本研究では組織学的に非常に多彩な像を示しながら、一方で個々の症例では転移や再発を起こしてもその組織型はあまり変化しないという滑膜肉腫の組織表現型に注目して、その検討を行なった。 前半では、滑膜肉腫に特異的に発現するSYT-SSXきメラ遺伝子に注目し、そのサブタイプが滑膜肉腫の組織表現型に対して関連するか検討した。更にこれまでのRT-PCR法を用いたキメラ遺伝子の検出では、新鮮凍結材料が用いられていたが、ホルマリン固定パラフィン包埋材料からもRT-PCR法にてキメラ遺伝子の検出が可能であるかを検討した。 後半では、滑膜肉腫を組織表現型に関与しうる因子として、増殖マーカーとしてはPCNAおよびKi-67を用い、またアポトーシス関連蛋白の中で7ポトーシス抑制作用を示すBcl-2、アポトーシス促進作用を示すBaxを用い、免疫組織化学的に検索を行なった。更に組織切片上でアポトーシスを直接検出するTUNEL法を用いて、滑膜肉腫におけるアポトーシス細胞の検索を行ない、滑膜肉腫の増殖能や分化能を評価し、滑膜肉腫の組織表現型についての検討を行なった。以上の検討から、以下の結果を得た。 1)滑膜肉腫19症例中新鮮凍結検体が入手できた11症例について、その全症例でRT-PCR法にてキメラ遺伝子を検出した。キメラ遺伝子のサブタイプは、SYT-SSX1が9症例、SYT-SSX2が2症例であった。 2)パラフィン包埋材料しか入手し得なかった8症例についても、その全症例でRT-PCR法にてキメラ遺伝子を検出した。キメラ遺伝子のサブタイプは,全症例ともSYT-SSX1であった。 3)滑膜肉腫における組織亜型(二相性滑膜肉腫と単相性線維性滑膜肉腫)とキメラ遺伝子のサブタイプ(SYT-SSX1とSYT-SSX2)の間に関連は見られなかった。 4)新鮮凍結材料のみならずパラフィン包埋材料からでもRT-PCR法にてキメラ遺伝子の検出が可能であり、組織学的診断が困難な症例の確定診断に有用であることが示された。また、この方法は日常診断業務に十分応用しうることが示された。 5)二相性滑膜肉腫6症例、単相性線維性滑膜肉腫8症例につき増殖マーカーであるPCNAを用いた免疫組織化学的検討では、PCNAが二相性滑膜肉腫の上皮様成分が紡錘形細胞成分よりも有意に多く発現していた。Ki-67を用いた免疫組織化学的検討ではでは意味のある評価は出来なかった。 6)二相性滑膜肉腫6症例、単相性線維性滑膜肉腫8症例につきアポトーシス抑制作用を示すBcl-2を用いた免疫組織化学的検討では、Bcl-2が二相性滑膜肉腫の紡錘形細胞成分が上皮様成分よりも多く発現する傾向が見られた。また、単相性線維性滑膜肉腫では全例においてBcl-2が強く発現していた。 7)二相性滑膜肉腫6症例、単相性線維性滑膜肉腫8症例につきアポトーシス促進作用を示すBaxを用いた免疫組織化学的検討では、Baxは二相性滑膜肉腫の両成分とも強く発現していた。単相性線維性滑膜肉腫では症例によりばらつきが見られた。 8)以上、PCNAおよびBcl-2の免疫組織化学的検討の結果より、二相性滑膜肉種において上皮様成分と紡錘形細胞成分の間で異なった増殖能を示すにもかかわらず、再発や転移巣で組織学的にあまり変化を示さないのは、紡錘形細胞成分の方がアポトーシスを生じにくく、そのため、この両者のバランスが保たれることが示唆された。 9)二相性滑膜肉腫6症例、単相性線維性滑膜肉腫8症例につきTUNEL法を用いてアポトーシスの検索を行なった結果、約半数の症例においてアポトーシス細胞の検出が可能であった。しかし、TUNEL法で検出しうるアポトーシス細胞は非常に少なく定量的に評価しることは出来なかった。 以上、本論文は滑膜肉腫においてRT-PCR法によるキメラ遺伝子の検出および、そのサブタイプの決定が新鮮凍結材料のみならずパラフィン包埋材料からも比較的簡便に検出可能であり、臨床にも十分応用出来ることを示した。また、キメラ遺伝子のサブタイプが滑膜肉腫の組織表現型に関連するか検討した。更に、これまで検討されていなかった二相性滑膜肉腫の上皮様成分と紡錘形細胞成分に注目し,これを免疫組織化学的に、またTUNEL法を用いて比較し、滑膜肉腫の組織表現型につき検討した。これらは非常に複雑な組織像を示す滑膜肉腫の増殖や分化、また組織表現型への関与に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |