学位論文要旨



No 115476
著者(漢字) 千田,昇平
著者(英字)
著者(カナ) チダ,ショウヘイ
標題(和) HLA-DR遺伝子領域に存在する新規RNA結合タンパク質遺伝子候補の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular characterization of the possible RNA-binding protein gene located in the human leukocyte antigen(HLA)-DR subregion
報告番号 115476
報告番号 甲15476
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1662号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 戸田,達史
 東京大学 講師 藤井,知行
内容要旨

 本論文において、私は新規の二本鎖RNA結合蛋白質をコードする遺伝子候補をヒト白血球抗原(human leukocyte antigen:HLA)クラスII領域中に見出し、その分子生物学的解析を行った。その塩基配列から予測されるアミノ酸配列は、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)由来の二本鎖RNA結合蛋白質(Xlrbp)、及びヒト免疫不全ウイルス(AIDS)RNAのtransactivation response(TAR)領域に結合するヒト細胞質由来の蛋白質(TRBP)と高い相同性を有しており、この予測される遺伝子候補をhomo sapiens RNA binding protein(HSRBP)と命名した。HSRBP遺伝子産物が生体内に存在しているかどうかを調べるために、まずヒト末梢血から抽出したpoly(A)+RNAを用いてreverse transcription-polymerase chain reacion(RT-PCR)法による解析を行い、その転写産物の生体内における存在を明らかにした。そして、5’、3’-rapid amplification of cDNA ends(RACE)法によりその転写産物の全長が約1.8kntであることを確認した。またウサギ網状赤血球溶解液を用いた無細胞系タンパク質翻訳法により、open reading frame(ORF)内の最初のATGコドンからHSRBPタンパク質が翻訳されることも確認した。さらに、サザンブロッティング法によるゲノム解析から、ヒトゲノム中にHSRBP遺伝子、又はそれに類似した配列が複数存在することも見い出した。HSRBP遺伝子と高い相同性を示す幾つかの遺伝子がすでに単離同定され、それらは二本鎖RNAと高い親和性を示すことが知られている。従って、今回の結果は、二本鎖RNA結合タンパク質をコードする遺伝子がヒトゲノム中に複数存在し、multigene familyを形成している事を示唆する。また、健常人の末梢血から抽出した数種類のHLA-DRタイプのgenomic DNA及びhomozygous typing cell(HTC)を用いたPCR-direct sequencing解析により、HSRBP遺伝子がHLA-DR4,DR7,DR9ハプロタイプ特異的に存在することが示唆された。HLA-DR4,DR7,DR9ハプロタイプは、そのゲノム構造上の特徴からDR53グループに分類される。つまりHSRBP遺伝子はHLA-DR53グループの共通祖先のゲノム上に特異的に生じたものと考えられる。またHSRBP遺伝子内に見出された単一塩基置換(Single Nucleotide Polymorphism;SNP)を基に考えるとDR53グループはさらに3つのグループに分類できることが示唆された。さらにその進化における分岐年代を推定したところ、HSRBP遺伝子はおよそ350万年前から170万年前の間に、HLA-DR53グループの共通祖先のゲノム上に生じたものと考えられた。

 HSRBP遺伝子と高い相同性を示すTRBPは、二本鎖RNAに特異的な結合能を有しHIV-1ゲノムの転写効率の制御に関わることが知られている。現在までに、ウイルス感染によって惹起されるいくつかの疾患と特定のHLAの対立遺伝子との有意な関連が報告されている。例えば、ヒトT細胞白血病ウイルス(human T-cell leukemia virus typeI;HTLV-1)により引き起こされる疾患adult T-cell leukemia(ATL)、及びHTLV-I-associated myelopathy/tropical spastic paraparasis(HAM/TSP)は、HLA-DR53グループと関連を示すことがすでに知られている。HTLV-1はHIV-1と同様にRNAをゲノムとするヒトレトロウイルスの一種であり、RNAゲノム中においてstem-loop構造などの局所的な二本鎖RAN構造をとる可能性が考えられる。すなわち、HSRBPがHTLV-1RNAゲノム中の部分的二本鎖RNA構造を認識して結合し、その相互作用によりHTLV-1の増殖に関与していることが一つの可能性として予想される。そしてATL及びHAM/TSPとHLA-DR53グループとの間に見られる有意な関連に影響を及ぼしているものと考えられる。本論文で見いだされたHSRBP内のSNPは、そのような疾患との関連を詳細に調べるための、有用な遺伝子マーカーとなることが期待される。

審査要旨

 本研究はヒト白血球抗原(HLA)遺伝子領域中から新規の遺伝子を単離同定するため、すでに公開されているHLA領域の塩基配列情報をより詳細に調べ、分子生物学的手法を用いてゲノムの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.HLA class II領域の塩基配列をコンピュータープログラムを用いた解析を行い、新規の遺伝子となりうる候補領域を同定した。予測されたアミノ酸配列から、この領域はアフリカツメガエル(Xenopus laevis)由来の二本鎖RNA結合蛋白質(Xlrbp)、及びヒト免疫不全(AIDS)ウイルス1型(HIV-1)RNAのtransactivation response(TAR)領域に結合するヒト細胞質由来の蛋白質(TRBP)と高い相同性を有することが示され、この予測される遺伝子候補をhomo sapiens RNA binding protein(HSRBP)と命名した。

 2.ヒト末梢血から抽出したmRNAを用いたreverse transcription-polymerase chain reacion(RT-PCR)法、及び5’、3’-rapid amplification of cDNA ends(RACE)法による解析から、その転写産物の生体内における存在を明らかにし、その全長が約1.8kntであることを示した。またウサギ網状赤血球溶解液を用いた無細胞系タンパク質翻訳法により、open reading frame(ORF)内の最初のATGコドンからHSRBPタンパク質が翻訳されることも示した。

 3.数種類のハプロタイプを持つゲノムDNAをサザンブロット法により解析したところ、ヒトゲノム中にHSRBP遺伝子、又はそれに類似した配列が複数存在することが示された。また二本鎖RNAと高い親和性を示し、HSRBPと高い相同性を示す幾つかのタンパク質、TRBP、PACTのcDNAクローンがすでに単離同定されている。従って、二本鎖RNA結合タンパク質をコードする遺伝子がヒトゲノム中に複数存在し、multigene familyを形成する可能性が示された。

 4.健常人の末梢血から抽出した数種類のHLA-DRタイプのgenomic DNA及びhomozygous typing cell(HTC)を用いたPCR-direct sequencing解析により、HSRBP遺伝子HLA-DR4,DR7,DR9ハプロタイプ特異的に存在することが示唆された。HLA-DR4,DR7,DR9ハプロタイプは、そのゲノム構造上の特徴からDR53グループに分類される。つまりHSRBP遺伝子はHLA-DR53グループの共通祖先のゲノム上に特異的に生じたものと考えられた。

 5.HSRBP遺伝子中には6箇所の単一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism;SNP)と2箇所の欠失、挿入箇所が見いだされ、3つのハプロタイプに大別されることが示された。さらにそれらをもとに系統樹を構築しHSRBP遺伝子がヒトゲノム上に生じた時期を考察した。その結果およそ350万年前から170万年前の間に、HLA-DR53グループの共通祖先のヒトゲノム上に生じたものと考えられた。

 6.HSRBP遺伝子はPACT遺伝子と高い相同性を示すことから、生化学的役割として二本鎖RNAに特異的に結合することが予測された。RNAをゲノムとするヒトレトロウイルスの一種、HTLV-1によって引き起こされるadult T-cell leukemia(ATL)及びHTLV-I-associated myelopathy/tropical spastic paraparasis(HAM/TSP)は、HLA-DR53グループと関連を示すことが知られている。つまりHSRBPが何らかの機序でHTLV-1と作用し、これらの疾患の感受性に寄与しているとことが一つの可能性として予想された。

 以上、本論文はHLA class II遺伝子領域中に、新規の遺伝子候補HSRBPを単離同定し、ヒトゲノム上においてハプロタイプ特異的に存在することを明らかにした。HLA遺伝子領域内には抗原提示の過程に関与する遺伝子群が主として存在しており、その中で抗原提示以外の分子生物学的機能を持つと予想されるHSRBP遺伝子を見出した本研究は価値あるものである。さらにHLA領域との相関が知られている疾患の真の感受性遺伝子解明にHSRBP遺伝子はそのマーカーとしての役割を通じて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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