内容要旨 | | レトロウイルスによる細胞に対する遺伝子導入法は、レトロウイルスの遺伝子構造、生活環のメカニズムに基づき開発されてきた。レトロウイルスベクターは宿主細胞に対し、高い効率でしかも安定に遺伝子を導入できることから、細胞への遺伝子導入法として医療分野を含む広い分野で用いられてきた。基本原理として、パッケージング細胞(packaging signalを欠くがウイルス構造タンパクであるgag.pol.envをもつ細胞)に目的の遺伝子をもつレトロウイルスベクター(packaging signalを持つがgag、pol、envを欠如するため、パッケージング細胞の中でのみ増殖できる)を導入し、培養上清にレトロウイルスを産生するものである。このようにして産生されたレトロウイルスは、目的とする遺伝子を効率よく細胞に導入することができるが、ウイルス構造タンパク質であるgag、pol、envを欠如するため感染した細胞内において複製することはなく、感染細胞から再度レトロウイルスが産生されることはない。現在までにBosc23(Pear,W.S.,et.al.Proc.Natl.Acad.Sci.USA 90,8392-8396,1993)やPhoenix-E(http://www.stanford.edu/group/nolan/)等のパッケージング細胞が作成されたが、感染効率、長期安定性の点で満足できるものではなかった。本研究において、長期にわたって高力価のウイルスを産生できるパッケージング細胞Platinum-E(Plat-E)の作成を行った。 従来、本研究室においてパッケージング細胞はBosc23を利用してきた。これはSV40のT抗原を発現している293T細胞にレトロウイルスのパッケージングコンストラクトを導入して作成された比較的効率のよいパッケージング細胞である。Bosc23では、ウイルス構造タンパク質gag-pol、envの発現はMoMuLV LTRのコントロール下で発現させているが、より高力価のウイルスを得るためにはより多量のウイルス構造タンパク質をパッケージング細胞中で発現させる必要があると考えた。従ってウイルスの力価を高めるためにはより多量のウイルス構造タンパク質をパッケージング細胞中で発現させる必要がある。FACSGAL assay (Fiering,S.N.,et.al.,Cytometry 12,291-301,1991)により、293T細胞で強い活性を示すプロモーターを探す目的で、293T細胞におけるSV40、SRalpha、RSV、TK、MuLV LIR、EFlalpha、CMVのプロモーター活性をlacZの発現で比較したところ、EF1 alphaがMuLV LTRと比較して約100倍強い活性を示した。従って本研究におけるパッケージングコンストラクトにおいては、ウイルス構造タンパク質であるgag-pol、envをEFlalphaプロモーターのコントロール下で発現させるため、EFlalphaプロモーターの下流にgag-polとenvをつなげた。さらに翻訳効率を高めるため、Kozak配列(6bp:GCCACC)をATGの上流に配した。 従来のパッケージング細胞(Bosc23やPhoenix-Eなど)を作成する段階において、gag-pol、envを293T細胞に導入する際、薬剤耐性遺伝子をコードしたプラスミドとのco-transfectionを行っていた。これは必ずしも薬剤耐性遺伝子の発現がウイルス構造タンパク質の発現を反映しておらず、レトロウイルス産生能は長期的に安定であるとは言い難い。従ってPlat-Eのパッケージングコンストラクトにおいては、gag-pol、envとそれぞれ薬剤耐性遺伝子の間にIRES(internal ribosome entry site:内部リボソーム侵入部位)配列を挿入した。IRES配列の挿入は2つの遺伝子の翻訳を可能にする(bi-cistronic vector)。このため、パッケージング細胞をIRES配列の3’側に挿入した薬剤選択マーカーで選択することによって、確実にgag-pol、envを発現している細胞を選択できる。実際、Plat-Eは約4カ月もの長期間、1×107/mlのtiterのレトロウイルスを産生することができた。また、このパッケージングコンストラクト上のMoMuLVの塩基配列を最小限に抑える目的で、gag-polおよびenvはレトロウイルス構造タンパク質のcoding領域のみをPCRによって増幅し、それ以外のMo-MuLVの配列は排除されている。これによって組み換えによるreplication competent retroviruses(RCR)産生の可能性を事実上なくし、安全性を確保している。 レトロウイルスベクターを用いてEC細胞(embryonal carcinoma cell)やES細胞(embryonic stem cell)等の未分化細胞に遺伝子を導入した際に発現が顕著に抑制されることが知られている。このような細胞内においても発現できるようなレトロウイルス変異体が単離され、その塩基配列を調べたところ、LTRプロモーターやプライマー結合部位(PBS)の領域に数カ所塩基置換が起こっていることが明らかとなった。これらの塩基置換により、(1)転写抑制因子であるembryonic LTR-binding protein(ELP)(Tsukiyama,T.,et.al.,Mol.Cell.Biol.9,4670-4676,1989)の結合部位が変化したためECF-1が結合できなくなった、(2)SP1認識部位が新たに形成されたためにSP1が結合できるようになった(Grez,M.,et.al.,J.Virol.65,4691-4698,1991)(3)PBS領域に結合していたと思われる転写抑制因子が結合できなくなった(Weiher,H.,et.al.,J.Virol.61,2742-2746,1987)ということが明らかになった。その結果、転写活性が上昇することとなった。EC細胞やES細胞内で発現するレトロウイルス変異体のLTRやPBSを従来のレトロウイルスベクターに組み込むことで、目的とする遺伝子をEC細胞やES細胞において効率よく発現させることが可能になると考え、レトロウイルスベクターpMX(Onishi,M.,et.al.,Exp.Hematol.24,324-329,1996)の改良を行った。従来のpMXベクターにおけるLTRプロモーターに代わり、MPSV(Ostertag,W.,et.al.,J.Virol.33,573-582,1980).PCMV(Franz,T.,et.al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.83,3292-3296,1986)、SFFVp(Baum,C.et.al.,J.Virol.71,6356-6331,1997)のLTRを用い、MESV(Grez,M.,et.al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.87,9202-9206,1990)のプライマー結合部位(PBS)を組込み、pMY、pMZベクターを作成した。それぞれのベクターにGFPを挿入し、遺伝子導入効率を比較したところ、pMXベクターと比較して、pMY、pMZベクターはEC細胞やES細胞において非常に効率よく発現できることが確認できた。 |
審査要旨 | | レトロウイルスによる細胞への遺伝子導入法は、高い効率でしかも安定に遺伝子を導入することができる。その基本原理として、パッケージング細胞(packaging signalを欠くがウイルス構造タンパク質であるgag、pol、envをもつ細胞)に目的の遺伝子をもつレトロウイルスベクター(Packaging signalを持つがgag、pol、envを欠如するため、パッケージング細胞の中でのみ増殖できる)を導入して培養上清にレトロウイルスを産生させ、標的とする細胞に感染させることにより目的とする遺伝子を効率よく標的細胞に導入することができるものである。感染した細胞内ではウイルス構造タンパク質であるgag、pol、envを欠如するため複製することはなく、感染細胞から再度レトロウイルスが産生されることはない。現在までにBosc23やPhoenix-E等のパッケージング細胞が作成されたが、感染効率、長期安定性の点で満足できるものではなかった。本研究において、長期にわたって高力価のウイルスを産生できるパッケージング細胞Platinum-E(Plat-E)の作成を行い、下記の結果を得ている。 1.Bosc23では、ウイルス構造タンパク質gag-pol、envの発現はMoMuLV LTRのコントロール下で発現させているが、より高力価のウイルスを得るためにはより多量のウイルス構造タンパク質をパッケージング細胞中で発現させる必要があると考えた。そこでFACS-GAL assayにより293T細胞内で最も強い活性を示すプロモーターを探す目的で、293T細胞におけるSV40、SRalpha、RSV、TK、MuLV LTR、EFlalpha、CMVのプロモーター活性をlacZの発現で比較したところ、EFlalphaのプロモーター活性が最も強く、それはMoMuLV LTRのプロモーター活性の約100倍であった。これはSV40の複製起点をもつSV40、SRalphaよりも高いプロモーター活性であった。したがって、パッケージング細胞作製のためのパッケージングコンストラクトにおいては、ウイルス構造タンパク質であるgag-pol、envをEFlalphaプロモーターのコントロール下で発現させることにした。さらに翻訳効率を高めるため、Kozak配列(6bp:GCCACC)をATGの上流に配した。 2.従来のパッケージング細胞(Bosc23やPhoenix-Eなど)を作成する段階において、gag-pol、envを293T細胞に導入する際、薬剤耐性遺伝子をコードしたプラスミドとのco-transfectionを行っていたが、これは必ずしも薬剤耐性遺伝子の発現がウイルス構造タンパク質の発現を反映しておらず、レトロウイルス産生能は長期的に安定であるとは言い難い。従ってPlat-Eのパッケージングコンストラクトでは、gag-pol、envとそれぞれ薬剤耐性遺伝子の間にIRES(internal ribosome entry site:内部リボソーム侵入部位)配列を挿入した。従ってパッケージング細胞をIRES配列の3’側に挿入した薬剤選択マーカーで選択することによって、確実にgag-pol、envを発現している細胞を選択することができる。 3.gag-pol、envをコードした2つのパッケージングコンストラクトを293T細胞にtransfectionし、それぞれの薬剤選択マーカーで選択することにより、パッケージング細胞を樹立した。50 clone用いてウイルスを産生させ、Ba/F3細胞に対する感染効率を調べたところclonelが最も高い感染効率を示したため、このcloneを用いて以後解析を行った。これをPlatinum-E(Plat-E)と命名した。Plat-Eを長期間培養した場合のレトロウイルス産生能を調べたところ、約4カ月もの間1×107/mlのtiterを保つことが分かった。従ってBosc23やPhoenix-Eと比較して、極めて安定に高力価のレトロウイルスを産生していることが分かった。 4.Plat-E、Bosc23、Phoenix-E各々の細胞内におけるgag-pol、envのmRNAの発現をNorthern blotにより比較したところ、Plat-EではBosc23、Phoenix-Eと比較して、gag-polでは約4倍、envでは約10倍の発現を示した。またRT活性を調べたところ、PlaL-EではBosc23、Phoenix-Eの約2倍の活性を示した。 5.組み換えによる野生型ウイルスが産生しないよう、パッケージングコンストラクト上のMoMuLVの塩基配列を最小限に抑えた。gag-polおよびenvはウイルス構造タンパク質のcoding領域のみをPCRによって増幅し、それ以外のMo-MuLVの配列は排除している。実際組み換えによるreplication competent retroviruses(RCR)産生の可能性はなく、安全性を確保している。 このように本研究で作製したパッケージング細胞は293T細胞をベースにしており、EFlalphaのコントロール下でgag-pol、envを発現させ、IRESの使用によりウイルス構造タンパク質の発現を保証することによって、約4カ月もの長期間、1×107/mlのtiterのレトロウイルスを産生することができた。 また本研究においては、EC細胞やES細胞において目的とする遺伝子を効率よく発現させることを目指し、EC細胞やES細胞内で発現するレトロウイルス変異体のLTR(long terminal repeat)やPBS(Primer binding site)をレトロウイルスベクターpMXに組み込み改良を行った。従来のpMXベクターにおけるMoMuLV LTRプロモーターに代わり、MPSV、PCMV、SFFVpのLTRを用い、MESVのPBSを組み込み、pMY、pMZベクターを作成した。それぞれのベクターにGFPを挿入し、未分化細胞に対する遺伝子導入効率を比較したところ、pMXベクターと比較して、pMY、pMZベクターではEC細胞では約2倍、ES細胞では約5〜8倍効率よく発現できることが確認できた。 このように高力価のウイルス産生能をもつパッケージング細胞Plat-Eと未分化細胞において効率よく発現可能なレトロウイルスベクターpMY、pMZの開発により、従来のパッケージング細胞、レトロウイルスベクターを組み合わせて使用した場合と比較して、未分化細胞への遺伝子導入効率は大幅に改善された。本研究は今後幹細胞や神経細胞などへの遺伝子導入、さらに遺伝子治療への適用に非常に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |