腔を覆う血管内皮から成っており、弾性線維の再生は見られなかったが、動脈瘤様の拡大は認めなかった。

 以上、本論文は吸収性のグラフトによって、患者の成長によるグラフトの相対的狭小化という問題の解決を試みたものである。吸収性の人工血管は、長期的開存性を向上させる目的で小口径動脈において研究された例はあるが、静脈においての検討は今までなされていない。また成長し得る人工血管という観点での吸収性人工血管の研究も前例がない。本研究は、小児の心臓血管外科において、患者の成長に伴うグラフト狭小化によって再手術を余儀なくされている現状に対して、成長し得るグラフトを提供するための基礎的研究として貢献できると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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