学位論文要旨



No 115455
著者(漢字) ニッタ マルセロ エイジ
著者(英字) Nita Marcelo Eidi
著者(カナ) ニッタ マルセロ エイジ
標題(和) 消化管癌におけるアポトーシス関連蛋白の役割
標題(洋) Role of Apoptosis Related Proteins in Digestive Tract Cancer
報告番号 115455
報告番号 甲15455
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1641号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅俊
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
 東京大学 助教授 菅野,純夫
 東京大学 講師 武内,巧
 東京大学 講師 河原,正樹
内容要旨

 緒言:アポトーシスは遺伝子によって制御される細胞死であり、細胞増殖を制限し組織のホメオスタシスを維持するために重要な役割を果たしている。アポトーシス制御機構の異常は無制限な細胞増殖をまねき、発癌を促進する。最近の研究から、多くの抗癌剤は癌細胞をアポトーシスに導くことによりその効果を発現することが明らかにされている。すなわち、アポトーシスに抑制的に働く分子細胞レベルの異常は化学療法剤に対する癌の抵抗性と直接的に関連している可能性がある。

 Bcl-2蛋白ファミリーには、Bcl-2の他、Bcl-XL,Bax,Bad,Bakが含まれ、これらは互いに有意な相同性を持ち、アポトーシス制御機構の中心的役割を果たしている。Bcl-2とBcl-XLはアポトーシスを抑制し、Bax,Bad,Bakはアポトーシスを促進する。本研究の目的は、特に化学療法感受性および患者予後との関連において、消化管癌におけるBcl-2蛋白ファミリーの役割を明らかにすることである。

Part A.アポトーシス調節蛋白Bcl-2ファミリーの化学療法感受性への影響:大腸癌における研究Chapter A-I大腸癌におけるアポトーシス関連蛋白の発現

 本研究の目的は、大腸癌におけるこれらアポトーシス関連蛋白(得にBcl-2ファミリー)の発現異常を明らかにすることである。

 対象と方法:大腸癌の新鮮凍結標本24症例を対象にしてBcl-2とBcl-XLの発現をWestern Blottingによって解析した。各因子の発現はDensitometerを用いて定量化し、正常粘膜と癌組織で発現量を比較した。

 結果と考察:Bcl-2蛋白ファミリーの発現パターンは正常組織と癌組織で大きく異なっていた。正常大腸粘膜と比較して、大腸癌組織内ではBcl-XLの発現上昇が有意に認められた。アポトーシス抑制因子Bcl-XLの発現上昇は腫瘍におけるアポトーシスを抑制し、癌の発生と進展に促進的に働いている可能性がある。

Chapter A-II大腸癌におけるBcl-2蛋白ファミリーの発現と5-FU感受性との相関

 前章(A-I)の結果から明らかにされたように、Bcl-2蛋白ファミリーの発現異常は大腸癌で高頻度に認められ、これらの異常は癌組織におけるアポトーシス調節機構の異常と直接的に関連していると考えられる。腫瘍におけるアポトーシス調節機構の異常は抗癌剤に対する感受性に関係している可能性がある。腫瘍における抗癌剤感受性の指標となる因子を特定することは、個々の腫瘍に応じた治療方針を決定するために非常に重要である。本研究の目的は、大腸癌における5-FU感受性の指標となる因子を特定することである。

 対象と方法:5種類のヒト大腸癌細胞株を用いてBcl-2蛋白ファミリー(Bcl-2,Bcl-XL,Bax,Bad,Bak)の発現パターンと5-FUに対する感受性との相関を解析した。各細胞の5-FUに対する感受性はMTS Assayによって解析した。アポトーシス細胞の検出はAcridine Orange染色によって細胞核の形態変化を蛍光顕微鏡下に観察した。さらに5-FUによる細胞死とアポトーシスとの相関については、Cell Detection ELISA Plus Kit(Boehringer Mannheim)を用いて評価した。

 結果と考察:ほとんどの大腸癌細胞株において、原発性大腸癌と同様にBcl-XLの高レベルの発現が認められた。5-FUがひきおこす細胞死はアポトーシスによるものであった。高レベルのBcl-XLを発現している細胞株、Bcl-XL対Baxの発現比が高い細胞株は5-FUに対する感受性が低いことが明らかになった。これらは5-FU感受性の指標となりうると考えられた。

Chapter A-IIIBcl-XLアンチセンスオリゴヌクレオチドの導入は大腸癌における5-FU感受性を高める

 癌化学療法の有効性を高めるためには、癌の薬剤耐性を克服することが重要である。前章(A-II)の結果から、Bcl-XLの発現は5-FU抵抗性に関連していると考えられる。遺伝子導入によるBcl-XLの強制発現、または、Bcl-XLアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS-ODN)によるBcl-XLの発現抑制によって、Bcl-XLの発現を調整し、それに伴う大腸癌細胞の5-FU感受性の変化を解析した。

 対象と方法:Bcl-XLの発現が検出されない大腸癌細胞株Colo320に遺伝子導入によりBcl-XLを強制発現させ5-FU感受性の変化を解析した。また、高レベルのBcl-XLを発現している大腸癌細胞株DLD1にBcl-XL AS-ODNを導入し、Bcl-XLの発現変化、5-FU感受性の変化を解析した。

 結果と考察:Bcl-XLの強制発現によって、Colo320は5-FUに対する抵抗性を獲得した。すなわち、Bcl-XLの発現は5-FUに対する耐性と直接的に関連していると考えられる。高レベルのBcl-XLを発現し、5-FUに対する抵抗性が高い大腸癌細胞株DLD1にBcl-XL AS-ODNを導入したところ、Bcl-XLの発現は抑制され、それにともなってDLD1の5-FUに対する感受性が高められた(A-III.Figure7)。これらの結果から、Bcl-XLの発現は腫瘍の5-FUに対する感受性の指標となり、Bcl-XL AS-ODNは5-FU耐性を克服し、治療効果を高めるために有用であると考えられる。

A-III.Figure7.Effect of AS1on the cytotoxicity of 5-FU in colon cancer cell line.5-FU alone(cross),5-FU with AS1(circle),5-FU with NS1 control(square),and AS1 alone(triangle).*,(p<0.05).
Part B.アポトーシス調節蛋白Bcl-2ファミリーの予後指標因子としての役割:原発性食道癌における研究

 アポトーシスの調節および細胞周期の制御は細胞の増殖調節、発癌抑制に重要な役割を果たしており、これらの異常は各種の癌で高頻度に認められている。癌の発生と進展に関与する複数の遺伝子異常の相互的、協調的作用の結果として、個々の癌の生物的、臨床的形質が決定されるとすれば、個々の患者の予後をより正確に判定するためには、異なる多くの分子生物学的因子を同時に考慮に入れることが必要である。本研究の目的は、食道癌におけるBcl-2蛋白ファミリーの発現と患者予後との相関を明らかにし、より信頼のおける予後の指標を確立することである。

 対象と方法:食道扁平上皮癌治癒切除例62症例のホルマリン固定パラフィン包埋標本から薄切組織切片を作製し、Bcl-2蛋白ファミリー(Bcl-2,Bcl-XL,Bax)、細胞周期調節因子(p53,Rb,p21/Waf1,p27/Kip1)のそれぞれを認識する抗体を用いて免疫組織化学染色を行った。画像解析装置を用いて、各蛋白の発現を定量した。多変量解析を用いて、Bcl-2蛋白ファミリー、細胞周期調節因子、従来から用いられてきた臨床病理学的因子これらの中のどの因子が患者予後との相関が強いか解析した。

 結果と考察:年齢60歳未満、リンパ節転移陰性、高レベルのp21/Waf1の発現、高レベルのBcl-2の発現、これら4つの因子がより良好な患者予後と有意に相関していることが明らかになった。これら4因子のうちのいくつの因子を満たしているかによって、患者を5つのサブグループに分けたところ(図B.4A)、4因子すべてを満たす患者グループは予後追跡期間中、全員生存していた。ところが、4因子のうちいずれの因子も満たさない患者グループは、最も不良な予後を示した。本研究の結果は癌の分子生物学的因子および臨床病理学的因子から、生存の可能性をスコアー化できる可能性を示している。

B.Figure 4A.Overall survival curves according to the number of favorable prognostic marker.

 結語:(1)正常大腸粘膜と比較して、大腸癌組織内ではアポトーシス抑制因子Bcl-XLの発現上昇が有意に認められた。この異常は腫瘍におけるアポトーシスを抑制し、癌の発生と進展に促進的に働いている可能性がある。

 (2)高レベルのBcl-XLを発現している細胞株、Bcl-XL対Baxの発現比が高い細胞株は5-FUに対する感受性が低い。従って、大腸癌ではBcl-XLの発現は5-FU感受性の指標となりうる。

 (3)Bcl-XLの発現が検出されない大腸癌細胞株にBcl-XLを強制発現させたところ5-FUに対する抵抗性を獲得した。Bcl-XLの発現は5-FUに対する耐性と直接的に関連していると考えられる。

 (4)Bcl-XLアンチセンスオリゴヌクレオチドの導入によってのBcl-XLの発現を抑制し、5-FUに対する感受性を高めることが可能であった。将来、臨床への応用が期待される。

 (5)Bcl-2蛋白ファミリー(Bcl-2,Bcl-XL,Bax)、細胞周期調節因子(p53,Rb,p21/Waf1,p27)、臨床病理学的因子を含めた多変量解析の結果、年齢60歳未満、リンパ節転移陰性、高レベルのp21/Waf1の発現、高レベルのBcl-2の発現、これら4つの因子がより良好な患者予後と有意に相関していることが明らかになった。4因子すべてを満たす患者グループは予後追跡期間中、全員生存していた。ところが、4因子のうちいずれの因子も満たさない患者グループは、最も不良な予後を示した。

 結論:アポトーシス調節蛋白の消化管癌における発現は患者の予後予測因子として重要であり、その中でも抗癌剤の感受性の指標として臨床的応用が可能であると考えられる。更に、遺伝子工学の技術を用いてこれらの蛋白の発現を調節することにより、癌治療の新たな展開を生み出すことが考えられる。

審査要旨

 試験は平成12年2月3日に東京大学医学部肝臓外科教授室において行われた。審査委員は、論文提出者に対し、学位請求論文の内容および関連事項について質問と討議を行い、本人の学識と提出論文を審査した。

 審査の際に、「論文の内容の要旨」及び「本文」において[A-III.Figure7]を棒グラフから折れ線グラフに変更し、更に対照群としてアンチセンスのみ(AS1 alone)のデータを追加するよう指示があり、それに従って新たなグラフを作製し、論文に加えた。またそれに伴い、図の説明文も変更した。

 本論文は、Bcl-2蛋白ファミリーが大腸癌の化学療法感受性に重要な役割を果たしていることを示し、新たな感受性の評価法を提案すると当時にそれらの蛋白に対するアンチセンスを用いた新たな治療法の可能性を見いだした。更に、食道癌患者の新たな予後因子のスコア化システムを提案し、患者の術後補助療法の決定などに大いに役立つと考えられる。

 従って、これまで適切な化学療法感受性や予後予測に必要なスコア化システムが存在しなかった消化管癌において、本研究は、新たな評価システムの確率に向けて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク