現在マラリアの患者は全世界で年間3億人〜5億人、死亡者150〜300万人と推定されている。日本においても国際化に伴い、年間約120人の患者が報告されている。マラリアのワクチンは今のところ開発されておらず、従来の治療薬に対して耐性をもったマラリア原虫が出現しており、今なお世界で最も重要な感染症といえよう。しかしマラリアには未知の部分が数多く残されており、熱帯熱マラリアの重症化機構もまたそのひとつである。熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparum感染による重症化機構について解明することは、その治療法または予防法の開発にとって重要である。そのためには、マラリア原虫の感染によって宿主側(ヒト)に起こる生体応答を、原虫との相互作用のなかで捉え、明らかにする必要がある。本研究では、血清IgE値、次に熱帯熱マラリア原虫serine repeat antigen(SERA)のN末端組換え蛋白(SE47’)に対する抗体応答、最後に各種サイトカインについて検討し、熱帯熱マラリアの重症化機構について考察した。 重症マラリア患者における血清中の総IgE値は、非重症マラリア患者のそれよりも有意に高値を示していることから、IgEがマラリアの重症化に関与しているという報告がPerlmannらによってなされた。しかし、マラリア流行地ではさまざまな蠕虫感染も蔓延し、そのためにIgE値の非特異的上昇が認められることはよく知られている。また、そのような流行地ではむしろマラリアで重症になる例は少ないことも指摘されているので、IgE産生を含むTh2応答がマラリアの病態に影響を与えているか否か明らかにすることは、マラリア重症化機構を検討するうえで重要であると考えられる。 タイ国マヒドン大学熱帯医学部付属病院に入院した熱帯熱マラリア患者86名を、WHOの診断基準(1990)に従いそれぞれ非重症マラリア群48名、重症マラリア群32名、脳マラリア群6名の3群に分け、各種のサイトカインレベルについて検討した。マヒドン大学の倫理委員会の許可と、患者およびその家族のインフォームドコンセントを得、入院後第0,3,7,14病日に採血を行い(第0病日の採血後に治療開始)、遠心分離後-70℃で保存し、日本に輸送した。 これらの血清を用い、IgE値を測定した(詳細は本文中に記載する)。 重症群、非重症群を蠕虫感染の有無で分けた上で比較しても、各群間の血清中IgE値の差は認められなかった。 熱帯熱マラリア原虫serine repeat antigen(SERA)蛋白質は、シゾント期の原虫細胞膜と赤血球細胞質との間隙に存在し、シゾントが壊裂しメロゾイトを放出する際に47kD,50kD,18kDの断片に切断される、赤血球期のP.falciparum原虫の主要な抗原のひとつであるといわれている。 堀井らは、SERA蛋白質に由来する三つの断片を精製して各々に対する抗体を作製し、マラリア原虫の培養細胞の増殖に与える影響を調べた結果、N末端組換え蛋白(SE47’蛋白質)がラット、マウス、リスザルにおいてマラリア原虫の増殖に対する阻害効果をもつ抗血清を誘導することと、さらにアフィニティ精製した抗SE47’-IgG分子による培養マラリア原虫の極めて強い増殖阻害が観察されることを報告している。一方で、ウガンダの高度マラリア流行地域においてマラリア罹患児童の血清を調べたところ、抗SE47’-IgG3抗体を持つグループは発熱を示さなかったことから、抗SE47’-IgG3がヒトの血中でマラリア原虫の増殖を抑制していることが示唆されている。本研究においては発熱との関係だけでなく他の血液所見などとの関係について考察し、マラリアの病態との関連について検討した。 上記と同一の血清を用い、入院後7日目の血清についてSE47’に対する抗体応答IgG,IgG1,IgG2,IgG3,IgG4,IgA,IgM)をELISAにて検討した(詳細は本文中に述べる)。 IgG3抗体に関し高い応答性を示した例は軽症群で重症群より有意に多いことが初めて明らかになった。 この結果は、抗SE47’-IgG3がヒトの血中でマラリア原虫の増殖を抑制することにより重症化を阻止していることが示唆するものであり、今後のワクチン開発に貢献するものと思われる。 これまでの研究から、重症熱帯熱マラリア患者のTumor Necrotic Factor(TNF-)の血中濃度は、非重症熱帯熱マラリア患者のそれよりも高値を示すことはよく知られている。またinterferon gamma(IFN-)は、マクロファージを活性化することによりマラリアの重症化に関連しているとの多くの報告がある。IFN-を誘導するサイトカインとしては、IL-12が最も重要であると考えられていた。すなわち、細胞内に寄生し増殖する原虫に対して、最初に自然免疫系の細胞であるマクロファージがIL-12を産生し、このIL-12がTh1細胞の分化を誘導する。さらに、活性化されたTh1細胞の産生するIFN-によりマクロファージが再度刺激され、TNF-,O2,NOなどのエフェクター分子を産生し、細胞内に貪食した寄生体を殺滅する。しかし、最近の研究から、IL-12単独でのIFN-誘導能は強くはなく、IL-12とは異なるIFN-産生誘導因子の存在が明らかになった。この因子が新しく発見されたサイトカイン、IL-18である。 新しく同定されたIL-18は、当初はその強力なIFN-産生誘導能から、IFN-誘導因子(IGIF)と命名されていた。主たる産生細胞は肝に集積した活性化Kupffer細胞であり、標的細胞はT細胞、NK細胞、B細胞である。さらにIL-18はIFN-以外にIL-2、GM-CSF、TNF-、IL-1等のサイトカイン産生を増強したりする。 クリプトコッカス、リステリア、リーシュマニアなどに関連した最近の研究によれば、IFN-が決定因子となるような感染防御機構の一端を担うものと推定されている。一方、Plasmodium berghei感染マウスではIL-12とIL-18の産生が誘導され、Th1活性が優位な免疫応答反応が誘導される事が明らかになっている。しかし、ヒトのマラリアにおけるIL-18の役割についての報告は未だない。マラリアの重症化にIFN-が関連しているならば、IL-18もおそらくマラリアの重症化に関連しているものと推定し、マラリアの中でも最も重篤である熱帯熱マラリア患者の血清中のIL-18濃度を初めて測定し、重症化との関連について検討するとともに、その他のサイトカインについても合わせて検討した。 測定感度は10pg/ml以上であり、正常値は200pg/ml以下である。詳細については本文中で述べる。ペルオキシダーゼで発色し、吸光度405nm測定した。 第3,7,14各病日において、IL-18濃度は重症群の方が非重症群より有意に高値を示した。第3,第14病日においてはさらに、非重症群の方が脳マラリア群より有意に高値を示した。 また、重症群の血中の原虫数とIL-18濃度には第7病日において有意に相関が認められた。 血清IgE値については、各群とも蠕虫感染者を含んでおり、有意の差異は認められなかったことから、マラリア重症化とIgEとの関係は明確ではないと考えられた。しかし、SE47’に対するIgG3抗体応答を示した非重症症例については、重症例に比して入院時血中原虫数が低い傾向にあることが今回初めて明らかとなった。IgG3抗体に関し高い応答性を示した例は軽症群で有意に多いことが初めて明らかになった。この結果は、抗SE47’-IgG3がヒトの血中でマラリア原虫の増殖を抑制することにより重症化を阻止していることが示唆するものであり、今後のワクチン開発に貢献するものと思われる。 一方、今回の研究により、重症熱帯熱マラリア患者の血清中のIL-18濃度が非重症群と比較して有意に高いということが明らかになった。マウスにおけるマラリアの感染では、感染初期の肝細胞傷害とIL-18の関係も示唆されているが、今回初めてヒトの重症マラリア感染においてIL-18が高値を示すことが明らかになったことから、ヒトのマラリア病態へのIL-18の関与の可能性が示唆された。臨床の場において、感染初期でのIL-18値が、重症化を予測する指標のひとつとして有用であることも考えられる。 また、GVHD、敗血症性ショックなど多くの疾患において、さまざまなサイトカインが血液などから検出され、その病態との関連が研究されているが、サイトカインは複雑なネットワークを形成しているため、それぞれの役割を明確にすることは困難である。IL-18も、しばしばこれらの炎症性疾患患者の血液から検出されるが、IL-12とともにサイトカインカスケードの上流に位置し、IFN-をはじめ各種サイトカインや、Fasリガンドの発現を増強することは知られているものの、その病因論的意義は未だ不明である。 これらのことから、生体防御におけるIL-18の役割の解明は、今後、マラリア感染だけにとどまらず、炎症性疾患の新しい診断および治療法の確立に寄与し得るものと期待される。 |