学位論文要旨



No 115457
著者(漢字) 中村,卓郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,タクロウ
標題(和) 敗血症時に生じる急性肺傷害の改善に関する経静脈的グルタミン投与の意義についての実験的研究
標題(洋)
報告番号 115457
報告番号 甲15457
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1643号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,和彦
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 斎藤,英昭
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 講師 鎮西,美栄子
内容要旨 緒言

 敗血症時における多臓器不全の管理には困難を伴うことが多い.中でも、急性肺傷害、および成人呼吸窮迫症候群(ARDS)を原因とする呼吸不全、多臓器不全の管理は重要な検討課題となっている.

 グルタミンは、健常時には生体内の各臓器や筋で産生される非必須アミノ酸であるが、侵襲時にはグルタミンの需要が供給を上回るため生体外から供給されないと欠乏することから、必須アミノ酸の範躊に入ると考えられている.グルタミンは侵襲時に筋より多量に放出され、肝、腸管、免疫細胞のエネルギー源としての役割を果たし、侵襲下の栄養基質としての重要性が認められている、しかし、侵襲下における肺に対するグルタミン投与の有用性についての詳細な検討はいまだ行われていない.

 正常時には筋と同様に肺からグルタミンが放出されている.また、敗血症初期には筋と肺からのグルタミンの放出量は増加し、肺組織内のグルタミン濃度が減少する.このように肺は正常時にも侵襲時にもグルタミン代謝に重要な役割をはたしている.一方、外因性のグルタミン投与によって肺のグルタミン代謝が変化することが推測されるが、侵襲時の肺における検討は行われていない.

 そこで、エンドトキシン血症ラットを用い外因性のグルタミン投与による呼吸機能、肺のグルタミンの代謝、および生存率への影響について検討を行った.

実験Iグルタミン輸液モデルの作成

 【方法】Wistar系雄性ラットを用い、輸液中のグルタミン含有の有無によって、標準高カロリー輸液(TPN)群(STD群,n=5)とグルタミン(Gln)添加TPN群(GLN群,n=5)の2群に分けた.標準TPN液にはグルタミンを含有しない標準アミノ酸製剤を用い、Gln添加TPN液には、グルタミン濃度を総アミノ酸量の33%にしたアミノ酸液を用いた。2種類のTPN液は等熱量(250kcal/kg/day)、等アミノ酸量(11.3g/kg/day)とした.

 ラットは無拘束下に管理し、標準TPN液、あるいは、Gln添加TPN液を5日間持続注入した.輸液開始5日後、腹腔内投与麻酔下に大動脈血を採取し、失血死させた.また、採血直後にフリーズクランプ法で肺を摘出した.

 大動脈血の血液ガス分析をABL300にて行った。肺組織のアミノ酸分画定量は全自動高速アミノ酸分析機にて行った.肺組織内グルタミン濃度(%)を(肺homogenateグルタミン濃度)/(肺homogenateアミノ酸総量)により算出した.肺組織中のPhosphate activated glutaminase(PAG)活性、およびAmidophosphoribosyltransferase(ATase)活性は比色定量法により測定した.採取した肺の一部の湿重量を測定した後、80℃で12時間乾燥させ,乾重量を測定した.湿重量を乾重量で除して、乾湿重量比を算出し、肺水腫の程度の指標とした.実験終了前12時間の尿を採取し尿中総窒素量を測定し、尿中窒素排泄量とした.投与窒素量より尿中窒素排泄量を減じて窒素平衡を算出した.数値は全て平均値±標準偏差で表した.検定はStudent’s t-testを用い、P<0.05を有意差ありとした.

 【結果】グルタミン添加TPN群と標準TPN群と比較すると2群間で体重、窒素平衡、生存率、肺の乾湿重量比、および動脈血液ガスに有意差を認めず、エンドトキシンを投与しないラットではグルタミン投与による実験系への影響はないものと考えられる.

 また、グルタミン添加TPN群では標準TPN群と比べて肺組織内のグルタミン濃度が有意に増加していた.外因性のグルタミン投与による肺組織内のグルタミン濃度の上昇と考えられる.肺のグルタミン異化代謝酵素活性(PAG活性、ATase活性)はエンドトキシンを投与しないラットではグルタミン投与によって変化を認めなかった.

実験IIエンドトキシン血症ラットにおけるグルタミン投与の検討

 【方法】Wistar系雄性ラットを用い,輸液中のグルタミン含有の有無によって、静脈内エンドトキシン投与標準高カロリー輸液(TPN)群(Et-STD群,n=17)と静脈内エンドトキシン投与グルタミン(Gln)添加TPN群(Et-GLN群,n=8)の2群に分けた.

 実験Iと同様に、標準TPN液、あるいは、Gln添加TPN液を5日間持続注入した.

 TPN開始72時間後、両群にエンドトキシン(Et)500g/kgを静脈内に投与した.Et投与48時間後、腹腔内投与麻酔下に大動脈血を採取し、失血死させた.また、採血直後にフリーズクランプ法で肺を摘出した.血液ガス分析、アミノ酸分析、肺の酵素活性測定、肺の乾湿重量比測定、および窒素平衡測定は実験Iと同様に施行した.数値は全て平均値±標準偏差で表した.検定はStudent’s t-testを用い、P<0.05を有意差ありとした.

 【結果】エンドトキシン投与後48時間の観察期間中に生存していたラット、Et-STD群6頭、Et-GLN群6頭について検討した.

 肺の乾湿重量比は、Et-STD群4.92±0.22に比べてEt-GLN群4.67±0.13と有意に低かった(p<0.05)。また、動脈血酸素分圧は、Et-STD群72.4±10.4(mmHg)に比べてEt-GLN群91.7±3.3(mmHg)で有意に高かった(p<0.01).

 肺組織内のグルタミン濃度は、Et-GLN群が8.97±0.69(%)であり、 Et-STD群の5.27±0.49(%)と比べ有意に増加していた(p<0.01).

 肺組織中のPAG活性はEt-STD群の26.3±8.3(nmol/min/mg protein)とEt-GLN群の31.9±7.1(nmol/min/mg protein)で有意差を認めなかった.肺組織中のATase活性はEt一STD群の15.4±5.8(nmol/min/mg protein)と比べEt-GLN群の27.9±5.0(nmol/min/mg protein)で有意に増加していた(p<0.01).

 窒素平衡はEt-STD群6±18(mg/kg/12hr)に比べてEt-GLN群27±15(mg/kg/12hr)で有意に高かった(p<0.05).

 エンドトキシン投与後48時間の観察期間中、Et-STD群では17頭中6頭が生存した(生存率35%)。一方、Et-GLN群では8頭中6頭が生存した(生存率75%).生存率の比較をWilcoxon検定にて行った結果,両群間に有意差を認めた(p<0.05).

考察と結語

 エンドトキシンによる急性肺傷害時における、外因性グルタミンの有用性を示す報告は認められない.本実験において、エンドトキシン血症下でグルタミン投与によって動脈血中酸素分圧が上昇し、肺の乾湿重量比が低下していた.すなわち、低酸素血症と肺水腫が改善したということであり、エンドトキシンによる急性肺傷害がグルタミン投与により改善することを示す結果と言えよう.

 グルタミンが投与されていない時、敗血症時に肺の組織内のグルタミン濃度が減少することが報告されている.この肺組織内のグルタミン濃度の減少は、敗血症時の肺におけるグルタミンの需要の増加、および肺からのグルタミンの放出の増加によるものと考えられる。

 本実験において、エンドトキシン血症ラットではグルタミン投与によって肺組織内のグルタミン濃度が有意に増加していた。肺においてグルタミンの需要の増加を補うに十分な外因性のグルタミンが供給されたと考えられる。

 グルタミンは免疫細胞など急速に分裂する細胞においてエネルギー源として利用され、さらにヌクレオチド合成の前駆体としても利用される.本実験において、エンドトキシン投与下では、グルタミン投与によっても肺組織内のPAG活性の有意な増加を認めなかった.PAG活性はグルタミンからのエネルギー産生に関与している酵素であることから、肺におけるグルタミンからのエネルギー産生の亢進はないと考えられる.一方、グルタミンを窒素源とする核酸合成酵素であるATase活性の有意な上昇が肺組織内で認められた.エンドトキシン下の肺では、経静脈的グルタミン投与によって核酸合成が亢進していることが示唆される結果である。

 エンドトキシン血症下の急性肺傷害がグルタミシ投与により改善され、また、グルタミン投与によって肺の核酸合成が亢進していることより、投与されたグルタミンが肺組織内の細胞(肺胞細胞、内皮細胞、線維芽細胞、免疫細胞など)の栄養基質として有効に利用されていることが考えられる.

 グルタミンの全身投与による効果として、筋肉の蛋白合成促進、全身の蛋白崩壊亢進の抑制、窒素平衡の改善による侵襲時の全身栄養状態の改善などが知られている.また、グルタミン投与により侵襲下の全身免疫能が改善され、感染症合併率が減少することが知られている.循環機能に対してもグルタミン投与により改善効果が得られるという報告がある.

 本実験で、グルタミン投与によりエンドトキシン血症下の窒素平衡、および生存率が有意に改善した.生存率の改善は急性肺傷害改善による結果のみならず、窒素平衡の改善に加えて、おそらく免疫機能や循環動態の改善も加わった結果によるものと考えられる.

 以上の実験成績は、侵襲下に生じた急性肺傷害におけるグルタミン代謝の重要性を示すものであり、また、敗血症の治療において経静脈的グルタミン投与が呼吸機能へ与える影響の重要性も示している.

 エンドトキシン血症時に生じる急性肺傷害の改善への経静脈的グルタミン投与の有用性が示唆された.

審査要旨

 本研究は侵襲下における肺に対する経静脈的グルタミン投与の有用性を明らかにするため、エンドトキシン血症ラットを用い外因性のグルタミン投与による呼吸機能、肺のグルタミンの代謝、および生存率への影響について検討を試みたものであり、下記の結果を得ている.

 1.エンドトキシン血症ラットでは、グルタミン投与によって動脈血中酸素分圧が上昇し、肺の乾湿重量比が低下していることが示された.すなわち、低酸素血症と肺水腫が改善したということであり、ラットにおいてエンドトキシンによる急性肺傷害がグルタミン投与により改善することが考えられた.

 2.エンドトキシン血症ラットでは、グルタミン投与によって肺組織内のグルタミン濃度が増加していることが示された。肺においてグルタミンの需要の増加を補うに十分な外因性のグルタミンが供給されたことが考えられた.

 3.エンドトキシン血症ラットでは、グルタミン投与によっても肺組織内のPhosphate activated glutaminase(PAG)活性の有意な増加を認めなかった.PAG活性はグルタミンからのエネルギー産生に関与している酵素であることから、肺におけるグルタミンからのエネルギー産生の亢進はないと考えられた.

 一方、グルタミンを窒素源とする核酸合成酵素であるAmidophosphoribosyltransferase(ATase)活性の有意な上昇が肺組織内で認められた.エンドトキシン下の肺では、経静脈的グルタミン投与によって核酸合成が亢進していることが示された。

 エンドトキシン血症下の急性肺傷害がグルタミン投与により改善され、また、グルタミン投与によって肺の核酸合成が亢進していることより、投与されたグルタミンが肺組織内の細胞(肺胞細胞、内皮細胞、線維芽細胞、免疫細胞など)の栄養基質として有効に利用されていることが考えられた.

 4.グルタミン投与によりエンドトキシン血症下の窒素平衡、および生存率が,有意に改善していることが示された.生存率の改善は急性肺傷害改善による結果のみならず、窒素平衡の改善に加えて、おそらく免疫機能や循環動態の改善も加わった結果によるものと考えられた.

 以上、本論文はエンドトキシン血症時に生じる急性肺傷害の改善への経静脈的グルタミン投与の有用性を明らかにした.本研究は侵襲下の肺の栄養基質としてのグルタミンの重要性をはじめて明らかにしており、敗血症の治療におけるグルタミンの臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク