本研究はヒト白血球抗原(HLA)遺伝子領域中から新規の遺伝子を単離同定するため、すでに公開されているHLA領域の塩基配列情報をより詳細に調べ、分子生物学的手法を用いてゲノムの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.HLA class II領域の塩基配列をコンピュータープログラムを用いた解析を行い、新規の遺伝子となりうる候補領域を同定した。予測されたアミノ酸配列から、この領域はアフリカツメガエル(Xenopus laevis)由来の二本鎖RNA結合蛋白質(Xlrbp)、及びヒト免疫不全(AIDS)ウイルス1型(HIV-1)RNAのtransactivation response(TAR)領域に結合するヒト細胞質由来の蛋白質(TRBP)と高い相同性を有することが示され、この予測される遺伝子候補をhomo sapiens RNA binding protein(HSRBP)と命名した。 2.ヒト末梢血から抽出したmRNAを用いたreverse transcription-polymerase chain reacion(RT-PCR)法、及び5’、3’-rapid amplification of cDNA ends(RACE)法による解析から、その転写産物の生体内における存在を明らかにし、その全長が約1.8kntであることを示した。またウサギ網状赤血球溶解液を用いた無細胞系タンパク質翻訳法により、open reading frame(ORF)内の最初のATGコドンからHSRBPタンパク質が翻訳されることも示した。 3.数種類のハプロタイプを持つゲノムDNAをサザンブロット法により解析したところ、ヒトゲノム中にHSRBP遺伝子、又はそれに類似した配列が複数存在することが示された。また二本鎖RNAと高い親和性を示し、HSRBPと高い相同性を示す幾つかのタンパク質、TRBP、PACTのcDNAクローンがすでに単離同定されている。従って、二本鎖RNA結合タンパク質をコードする遺伝子がヒトゲノム中に複数存在し、multigene familyを形成する可能性が示された。 4.健常人の末梢血から抽出した数種類のHLA-DRタイプのgenomic DNA及びhomozygous typing cell(HTC)を用いたPCR-direct sequencing解析により、HSRBP遺伝子HLA-DR4,DR7,DR9ハプロタイプ特異的に存在することが示唆された。HLA-DR4,DR7,DR9ハプロタイプは、そのゲノム構造上の特徴からDR53グループに分類される。つまりHSRBP遺伝子はHLA-DR53グループの共通祖先のゲノム上に特異的に生じたものと考えられた。 5.HSRBP遺伝子中には6箇所の単一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism;SNP)と2箇所の欠失、挿入箇所が見いだされ、3つのハプロタイプに大別されることが示された。さらにそれらをもとに系統樹を構築しHSRBP遺伝子がヒトゲノム上に生じた時期を考察した。その結果およそ350万年前から170万年前の間に、HLA-DR53グループの共通祖先のヒトゲノム上に生じたものと考えられた。 6.HSRBP遺伝子はPACT遺伝子と高い相同性を示すことから、生化学的役割として二本鎖RNAに特異的に結合することが予測された。RNAをゲノムとするヒトレトロウイルスの一種、HTLV-1によって引き起こされるadult T-cell leukemia(ATL)及びHTLV-I-associated myelopathy/tropical spastic paraparasis(HAM/TSP)は、HLA-DR53グループと関連を示すことが知られている。つまりHSRBPが何らかの機序でHTLV-1と作用し、これらの疾患の感受性に寄与しているとことが一つの可能性として予想された。 以上、本論文はHLA class II遺伝子領域中に、新規の遺伝子候補HSRBPを単離同定し、ヒトゲノム上においてハプロタイプ特異的に存在することを明らかにした。HLA遺伝子領域内には抗原提示の過程に関与する遺伝子群が主として存在しており、その中で抗原提示以外の分子生物学的機能を持つと予想されるHSRBP遺伝子を見出した本研究は価値あるものである。さらにHLA領域との相関が知られている疾患の真の感受性遺伝子解明にHSRBP遺伝子はそのマーカーとしての役割を通じて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |