学位論文要旨



No 115470
著者(漢字) 小西,かおる
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,カオル
標題(和) 脳血管障害患者における傷害によるストレスの認知的評価に関する研究 : 退院時、退院後2週間、退院後3ヶ月における経時変化
標題(洋)
報告番号 115470
報告番号 甲15470
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1656号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 助教授 橋本,修二
 東京大学 助教授 川久保,清
内容要旨 I.研究目的

 現在、我が国では脳血管障害患者は増加傾向にある。今後、医療の地域への拡大に伴い、機能回復途上にある脳血管障害患者が、地域に急増するといわれている。限られた支援サービスの効果を高めるためには、患者の対処能力に影響を与える要因について明らかにすることが重要である。患者自身の対処(コーピング)行動は、疾病による変化や制限などを、患者がどのようにストレスと認知しているかに影響を受けるといわれている。しかし、脳血管障害患者を対象にした、この分野の研究は非常に少ない。

 そこで、本研究では、(1)脳血管障害患者における障害によるストレスの認知的評価とコーピング行動の特徴、および、(2)その特徴のADL、認知能力による違いについて、退院前後の変化を経時的に明らかにすることを目的とする。

II.研究方法1.対象と方法1)パイロットスタディ

 本研究のために作成した障害によるストレスの認知的評価表の信頼性・妥当性を検討するために、大学院生12人、リハビリテーション(以下、リハとす)病院入院中の脳血管障害患者20人に対し調査を行った。

2)本調査

 対象は、首都圏の3医療機関にリハ目的で入院し1998年10月〜1999年2月に退院した脳血管障害患者のうち、重度認知障害および重度失語症患者、転院者などを除いた105人である。調査は、退院時(T1)、退院後2週間(T2)、退院後3ヶ月(T3)の3時点とし研究者が質問紙による面接調査を行った。T2、T3は自宅訪問し調査を行った。本調査全過程の期間は1998年10月〜1999年6月であり、3回目まで継続的に面接を受けた患者は85人であった。

2.調査内容

 1)基本属性:性、年齢、婚姻状況、最終学歴、発作の回数、診断名、利き手、病巣側、就労状況、支払方法、身体障害者手帳の級、年収、主な介護者、今回の発症日、入院日、同居家族数についてカルテより情報を収集した。

 2)ADL(Activity of Daily Living):FIM(Functional Independence Measure)の運動項目にて測定した。

 3)認知能力:MMSE(Mini-Mental State Examination)にて測定した。

 4)ストレス:研究者作成による、障害によるストレスの認知的評価表(CADS; Cognitive Appraisal of Disability for Stroke)にて評価した。

 5)コーピング行動:(1)コーピング行動の主観的評価はJCS(Jalowiec Coping Scale)にて測定した。下位尺度は直面志向型(Confrontive)、情動志向型(Emotive)、回避志向型(Palliative)から成る(下位尺度名の日本語訳は研究者による)。(2)コーピング行動の客観的評価を活動度変数(臥床時間、専門リハ回数、自己リハ回数、外出回数、社会的交流回数、福祉サービス利用数)として操作的に定義し、T2、T3の2時点において面接前2週間の生活状況から得点化した。

 6)QOL(Quality of Life):CLS(Cantril Life Satisfaction)にて測定した。

3.分析方法

 まず、障害によるストレスの認知的評価表について、初回面接者105人を対象に、因子分析による構成概念妥当性、クロンバックによる内的整合性の検討を行った。

 次に、3回目まで継続的に面接を受けた5人を対象に、ストレスの認知的評価とコーピング行動の経時変化の特徴について、反復測定による分散分析(Repeated Measures ANOVA)、多重比較(Tukey法)により検討を行った。

 更に、FIM(運動)70点、MMSE24点を層別の基準点とし、退院時のADLと認知能力により、障害度別に「軽度障害群(自立・高認知)」、「認知障害群(自立・低認知)」、「運動障害群(要介助・高認知)」、「重度障害群(要介助・低認知)」の4群に対象者を類型化し、各群における経時変化の特徴を、反復測定による分散分析、多重比較(Tukey法)により検討を行った。

 基本属性の比較検討には、2検定、t検定、一元配置分散分析を用いた。

III.結果1.障害によるストレスの認知的評価表の信頼性・妥当性

 因子分析の結果、5因子が抽出された。各因子は「拘束(5項目)」、「状況の変化(4項目)」、「自己管理信念(4項目)J、「安定性(3項目)」、「他者からの評価(2項目)」と命名された。評価表のクロンバック=.833、下位尺度のクロンバンクも全て.800以上の高い信頼性が得られ、下位尺度を独立に使用できることが明らかになった。

2.対象者の特徴

 初回面接者105人(100%)のうち20人(19.0%)が脱落し、3回目支ぐ継続的に面接を受けた85人(81.0%)の性別は、男53人(62.4%)、女32人(37.6%)、平均年齢65.6歳(SD=10.2)であった。診断名は脳梗塞54人(63.6%)、脳出血28人(32.9%)、くも膜下出血3人(3.5%)、病巣側は右脳障害38人(44.7%)、左脳障害38人(44.7%)、両側脳障害9人(10.6%)であった。初発64人(75.3%)、再発21人(24.7%)、発症から入院までの平均日数61.7日(SD=78.4)、入院日数76.4日(SD=42.7)であった。

3.脳血管障害患者におけるストレスの認知的評価とコーピング行動の経時変化

 T2でADL・認知能力は有意に改善していたが、ストレスは有意に増大しており、コーピング行動は「情動志向型」が増え、「直面志向型」が減る傾向にあった。T3ではADL・認知能力に変化はないが、ストレスは有意に減少し、「情動志向型」が減り、「直面志向型」が増大する傾向にあった。活動度変数もT3で高くなる傾向にあり、外出回数、福祉サービス利用数が有意に増大していた。

4.ADL、認知能力によるストレスの認知的評価とコーピング行動経時変化の特徴1)障害度別に類型化された4群の対象者の特徴

 「軽度障害群」は44人(51.8%)、「認知障害群」は12人(14.1%)、「運動障害群」は11人(12.9%)、「重度障害群」は18人(21.2%)であった。4群の対象者の基本属陸に有意差は見られなかった。

2)障害度別に類型化された4群のストレスの認知的評価とコーピング行動の特徴

 (1)軽度障害群の特徴

 ストレスの得点は他群より有意に低くかった。「直面志向型」の得点は他群より有意に高く、経時変化は最も小さかった。T3では「回避志向型」が減少し、活動度が増大する傾向にあり、外出回数がT3で有意に増大していた。しかし、ストレスの変化は最も大きく、T3のストレスの得点はT1より有意に高かった。

 (2)認知障害群の特徴

 ADLは最も高く、「状況の変化」の得点は軽度障害群と同程度に低かった。しかし、「拘束」、「安定性」は重度障害群に次いで高く、「他者方らの評価」は4群中最ら高かった。T3では「回避志向型」が増大し、活動度が低下する傾向にあった。

 (3)運動障害群の特徴

 この群のみ退院後にADLが有意に改善しており、ストレスの経時変化は4群中最も小さかった。QOLの得点は他群より有意に高く、活動度は外出回数、福祉サービス利用数がT3で有意に増大していた。しかし、T3ではT1よりも「直面志向型」の得点が減少し、「回避志向型」の得点が増大する傾向にあった。

 (4)重度障害群の特徴

 ストレスの得点は他群より有意に高かった。「直面志向型」の得点が4群中最も低く、「情動志向型」、「回避志向型」の得点が4群中最も高く、QOLが池群より有意に低かった。福祉サービス利用数は4群中最も多く、T3で有意に増えていた。また、T3では「直面志向型」の得点が有意に増大し、T1よりも高くなっていた。

IV.考察

 本研究では、障害によるストレスの認知的評価表の作成を試み、高い信頼性・妥当性が得られ、脳血管障害患者におけるストレス研究に使用できると確認された。

 また、脳血管障害患者における、障害によるストレスの認知的評価とコーピング行動の経時変化の特徴が明らかにされ、退院直後はストレスが高くなり、情緒不安定で、積極的行動がとりにくくなる傾向があると示された。このことから、退院直後は訓練行動を促すより、むしろ精神面への援助により心理的安定を図る必要があり、患者自らが積極行動を起こすような働きかけが重要であることが示唆された。

 さらに、ADL、認知能力により障害度別に類型化された4群のストレスの認知的評価とコーピング行動には異なる特徴があることが明らかにされた。「軽度障害群]は障害が軽いため、問題として取り上げられることが少ないといえるが、実際には、退院後のストレスの変化が最も大きいという特徴が明らかにされた。「認知障害群」は運動能力は高いが認知能力は低いため、現実を認識しにくく、回復への安易な期待を抱きやすいといえた。「運動障害群」はADL回復や活動度の増加が、満足度を高めているといえた。しかし、退院後、患者は諦めの回避行動を多くとるようになり、自発的行動にはつながっていないと指摘された。「重度障害群」はストレスが高く、情緒不安定な状態が長期間持続し、ストレス緩和、心理的支援を多く必要としていた。一方で、専門職が多く関わることが、現実に立ち向かう士気を高めることにつながると示された。

 以上のように、本研究で明らかにされた、障害によるストレスの認知的評価の経時変化の特徴は、脳血管障害患者の障害に伴う心理的側面への理解に示唆を与えたといえる。また、各援助レベルに応じたストレス緩和の効果的な関わりと、自発的対処行動を促すケアのあり方について提言できた。これらより、障害によるストレスの忍知的評価が、脳血管障害患者の看護実践に役立つ指標として使用の可能性があると示唆された。

審査要旨

 本論文は、脳血管障害患者における、(1)障害によるストレスの認知的評価とコーピング行動の特徴、(2)その特徴のADL、認知能力による違いを、退院時、退院後2週間、退院後3ヶ月の3時点で経時的な変化を明らかにしたものである。本研究では、障害によるストレスの認知的評価表(Cognitive Appraisal of Disability for Stroke;CADS)の作成を試み、脳血管障害患者(重度失語症、重度認知障害を除く)105人を対象に、CADSを含む質問紙による面接調査を行い、以下の結果を得ている。

1.障害によるストレスの認知的評価表(CADS)の信頼性・妥当性

 本研究で作成した障害はるストレスの認知的評価表は、初回面接者105人における因子分析の結果、5因子が抽出され、各因子は「拘束(5項目)」、「状況の変化(4項目)」、「自己管理信念(4項目)」、「安定性(3項目)」、「他者からの評価(2項目)」と命名された。クロンバック=.833と高い信頼性が得られ、CADSが脳血管障害患者におけるストレス研究に使用できることが確認された。

2.脳血管障害患者におけるストレスの認知的評価とコーピング行動の経時変化

 3回目まで面接を継続した85人を対象に経時変化の検討を行い、退院直後は、特に「状況の変化」や「自己管理信念」に関するストレスが高くなり、「情動志向型」コーピングが多くなり、「直面志向型」コーピングがとりにくくなる傾向があることが明らかにされた。この特徴から、退院直後は、ストレスが上昇するため、訓練行動を促すより、むしろ精神面への援助により心理的安定を図る必要があり、患者自らが積極行動を起こすような働きかけが重要でおることが提言された。

3.障害度別に類型化された4群のストレスの認知的評価とコーピング行動の特徴

 ADL、認知能力により対象者を障害度別に4群に類型化し、各群におけるストレスの認知的評価とコーピング行動の経時変化の特徴についても明らかにされた。

1)軽度障害群の特徴

 ストレスは4群中最も低いが、退院後のストレスの変化は最も大きく、特に「拘束」、「状況の変化」、「自己管理信念」のストレスが大きく上昇するという特徴が見られた。

2)認知障害群の特徴

 ADLは高いが認知能力は低いため、障害を正しく理解しにくく、「拘束」や「安定性」のストレスを強く認知し、「回避志向型」コーピングを多くとるため、退院後に活動度が低くなる傾向が見られた。

3)運動障害群の特徴

 退院後に、ADLが有意に改善され、ストレスの変化が最も小さく、満足度が最も高く、活動度が増大していた。だが、患者の内面では退院後に「回避志向型」コーピングが増大する傾向が見られた。

4)重度障害群の特徴

 ストレスは最も高く、「情動志向型」、「回避志向型」コーピングを多くとり、QOLが最も低かった。一方で、退院後に専門職が多く関わることが、「直面志向型」コーピングを高めることにつながっていた。

 ADL、認知能力により類型化された4群の特徴より、各援助レベルに応じたストレス緩和の効果的な関わりと、自発的対処行動を促すケアのあり方について提言された。また、障害によるストレスの認知的評価が、脳血管障害患者の看護実戦に役立つ指標として使用の可能性が示唆された。

 以上、本論文では、ストレスの認知的評価が対処行動の動機づけとなり、QOLに影響を与えると指摘されているものの、脳血管障害患者において、ストレス-コーピングの経時変化を縦断的に記述した実証的研究は行われていない点に注目し、脳血管障害患者におけるストレスの認知的評価とコーピング行動の退院時、退院後2週間、退院後3ヶ月における経時変化の特徴を記述、分析している点に、独創性が認められる。また、本論文では、これまでになかった障害によるストレスの認知的評価表を作成しており、この評価表が脳血管障害患者におけるストレス研究に使用できることを実証している。さらに、援助レベルの決定や治療効果の評価として重要なADL、認知能力によるストレス-コーピングの特徴を記述し、各援助レベルに応じた支援のあり方について提言している。よって、本論文は、脳血管障害患者の障害によるストレスを的確に把握し、患者の自発的対処行動を促し、限りあるサービス資源をより効果的に機能させるための指標として有用性を備えており、学位の授与に値するものであると認められる。

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