学位論文要旨



No 115471
著者(漢字) 森,美加
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ミカ
標題(和) 性役割と働く女性のメンタルヘルス
標題(洋) Sex-Role Orientation and Mental Health in Working Women
報告番号 115471
報告番号 甲15471
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1657号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 杉下,知子
 東京大学 助教授 関根,義夫
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
内容要旨 1.はじめに

 現代、高齢化、少子化、女性の社会的役割の変化に伴い、働く女性の数は増加しており、今後もこの傾向は続くものと推測される。にも関わらず、働く女性のメンタルヘルスに対する研究や、それに基づく対策は少ない。そこで、この研究では、職場におけるストレス・サポート・仕事以外の要因・男性性・女性性とメンタルヘルスとの関連を男女で比較し、また、働く女性の職場におけるストレス・サポート・仕事以外の要因・男性性・女性性・女性であることに関する要因とメンタルヘルスとの関連に、婚姻状況がどのような影響を及ぼすかについて検討した.

2.対象と方法

 1998年4月から9月の間に、首都圏の2つの民間企業および1つの公的機関で仕事のストレスと健康に関する自記式質問紙調査を実施し、男性918名、女性461名から回答を得た。このうち、女性のみ対象の質問を除き欠損値のない男性644名(18〜66歳、平均年齢36.9歳、標準偏差9.7)、女性301名(18〜59歳、平均年齢30.4歳、標準偏差8.3)を分析の対象とした。

 質問票は、仕事の要求度、仕事のコントロール、職場におけるサポートを測る尺度としてKarasekのJCQ(Job Content Questionnaire)の日本語版(40項目)を、男性性・女性性を測る尺度としてBemのBSRI(Bem Sex-Role Inventory)の日本語版(60項目)を、心身の全般的健康度を測る尺度としてGHQ30項目版を用いた。他に、属性(年齢・学歴・婚姻状況・子供の数)、職場以外の人からのサポート・仕事以外の楽しみ・仕事以外のストレスに関する項目、女性であることに関する項目を加えた.

 まず、男性・女性それぞれにおいて、GHQ得点、仕事の要求度、仕事のコントロール、職場におけるサポート、職場以外の人からのサポート、仕事以外の楽しみ、仕事以外のストレス、男性性、女性性、属性の平均値を出し、t検定により男性と女性とで比較した。また、男性・女性それぞれで、GHQ得点による精神的健康度の高い群・精神的健康度の低い群(カットオフ6/7点)を従属変数、仕事の要求度、仕事のコントロール、職場におけるサポート、職場以外の人からのサポート、仕事以外の楽しみ、仕事以外のストレス、男性性、女性性、年齢を独立変数としてロジスティック回帰分析を行った。次に、対象の女性のうち、女性のみ対象の質問も含めて欠損値のない女性300名(18〜59歳、平均年齢30.4歳、標準偏差8.3)を婚姻状況により未婚群(n=194)と既婚群(n=106)に分け、それぞれの群におけるGHQ得点、仕事の要求度、仕事のコントロール、職場におけるサポート、職場以外の人からのサポート、仕事以外の楽しみ、仕事以外のストレス、男性性、女性性、女性であることに関する項目、属性の平均値を出し、t検定により未婚群と既婚群を比較した。また、それぞれの群で、GHQ得点による精神的健康度の高い群・精神的健康度の低い群(カットオフ6/7点)を従属変数、仕事の要求度、仕事のコントロール、職場におけるサポート、職場以外の人からのサポート、仕事以外の楽しみ、仕事以外のストレス、男性性、女性性、女性であることに関する項目、年齢を独立変数としてロジスティック回帰分析を行った.

3.結果

 女性と比較して男性では「仕事の要求度」「仕事のコントロール」「男性性」「年齢」「学歴」「婚姻状況」「子供の数」が有意に高かった。逆に、男性と比較して女性では「GHQ得点」「職場以外の人からのサポート」「仕事以外のストレス」が有意に高かった。男女におけるロジスティック回帰分析の結果を表1に示した。男性では、メンタルヘルスの悪さを有意に予測する変数は「高い仕事の要求度」「仕事以外のストレス」「女性性」であり、メンタルヘルスの良さを有意に予測する変数は「比較的低い職場におけるサポート」「比較的高い職場におけるサポート」「高い職場におけるサポート」「仕事以外の楽しみ」「年齢」であった。女性では、メンタルヘルスの悪さを有意に予測する変数は「仕事以外のストレス」「男性性」であり、メンタルヘルスの良さを有意に予測する変数は「比較的高い職場におけるサポート」「比較的低い職場以外の人からのサポート」「比較的高い職場以外の人からのサポート」「仕事以外の楽しみ」「年齢」であった。

表1.男女別ロジスティック回帰分析

 既婚群と比較して未婚群では「仕事の要求度」「職場におけるサポート」「学歴」が有意に高く、逆に、既婚群は未婚群と較べて「年齢」が有意に高かった。未婚群、既婚群におけるロジスティック回帰分析の結果を表2に示した。未婚群では、メンタルヘルスの悪さを有意に予測する変数は「男性性」「女性であることの意識」であり、メンタルヘルスの良さを有意に予測する変数は「比較的低い職場以外の人からのサポート」「比較的高い職場以外の人からのサポート」「仕事以外の楽しみ」であった。また、既婚群では、メンタルヘルスの悪さを有意に予測する変数は「仕事以外のストレス」であり、メンタルヘルスの良さを有意に予測する変数は「比較的低い職場におけるサポート」であった。

表2.婚姻状況別ロジスティック回帰分析
4.考察性役割志向と職場におけるメンタルヘルスの男女比較

 結果から、仕事の要求度・コントロール度は、女性より男性の方が高く、また、男性においては、ある程度の仕事の要求度があってもメンタルヘルスは悪くならないが、極端に仕事の要求度が高くなるとメンタルヘルスが悪くなり、量に関わらず職場でのサポートを受けることが良いメンタルヘルスにつながることがわかった。一方、女性においては、仕事の要求度・コントロール度とメンタルヘルスはあまり関連がない。日本の男性は、女性に較べ、より多くのエネルギーを仕事に注ぎ、また、仕事の状況の影響をより受けているといえる。

 職場以外の人からのサポートは、男性より女性の方が高く、また、女性においては、量に関わらず職場以外の人からのサポートを受けることが良いメンタルヘルスにつながるが、一方、男性においては、職場以外の人からのサポートとメンタルヘルスはあまり関連がない。女性は、家族や友達に悩みを打ち明け、サポートを求め、そうすることによって、メンタルヘルスを良い状態に保つ傾向にあるといえる。

 結果から、男性においては、高い女性性が、女性においては、高い男性性が、悪いメンタルヘルスと関連することがわかった。現代社会においては、男性は女性的でないことが、女性は男性的でないことが、期待されている。よって、女性性が高い男性、及び、男性性が高い女性は、この社会の期待に応えられず、それをプレッシャーに感じているといえる。

性役割志向と女性のメンタルヘルス

 未婚女性の方が、仕事の要求度・職場サポートが高いという結果から、未婚女性の方が、既婚女性より、時間とエネルギーを仕事に費やしているといえる。仕事以外の要因に関しては、未婚女性では、仕事以外の楽しみが良いメンタルヘルスの予測因子となっている。未婚女性は、妻や母親としての役割をする必要がないので、仕事以外の時間を自分の楽しみのみに使うことができ、この時間は、メンタルヘルスを良い状態に保つために必要不可欠となっているといえる。一方、既婚女性では、仕事以外のストレスが悪いメンタルヘルスの予測因子となっている。妻や母親の役割をするうえでのストレスは、メンタルヘルスにダメージを与えるといえる。

 未婚女性では、男性性が高いことと、女性であることの意識が、悪いメンタルヘルスの予測因子となっているが、既婚女性では関連がない。現代社会において、女性は、職場で、女性的であること、男性的でないことが期待されており、未婚女性は、その社会の期待をプレッシャーに感じているが、既婚女性は、妻や母親としての女性役割をすることによって社会の期待にすでに応えているので、それらをプレッシャーと感じていないのではないだろうか。

5.結論

 職場におけるストレス・サポート・仕事以外の要因・男性性・女性性とメンタルヘルスとの関連の仕方は男女で異なることがわかった。また、女性に関しては、職場におけるストレス・サポート・仕事以外の要因・男性性・女性性・女性であることに関する要因とメンタルヘルスとの関連に、婚姻状況が影響を及ぼしており、働く女性は、仕事ストレス以外に、女性役割の要求という二重規範に適応しなければならないので、特別なケアが必要であることがわかった。

審査要旨

 本研究は、職場におけるストレス・サポート・仕事以外の要因・男性性・女性性とメンタルヘルスとの関連を男女で比較し、また、働く女性の職場におけるストレス・サポート・仕事以外の要因・男性性・女性性・女性であることに関する要因とメンタルヘルスとの関連に、婚姻状況がどのような影響を及ぼすかについて検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.女性と比較して男性では「仕事の要求度」「仕事のコントロール」「男性性」「年齢」「学歴」「婚姻状況」「子供の数」が有意に高かった。逆に、男性と比較して女性では「GHQ得点」「職場以外の人からのサポート」「仕事以外のストレス」が有意に高かった。

 2.男女におけるロジスティック回帰分析の結果、男性では、メンタルヘルスの悪さを有意に予測する変数は「高い仕事の要求度」「仕事以外のストレス」「女性性」であり、メンタルヘルスの良さを有意に予測する変数は「比較的低い職場におけるサポート」「比較的高い職場におけるサポート」「高い職場におけるサポート」「仕事以外の楽しみ」「年齢」であった。女性では、メンタルヘルスの悪さを有意に予測する変数は「仕事以外のストレス」「男性性」であり、メンタルヘルスの良さを有意に予測する変数は「比較的高い職場におけるサポート」「比較的低い職場以外の人からのサポート」「比較的高い職場以外の人からのサポート」「仕事以外の楽しみ」「年齢」であった。

 3.既婚群と比較して未婚群では「仕事の要求度」「職場におけるサポート」「学歴」が有意に高く、逆に、既婚群は未婚群と較べて「年齢]が有意に高かった。

 4.未婚群、既婚群におけるロジスティック回帰分析の結果、未婚群では、メンタルヘルスの悪さを有意に予測する変数は「男性性」「女性であることの意識」であり、メンタルヘルスの良さを有意に予測する変数は「比較的低い職場以外の人からのサポート」「比較的高い職場以外の人からのサポート」「仕事以外の楽しみ」であった。また、既婚群では、メンタルヘルスの悪さを有意に予測する変数は「仕事以外のストレス」であり、メンタルヘルスの良さを有意に予測する変数は「比較的低い職場におけるサポート」であった。

 以上、本論文は、職場におけるストレス・サポート・仕事以外の要因・男性性・女性性とメンタルヘルスとの関連の仕方は男女で異なること、また、女性に関しては、職場におけるストレス・サポート・仕事以外の要因・男性性・女性性・女性であることに関する要因とメンタルヘルスとの関連に、婚姻状況が影響を及ぼしており、働く女性は、仕事ストレス以外に、女性役割の要求という二重規範に適応しなければならないので、特別なケアが必要であることを明らかにした。

 本研究は、これまでほとんどなされていなかった働く女性のストレス・性役割とメンタルヘルスとの関連を検討することにより、働く女性のメンタルヘルス向上に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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