背景 「肝内胆管癌」(CCC)が文献に登場してから約100年の歳月が経過したが、その至適治療法はいまだ確立されていない。その主な理由は早期発見が困難で治療実績が少ないこと、各研究者によって疾患の定義に相違があることである。 CCCは原発性肝癌の中で2番目に多いが、肝細胞癌(HCC)と比較すると稀である。また高危険群が明らかでなく、進行しても無症状なことが多いため早期発見が困難で、各施設とも単一では根治的治療例が少なく、予後因子、進展形式に沿った治療法を詳細に検討出来ない状況にある。 一方、CCCにはいくつかの亜型があってこれらは互いに生物学的特性、病態、治療法などに違った特徴を示すことがわかっている。Okudaら(1977)は剖検例の検討からCCCをperipheral typeとhilar typeに分類。Edmondsonら(1985)もCCCをperipheral type以下4タイプに分類し、発生位置による臨床経過の相違を明らかにした。OkudaやEdmondsonらはPeripheral type CCC(pCCC)の進展形式に深く言及していないが、腫瘍は主として類円形の結節を形成し、肝実質内に同心円状に発育して行くことが特徴と考えられる。「pCCC」は以後多数の臨床、病理学的研究で用いられたが、ほとんどの研究で「peripheral」とは単に肝門部胆管癌を除外するだけでpCCCとCCCはいわば同義語として使われた。Yamamotoら(1992)はpCCCのうち、腫瘤を形成する型を"mass-forming type"(MFCCC)と命名し、他の型と病態、治療、予後に違いがあることを示した。その後Ohashi(1994)ら、Yamanaka(1995)らも MFCCCが他の型と生物学的特性が異なることを示し、日本肝癌研究会(1997)もMFCCCの定義を採用するに至り、ようやく臨床研究の基礎が出来上がった。 目的 本研究の目的は外科治療の対象となるMFCCC患者の予後規定因子をretrospective studyによって検出し、MFCCCの外科治療指針を明らかにすることである。 対象と方法 東京大学肝胆膵外科、国立がんセンター中央病院肝胆膵外科、国立がんセンター東病院消化器外科、信州大学第一外科の4施設の患者を集積して研究を行なった。1980年1月〜1998年8月に上記4施設に入院したCCC患者は105例で、肉眼的根治切除を受けた患者は67例、姑息治療を受けた患者は38例であった。前者67例のうち、MFCCCは52例で、これを今回の研究対象とした。検討因子は年齢、性別、肝炎ウイルス(HBV/HCV)感染の有無、術前血清CEA値の異常、腫瘍径、腫瘍の組織学的分化度、主腫瘍の位置(左葉vs右葉)、切除区域が2区域以上か否か、血管浸潤、肝内転移、リンパ節転移、外科断端での癌露出(以上すべて組織学的)の有無、リンパ節郭清の併施の有無、術前後の補助抗癌療法の有無であった。まず単変量解析(Log-rank test)を行い、有意因子に関して多変量解析(Cox model)を行った。各因子間の従属的な関係の検討にはPearson Correlations test、Spearman Correlations testを用いた。 結果 患者の内訳は男32例、女20例、年齢は40〜81歳(平均62.3)、腫瘍径は1.4〜16cm(平均5.4)、術前CEAは0〜2163ng/ml(平均67.5)であった。術式の内訳では43例に2区域(Couinaudの分類)以上の肝切除、9例に区域切除が行われた。7例には術前門脈塞栓術が行われた。肝断端の組織学的癌陽性は16例に見られた。肝十二指腸間膜や総肝動脈周囲、膵背面の後腹膜のリンパ節郭清(症例によっては傍大動脈周囲リンパ節の郭清を含む)は術前画像診断や術中所見で、リンパ節に転移が疑われた24例に肝切除術に先行して行われ、20例に組織学的転移陽性が確認された。術前後の補助療法は17例に行われた。術後再発に対して5例に再切除が行われた。1、3、5年生存率は62%、36%、36%、中間値は21ヶ月、術後30日以内の死亡率は1.9%であった。33例に再発が認められ、1、3、5年無再発生存率は42%、38%、35%であった。術後39ヶ月後に孤立性の肺転移を再切除された1例を除いて再発は全例術後14ヶ月以内に発見、この再切除例を除く全例が術後26ヶ月以内に死亡した。11例が3年以上長期生存し、7例が5年以上無再発であった。長期生存患者は全例リンパ節転移陰性、組織学的外科断端癌露出陰性であった。 生存期間に関する単変量解析では、リンパ節転移陰性、外科断端陰性、血管浸潤陰性、主腫瘍が右葉に位置、リンパ節郭清の併施なしの5因子が有意であった。無再発生存期間にはリンパ節転移陰性と外科断端陰性の2因子が有意であった。生存期間に関する多変量解析では、リンパ節転移、外科断端、血管浸潤の有無が有意で、3因子がいずれも陰性の患者12人の5年生存率は92%であった。 考察 CCCの高危険群として、東洋では肝寄生虫感染、肝内結石症の既往などが、西洋では硬化性胆管炎(PSC)、カロリー病などの合併が重要である。日本では肝内結石との合併が多く、CCCの8%前後に肝内結石合併が報告されている。西洋でのPSCのCCC合併率は15%前後の報告がある。Sellらはratの細胞を使った実験からHCCとCCCは同じ多方向性分化能を持ったliver stem cellから発生する機序があるとの仮説を発表している。HCCは慢性肝炎を背景として発生する事が多いが、CCCも慢性肝炎や-fetoprotein(AFP)上昇が高率であるとの報告が見られる。日本肝癌研究会の全国集計によるとCCCの既往として急性肝炎が3.8%、慢性肝炎が15.7%、肝硬変が11.1%見られ、HCCほどではないが慢性肝障害合併率は高い。発癌形式として慢性肝疾患に見られる増生細胆管に由来する説がある。Steinerらにより報告されたcholangiocellular carcinoma(細胆管癌)はliver stem cellや増生細胆管に由来する説が有力である。AFP上昇は一般に10%以下とする報告が多い。AFPはCCCの前段階であるoval cellで産生されているとの報告もあり、CCCでも産生される可能性がある。ただOkudaらも指摘しているように広範囲進行例や非切除例においては腫瘍の中にHCC成分が混在している可能性は否定できない。 MFCCCとHCCの臨床経過での共通点は多く、WeinbrenやNakajimaらは剖検例のpCCC(MFCCCとほぼ同義)の検討から肝内転移と門脈浸潤に密接な関係を見出し、pCCCは門脈を介して血行性に転移進展すると記した。過去の報告によるとpCCCは27-85%と高率に血管浸潤が見られている。かかる観点からは全肝切除、肝移植は理想的な治療法であるが、過去の肝移植の結果は不良であり、ドナー不足の観点からは最近ではpCCCに対する肝移植の適応はない。MFCCCにおいてもHCCの治療で推奨されている解剖学的肝切除が腫瘍学的に最も優れた治療と考えられる。 断端の癌細胞露出は多変量解析で有意、かつ強力な予後規定因子であり、組織学的に断端に癌細胞が露出していた患者の予後は姑息術を行った患者と同様であった。腫瘍の進展範囲を確実に診断し、可能な限りsafety marginを確保した術式を選択することが必須である。術中超音波法を繰り返し行って腫瘍先進部の診断能を高め、正確な肝切除を行うこと、肝機能の温存と腫瘍の根治性向上というジレンマを解決する唯一の方法である術前門脈塞栓術を積極的に行なう必要がある。 リンバ節転移陽性例は1例を除き全例術後9ヶ月以内に再発し、26ヶ月以内に死亡していた。リンバ節転移陽性例の予後も姑息術を受けたMFCCC患者の予後と同様であった。再発形式は、遠隔リンパ節、骨、肺、脳など全身性であり、リンパ節転移陽性は外科的治療が不可能な全身性疾患に陥っていることを示唆している可能性があった。肉眼的リンパ節転移陽性患者にはリンパ節郭清が行われたが無効であり、リンパ節切除はStage決定のためのサンプリングにとどめるべきと考えられる。今後肉眼的転移陰性例に対する郭清の効果をProspective studyで確認すべきである。 全体の生存率は36%であったが、多変量解析で有意であった因子のすべてが良好である場合、すなわち組織学的にリンパ節転移や血管浸潤がなく、外科断端に癌の露出がなかった症例12例は、11例が長期生存例であり、5年生存率は92%であった。本研究で導き出された3因子は肉眼的根治術後のMFCCCの予後規定因子として重要な意味を持つと考えられる一方、他の因子、すなわち、肝内転移、腫瘍径、腫瘍の組織学的分化度は予後に影響せず、このことは腫瘍を断端を露出させることなく、安全に切除することが技術的に可能であれば肝内進展の如何にかかわらず肝切除を行うべきであることを示していた。再発患者の急速な経過を考慮すれば3年以上無再発の症例は治癒したとみなせるであろう。 結語 MFCCCの外科治療成績向上のためには診断性能向上と残肝への門脈塞栓術併用による拡大手術によって外科断端への癌露出を避けることが必須で、リンパ節転移陽性例に対しては外科切除以外の新たな治療戦略が必要である。リンパ節郭清の効果は今後prospective studyで確認すべき問題である。MFCCCは頻度が少ないので、本研究の如く多施設間で検証を行う必要があり、各施設が統一した分類を採用することが不可欠である。 |