学位論文要旨



No 115475
著者(漢字) マーティン,ダール
著者(英字) Martin,Dahl
著者(カナ) マーティン,ダール
標題(和) GM-CSFレセプターシグナル伝達機構におけるSrc型キナーゼの役割の解析
標題(洋) Analysis of the Role of Src Tyrosine Kinases in GM-CSF Receptor Signal Transduction
報告番号 115475
報告番号 甲15475
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1661号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 高木,智
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 和泉,孝志
内容要旨

 背景 GM-CSFとIL-3は種々の血液細胞の増殖と分化を誘導するサイトカインである。GM-CSF、IL-3レセプターはサイトカインレセプタースーパーファミリーに属し、各々に特異的な鎖と共有される鎖(c)によって構成されている。GM-CSFあるいはIL-3の刺激によりJAK2やSrcファミリーに代表されるようなチロシンキナーゼが活性化を受け、レセプターcのリン酸化後、種々のSH2ドメイン含有蛋白質がレセプターと複合体を形成する。JAK2のシグナル伝達における役割が詳細に検討され、さらにcの各々のチロシン残基の種々のシグナル伝達分子の活性化における関与が詳細に検討されているのに対し、Lynに代表されるSrcキナーゼがサイトカインレセプターの活性発現において果たす役割とその標的となるシグナル伝達経路については不明の点が多い。これまでの研究で、Lynとcが会合すること、またその会合はGM-CSFの添加により増強されることが報告されているが、その機構の詳細は明らかでない。さらに、サイトカインや増殖因子レセプターシグナル伝達におけるSrcキナーゼファミリーの重要性に関しては多くの報告がある。本研究は、Lynとcの会合の機構を明らかにし、さらにはGM-CSFによるSrcファミリーキナーゼ活性化の生理的意義を明らかにすることを目的としている。

 材料 細胞はマウスIL-3依存性血球系細胞株BA/F3を用いた。BA/F3は増殖にIL-3を必要とし、その非存在下では直ちに細胞死に至る。さらにBA/F3細胞にヒト(h)GM-CSFレセプターあるいはその変異体を発現させた株も使用した。これまでの研究で、BA/F3細胞に再構成されたhGM一CSFレセプターはhGM-CSFによるシグナルを伝達し、この細胞の増殖を支持しうることが示されている。hGM-CSFレセプター変異体として、Fall(cの8つのチロシン残基が全てフェニルアラニンに置換されている〉、517、455(各々cのC末端側アミノ酸517、455以降を欠失している)を使用した。なお、517変異体はC末端側に存在する6個のチロシン残基を欠いている。Srcキナーゼ特異的阻害剤PP1、PP2(活性は同一)はCalBiochemより購入した。リコンビナントLynの種々のプラスミドは医科学研究所山本教授により提供された。

 結果 本研究では、まずはじめにLynとcの会合様式について、鎖の各領域由来の合成ペプチドとリコンビナントGST-Lynとを用いたプルダウンアッセイにより検討した。用いた合成ペプチドはcの膜貫通直下box1領域のものと、cの8つのチロシン残基およびその周辺のものである(図1)。チロシン残基を含むペブチドはリン酸化を受けているものと受けていないものを用意した。また、GST-LynはSH3領域、SH2領域、キナーゼ領域、N末端側のそれぞれのGSTとの融合蛋白を用いた。これらのペプチドを使ってGST-Lynとの会合について調べると、GST-SH3はbox1領域ペプチドおよび非リン酸化型Y1,2ペプチドと会合し、一方GST-SH2はbox1領域ペプチド、非リン酸化型およびリン酸化型Y1,2ペプチド、およびリン酸化型Y6ペプチドと会合することが明らかになった。すなわち、Lynはcにチロシンリン酸化依存性および非依存性の両者の様式で、しかもSH3あるいはSH2領域を介して会合することが示唆された。

図1本研究で用いた、c鎖のチロシン残基あるいはBox1領域を含む合成ペプチドの配列。チロシン残基およびBox1領域を囲んで示した。チロシン残基を含むペプチドは、それぞれについてチロシンリン酸化型および非リン酸化型のものを合成し、使用した。

 次に、いずれかのチロシン残基がLynの基質になるかどうかについて、チロシン残基を含むペプチドを用いたin vitroキナーゼアッセイにより調べたところ、ペプチドY1,2、Y7、Y8が基質となりうることが示された。このことによりLynがcチロシン残基のリン酸化に役割を果たしていることが示唆された。

 私はさらに、GM-CSFによるDNA合成、抗アポプトーシス活性におけるSrcキナーゼの役割について検討を加えるため、Srcキナーゼ特異的阻害剤であるPP1、PP2を用いて解析を行った。BA/F3細胞に様々なhGM-CSFレセプター変異体を発現させた細胞を用いて、PP1、PP2の存在下でのhGM-CSF刺激による[3H]thymidineの取り込みを検討した。図2に示すように、野生型hGM-CSFレセプターのみならずFall、517などの変異体を用いた場合でもDNA合成はPP1の用量依存性に阻害を受けたことから、SrcキナーゼがhGM-CSFよるDNA合成誘導に必須であることが示唆された。

 hGM-CSFはBA/F3細胞の増殖のみならず生存にも必須である。そこで次に、Srcキナーゼの抗アポプトーシス活性について検討を加えた。まず細胞の生存への影響についてトリパンブルー色素の取り込みによって解析すると、PP1は野生型hGM-CSFレセプターを介する生存には影響を及ぼさないが、Fallあるいは517を介した生存には阻害的に働いた(図2)。さらにDNA fragmentationの結果も同様であった。以上の結果から、抗アポプトーシス活性には二つのメカニズムがあることが示唆された。すなわち、cのチロシン残基3-7を介しておりPP1に非感受性である経路と、チロシン残基は介さずPP1に感受性である経路であり、後者にはLynのようなSrcキナーゼが直接に関与していると考えられた。

図2 BA/F3細胞の生存およびDNA合成誘導に対するPP1の効果。実験には、BA/F3親細胞株(BA/F)、およびヒトGM-CSFレセプターc鎖の野生型(Wild)、Fall変異体、517変異体、あるいは455変異体を安定的に発現するBA/F3細胞株を用いた。これらの細胞をマウスIL-3存在下(BA/F)、あるいはヒトGM-CSF存在下(Wild、Fall、517、あるいは455)で培養した際のPP1の効果を、DNA合成誘導は[3H]thymidineの取り込みにより、また生存率はトリパンブルー色素排除法により解析した。左列には、2.5mM PP1存在下(□)でのマウスIL-3あるいはヒトGM-CSFの濃度依存性の反応を示した。中列および右列には、1ng/mlマウスIL-3あるいは1ng/mlヒトGM-CSF存在下での、PP1(□)の濃度依存性の効果を示した。いずれも、PP1と等容量のDMSO存在下(■)で培養した結果をコントロールとしで示した。[3H]thymidineの取り込みは、各点につき3つのサンプルを用意して、それらの平均値を示した。

 私はさらに、hGM-CSFによる細胞周期の進行にSrcキナーゼが関与しているかどうか検討した。PP2の存在下では、hGM-CSFによる細胞周期のG1期からS期への進行に加え、S期からG2期への進行も阻害された。転写因子E2Fは、種々の細胞周期関連遺伝子の発現調節を介してG1期からS期への移行に重要な役割を果たしていることが知られている。そこでhGM-CSFによるE2Fの活性化について、E2Fの結合部位により駆動されるレポーター遺伝子の一過性発現系を用いて解析したところ、Srcキナーゼの阻害によりレポーター遺伝子の発現が阻害されたことから、SrcキナーゼがE2Fの活性化に関与していることが示唆された(図3)。また、S期からG2期への移行に関しても未知の機構でSrcキナーゼが関与していることが予測された。さらに、PP2の存在下でhGM-CSFによるc-fosプロモーターの活性化が阻害されることも見いだした。一方でJAK2、STAT5のリン酸化、c-myc、CIS遺伝子発現は影響を受けなかった。また、Shc、Erk-2、Raf-1などのMAPキナーゼカスケードに関与するシグナル分子群の活性化も影響を受けなかった。

図3 E2Fの活性化に対するPP2の効果。野生型c鎖(Wild)またはFall変異体を発現するBA/F3細胞においてマウスIL-3あるいはヒトGM-CSF刺激により誘導されるE2Fの活性化に対するPP2の効果を、E2Fの結合部位により発現が駆動されるルシフェラーゼを用いたレポーター遺伝子アッセイにより解析した。

 さらに阻害剤の影響がLynに特異的かどうか明らかにするため、様々なLynの変異体をBA/F3細胞に過剰発現させた場合のhGM-CSFシグナルへの影響について解析を行った。野生型Lynの過剰発現はE2F活性化には影響を与えなかったが、DNA合成、c-fos転写活性化を引き起こすことが明らかになった。Lynのキナーゼ領域あるいはSH3領域の点変異体の影響を検討すると、これらの変異体はhGM-CSFによるE2F活性化を抑制し、またDNA合成、c-fos転写活性化は誘導できなかった。従って、これらのシグナル伝達にLynが関与すること、またLynの機能にはキナーゼ領域およびSH3領域が重要であることが示唆された。

 結語 本研容により、Lynが複数の様式でcと会合し、cのリン酸化に重要な役割を果たしている事が明らかになった。このことは、他の研究者によるcのbox1領域由来のペプチドとLynの会合のより詳細な解析、あるいはGM-CSFレセプターと構造的に類似しているEPOレセプターとLynとの会合の実験の結果とよく一致するものであった。私の所属する研究グループはこれまでに、cのbox1領域とそこに会合するチロシンキナーゼJAK2が、調べた範囲で全てのhGM-CSFの活性に必須であることを明らかにしている。従ってJAK2がLynの活性化に関与している可能性があり、実際JAKファミリーキナーゼとSrcキナーゼの会合が報告されている。私はhGM-CSFによるLynキナーゼの活性化を検討したが、hGM-CSF依存性のキナーゼ活性の上昇はついに観察することが出来なかった。同様の報告はこれまでにもいくつかあり、おそらく細胞内Lynのごく一部のみしかレセブターと会合していないか、あるいはLynの活性化の回転が非常に早い可能性などが原因として考えられる。そこで私は、LynのhGM-CSFシグナルでの役割を解析するためにSrcキナーゼ特異的阻害剤であるPP1(PP2)を用いた。その結果、SrcキナーゼはhGM-CSFによるDNA合成および抗アポプトーシス活性に重要な役割を果たしていることを明らかにした。さらにhGM-CSFによる抗アポプトーシスのシグナルには、Srcキナーゼ依存性のものと非依存性のものの少なくとも二つの独立した経路があることを明らかにした。今後、Lynの下流にある標的シグナル伝達分子を明らかにし、DNA合成、抗アポプトーシスの機構を具体的に明らかにしていきたい。

審査要旨

 ヒトGM-CSFは種々の血液細胞の増殖と分化を誘導するサイトカインであり、そのレセプターは鎖と鎖(c)によって構成されている。GM-CSFの刺激によりJAK2やSrcファミリーに代表されるようなチロシンキナーゼが活性化を受ける。JAK2のシグナル伝達における役割が詳細に検討され、さらにcの各々のチロシン残基の種々のシグナル伝達分子の活性化における関与が詳細に検討されているのに対し、Lynに代表されるSrcキナーゼがサイトカインレセプターの活性発現において果たす役割とその標的となるシグナル伝達経路については不明の点が多い。本研究は、Lynとcの会合の機構を明らかにし、さらにはGM-CSFによるSrcファミリーキナーゼ活性化の生理的意義を明らかにすることを目的としている。

 1.本研究では、まずはじめにLynとcの会合様式について、鎖の各領域由来の合成ペプチドとリコンビナントGST-Lynとを用いたプルダウンアッセイにより検討した。用いた合成ペプチドはcの膜貫通直下box1領域のものと、cの8つのチロシン残基およびその周辺のものである。チロシン残基を含むペプチドはリン酸化を受けているものと受けていないものを用意した。また、GST-LynはSH3領域、SH2領域、キナーゼ領域、N末端側のそれぞれのGSTとの融合蛋白を用いた。これらのペプチドを使ってGST-Lynとの会合について調べると、GST-SH3はbox1領域ペプチドおよび非リン酸化型Y1,2ペプチドと会合し、一方GST-SH2はbox1領域ペプチド、非リン酸化型およびリン酸化型Y1,2ペプチド、およびリン酸化型Y6ペプチドと会合することが明らかになった。すなわち、Lynはcにチロシンリン酸化依存性および非依存性の両者の様式で、しかもSH3あるいはSH2領域を介して会合することが示唆された。

 2.cのチロシン残基がLynの基質になるかどうかについて、チロシン残基を含むペプチドを用いたin vitroキナーゼアッセイにより調べたところ、ペプチドY1,2、Y7、Y8が基質となりうることが示された。このことによりLynがcチロシン残基のリン酸化に役割を果たしていることが示唆された。

 3.GM-CSFによるDNA合成、抗アポプトーシス活性におけるSrcキナーゼの役割について検討を加えるため、Srcキナーゼ特異的阻害剤であるPP1、PP2を用いて解析を行っな。BA/F3細胞に様々なhGM-CSFレセプター変異体を発現させた細胞を用いて、PP1、PP2の存在下でのhGM-CSF刺激による[3H]thymidineの取り込みを検討した。野生型hGM-CSFレセプターのみならずFall、517などの変異体を用いた場合でもDNA合成はPP1の用量依存性に阻害を受けたことから、SrcキナーゼがhGM-CSFよるDNA合成誘導に必須であることが示唆された。

 4.hGM-CSFはBA/F3細胞の増殖のみならず生存にも必須である。そこで次に、Srcキナーゼの抗アポプトーシス活性について検討を加えた。まず細胞の生存への影響についてトリパンブルー色素の取り込みによって解析すると、PP1は野生型hGM-CSFレセプターを介する生存には影響を及ぼさないが、Fallあるいは517を介した生存には阻害的に働いた。さらにDNA fragmentationの結果も同様であった。以上の結果から、抗アポプトーシス活性には二つのメカニズムがあることが示唆された。すなわち、cのチロシン残基3-7を介しておりPP1に非感受性である経路と、チロシン残基は介さずPP1に感受性である経路であり、後者にはLynのようなSrcキナーゼが直接に関与していると考えられた。

 5.hGM-CSFによる細胞周期の進行にSrcキナーゼが関与しているかどうか検討した。PP2の存在下では、hGM-CSFによる細胞周期のG1期からS期への進行に加え、S期からG2期への進行も阻害された。転写因子E2Fは、種々の細胞周期関連遺伝子の発現調節を介してG1期からS期への移行に重要な役割を果たしていることが知られている。そこでhGM-CSFによるE2Fの活性化について、E2Fの結合部位により駆動されるレポーター遺伝子の一過性発現系を用いて解析したところ、Srcキナーゼの阻害によりレポーター遺伝子の発現が阻害されたことから、SrcキナーゼがE2Fの活性化に関与していることが示唆された。また、S期からG2期への移行に関しても未知の機構でSrcキナーゼが関与していることが予測された。

 6.さらに、PP2の存在下でhGM-CSFによるc-fosプロモーターの活性化が阻害されることも見いだした。一方PP2によりJAK2、STAT5のリン酸化、c-myc、CIS遺伝子発現は影響を受けなかった。また、Shc、Erk-2、Raf-1などのMAPキナーゼカスケードに関与するシグナル分子群の活性化も影響を受けなかった。

 7.さらに阻害剤の影響がLynに特異的かどうか明らかにするため、様々なLynの変異体をBA/F3細胞に過剰発現させた場合のhGM一CSFシグナルへの影響について解析を行った。野生型Lynの過剰発現はE2F活性化には影響を与えなかったが、DNA合成、c-fos転写活性化を引き起こすことが明らかになった。Lynのキナーゼ領域あるいはSH3領域の点変異体の影響を検討すると、これらの変異体はhGM-CSFによるE2F活性化を抑制し、またDNA合成、c-fos転写活性化は誘導できなかった。従って、これらのシグナル伝達にLynが関与すること、またLynの機能にはキナーゼ領域およびSH3領域が重要であることが示唆された。

 以上、本研究により、Lynが複数の様式でcと会合し、cのリン酸化に重要な役割を果たしている事が明らかになった。SrcキナーゼはhGM-CSFによるDNA合成および抗アポプトーシス活性に重要な役割を果たしていることを明らかにした。さらにhGM-CSFによる抗アポプトーシスのシグナルには、Srcキナーゼ依存性のものと非依存性のものの少なくとも二つの独立した経路があることを明らかにした。

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