学位論文要旨



No 115484
著者(漢字) 太田,公規
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,キミノリ
標題(和) 新規核内レチノイド受容体リガンドの創製
標題(洋)
報告番号 115484
報告番号 甲15484
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第900号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 橋本,祐一
内容要旨

 レチノイドは、レチノイン酸同効物質の総称であり、細胞の分化・増殖、形態形成等、重要な生体機能を制御する。また、ある種の癌や難治性皮膚疾患に対して著しい効果を発揮する。その作用機構は2つの特異的核内レセプター、RAR(Retinoic Acid Receptor)、RXR (Retinoid X Receptor)のヘテロダイマーを介した特異的遺伝子発現の制御にあり、RARはall-trans-レチノイン酸を、RXRは9-cis-レチノイン酸をそれぞれ生体内リガンドとする。レチノイン酸やAm80等の合成レチノイドは、RAR・RXRへテロダイマーのRAR側に結合することにより作用を発揮する。RXRのリガンドは単独ではへテロダイマーの活性化はしないが、RARのリガンドと共存するとその効果を増強することが知られている。RXRは、RAR以外にもビタミンDや甲状腺ホルモンレセプター、PPARなどの核内レセプターともヘテロダイマーを形成するため、これらの核内レセプターの作用の制御という点に関しても興味が持たれている。レチノイン酸は化学的に不安定であるうえに、9-cis-レチノイン酸がRARにも結合することがら、RAR、RXRの詳細な機能の解明には適さない。また、レチノイン酸の持つ高い脂溶性と多様な生物作用は、医薬への応用に適していない。従って、RARとRXRに特異的に作用する合成レチノイドの創製が、核内受容体による遺伝子転写制御機構の解明、及びレチノイド療法の展開に必要不可欠である。当教室では、ジベンゾジアゼビン誘導体HX600に強力なレチノイドシナジスト活性を見出し、この作用はRXRを介したものであることを見出している。本研究では、レチノイドの作用を核内レセプターレベルで制御する新規核内受容体リガンドの創製を目的とした。

 

図表ジフェニルアミン誘遵体

 まず新規RXRリガンドの創製を目的に、HX600をリード化合物として構造展開した。合成した化合物の生物活性は、ヒト急性前骨髄球性白血病細胞HL-60における分化誘導能試験により評価した。HX600は、それ自身では分化誘導活性を持たないが、RXRアゴニストとしてAm80などのレチノイドの活性を増強する。また、高濃度では弱いRARアンタゴニスト活性を有している。HX600のジアゼビン骨格を種々の複素7員環で代替した化合物を合成したところ、HX901に弱いながらもシナジスト活性が認められるに過ぎなかった(Fig l)。いずれの化合物も高濃度領域においてはシナジスト活性が更に低下している。この結果からHX901の7員環構造の嵩高さがアンタゴニスト活性を生み出したと考え、7員環を除去したジフェニルアミン体DA010をデザインした。DA010はそれ自身弱いながらもレチノイド活性を示すにも拘わらず、Am80の分化誘導作用を濃度依存的に増大させた(Fig 2)。更に窒素原子上に炭素数3から4程度のアルキル置換基を導入すると、レチノイドシナジスト活性が著しく上昇した。特に、シクロプロピル基(DA023)やシクロプロピルメチル基(DA024)等が有効であった(Fig 3)。これらの化合物はDA010と異なり単独でのレチノイド活性は無くまたHX600のような高濃度領域におけるアンタゴニスト活性も見られない。また、DA012や、DA013の芳香環上(Table 1のR2)にメチル基を導入することでもシナジスト活性は上昇したが、窒素原子上に嵩高いアルキル置換基を持つ化合物においては、活性の上昇は顕著ではなかった(Table 1)。芳香環上へのメチル基の導入による活性の上昇は、立体障害に基づくジフェニルアミン骨格のコンフォメーション変化に起因すると考えられる。ジフェニルアミン誘導体の窒素原子上置換基を更に長くn-ヘプチル基にしたDA017では、レチノイドシナジスト活性は消失し、レチノイドアンタゴニスト活性を示した。また、直鎖アルキル基の代わりに、-ビフェニルメチル基(DA046)のような芳香環を持つ嵩高い置換基を用いると、アンタゴニスト活性は更に強くなった(Fig 4)。この結果は、HX600やHX901で予想した分子骨格の嵩高さに由来していることと一致している。

Fig 1 Effect on Am80-induced Differentiation of HL-60 cellsFig 2 Effect of DA010 on differentiation of HL-60 cellsFig 3 Effect of bulky N-alkyl groups on the retinoid Synergistic activity of DA compoundsTable 1 Retinoid synergistic potency* of diphenylamine derivatives in HL-60 cell assayFig 4 Effect on Am80-induced differentiation of HL-60 cells
ピリミジン誘導体レチノイドシナジスト作用

 上述したように、2つの芳香環のリンカ-部分に窒素原子をもつジフェニルアミン誘導体に、強いレチノイドシナジスト活性が見られた。RARアゴニストもAm80のようにアミド基を持つ化合物は、RARサプタイプ選択性としての特徴を持つ。そこでより特徴的なリガンドの創製を目的に、RAR及びRXRリガンドの芳香環部分への窒素原子の導入を試みた。興味深いことに、Am80やAm580のピリジン誘導体Am80P、Am580Pでは、安息香酸体よりも強いレチノイド活性を示したが、ピリミジン環を持つAm580Klは全く活性を示さなかった(Fig 5)。2つめの窒素原子の導入による著しい活性の低下は、RARに対する結合の欠如によることが実験的に示されたが、その詳細は不明である。

Fig 5 Effect of Am580 analogs on differentiation of HL-60 cells

 一方、ジフェニルアミン骨格へのピリミジン環の導入(DAK化合物)は、RARアゴニストの結果に反し、シナジスト活性の著しい低下は見られなかった(Table 2)。DAK化合物と、1×10-10MのAm80とを共存させた時のHL-60細胞の分化誘導試験から得られたEC50の値では、対応するアルキル基を持つジフェニルアミン誘導体と比較して、濃度にして約1桁程度の活性の上昇が見られた。シナジスト活性に対するN-アルキル基の効果は、ジフェニルアミン誘導体と同様な傾向を示した。

Table 2 Retinoid synergistic potency *of phenyl-pyrimidinylamine derivatives in HL-60 cell assay

 アミド化合物では、ピリミジン環の導入によりアゴニスト活性は消失したにも拘わらず、フェニルピリミジニルアミノ誘導体で活性が認められたことは大変不思議である。現段階において、このような結果に対する理由は不明であるが、レチノイド作用を全か無かに制御する重要な要因が隠されているのは確かであり、このような現象の理由解明は十分に必要と考えられる。

まとめ

 本研究において、種々のレチノイド制御化合物をデザイン、合成し、レチノイド活性の正もしくは負への制御へと展開することができた。ジアリールアミン誘導体のシナジスト作用のメカニズムは、RXRが関与したものであると考えられる。レチノイドシナジストは、極めて低濃度でレチノイドの作用を増強することができるため、生体内におけるレチノイン酸の濃度で十分にレチノイド作用を発揮することが可能と考えられ、今後のレチノイド療法に新たな期待が寄せられる。更に、PPAR・RXRヘテロダイマーはRXRリガンド単独でも活性化されることから、糖尿病治療薬として展開も期待される。

審査要旨

 本研究は、特異的な遺伝子の発現制御に関わるレチノイド核内受容体の合成リガンドの創製研究であり、新規アゴニスト、アンタゴニストの設計、合成、機能解析を行ったものである。

 レチノイドとは細胞の分化、増殖、形態形成などの重要な生理作用を特異的に制御するレチノイン酸の同効物質の総称である。その生体内標的分子は核内受容体RARs(retinoic acid receptors)およびRXRs(retinoid X receptors)で、ステロイドホルモンや甲状腺ホルモンなどの受容体と同様、リガンド依存的に特異的な遺伝子の発現を制御する転写因子として知られている。RARはレチノイドと結合してレチノイド活性を発揮する受容体であり、一方、RXRはRARとヘテロ二量体を形成することで、レチノイド作用を制御している。RAR、RXRは、それぞれall-trans-レチノイン酸、9-cis-レチノイン酸が生体内リガンドとされているが、後者がRARにも結合すること、幾何異性体間で容易に相互変換されることから、個々の受容体に特異的なリガンドの創製が、遺伝子転写制御機構の解明ならびに多彩な生理作用を発揮するレチノイドの医薬への応用に必要である。

 本研究では、まずRXR選択的なリガンドを設計、合成した。レチノイド作用増強効果を持つ既存のRXRアゴニストであるジアゼピン誘導体HX600をリード化合物としてその構造活性相関を明らかとし、その結果から7員環構造を除去したジフェニルアミン誘導体を設計した。合成した化合物をヒト前骨髄球性白血病細胞HL-60

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 の分化誘導活性を用いて評価したところ、化合物DA010はレチノイド作用とレチノイド作用増強効果を合わせ持つ化合物であることを見いだし、受容体転写活性化実験によって、それぞれ、RAR、RXRの活性化に対応した生物活性であることを示した。種々置換基を導入した化合物を合成し、両作用の分離を試みた結果、レチノイド作用増強活性だけをしかも非常に強力に示す化合物DA124を見いだした。一方、RARに対する親和性に着目し、ジフェニルアミン窒素原子上に嵩高い置換基を導入することで、レチノイドアンタゴニストDA046へと展開した。

 ついで、強力なレチノイドであるAm580の構造に見られるようなヘテロ原子の導入が受容体サブタイプ選択性を獲得することに着目し、RAR、RXRリガンドの構造に共通した安息香酸部分を各種複素環カルボン酸に代替した化合物を設計、合成した。その結果、RARリガンドではピリジン環、ピリミジン環の導入がそれぞれレチノイド活性の増強、消失となるのに対して、RXRリガンドではピリミジン環の導入がレチノイド作用増強活性となることを見いだした。芳香環への窒素原子導入が受容体親和性に与える影響の詳細は不明ではあるが、化合物DAK24は既存のRXRリガンドよりも強力なRXR活性化能を示した。

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 以上、本研究は、受容体選択的にレチノイドの作用を正にまたは負に制御するRXR選択的アゴニストおよびRAR選択的アンタゴニスト活性をもつ新規化合物を創製したもので、医薬化学研究に資するところ大であり、博士(薬学)の学位に値すると認めた。

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