学位論文要旨



No 115465
著者(漢字) 山本,基
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,モトイ
標題(和) 滑膜肉腫におけるキメラ遺伝子の検出および免疫組織化学的検討
標題(洋)
報告番号 115465
報告番号 甲15465
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1651号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
 東京大学 講師 石田,剛
内容要旨

 滑膜肉腫は青壮年の四肢大関節周囲に好発する腫瘍で、組織学的には二相性滑膜肉腫と単相性線維性滑膜肉腫とに分類される。一方、細胞遺伝学的には、滑膜肉腫には他の幾つかの肉腫と同様に特異的な染色体転座、すなわちt(X;18)(p11.2;q11.2)が存在し、キメラ遺伝子SYT-SSXを形成することが知られており、このキメラ遺伝子の検出が滑膜肉腫の診断に非常に有用である。更に、キメラ遺伝子にはSYT-SSX1とSYT-SSX2の2種類のサブタイプが存在することが解明されている。組織学的亜型とキメラ遺伝子のサブタイプとの間には、これまでに関連があるという報告と関連がないという報告とがあり、未だ一定の見解が得られていない。一方で、従来のRT-PCR法を用いたキメラ遺伝子の検出の報告には生の組織或いは新鮮凍結組織が用いられており、ホルマリン固定パラフィン包埋組織からRT-PCR法を用いてキメラ遺伝子を検出する報告は極めて少ない。

 本研究では11症例の新鮮凍結組織および8症例のホルマリン固定パラフィン包埋組繊の全19症例においてキメラ遺伝子を検出し、更にキメラ遺伝子のサブタイプを決定し、これをシークエンスにて確認した。その結果、新鮮凍結組織を用いた11症例中、9症例がSYT-SSX1、2症例がSYT-SSX2のキメラ遺伝子サブタイプを有していた。一方、パラフィン包埋組織を用いた8症例は全例キメラ遺伝子サブタイプはSYT-SSX1であった。従って、パラフィン包埋組繊であってもRT-PCR法によりキメラ遺伝子が検出が可能であり、そしてこの手法が日常診断レベルでも十分有用であることが判明した。またSYT-SSX2キメラ遺伝子のサブタイプを有する2症例の組織亜型は、1症例が二相性滑膜肉腫で他方が単相性線維性滑膜肉腫であった。滑膜肉腫の組繊亜型とキメラ遺伝子サブタイプとに関連があるとする研究者の大半は二相性滑膜肉腫はSYT-SSX1のキメラ遺伝子を有するとしている。本研究では組織亜型が二相性滑膜肉腫でありそのキメラ遺伝子サブタイプがSYT-SSX2である症例が1症例あり、組織亜型ときメラ遺伝子サブタイプとの間には有意な関連があるとは言えなかった。しかし、症例が少数であり、この両者の関連についてはもっと多数例を用いたの統計的解析が必要と考えられた。

 次に、滑膜肉腫14症例に対し、増殖マーカーであるPCNAおよびBcl-2、アポトーシス関連蛋白であるBcl-2およびBaxを用い、免疫組織化学的手法にて滑膜肉腫の増殖と分化、組織表現型の発現につき検討を行った。

 これまでに、滑膜肉腫に対しPCNA、Ki-67、bcl-2等の免疫組織化学的検索を行った報告は幾つかあるが、二相性滑膜肉腫の中で上皮様成分と紡錘形細胞成分に注目し、これを比較検討し、更に単相性線維性滑膜肉腫と比較した報告は殆どない。

 本研究では、増殖マーカーに関しては、PCNAが二相性滑膜肉腫では上皮様成分の方に紡錘形細胞成分におけるよりも有意に多く発現していた。またPCNAは単相性線維性滑膜肉腫の方に二相性滑膜肉腫の紡錘形細胞成分におけるよりも有意に多く発現していた。さらに、単相性線維性滑膜肉腫と二相性滑膜肉腫の上皮様成分との間には有意な差は認められなかった。一方Ki-67に関しては、本来核に染色性を示すにもかかわらず、多くの症例において腫瘍細胞の細胞膜に強い染色性を示し、滑膜肉腫の細胞増殖については意味のある結果は得られなかった。二相性滑膜肉腫では上皮様成分と紡錘形細胞成分とが異なった増殖能を示すにもかかわらず、組織学的には滑膜肉腫は原発と再発や転移との間に組織学的差異は認められないことが多い。従って、二相性滑膜肉腫の組織表現型の発現には更に複雑な機構が関与していると考えられた。

 アポトーシス関連蛋白に関しては、二相性滑膜肉腫ではアポトーシス抑制作用があるとされるBcl-2は上皮様成分に多く染色性を示す傾向にあった。一方、アポトーシス促進作用があるとされるBaxは、上皮様成分、紡錘形細胞成分ともに発現していた。増殖マーカーの結果と合わせ考えると、これらの蛋白がアポトーシスに関係しているとしても、単純な機構ではないと推察される。そして、二相性滑膜肉腫において上皮様成分が紡錘形細胞成分よりも高い増殖能をしめすにもかかわらず、その組織表現型はあまり変化がないという特性に何らかの関与があることが示唆された。また、組織学的診断が困難な単相性線維性滑膜肉腫でBcl-2が強く発現することは、その補助診断として重要であると考えられた。

 最後に、滑膜肉腫に対し、アポトーシスを直接検出するTUNEL法を用いて検索を行なった。結果、約半数の症例でTUNEL法によるアポトーシスの検出が可能であった。しかし、TUNEL法で検出しうるアポトーシス細胞は極めて少なく、滑膜肉腫の分化、組織表現型に対するアポトーシスの関与を定量的に評価することは出来なかった。滑膜肉腫は臨床的には比較的緩徐に発育する腫瘍であるため、腫瘍細胞のturn overも遅く、そのためにTUNEL法では十分にアポトーシス細胞を検索しえない可能性が考えられた。

審査要旨

 本研究では組織学的に非常に多彩な像を示しながら、一方で個々の症例では転移や再発を起こしてもその組織型はあまり変化しないという滑膜肉腫の組織表現型に注目して、その検討を行なった。

 前半では、滑膜肉腫に特異的に発現するSYT-SSXきメラ遺伝子に注目し、そのサブタイプが滑膜肉腫の組織表現型に対して関連するか検討した。更にこれまでのRT-PCR法を用いたキメラ遺伝子の検出では、新鮮凍結材料が用いられていたが、ホルマリン固定パラフィン包埋材料からもRT-PCR法にてキメラ遺伝子の検出が可能であるかを検討した。

 後半では、滑膜肉腫を組織表現型に関与しうる因子として、増殖マーカーとしてはPCNAおよびKi-67を用い、またアポトーシス関連蛋白の中で7ポトーシス抑制作用を示すBcl-2、アポトーシス促進作用を示すBaxを用い、免疫組織化学的に検索を行なった。更に組織切片上でアポトーシスを直接検出するTUNEL法を用いて、滑膜肉腫におけるアポトーシス細胞の検索を行ない、滑膜肉腫の増殖能や分化能を評価し、滑膜肉腫の組織表現型についての検討を行なった。以上の検討から、以下の結果を得た。

 1)滑膜肉腫19症例中新鮮凍結検体が入手できた11症例について、その全症例でRT-PCR法にてキメラ遺伝子を検出した。キメラ遺伝子のサブタイプは、SYT-SSX1が9症例、SYT-SSX2が2症例であった。

 2)パラフィン包埋材料しか入手し得なかった8症例についても、その全症例でRT-PCR法にてキメラ遺伝子を検出した。キメラ遺伝子のサブタイプは,全症例ともSYT-SSX1であった。

 3)滑膜肉腫における組織亜型(二相性滑膜肉腫と単相性線維性滑膜肉腫)とキメラ遺伝子のサブタイプ(SYT-SSX1とSYT-SSX2)の間に関連は見られなかった。

 4)新鮮凍結材料のみならずパラフィン包埋材料からでもRT-PCR法にてキメラ遺伝子の検出が可能であり、組織学的診断が困難な症例の確定診断に有用であることが示された。また、この方法は日常診断業務に十分応用しうることが示された。

 5)二相性滑膜肉腫6症例、単相性線維性滑膜肉腫8症例につき増殖マーカーであるPCNAを用いた免疫組織化学的検討では、PCNAが二相性滑膜肉腫の上皮様成分が紡錘形細胞成分よりも有意に多く発現していた。Ki-67を用いた免疫組織化学的検討ではでは意味のある評価は出来なかった。

 6)二相性滑膜肉腫6症例、単相性線維性滑膜肉腫8症例につきアポトーシス抑制作用を示すBcl-2を用いた免疫組織化学的検討では、Bcl-2が二相性滑膜肉腫の紡錘形細胞成分が上皮様成分よりも多く発現する傾向が見られた。また、単相性線維性滑膜肉腫では全例においてBcl-2が強く発現していた。

 7)二相性滑膜肉腫6症例、単相性線維性滑膜肉腫8症例につきアポトーシス促進作用を示すBaxを用いた免疫組織化学的検討では、Baxは二相性滑膜肉腫の両成分とも強く発現していた。単相性線維性滑膜肉腫では症例によりばらつきが見られた。

 8)以上、PCNAおよびBcl-2の免疫組織化学的検討の結果より、二相性滑膜肉種において上皮様成分と紡錘形細胞成分の間で異なった増殖能を示すにもかかわらず、再発や転移巣で組織学的にあまり変化を示さないのは、紡錘形細胞成分の方がアポトーシスを生じにくく、そのため、この両者のバランスが保たれることが示唆された。

 9)二相性滑膜肉腫6症例、単相性線維性滑膜肉腫8症例につきTUNEL法を用いてアポトーシスの検索を行なった結果、約半数の症例においてアポトーシス細胞の検出が可能であった。しかし、TUNEL法で検出しうるアポトーシス細胞は非常に少なく定量的に評価しることは出来なかった。

 以上、本論文は滑膜肉腫においてRT-PCR法によるキメラ遺伝子の検出および、そのサブタイプの決定が新鮮凍結材料のみならずパラフィン包埋材料からも比較的簡便に検出可能であり、臨床にも十分応用出来ることを示した。また、キメラ遺伝子のサブタイプが滑膜肉腫の組織表現型に関連するか検討した。更に、これまで検討されていなかった二相性滑膜肉腫の上皮様成分と紡錘形細胞成分に注目し,これを免疫組織化学的に、またTUNEL法を用いて比較し、滑膜肉腫の組織表現型につき検討した。これらは非常に複雑な組織像を示す滑膜肉腫の増殖や分化、また組織表現型への関与に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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