本研究は細胞機能の発現において重要な役割を担っている、細胞内Ca2+濃度の変化をマウス頭蓋冠由来骨芽細胞株(MC3T3-El)について、増殖状態の違いに着目し、二次元画像解析法を用いて、個々の細胞について反応性の変動およびその成因の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.骨芽細胞では、細胞内Ca2+濃度の変化の起点である静止時細胞内Ca2+濃度が対照として用いた3種の異種細胞(血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、線維芽細胞)と比較して高く、また、細胞密度および増殖因子の条件、即ち、増殖状態に応じて変動する事が示された。 2.細胞内Ca2+貯蔵部位である滑面小胞体(sER)からの2種類のCa2+放出経路であるCa2+-induced Ca2+ release(CICR)チャネル、およびIP3-induced Ca2+ release(IICR)チャネルを介したCa2+放出反応は、ともに細胞増殖期でその機能発現が高く、逆に細胞接触により増殖が抑制された条件では両経路とも機能発現が著しく低下している事が示された。これは、これまでに報告されている他組織の細胞の機能発現と時期的に全く逆である。 3.CICRチャネルを介したCa2+の放出は細胞密度が低い条件の培養時間の短い時期に限定して観察されたことから、CICRは細胞接触により強く抑制される可能性が示唆された。また、CICRチャネルが機能している細胞ではIICRチャネルを介したCa2+の放出反応は強く、逆にCICRチャネルが機能していない細胞ではIICRチャネルを介したCa2+の放出反応は弱い事が示され、同一条件内における反応の不均質性が示された。 4.CICRおよびIICRチャネルを介したCa2+放出反応性が低下している、細胞接触により増殖が抑制された条件から増殖因子を除くと、IICRチャネルを介したCa2+放出反応が回復することが示された。 5.細胞内Ca2+貯蔵部位であるsERおよびsERを含めた全ての細胞内小器官のCa2+の検討を行った結果、貯蔵するCa2+量は増殖条件により変動し、IICRチャネルを介したCa2+放出反応性の変動と一致していた。即ち、細胞増殖期では貯蔵するCa2+量が多く、細胞接触で増殖が抑制された条件では貯蔵するCa2+量が非常に少なく、また、この条件から増殖因子を除くと貯蔵するCa2+量は経時的に増加した。 6.IICRチャネル、即ち、IP3 receptorの蛋白発現は、細胞増殖期で強く、細胞接触に増殖が抑制された条件では非常に弱く、また、この条件から増殖因子を除くと経時的に強まった。さらに、sERの構造発現を検討した結果、細胞接触で増殖が抑制された条件では、sERは数的に減少しており、この条件でのCa2+放出反応性の低下は、sERの数的欠如によることが示された。また、増殖因子の条件はsERの構造発現には著明な影響を与えないことが示された。これらの蛋白発現および構造発現の結果はCa2+放出機能の発現と一致していた。 以上、本論文はマウス頭蓋冠由来骨芽細胞株(MC3T3-E1)における、細胞機能の発現に重要な細胞内Ca2+濃度の変化について、増殖状態の違いに着目して反応性の変動およびその成因の解明を試み、骨芽細胞は非常に特異で複雑な細胞内Ca2+動態を示す事を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、骨芽細胞の『生きた』条件での個々の細胞レベルでの機能発現の不均質性を示しており、骨代謝の解明、ひいては代謝性骨疾患に対する効果的な治療法の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |