緒言 我が国では、近年、乳がんの罹患数の急速な増加に伴い、乳がん患者に対する心理社会的支援の必要性が認識されてきている。一方、欧米諸国では、乳がん特有の高い罹患率と長い病期の経過により、乳がん患者の抱える心理社会的問題が指摘され、また、個々の患者に対して適切な支援を行うことが重要視されてきた。その結果、過去20年にわたり、乳がん患者に対して、その特徴別に心理社会的介入法の適性が検討され、その上で、これらの有効性が無作為比較対照試験により証明されてきた。しかし、わが国では、乳がん患者に限らず、がん患者に対して心理社会的介入の適性を検討したもの、また、無作為比較対照試験によりその有効性を報告した研究は皆無である。文化的背景の違う欧米で開発された介入法を我が国の対象に対してそのまま適用することを疑問視する報告があることから、本研究は、我が国における初発乳がん患者を対象に、 1.欧米で開発された心理社会的介入の日本における適性の検討および日本の文化的背景に見合う修正版心理社会的介入モデルの作成 2.修正版心理社会的介入モデルを用いた無作為比較対照試験による感情状態およびがんへの適応に対する介入効果の検討 を行うことを研究課題とした。 なお、本論文では、目的1を研究Iにおいて、目的2を研究IIにおいて検討した。 方法 研究I:[対象]国立がんセンター東病院にて1996年10月より1997年3月までに手術療法を受けた後、外来通院をしている乳がん患者のうち、以下の条件を満たす対象を選定した。1)再発のリスクが高い初発乳がん患者で、その告知がされているもの[ただし、再発のリスクが高い症例とは、リンパ節転移個数が1つ以上、組織異型度もしくは核異型度が2-3、年齢35歳以下のいずれかの条件を満たすものとする];2)年齢60歳以下;3)術後経過期間6-12ヶ月;4)化学療法完了者または未施行者、5)重篤な精神科的疾患および痴呆のないもの;6)重複がん患者でないものである。 [調査手順および介入内容]郵送調査にて研究への参加意思を示した対象に対して、Fawzyら(1994)による週1回1.5時間、計6回、10名の参加者と2名の治療者からなる心理社会的介入モデルを適用し、毎回、I.教育、II.コーピング技能訓練、III.リラクセーションの3部構成の心理社会的介入を実施した。I.教育においては、乳がんに関係する医学的および心理学的情報を提供し、II.コーピング技能訓練においては、乳がん患者が抱える問題をシナリオにて提示し、そこに登場する乳がん患者へのアドバイスという形式で参加者それぞれが考える’前向きな’コーピングについて意見を出し合った。III.リラクセーションでは、毎回、ストレス軽減を目的とした20分間の漸進的筋弛緩法(Progressive Muscle Relaxation)を実施した。 毎回、介入の最後に意見・感想用紙を配布し、改善点について自由記載にて尋ねることで回答を得た。その後、これらの改善点をもとに、欧米式心理社会的介入の修正点を検討し、日本の乳がん患者に見合う"修正版心理社会的介入"を作成した。 研究II:[対象]国立がんセンター東病院にて1996年8月より1998年2月までに手術療法を受けた研究Iで述べた適格条件を満たす初発乳がん患者を対象とした。ただし、年齢65歳以下、術後経過期間4-18ヶ月とした。 [介入内容]"修正版心理社会的介入"を6-10名の参加者に2名の治療者(精神科医、臨床心理士および看護婦)が加わり実施した。 [調査手順および評価時期]郵送調査により研究への参加意思を示し、適格条件を満たした対象を、3グループの実験群と3グループの待機リスト対照群の2群に無作為に割り付けた。実験群に対しては、介入をグループ毎に順次実施し、介入実施前(ベースライン時)、介入実施後(6週後)、フォローアップ時(6ヶ月後)の計3回のアセスメントを行った。待機リスト対照群に対しては、実験群と同時期に計3回のアセスメントを終了した後、介入を施行した。 [測定用具]研究のアウトカムは、感情状態、がんへの適応、および、不安と抑うつ状態とし、それぞれ、自記式評価尺度Profile of Mood States(POMS)、Mental Adjustment to Cancer(MAC)scale、Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)を用いて測定した。 [説明と同意]本研究は国立がんセンター倫理委員会より承認を受けて行った。また、研究参加者に対して、研究内容を十分に説明した上で書面による参加同意を得た。 [分析]分析は、ベースライン時の尺度得点、背景因子、および、医学的因子の2群間の比較にはt検定、x2検定、Mann-Whitney検定のいずれかを行った。介入の効果判定には、ベースライン時のスコアおよび2群間に有意な差の認められた因子である化学療法施行の有無を共変量として投入し、共分散分析(Repeated Measures ANCOVA)を行った. 結果 研究I:38名の適格者のうち(返答率100%)、10名(26%)が介入への参加意思を示した。介入への参加意思を示した対象と示さなかった対象との間に、背景因子および医学的因子において有意な差は認められなかった。 心理社会的介入参加者10名のうち、7名(70%)が全6回の介入を完了し、3名は、コーピング技能訓練における形式およびシナリオ内容への不満を挙げ脱落した。改善点に関して、I.教育では、再発率および生存期間といった医学情報は望まない:6名(60%)、もっと心理学的情報が欲しい:6名(60%)、II.コーピング技能訓練においては、夫より娘や同性の兄弟によるサポートの方がより助けになる:5名(50%)、セクシュアリティについて述べた者はいない一方でボディー・イメージについて話し合えて良かった:7名(70%)といった意見が寄せられた。また、形式に関して、シナリオに登場する患者に対する間接的なアドバイスより、体験談を参加者間で直接話し合いたいという要望が挙げられた:8名(80%)。さらに、III.リラクセーションに関して8名(80%)からテープ配布の要望が寄せられ、介入全体の構造に関しては、知らない者同士で緊張するため、介入の始めにリラックスできる配慮が欲しい:7名(70%)という意見が寄せられた。これらをもとに、修正版心理社会的介入を作成した。 研究II:151名の適格者のうち、126名より返答(返答率83.4%)があり、そのうち研究への参加意思を示した50名(33.1%)を介入参加者として無作為に割り付けた(実験群25例、対照群25例)。介入参加状況は、参加者50名全てがベースライン時および介入実施後のアセスメントを完了したが、フォローアップ期間中に各群2名ずつ脱落した。脱落理由は、それぞれ、夫の自殺による高度のうつ状態のため調査不可能、調査協力の拒否、再発による調査の拒否、他の部位のがんの発症による入院のため調査の継続不可能である。なお、脱落者4名と調査完了者46名の間では、背景因子、医学的因子、および、ベースライン時の心理状態に有意な差は認められなかった。また、2群間の対象の特徴を比較した結果、実験群において化学療法を施行したものの割合が有意に高かった(x2=5.13,p=.02)が、その他の背景因子および医学的因子において有意な群間差は認められなかった。 介入の効果に関しては、感情状態(POMS)に関しては、不安、抑うつ、活気、倦怠感および総合的心理負担TMDの各スコアにおいてグループ間に有意な差が認められ(F=4.86,p=.03/F=4.13,p=.04/F=10.80,p=.002/F=4.44,p=.04/F=9.73,p=.003)、がんへの適応(MAC)に関しては、前向きな態度においてグループ間に有意な差が示された(F=8.37,p=.006)(図1)。すなわち、6週間の心理社会的介入により、不安、抑うつ、活気、倦怠感、総合的心理負担および前向きな態度が介入直後(6週後)から介入6ヶ月後にかけて有意に改善した。また、不安および抑うつ(HADS)に関しては、統計的に有意な介入効果は示されなかったが、臨床的不安(ボーダーラインおよび重度)を示す対象の割合が実験群ではベースライン時の20%から6週後には8%、6ヶ月後には4%と減少し、一方、対照群においてはベースライン時の16%から6週後には4%と減少が認められたが、6ヶ月後には13%と上昇した。臨床的抑うつに関しては、臨床的抑うつ(ボーダーラインおよび重度)を示す対象の割合が、ベースライン時の40%から6週後の24%、6ヶ月後の22%と減少が長期的に持続した一方、対照群においてはベースライン時の28%から6週後には12%と減少したが、6ヶ月後には22%と再び上昇した。 図1感情状態(POMS)およびがんへの適応(MAC)における介入効果考察 はじめに、本研究では、欧米のがん患者のQOLに対する有効性が示されている心理社会的介入が、我が国においても有用な支援となることを期待して、欧米で開発された心理社会的介入モデルを日本の初発乳がん患者に施行することによりその適性を検討した。その結果、日本の文化的背景を考慮することで、我が国の乳がん患者に対して心理社会的介入は適性の高い支援となることが示唆されたため、日本における修正版心理社会的介入モデルを作成した。 次に、このモデルを用いて、無作為比較対照試験によりその有効性を検討した。その結果、感情状態(POMS)およびがんへの適応(MAC)において短期的な心理社会的介入による長期的な効果が示され、また、臨床的不安および抑うつ(HADS)を有すると判断される患者の割合においても、心理社会的介入によりそれらが長期にわたり減少する傾向が示された。これらの結果は、今後長期にわたり病気と取り組んでいく必要のある初発乳がん患者にとって、心理社会的介入が有用な心理社会的支援となることを示唆するものである。 本研究はサンプルバイアスおよび少ないサンプル数といった限界を有するものの、アジア諸国のがん患者に対する心理社会的グループ介入の有効性を示した最初の研究であるという点で意義深いといえる。また、心理社会的介入による生存期間の延長を示した先行研究が存在することから、本研究の対象者においても、この側面における効果の可能性が期待できる。がん患者のQOLおよび生存期間という両者の改善を目指していくことが今後の重要な課題である。 |