本研究は、特異的な遺伝子の発現制御に関わるレチノイド核内受容体の合成リガンドの創製研究であり、新規アゴニスト、アンタゴニストの設計、合成、機能解析を行ったものである。 レチノイドとは細胞の分化、増殖、形態形成などの重要な生理作用を特異的に制御するレチノイン酸の同効物質の総称である。その生体内標的分子は核内受容体RARs(retinoic acid receptors)およびRXRs(retinoid X receptors)で、ステロイドホルモンや甲状腺ホルモンなどの受容体と同様、リガンド依存的に特異的な遺伝子の発現を制御する転写因子として知られている。RARはレチノイドと結合してレチノイド活性を発揮する受容体であり、一方、RXRはRARとヘテロ二量体を形成することで、レチノイド作用を制御している。RAR、RXRは、それぞれall-trans-レチノイン酸、9-cis-レチノイン酸が生体内リガンドとされているが、後者がRARにも結合すること、幾何異性体間で容易に相互変換されることから、個々の受容体に特異的なリガンドの創製が、遺伝子転写制御機構の解明ならびに多彩な生理作用を発揮するレチノイドの医薬への応用に必要である。 本研究では、まずRXR選択的なリガンドを設計、合成した。レチノイド作用増強効果を持つ既存のRXRアゴニストであるジアゼピン誘導体HX600をリード化合物としてその構造活性相関を明らかとし、その結果から7員環構造を除去したジフェニルアミン誘導体を設計した。合成した化合物をヒト前骨髄球性白血病細胞HL-60 の分化誘導活性を用いて評価したところ、化合物DA010はレチノイド作用とレチノイド作用増強効果を合わせ持つ化合物であることを見いだし、受容体転写活性化実験によって、それぞれ、RAR、RXRの活性化に対応した生物活性であることを示した。種々置換基を導入した化合物を合成し、両作用の分離を試みた結果、レチノイド作用増強活性だけをしかも非常に強力に示す化合物DA124を見いだした。一方、RARに対する親和性に着目し、ジフェニルアミン窒素原子上に嵩高い置換基を導入することで、レチノイドアンタゴニストDA046へと展開した。 ついで、強力なレチノイドであるAm580の構造に見られるようなヘテロ原子の導入が受容体サブタイプ選択性を獲得することに着目し、RAR、RXRリガンドの構造に共通した安息香酸部分を各種複素環カルボン酸に代替した化合物を設計、合成した。その結果、RARリガンドではピリジン環、ピリミジン環の導入がそれぞれレチノイド活性の増強、消失となるのに対して、RXRリガンドではピリミジン環の導入がレチノイド作用増強活性となることを見いだした。芳香環への窒素原子導入が受容体親和性に与える影響の詳細は不明ではあるが、化合物DAK24は既存のRXRリガンドよりも強力なRXR活性化能を示した。 以上、本研究は、受容体選択的にレチノイドの作用を正にまたは負に制御するRXR選択的アゴニストおよびRAR選択的アンタゴニスト活性をもつ新規化合物を創製したもので、医薬化学研究に資するところ大であり、博士(薬学)の学位に値すると認めた。 |