学位論文要旨



No 115478
著者(漢字) モハド アクラムル イスラム
著者(英字) Md.Akramul Islam
著者(カナ) モハド アクラムル イスラム
標題(和) バングラデシュ農村地域での結核対策におけるコミュニティヘルスワーカーの果たす役割とその及ぼす影響について
標題(洋) Impact of Involving Community Health Workers(CHWs)on Tuberculosis Control in Rural Bangladesh
報告番号 115478
報告番号 甲15478
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1664号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 講師 三浦,宏子
内容要旨 緒言及び目的:

 結核はバングラデシュにおける公衆衛生上の主要問題疾患の一つである。1993年の年間新規感染者数は人口10万人当たり220名と推計されている。国家結核対策プログラム(National Tuberculosis Program:NTP)は、世界保健機関が提唱する「直接監視下での短期化学療法(DOTS)戦略」を非政府系紹織(NGO)と密接に連携して、1993年11月から採用している。1998年までに、NTPは農村地域にある全460郡(Thana)を網羅し、そのうち政府系組織が274郡、NGOが186郡をカバーしている。政府系組織による治療などのサービス提供は郡保健センター(Thana Health Complex:郡レベルにある保健センターで、一保健センターあたり人口約25万人を網羅している)と、一部その下部センターやスタッフによって行なわれている。政府系組織による対策プログラムは近年目覚しい改善を見せており、1985年に治癒率が約25%と非常に低かったが、1997年には約71%となっている。

 NTPに関わるNGOは、国が示した指針に原則として準ずるものの、地域の状況に対応してさまざまに工夫した方法をとっている。バングラデシュのNGOであるバングラデシュ農村復興委員会(BRAC)は、人々の住む場所でサービスを提供する目的で、1984年からコミュニティーヘルスワーカー(CHW)を結核対策プログラムに導入している。現在、この方式はNTPとの連携のもと、60郡、約1,460万人、すなわち全人口の約12%を網羅するまでになり、治癒率は85%を超えている。

 本研究の目的はCHWが結核対策に関わることによって及ぼす影響を以下の5項目について調査・検討することにある。(1)結核患者の受療行動、とくに結核の診断及び治療における遅れを計測する。(2)CHWの活動の内容を明らかにし、その活動に影響を及ぼした要因について調査する。(3)結核患者の登録率と治療成績を調べる。(4)発見された患者一人当たりの診断・治療に要した費用を算定する。(5)結核に対する村人の意識を調べる、ことである。

対象と方法:

 1998年7月から1999年1月までの期間、結核対策におけるCHWの果す役割を評価する目的で、量的及び質的手法を用いて上述した5項目についての調査を行なった。調査対象地域は社会・経済的、地理的条件が類似した地域を選定した。はじめに調査対象地域として選定したのは、Mymensingh県Trishal郡(BRACの活動地域でCHWが結核対策に関わっている)と、Gazipur県Sreepur郡(政府のプログラム地域で郡保健センターが結核治療を行なっている)の2郡である。その2郡で、(1)結核患者の受療行動、(2)CHWの活動内容、(3)患者発見率及び治癒率、(4)プログラムにかかった費用、そして(5)結核と保健ワーカーに対する人々の意識に関するデータ収集を行なった。

 次に、Mymensingh県Phulpur郡(BRAC)とGazipur県Kaliakoir郡(政府)の2郡を受療行動についての患者のデータを得るために追加した。以上の4つの郡は地理的に近く、首都ダッカの北55〜155kmに位置している。

 CHW(BRAC)が結核対策に関わっている2郡(Trishal郡及びPhulpur郡)と郡保健センター(政府)が結核対策に関わっている2郡(Sreepur郡及びKaliakoir郡)から、1998年6月から9月までに診断された全新規塗沫陽性患者に対して面接調査を行なった。定形化された質問項目によりデータを収集した。CHWが結核対策に関わっているTrishal郡では、1997年7月から1998年9月の間に患者の治療に携わった全てのCHWに対して面接調査を行なった。定形化された質問項目に基づいて面接調査を行なった。

 CHW(BRAC)が結核対策に関わっているTrishal郡と郡保健センター(政府)が関わっているSreepur郡の定期報告と、プログラムの記録からプログラム結果(患者発見率及び治癒率)のデータ収集をおこなった。国の報告書もデータ収集に用いた。BRACのプログラムが行なわれているTrishal郡と政府のプログラムが行なわれているSreepur郡で、結核対策プログラムに関わった一年間(1996年7月〜1997年6月)の全ての費用に関するデータ収集を行ない比較検討した。患者への面接調査も行ない、両郡における結核治療に関する機会費用を算定した。また、全部で8グループのフォーカスグループディスカッションをTrishal郡(BRACプログラム)とSreepur郡(政府プログラム)で行なった(各郡で4グループ、女性2グループと男性2グループ)。

結果:

 CHWが結核プログラムに関わっているBRACの地域で、新規塗沫陽性の結核患者は122名で、そのうち26%が女性で74%が男性であった。診断までに医療コンサルテーションを受けた回数は平均3.5回で、治療を受けるまでの遅れは中央値で85日であった。政府の地域で、新規塗沫陽性の結核患者は99名で、そのうち20%が女性で80%が男性であった。診断までに医療コンサルテーションを受けた回数は平均4.4回で、治療を受けるまでの遅れは中央値で135日であった。両地域での患者の社会・人口学的特性は類似していた。月収(p=0.03)、診断までに受けた医療コンサルテーションの回数(p<0.001)、受療の遅れ(p<0.001)はBRACの地域において政府の地域よりも有意に低かった。

 90人のCHWの平均年齢は35.5歳で、全員女性であった。そのうち66.7%は読み書き可能であった。約95%は結核の症状、診断、治療に関して基本的な知識を有し、平均得点は8.5(最高点は9)であった。それぞれのCHWは、過去3カ月間に平均3.6名を結核患者と推定し喀痰検査を受けさせた。過去一年間で平均2.5名の患者の治療を行なっていた。年齢(p=0.02)、知識スコア(p=0.005)と一ケ月の世帯収入(p=0.02)の3項目がCHWの過去一年間に結核患者と推定した患者数、過去一年間の治療患者数、及びこれまでに治療した患者数の合計に対しそれぞれが有意に関係していた。

 新規塗沫陽性患者のうち、BRACの地域では85.8%が、政府の地域では82.0%が治癒しており両地域で治癒率に有意差はみられなかった。

 治癒した患者一人当たりにかかった費用は、BRAC地域では64.2米ドル、政府の地域では96.0米ドルであり、患者一人当たりの対費用効果はBRAC地域で有意に良好であった。

 村人の結核の症状に対する知識と治療可能なサービスの入手可能性についての知識は、政府の地域よりもBRACの地域で高かった。BRACの地域より政府の地域において、より多くが私立の医療機関を訪れていた。スティグマとタブーは両地域で同等にみられた。

考察とまとめ:

 本調査から、受療までの日数はBRACの地域では中央値85.3日で、政府地域での中央値135日よりも有意に短いことがわかった(p<0.001)。新規塗沫陽性患者に対する類似調査ではガーナでは中央値4カ月、ベトナムでは中央値13.3週であった。このような長期にわたり、塗沫陽性患者において受療の遅れがみられることは、公衆衛生において大きな示唆であろう。本調査はほとんどのCHWsはCHWsの仕事の継続を望んでいた。その理由として、金銭的なインセンティブのみならず、むしろ貧しい人を助けること、社会からの尊敬を得る、自らエンパワーする、といった非金銭的な利益を理由としていた。同じコミュニティに住み、お互いをよく知っているため、彼らは症状のある患者を容易に見つけ出すことができていた。このような状況が、CHWがそれぞれ過去一年間に二人以上の患者を治療しているように、結核サービスに対するアクセスを増していた。アフリカで、コミュニティに利用可能な人的資源をボランティアやCHWとして訓練し、高い治癒率と治療完了率を達成していたことと類似していた。

 本調査では、政府プログラムはBRACプログラムよりも、同程度の治癒率を達成するのに50%以上割高であった。BRAC地域の患者一人あたりの費用は政府地域の半分に過ぎなかった。従って、CHWによる直接監視下における化学療法は、南アフリカと同様に、バングラデシュのように資源が限られる国においては、より安価でより対費用効果が高かった。スティグマとタブーのために、人々は疾病を隠し、密かに治療を求める。本調査で明らかになったのは、政府地域においてBRAC地域よりも、より多くの患者が信頼しているという理由で私立の医療施設を訪れていた。このことが長期間の受療の遅れをもたらしている、重要な一つの原因と考えられる。

 結論として、CHWの関与は結核対策において、特に治療サービスが十分に行なわれていないバングラデシュの農村地域では、効率的かつ対費用効果の高いアプローチであることが明らかになった。

審査要旨

 本研究は、バングラデシュにおける公衆衛生上の主要問題疾患の一つである結核に対する対策に、コミュニティーヘルスワーカー(CHW)が関わることによって及ぼす影響を量的・質的手法を用いて調査・研究したものである。具体的には、バングラデシュ農村復興委員会(BRAC)の活動地域でCHWが結核対策に関わっている地域と政府のプログラム地域で郡保健センターが結核治療を行っている地域で結核患者の受療行動、CHWの活動内容、患者発見率および治癒率、プログラム経費、住民意識等について面接調査およびプログラムの記録からデータを収集した後、解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.受療までの日数はCHWが結核対策に関わっているBRACの地域では政府地域に比べで有意に短く、新規塗沫陽性患者におけるこのような受療までの期間の差は公衆衛生学的に大きな意義があることが認められた。

 2.結核対策に関わったほとんどのCHWは仕事の継続を望んでおり、その主な理由は、金銭的なインセンティブというよりは、むしろ社会貢献により自らをエンパワーすることを理由としてあげていた。このような彼らの活動は地域に受け入れられ、患者の発見を容易にし、地域住民の結核対策サービスに対するアクセス向上に寄与していることが判明した。

 3.政府主導のプログラム実施・運営費用は、BRAC地域のそれと比べて、同程度の治癒率を達成するのに50%以上割高であり、費用効率の面でもCHWを動員したBRACの実施する結核対策の方が優れていることが明らかとなった。

 以上、本論文はバングラデシュという開発途上国の中で治療サービスが十分に行われていない農村地域において、効率的かつ対費用効果の高い結核対策を実施・運営するうえでCHWの関与がかかせないことを証明したものである。本研究は、バングラデシュのみならず、近年再興感染症のひとつとして結核が流行・蔓延しつつあるその他の開発途上国における結核対策のあり方という見地から重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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