学位論文要旨



No 115463
著者(漢字) 中島,勧
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,ススム
標題(和) 骨関節変形の3次元的精密測定法の開発
標題(洋)
報告番号 115463
報告番号 甲15463
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1649号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 高取,吉雄
内容要旨 序論

 整形外科は四肢と躯幹の骨・関節・軟部組織を対象とし、そのいずれもが3次元的な形態を有している。治療対象はその形態に変形が生じた場合が多く、3次元的変形を経時的に追跡して計測する手法が必要になる。

 しかし従来整形外科領域の画像計測では撮影対象物の2次元投影像に過ぎない単純レントゲン写真が用いられることが多かったため、撮影時に肢位が変化した場合には同一の像が得られず、3次元的変形の正確な追跡には不向きであった。一方CTやMRIなどの3次元画像は3次元的位置情報を有しているため正確な3次元的計測に使用可能なはずである。しかし2次元画像では計測対象部位が同一平面上にあるか否かにかかわらず1枚の平面上に表示されるため観察者にとって把握が容易であるのに対して、3次元画像は通常多数枚の2次元断層像の集合として表示されるため、対象部位が同一断層内に入っていない場合は把握が困難になる。

 任意の測定対象部位を経時的に追跡するためには、初回に撮影された画像上の測定対象部位が、異なる時期に撮影された画像上でも同定可能である必要がある。そこで本研究では、コンピュータを用いた画像マッチングという手法を用いることで初回画像上の任意点が他の画像上でどの点に対応するかを求める手法を開発した。また経時的画像を用いて追跡精度の評価を行った。

方法

 本研究で用いるマッチングとは2つの画像を一致させる手法であり、rigid matchingとdeformable matchingに分けられる。前者は平行移動・回転移動の組み合わせで各画素間の位置関係は変えないのに対し、後者は各画素間の位置関係の変化を許している。後者はさらに対象画像に対して仮定する変形規則によって分類されるが、本研究では計算量及び生体の特性を考慮し、弾性体と仮定するelastic matchingを用いた。これは2つの対象画像のうち一方を弾性体と仮定し、画像を弾性変形させて一致させるものであり、これにより変形を伴う画像間でのマッチングが可能となる。Fig.1にマッチングを用いた変形追跡の概略を示す。

Fig.1 初回画像上の点のマッチングによる追跡。初回画像をマッチングにより2回目画像に一致させることで、初回画像上の測定対象点●の座標を2回目画像上での対応点◆の座標に変換する。その点の座標を2回目画像に挿入することにより、初回画像上の測定対象点を2回目画像上で同定することが可能になる。

 各マッチングは画像の一致度を表す式であるエネルギー関数を求めてそれを最適化(最小化)することで行う。各マッチングの方法により関数が異なるため以下では分けて解説する。なお画像の一致度としては2つの画像の対応する点同志の画素値の差の二乗平均(以下Ed)を用いた。

 またrigid、elasticの両マッチングにおいてエネルギー関数の最適化に最急降下法を用いた。これは関数値Eがその偏微分のベクトルであるgradient(ここでは∇E)の反対方向に進むと最も減少率が高いことを利用した方法である。

 rigid matchingではエネルギー関数はEdと等しく、初回画像を1つの剛体と考えて回転移動と平行移動を行うことで最適化した。

 elastic matchingでは初回画像を弾性体と仮定し、全画素をx、y、z方向に個々に移動させてエネルギー関数(以下でEeと表す)を最適化した。この仮定は画像の断裂や極端な体積変化など立体としての連続性を無視した変形を防ぐことを目的とし、弾性変形時の歪みエネルギーを制御項としてRで表した。Eeを画像の一致度Edと制御項Rの和とすることで画像一致の際の変形制御が可能になる。

 Edは、初回及び2回目画像上の点xにおける画素値をv0(x)、v1(x)とし,初回画像上の画素の変位ベクトルをu、画素数をNとすると次式で表せる。

 

 Rは、対象とする画像をボアソン比vの線形弾性体と仮定し、横弾性係数をG垂直歪みを、剪断歪みをとおくと下式で表せる。

 

 なおポアソン比は形態変化に伴って体積が変化する物質ではl/4〜1/3であることから、今回の実験では1/3と仮定した。

 以上の式からEeは下式で表される。

 

 対象画像上で画像内の構造が重ならない場合にもマッチングを行うために、原画像から低解像度の画像を作成してそこからマッチングを開始し、解像度を上げていくmultiresolution techniqueという手法を用いた。これは局所解(エネルギー関数が極小にはなるが最小ではない解)の回避にも役立つ。今回は解像度がl/16の画像から開始し、1/8、1/4、1/2、原画像の順でマッチングを行うことで、最大16ボクセル未満の変形までは対応可能とした。

 以上のアルゴリズムのフローチャートをFig.2に示す。

Fig.2 マッチングのアルゴリズム。左半分はmultiresolution techniqueを、右半分は各解像度におけるマッチングを表している。

 ソフトウエアは以上のアルゴリズムに沿ってC++言語で作成し、作成・実行共にパソコン上で行った(Fig.3)。対象画像を2つ選んだ後のマッチングは自動的に行われるようにし、初回画像上の追跡対象部位をマウスでクリックすることで初回画像と2回目画像での座標が表示されるようにした。

Fig.3 作成したソフトウェア。すべての操作はマウスのみで可能である。図は膝関節ACLを撮影したMRIのマッチング結果であり、表示断面は前額、冠状、矢状断面のいずれも選択可能である。
実験

 1ケ月間隔で2回撮影された2種類の画像を用いた変形追跡の精度測定及び経時的変化の追跡を行った。追跡精度は、任意に作成した変換式を用いて非線形的に変形させた3次元画像を、元の画像に対するマッチングにより復元し、その際の復元精度の測定により求めた。(Fig.4)

Fig.4 復元時の誤差の測定法。元の画像上の点P0が非線形変形、elastic matchingによりそれぞれ点P1、P2と写るとき点P0とP2の位置の差が復元誤差となる。1.膝関節前十字靭帯(ACL)の長さ測定

 対象は33歳男性の膝関節MRI(FOV200×200mm,解像度256×256、スライス厚2mm×48枚)とした。

 精度実験では長さと角度について測定した(Tabiel)。長さの復元誤差は平均0.4mm(標準偏差=1.3mm)で画素サイズ(最大長2.3mm)より小さかった。

Table 1 膝関節MRIを用いた精度実験の結果

 経時的変化の測定では、まず従来のように肉眼的に初回及び2回目の画像上でACL骨付着部の座標を求め、次いで従来法により求められた初回画像上のACL骨付着部が2回目画像上で対応する点を今回開発したマッチングを用いる手法により求めた。

 結果をTable2に示す。計算には1時間57分を要した。従来法ではマッチングを用いた手法に比べて脛骨側付着部の測定値に1画素以上の差があり、初回と2回目で異なる点の測定を行っていた可能性があった。ACLの長さの初回と2回目画像での差は両手法で画素サイズ以下であり経時的変化はなかったことになる。

Table 2 ACL骨付着部の座標の測定結果(mm)

 Fig.5でACL骨付着部を含むマッチング後の初回画像の断面A1と、ここで得られた骨付着部の座標を含む2回目画像の断面B1はほぼ同一の像となっており、ACLの同一と思われる断面も得られている。

Fig.5膝関節ACL骨付着部及びACL断面の追跡結果。初回画像(A0)を2回目画像にマッチングさせることで骨付着部の2回目画像内での座標が求められ(A1)、それをもとにしてACLの同一断面が得られている(B1)。
2.脛骨遠位部骨梁構造追跡

 対象は34歳男性の脛骨遠位部pQCT画像(FOV51.2×51.2mm,解像度512×512.スライス厚1mm×16枚)とした。

 精度実験では骨梁構造には肉眼で認識可能な構造がないため、画像上に無作為に選んだ48点につき測定した(Table3)。平均復元誤差は長さ0.48mmで画素サイズ(最大長1.01mm)より小さかった。

Table 3 pQCTを用いた基礎実験の結果

 経時的画像の追跡には2時間57分を要した。Fig.6は経時的画像を用いた追跡例であり、初回画像はマッチングにより2回目画像に骨全体の位置および骨梁構造がほぼ一致している。

Fig.6 経時的pQCT画像のマッチング例。初回画像と、1ヵ月後画像との骨梁構造はマッチングにより骨梁構造までほぼ一致している。

 上記の2種類の画像に対する精度実験の結果ではマッチング精度は共にボクセルサイズよりも小さく、画像を用いた測定法としては十分であった。マッチングに要した時間は2〜3時間と、操作が全自動であることを考慮すれば実用可能な範囲内であった。

考察測定精度の妥当性

 前章の精度実験法の結果は実際の経時的変化の測定精度ではないため必ずしも妥当ではない。しかしこの実験は、異なる時期に撮影された複数の3次元画像間で同一点を同定できないために行われたものであり、精度実験として今回の方法を用いたことはやむを得ない。今後は内部構造の変形が可能でその変形量が測定できるようなファントムを用い、生体内と同様な条件で撮影する方法につき検討すべきである。

追跡結果の表現方法

 本研究で作成したソフトウェアでは点の移動は変換前後の座標値の変化として出力される。これは特定点の位置変化の追跡には妥当であるが、画像全体としての変形傾向を見るのには不適である。例えば悪性腫瘍に対する化学療法の際に腫瘍の経時的なサイズ変化を知るためには、全体的な変形が3次元的に把握できるような表示法を用いることが望ましい。しかし従来の3次元表示とは真の3次元画像ではなく、前後関係や陰影などがわかるような3次元的表示効果を用いた2次元画像の表示に過ぎないため、結局は奥行き方向の位置情報は観察者が自分の経験から把握することになり、定性的な変化しか表現できない。以上より表現方法はその対象とする情報に応じて選択されるべきで、定量的な変形測定には座標表示を、全体的な定性的把握には従来の3次元表示を用いるのが妥当である。

応用可能範囲

 変形追跡法は骨関節を対象としているが、以下のような骨と同様な条件を満たすものに対しては応用可能である。

 1)同一組織の画素値はほぼ一定で、隣接組織との境界が明瞭

 2)変形は連続的で弾性変形で近似可能

 3)部位による形状の差が画像上認識可能

 4)部位を認識可能にする内部構造に乏しい軟部組織でも画像上での周囲組織とのコントラストが高く一定の形状を有するものは上記条件を満たしている。(腎臓、肝臓、肺、軟部腫瘍など)従って本研究で開発された変形追跡法は整形外科以外でも利用可能と考えられる。

今後の展望

 本手法の実用化のためには、3次元画像のデジタルデータとしての取得が必要であり,そのためには高速データ通信が可能なネットワークシステムの構築が必要である。

 今回は画像の一致度に画素値の差の二乗平均を利用したが、同一組織に対する画素値も撮影毎に変動するため、画像の一致度の評価には画素値の同一性を利用しない方法を用いることが望ましい。それにより今回の手法が異種画像同志や撮影条件に変化がある場合にも適用可能になるはずである。

結論

 経時的に撮影された骨関節3次元画像上の任意点の追跡を、画像のマッチングによって可能にし、従来は定性的であった経時的変形の測定を定量化する手法を構築した。

 また経時的画像においてその追跡精度を測定し、十分な精度が実現されていることが確認された。

審査要旨

 本研究は、整形外科領域の疾患や外傷においてその重傷度や病期を決定するために必要な3次元的変形量を経時的に測定するため、3次元画像の可変形マッチング法を用いて画像内の任意点の経時的追跡を可能にする手法を開発したものであり、下記の結果を得ている。

 1.3次元画像は3次元位置情報と各点の画素値としての質的情報の両者を有しており、3次元画像計測は特定の質的情報を有する測定対象部位の3次元位置情報の変化を知ることを目的としている。本研究ではまず従来の3次元画像計測法について検討し、正確な3次元変形の定量化は従来の画像計測法では困難であることを明らかにした。

 2.次いでこの結果を踏まえ、3次元位置情報と質的情報の両者をすべて用いて、経時的に撮影された画像を構成する全ての点の変位を求める手法を3次元画像のコンピュータ計算による可変形マッチング法を用いて開発した。可変形マッチング法は通常膨大な計算を要するため、これを短時間で最適化するためのアルゴリズムを開発した。本研究では・医療現場での試用を前提としたため、パーソナルコンピュータにより実用的な時間内での計算が必要であり、それを可能にするため画像解析手法であるMultiresolution techniqueとElastic matchingを用いて計算を行った。また医療現場で使用を可能にすることを目的としたユーザーインタフェイスを備えたソフトウェアを作成した。

 3.続いて経時的に撮影された臨床画像に対して上記ソフトウェアを試用し、各画像について変形追跡精度を鋤定し、実際の追跡結果の妥当性につき検討した。

 まず前十字靭帯不全患者が膝水腫を起こす前後の膝関節MRIを用いて、前十字靭帯の断面性状の経時的観察が可能であることを示した。次いで健常成人の脛骨遠位部の骨梁構造を経時的に追跡し、骨梁単位での骨形態変化を追跡可能であることを示した。

 以上、本論文は経時的に撮影された複数の骨・関節3次元画像を用いて3次元的な経時的変形を定量化する手法を開発し、臨床現場で使用されている3次元画像に対して応用可能であることを示した。本研究はこれまで不可能とされていた、骨関節変形の3次元的精密測定法を提案しているが、これは変形性関節症や骨粗鬆症をはじめとする整形外科の疾患や外傷において変形の経時的追跡を可能にし、重傷度や病期の判定において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54772