HTLV-1ぶどう膜炎(HU)の分子病態の解析結果から、HU患者の前房浸出細胞ではIL-6以外の炎症性サイトカインの発現が認められないことが明らかになっている。本研究は、眼内におけるHTLV-1感染T細胞のサイトカイン発現を抑制する機構を明らかにするため、サイトカイン産生を抑制する前房水中の因子の同定と、その因子の作用機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.前房水を、種々のサイトカインを構成的に発現するHTLV-1感染T細胞の培養系に添加すると、培養上清中のIFN- およびIL-6の産生は用量依存的に抑制された。以上により、前房水中にはHTLV-1感染T細胞のサイトカイン産生を抑制する因子が存在することが示された。 前房水のゲル濾過フラクションは、HTLV-1感染T細胞のIFN- 産生に対して4つの抑制のピークを示し、分子量サイズにおいて約25-100、10-25、10kDa以下に相当した。以上により、IFN- 産生の抑制は、前房水中の複数の因子によると考えられた。 前房水のIFN- 産生に対する抑制作用が、前房水の主要な免疫抑制因子であるTGF- に起因するかについて解析したが、TGF- は前房水における濃度ではIFN- 産生に対して抑制活性をほとんど示さず、前房水による抑制は抗TGF- 体により中和されなかった。以上により、TGF- はHTLV-1感染T細胞のIFN- 産生を抑制する前房水中の主要な因子ではないことが示された。 三量体として存在する可溶性Fas ligand(sFasL)の分子量(約78kDa)が、前房水の分画の中で一番分子量の大きい抑制のピークと一致することから、sFasLのIFN- に対する作用を検討した。前房水による抑制作用は抗FasL抗体により有意に中和され、精製sFasLはIFN- の産生を用量依存的に抑制し、数百Pg/mlという前房水におけるsFasLの生理的濃度においても有意な抑制を示した。さらに、リコンビナントsFasLを含む培養上清をゲル濾過カラムで分画化した実験系において、sFasLが前房水のIFN- 抑制活性を示す最も大きい分画と、同一の分画に含まれることが示された。以上により、sFasLはHTLV-1感染T細胞のIFN- の産生を抑制する前房水中の主要な因子であり、最も分子量サイズが大きい前房水の抑制活性は、sFasLに起因することが示された。 2.HTLV-1感染T細胞の解析から、今回実験に用いたHTLV-1感染T細胞は、Fasによるアポトーシス誘導に抵抗性であることが示され、FasによるIFN- 産生の抑制はアポトーシス誘導以外のメカニズムによるものであると考えられた。 3.IFN- のmRNAレベルの変化についてノーザンプロット法で解析したところ、Fasのクロスリンクにより特異的にIFN- のmRNAレベルが抑制された。 IFN- -ルシフェラーゼをレポーターとするtransientなトランスフェクションの系で転写レベルの解析したところ、精製sFasLにより、IFN- のプロモーター活性は用量依存的に抑制され、この抑制は100pg/mlという非常に低濃度においても認められた。種々のIFN- プロモーターの変異体の解析から、FasによるIFN- プロモーター活性の抑制は、プロモーターの中で-221から-198の領域に依存していることが示された。さらに、この24塩基の領域に含まれる、2つのYY1の結合配列と、1つのUSFやMyc/Max/Madの結合配列であるE-boxに塩基置換を導入し解析した結果、YY1(1)mut、E-box-mut、YY1(2)-mutいずれの変異体においても、Fasによるプロモーター活性の抑制が解除された。 4.Fasのアダプター蛋白質であるDaxxまたはFADDのドミナントネガティブ体をIFN- -ルシフェラーゼとともにHTLV-1感染T細胞にコトランスフェクションしたところ、FasによるIFN- プロモーター活性の抑制は、FADDのドミナントネガティブ体ではほとんど変化しなかったが、Daxxのドミナントネガティブ体により抑制は解除された。さらに、Daxxの下流に位置するapoptosis signal-regulating kinase 1(ASK1)のドミナントネガティブ体であるASK1-KMは、FasによるIFN- プロモーター活性の抑制を用量依存的に解除した。一方、ASK1のキナーゼ活性が構成的に活性化しているASK1- Nは、抗Fas抗体のクロスリンクなしに用量依存的にIFN- プロモーター活性を抑制した。これらの結果より、FasシグナルによるIFN- の抑制は、Daxx-ASK1を介したMAPキナーゼのシグナル伝達経路により制御されている可能性が示唆された。 以上、本論文はHTLV-1感染T細胞のサイトカイン発現を抑制する前房水中の因子の解析から、可溶性FasLがIFN- の発現を抑制する作用を有すること、およびそのシグナル伝達機構を明らかにした。本研究は、眼の免疫寛容の維持機構に新たな視点を提供するとともに、HTLV-1ぶどう膜炎の分子病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |