学位論文要旨



No 115474
著者(漢字) 池松,直子
著者(英字)
著者(カナ) イケマツ,ナオコ
標題(和) 新規細胞増殖抑制遺伝子産物Tob2及びその会合分子Caf1の機能解析
標題(洋) 「Characterization of Tob2,a member of a novel anti-proliferative Tob/BTG family, and its associated molecule Caf1」
報告番号 115474
報告番号 甲15474
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1660号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 講師 永田,昭久
内容要旨

 細胞増殖は細胞周期を正に制御する分子と負に制御する分子によって調節されており、これらの分子のバランスが壊れることにより、癌化に至ることが知られている。以前は細胞周期を正に制御する分子(oncogene)が異常に活性化されることにより、癌化に至ると考えられてきたが、最近p53やRb、CDK inhibitorといった細胞周期を負に制御する分子(tumor suppressor gene)が不活化することが癌化の重要な要因であるということが明らかになってきた。

 我々の研究室で見い出されたTobは、既知の分子BTG1およびPC3/TIS21と高い相同性を示す。Tob、BTG1、PC3/TIS21はいずれも細胞内強制発現の系で細胞の増殖を抑制し、さらにPC3はp53による発現誘導、及びDNA損傷時における細胞周期停止への関与が報告されている。以上のことから、これらの蛋白質が新規の細胞増殖抑制ファミリー(Tob/BTGファミリー)を形成していると考え、我々はさらに新しいメンバー(tob2,ANA)をクローニングした。また、その後の解析により、ANAに関しても細胞周期のG0/G1期からS期への移行を抑制する活性を示すことが明らかとなったことから、Tob/BTGファミリーの細胞周期制御への関与が一層強く示唆された。私はこのファミリーの機能の解明が、細胞増殖、分化及び癌化の理解につながると考え、Tob2に関する解析を詳細に行ない、以下の結果を得た。

 ヒトTob2蛋白質はTobファミリーの中でTobと最も高い相同性を示し、全体で約60%、N末端側(Tob homology domain)では約80%の相同性を示し、Tobと同様に核移行様シグナルを持っていた。また、ノザンブロッティングの結果、tob2のmRNAは調べた全ての組織で発現がみられ、骨格筋において比較的強い発現が認められた. Tob2蛋白質を抗原として作成したポリクローナル抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果、約43kDの蛋白質をコードしていることが明らかとなり、HeLa細胞や293T細胞では内在性に発現しているTob2を検出することができた。また、細胞免疫染色により細胞内では主に細胞質に局在していることがわかった。さらに、NIH3T3細胞にTob2発現プラスミドをマイクロインジェクション法により導入することにより、Tob2が細胞周期のG0/G1期からS期への移行を抑制する活性を有することを示した。すなわち、Tob2も他のファミリー分子と同様に細胞増殖抑制活性を持つことが明らかとなった。そこでTob2の細胞増殖抑制のメカニズムをさらに詳しく解析するため、yeast two-hybrid systemを用いて、Tob2会合分子を探索した。ベイトとしてTob homology domainを含むN末端側、158アミノ酸を用い、HeLa cDNA libraryをスクリーニングした。その結果、Caf1(CCR4 associated-factor1)を同定し、免疫沈降及びGST融合蛋白質による共沈実験により、細胞内で二つの分子が相互作用することを確認した。Caf1は転写因子CCR4と会合し活性を上昇させることや、細胞増殖を抑制することが報告されている。CCR4はCaf1を含めたいくつかの分子とcomplexを形成しており、細胞周期に関わっていることが示唆されている。さらに、Caf1及びCCR4は様々な種で広く保存されていることが知られており、真核生物に共通で重要な機能に関わっていると考えられる。また、Caf1がTobファミリーの他のメンバーであるTob及びBTG1の会合分子としても同定され、Tobファミリーの全ての分子に会合することが明らかとなったことから、Tobファミリーの細胞増殖抑制活性に関与している可能性が示唆された。さらに、興味深いことにCaf1とcyclin dependent kinases(CDKs)との相互作用を見い出した。このことから、Tob2及びTobファミリー分子はCaf1を介してCDKsの活性に影響を与え、細胞増殖を抑制する可能性が示唆された。

 一方、ノザンブロッティングの結果、tob2のmRNAは調べた全ての組織で発現がみられたが、、in situ hybridizationによりさらに詳細に発現を検討した結果、卵巣内の卵母細胞に強く発現していることを見い出した。このことからTob2が体細胞分裂に加えて、減数分裂も制御している可能性が考えられた。卵母細胞の減数分裂はアフリカツメガエルの系で詳細に調べられているため、ツメガエルのTob2 cDNAをクローニングした。このツメガエルTob2の発現を減数分裂の各ステージにおいて検討した結果、全てのステージにおいてmRNA及び蛋白質の発現が認められた。ツメガエルの減数分裂の制御においてc-Mosが重要な機能をになっていることが知られている。そこでこのc-Mosによる細胞周期停止にTob2が関わっていろ可能性を検討するため、Tob2とc-Mosの会合実験を行った。その結果、免疫共沈の系で会合を認めた。このことから、Tob2がc-Mosを介して減数分裂停止に関わっている可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は細胞の癌化に深く関わっていると考えられそいる細胞増殖抑制のメカニズムを明らかにするため、新規の細胞増殖抑制Tob/BTGファミリー分子をクローニングし、その機能解析を行ったものであり、以下の結果を得ている。

 1.ヒトTob2蛋白質はTobファミリーの中でTobと最も高い相同性を示し、全体で約60%、N末端側(Tob homology domain)では約80%の相同性を示し、Tobと同様に核移行様シグナルを持っていた。また、ノザンブロッティングの結果、tob2のmRNAは調べた全ての組織で発現がみられたが、骨格筋においては比較的強い発現が認められた.Tob2蛋白質を抗原として作成したポリクローナル抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果、約43kDの蛋白質をコードしていることが明らかとなり、HeLa細胞や293T細胞では内在性に発現しているTob2を検出することができた。また、細胞免疫染色により細胞内では主に細胞質に局在していることがわかった。

 2.NIH3T3細胞にTob2発現プラスミドをマイクロインジェクション法により導入することにより、Tob2が細胞周期のG0/G1期からS期への移行を抑制する活性を有することを示した。すなわち、Tob2も他のファミリー分子と同様に細胞増殖抑制活性を持つことが明らかとなった。

 3.yeast two-hybrid systemを用いて、Tob2会合分子を探索した。ベイトとしてTob homology domainを含むN末端側、158アミノ酸を用い、HeLa cDNA libraryをスクリーニングした。その結果、Caf1(CCR4 associated-factor1)を同定し、免疫沈降及びGST融合蛋白質による共沈実験により、細胞内で二つの分子が相互作用することを確認した。Caf1は転写因子CCR4と会合し活性を上昇させることや、細胞増殖を抑制することが報告されている。CCR4はCaf1を含めたいくつかの分子とcomplexを形成しており、細胞周期に関わっていることが示唆されている。さらに、Caf1及びCCR4は様々な種で広く保存されていることが知られており、真核生物に共通で重要な機能に関わっていると考えられる。また、Caf1がTobファミリーの他のメンバーであるTob及びBTG1の会合分子としても同定され、Tobファミリーの全ての分子に会合することが明らかとなったことから、Tobファミリーの細胞増殖抑制活性に関与している可能性が示唆された。さらに、興味深いことにCaf1とcyclin dependent kinases(CDKs)との相互作用を見い出した。このことから、Tob2及びTobファミリー分子はCaf1を介してCDKsの活性に影響を与え、細胞増殖を抑制する可能性が示唆された。

 4.in situ hybridizationによりtob2のmRNAの発現をさらに詳細に検討した結果、卵巣内の卵母細胞に強く発現していることを見い出した。このことからTob2が体細胞分裂に加えて、減数分裂も制御している可能性が考えられた。卵母細胞の減数分裂はアフリカツメガエルの系で詳細に調べられているため、ツメガエルのTob2cDNAをクローニングした。

 5.ツメガエルTob2の発現を減数分裂の各ステージにおいて検討した結果、全てのステージにおいてmRNA及び蛋白質の発現が認められた。ツメガエルの減数分裂の制御においてc-Mosが重要な機能をになっていることが知られている。そこでc-Mosによる細胞周期停止にTob2が関わっている可能性を検討するため、Tob2とc-Mosの会合実験を行った。その結果、免疫共沈の系で会合を認めた。このことから、Tob2がc-Mosを介して減数分裂停止に関わっている可能性が示唆された。

 以上、本論文は新規の細胞増殖抑制遺伝子ファミリー、Tob/BTGファミリーの新しいメンバーとしてTob2をクローニングし、その細胞増殖抑制のメカニズムの一端を明らかにした。本研究はこれまで不明であったTob/BTGファミリーの細胞増殖抑制機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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