学位論文要旨



No 115461
著者(漢字) 近津,大地
著者(英字)
著者(カナ) チカヅ,ダイチ
標題(和) Fibroblast Growth Factor-2の骨代謝調節作用に関する研究 : 成熟破骨細胞に対する直接および間接作用機構
標題(洋)
報告番号 115461
報告番号 甲15461
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1647号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 講師 石田,剛
 東京大学 講師 五嶋,孝博
 東京大学 講師 赤居,正美
内容要旨 I.緒言

 線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factors;FGFs)は、1974年にGospodarowiczにより、下垂体に存在する新しい細胞増殖調節因子としてその存在が確認された。その後20年以上の歴史を経た現在、FGFは下垂体のみならず、全身のほとんどの組織に存在し、多様な生理作用を有していることが明らかとなっている。80年代は、主として血管新生因子としての作用が注目され、癌の増殖との関係で多くの研究が報告された。80年代の末からFGFとホモロジーを有する多くの物質が発見され、現在までに21のサブタイプが報告されている。また、FGFの受容体には4つのタイプが知られている。このリガンド-レセプター系は、多対多対応をなして広範囲な組織に発現しており、多彩な生物情報を精巧に制御している。

 FGF-2は多様な間葉系細胞の強力なmitogenとして知られている。骨組織においては、FGF-2は骨芽細胞系の細胞により産生されて骨基質中に存在し、骨細胞のautocrine/paracrine因子として作用しており、骨形成を調整している骨芽細胞系細胞の増殖と分化をも調節している。一方で、FGF-2は骨吸収促進因子でもあることが近年の研究で明らかにされている。さらに、ウサギ単離成熟破骨細胞にFms、FGFR1といった受容体型チロシンキナーゼ(RTKs)が発現が報告されており、従来、破骨細胞の分化・活性の調節は主としてその支持細胞である骨芽細胞系を介して間接的に行われるものと考えられていたが、破骨細胞に対する直接作用も指摘されている。

 本研究の目的は,FGF-2の作用が骨形成のみならず、近年骨吸収促進因子としても注目され始めてきたこと、また成熟破骨細胞にRTKsらの一つであるFGFR1の発現が見いだされたことから、FGF-2の直接作用による成熟破骨細胞の骨吸収活性を検討し、更に破骨細胞における細胞内情報伝達機構を解明することである。

II.方法

 本研究では、まずFGF-2の骨吸収作用のメカニズムを解明する目的で、三つの異なった培養系におけるFGF-2の作用を検討した。予め標識された培養新生児マウス頭蓋冠からの45Ca遊離系では、破骨細胞の形成と成熟破骨細胞の活性化という両面からの骨吸収全体の効果を、また、マウス骨芽細胞系細胞(POB)と骨髄細胞との共存培養系において形成される酒石酸抵抗性酸ホスファターゼ陽性多核細胞(TRAP(+)-MNC;OCLs)形成系では破骨細胞の形成の効果を検討した。また、成熟破骨細胞に対する直接作用と間接作用を、それぞれウサギ長管骨から単離した破骨細胞もしくは全骨細胞による骨吸収窩形成系を用いて比較検討した。

 更にマウスの培養系を用いて、FGF-2の直接作用による成熟破骨細胞の活性化のメカニズムについて検討した。まず、共存培養系で形成、単離精製したOCLsとPOBにおいて、FGFRs(FGFR1〜4)のmRNAおよび蛋白レベルでの発現をreverse transcriptase-PCR (RT-PCR)とWestern blottingを用いて比較した。次に、OCLsの延命効果をTRAPおよびトリバンブルー染色、破骨細胞に特異的なカテプシンKの活性化をRT-PCRで検討した。更に、破骨細胞の骨吸収活性化を細胞内情報伝達機構の観点から、Western blotting、Kinase assay、ウサギ単離成熟破骨細胞による骨吸収窩形成系を用いて検討した。

III.結果1.培養したマウス頭蓋冠の組織学的所見

 FGF-2(10-8M)は新生児マウス頭蓋冠培養系において、96時間で骨膜側の骨芽細胞様細胞の増殖を促進するのみならず,骨内膜側の破骨細胞による骨吸収を促進していた。培養した頭蓋冠の組織形態計測により、FGF-2は破骨細胞数を24時間では1.6倍、96時間では8.1倍と、そして骨吸収面を96時間で2.0倍と有意に促進した。

2.共存培養系におけるOCLs形成に対するFGF-2の効果

 マウスPOBと骨髄細胞の共存培養系において、高濃度のFGF-2(10-8M)によりTRAP陽性多核のOCLsの形成が促進された。この共存培養系にNSAIDsを加えることによりFGF-2によるOCLsの形成とPG産生との関与を検討したところ、インドメタシンとNS-398(10-9〜-8M)がFGF-2(10-8M)によるOCLsの形成を有意に抑制した。

3.FGF-2による培養新生児マウス頭蓋冠からの45Ca遊離系におけるCOX-2の関与

 FGF-2(1010M)が予め標識された培養新生児マウス頭蓋冠からの45Ca遊離を用量依存的に対照の1.8倍にまで促進することが報告されている。そこで、このFGF-2の骨吸収促進作用に対するPG産生とCOX-2誘導の関与を検討したところ、FGF-2(10-8M)の骨吸収促進作用はNSAIDs)で有意に抑制され、この抑制効果はCOX-2に対する選択的不活化作用が強いものほど著明であった(NS-398、エトドラク、フルルビプロフェン、インドメタシンの順)。

4.骨芽細胞と破骨細胞系におけるCOX-2の誘導

 FGF-2によってCOX-2が誘導される細胞を同定するために、マウスPOBとOCLs、C7細胞におけるCOX-2mRNAレベルを比較検討した。結果として、POBはFGF-2によりCOX-2のmRNAの発現が強く誘導された。一方、OCLsやC7ではFGF-2によってCOX-2のmRNAの発現誘導は認められなかった。以上より、FGF-2のCOX-2促進作用の標的細胞は破骨細胞系細胞ではなく骨芽細胞系細胞であることが明らかとなった。

5.FGF-2による破骨細胞への直接作用とCOX-2の関与

 FGF-2による破骨細胞への直接作用を調べるために、ウサギの長管骨から採取した単離成熟破骨細胞と全骨細胞による象牙片吸収窩形成系で用量反応を比較検討した。単離成熟破骨細胞においては、FGF-2はl0-11Mをピークに約2倍に促進されたが、それ以上の濃度においては更に促進されることはなかった。このFGF-2による直接作用はNS-398では抑制されなかった。一方、全骨細胞においては、10-10Mより低濃度では単離成熟破骨細胞における促進効果とほぼ同一で、それ以上の濃度である10-9M〜10-8Mでは9.7倍の吸収窩形成の促進がみられ、この効果はNS-398で約70%抑制された。

6.マウスPOBとOCLsにおけるFGFRsの発現

 マウスPOBとOCLsにおけるFGFRs(FGFR1,2,3,4)の局在をRT-PCRとWestern blotを用いて検討したところ、mRNA、蛋白レベルでPOBではFGFRl,2,3,4のすべてが、OCLsではFGFRlのみ発現していた。

7.FGF-2によるOCLsへの延命効果

 FGF-2のOCLsの寿命への関与を解明するために、単離したOCLsをFGF-2(10-11M)存在で48時間培養したところ、FGF-2には破骨細胞に対する延命効果がないことが示された。

8.FGF-2によるカテプシンKの誘導

 RT-PCRを用いて単離OCLsにおけるmRNAの発現量の変化で検討したところ、FGF-2によってカテプシンKmRNAの発現は少なくとも3時間は維持されていた。

9.FGF-2によるOCLsタンパク質チロシンリン酸化

 ウサギ単離成熟破骨細胞の象牙片吸収窩形成系において、FGF-2による骨吸収活性の上昇はチロシンキナーゼインヒビターであるハービマイシンAによって対照レベルまで抑制された。これより、FGF-2の骨吸収活性がタンパク質チロシンリン酸化を介するものであることが分かった。そこで、Kinase assay,Western blotを用いてOCLsにおけるFGF-2によるチロシンリン酸化を検討したところ、FGFR1が自己リン酸化された後、MAPkinaseを含む様々なタンパク質のチロシンリン酸化がみられた。さらに、FGF-2による骨吸収活性の上昇はMEK1インヒビターであるPD98059によって約60%抑制された。

IV.考察

 本研究と過去の報告から、高濃度のFGF-2(10-9M)は骨芽細胞に作用し、未分化な間葉系細胞増殖を促進することによって骨形成を促進すると同時に、COX-2誘導とPGの産生を介して間接的に骨吸収を強力に促進することが示された。一方、低濃度のFGF-2(10-12M)は成熟破骨細胞に直接作用しFGFR1からの複数のタンパク質のチロシンリン酸化を促進することによって骨吸収促進作用を呈することが示唆された。

 最近、慢性関節リウマチ患者の関節液中のFGF-2濃度が病的な骨関節破壊に深く関与していることが報告されている。関節液中に分泌された内因性のFGF-2(10-13-10-12M)は,他のシグナルによってすでに形成された破骨細胞の活性を促進することによって関節破壊に関与しているものと考えられる。FGF-2は1L-1やTNF、IL-6など他の骨吸収性サイトカインと比べると,その骨吸収促進作用が近年注目され始めたばかりである。慢性関節リウマチ以外には骨粗裂症など他の骨吸収性疾患に対する関与も今後、検討されることが期待される。

 このように、FGF-2はその局所破壊や標的細胞によって骨形成にも骨破壊にも強力な促進作用を示し、骨代謝調節機構の中で中心的役割を果たしている因子の一つと考えられる。更なるFGF-2作用の分子メカニズムの解明は、種々の骨代謝異常病態の解明および治療につながるものと期待される。

審査要旨

 本研究はFGF-2の作用が骨形成のみならず、近年骨吸収促進因子としても注目され始めてきたことから、FGF-2の骨吸収促進作用の機序およびその直接作用による成熟破骨細胞細胞内情報伝達機構を研究したものであり、下記の結果を得ている。

1.培養したマウス頭蓋冠の組織学的所見

 FGF-2(10-8M)は新生児マウス頭蓋冠培養系において、96時間で骨膜側の骨芽細胞様細胞の増殖を促進するのみならず、骨内膜側の破骨細胞による骨吸収を促進していた。培養した頭蓋冠の組織形態計測により,FGF-2は破骨細胞数を24時間では1.6倍、96時間では8.1倍と、そして骨吸収面を96時間で2.0倍と有意に促進した。

2.共存培養系におけるOCLs形成に対するFGF-2の効果

 マウスPOBと骨髄細胞の共存培養系において、高濃度のFGF-2(10-8M)によりTRAP陽性多核のOCLsの形成が促進された。この共存培養系にNSAIDsを加えることによりFGF-2によるOCLsの形成とPG産生との関与を検討したところ、インドメタシンとNS-398(10-9〜-8M)がFGF-2(10-8)によるOCLsの形成を有意に抑制した。

3.FGF-2による培養新生児マウス頭蓋冠からの45Ca遊離系におけるCOX-2の関与

 FGF-2(10-10M)が予め標識された培養新生児マウス頭蓋冠からの45Ca遊離を用量依存的に対照の1.8倍にまで促進することが報告されている。そこで、このFGF-2の骨吸収促進作用に対するPG産生とCOX-2誘導の関与を検討したところ、FGF-2(10-8M)の骨吸収促進作用はNSAIDsで有意に抑制され、この抑制効果はCOX-2に対する選択的不活化作用が強いものほど著明であった。

4.骨芽細胞と破骨細胞系におけるCOX-2の誘導

 FGF-2によってCOX-2が誘導される細胞を同定するために、マウスPOBとOCLs、C7細胞におけるCOX-2mRNAレベルを比較検討した。結果として、POBではFGF-2によりCOX-2のmRNAの発現が強く誘導された。一方、OCLsやC7ではFGF-2によってCOX-2のmRNAの発現誘導は認められなかった。以上より、FGF-2のCOX-2促進作用の標的細胞は破骨細胞系細胞ではなく骨芽細胞系細胞であることが明らかとなった。

5.FGF-2による破骨細胞への直接作用とCOX-2の関与

 FGF-2による破骨細胞への直接作用を調べるために、ウサギの長管骨から採取した単離成熟破骨細胞と全骨細胞による象牙片吸収窩形成系で用量反応を比較検討した。単離成熟破骨細胞においては、FGF-2は10-11Mをピークに約2倍に促進されたが、それ以上の濃度においては更に促進されることはなかった。このFGF-2による直接作用はNS-398では抑制されなかった。一方、全骨細胞においては、l0-10Mより低濃度では単離成熟破骨細胞における促進効果とほぼ同一で、それ以上の濃度である10-9M〜10-8Mでは9.7倍の吸収窩形成の促進がみられ、この効果はNS-398で約70%抑制された。

6.マウスPOBとOCLsにおけるFGFRsの発現

 マウスPOBとOCLsにおけるFGFRs(FGFR1,2,3,4)の局在をRT-PCRとWestern blotを用いて検討したところ、mRNA、蛋白レベルでPOBではFGFR1,2,3,4のすべてが、OCLsではFGFR1のみ発現していた。

7.FGF-2によるOCLsへの延命効果

 FGF-2のOCLsの寿命への関与を解明するために、単離したOCLsをFGF-2(10-11M)存在で48時間培養したところ、FGF-2には破骨細胞に対する延命効果がないことが示された。

8.FGF-2によるカテプシンKの誘導

 RT-PCRを用いて単離OCLsにおけるmRNAの発現量の変化で検討したところ、FGF-2によってカテプシンKmRNAの発現は少なくとも3時間は維持されていた。

9.FGF-2によるOCLsタンパク質チロシンリン酸化

 ウサギ単離成熟破骨細胞の象牙片吸収窩形成系において、FGF-2による骨吸収活性の上昇はチロシンキナーゼインヒビターであるハービマイシンAによって対照レベルまで抑制された。これより、FGF-2の骨吸収活性がタンパク質チロシンリン酸化を介するものであることが分かった。そこで、Kinase assay,Western blotを用いてOCLsにおけるFGF-2によるチロシンリン酸化を検討したところ、FGFR1が自己リン酸化された後、MAP kinaseを含む様々なタンパク質のチロシンリン酸化がみられた。さらに、FGF-2による骨吸収活性の上昇はMEK1インヒビターであるPD98059によって約60%抑制された。

 以上、本論文は高濃度のFGF-2(10-9M)は骨芽細胞に作用し、未分化な間葉系細胞増殖を促進することによって骨形成を促進すると同時に、COX-2誘導とPGの産生を介して間接的に骨吸収を強力に促進することが示された。一方、低濃度のFGF-2(10-12M)は成熟破骨細胞に直接作用しFGFR1からの複数のタンパク質のチロシンリン酸化を促進することによって骨吸収促進作用を呈することが示唆された。本研究はFGF-2がその局所破壊や標的細胞によって骨形成にも骨破壊にも強力な促進作用を示し、骨代謝調節機構の中で中心的役割を果たしている因子の一つと考えられ、種々の骨代謝異常病態の解明および治療につながるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク