学位論文要旨



No 115489
著者(漢字) 宮崎,太
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,フトシ
標題(和) 新規palladium触媒を利用したHeck反応の開発
標題(洋)
報告番号 115489
報告番号 甲15489
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第905号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 樋口,恒彦
 東京大学 助教授 袖岡,幹子
内容要旨 (1)タンデム型不斉Heck反応における銀塩と不斉配位子の効果

 不斉Heck反応は最も重要な触媒的不斉炭素-炭素結合形成反応の一つであり、当研究室、Overman、林等によって先駆的な研究がなされた。当研究室においてはbenzyl位四級炭素の不斉構築に代表される多くの研究がなされたが、近年新規不斉配位子BINAsを用いた興味深い結果も得られている。すなわち、alkenyl iodideを基質としcis-decalineを構築する系において、これまで不斉Heck反応に最も有用とされてきた不斉配位子BINAPよりも当研究室によって開発されたBINAsの方がより最適な不斉環境を構築し、かつpalladium触媒の活性をより向上させるというものである。しかし、alkenyl triflateを基質に用いたときにはこのBINAsによる加速効果は見られなかったことからBINAsは脱離基がhalideのときBINAPより有効であると考えられる。

 一方、Keayらはタンデム型の不斉Heck反応を鍵工程とする(+)-xestoquinoneの触媒的不斉全合成を達成したが、aryl triflate 1を基質に用いたとき比較的高い化学収率と不斉収率が得られたものの、aryl bromide 2を基質に用いたときには合成化学的に有用な結果は得られていなかった(Scheme 1、Table 1)。またaryl bromide 2を経由する合成経路はaryl triflate 1を経由する合成経路より2工程短いことから、aryl bromide 2を経由する合成経路の確立が有意義であることは明らかであった。

 そこで私は、脱離基がhalideのときBINAPより有効であるBINAsを,aryl bromide2を基質に用いて(+)-xestoquinone触媒的不斉全合成における鍵工程のタンデム型不斉Heck反応へ適用することとした(Scheme 2、Table 2)。その結果、不斉収率についてはAg3PO4-BINAsおよびAg exchanged zeolite-BINAPの組み合わせが最良であった(run 1とrun 4、Table 2)。また、化学収率に関してはAg exchanged zeolite-BINAPの組み合わせが最良であり、Ag exchanged zeoliteの不斉Heck反応を加速する効果が再確認された。更に不斉配位子としてBINAs、銀塩としてAg exchanged zeoliteを用いたとき銀塩の当量は最少化学量論量の1当量が最良であることも示され、原子効率という点における有効性が示された1)

Scheme 1Table 1Scheme 2 / Table 2.Asymmetric Heck reaction from 2 to 3
(2)palladacycle触媒を用いた高効率的Heck反応の開発

 Heck反応は最も重要な炭素-炭素結合形成反応の一つであり、一般に高い触媒濃度(1-10mol%)が必要である。これは高い温度においてpalladium触媒が沈殿となって析出するからであり、このことが工業スケールでの応用を妨げる大きな要因となっている。近年いくつかのグループがpalladacycle触媒が分子間Heck反応において高い触媒活性を示すことを報告し、不斉Heck反応に用いる触媒の高活性化という点からも世界中の注目を集めている。中でもMilsteinの触媒(Figure 1の4と5)は触媒活性及び基質に対する一般性の高さという面で最も高性能な触媒であると考えられる。しかしながらその実用性という面では、触媒の調製の容易さや電子供与基を持つaryl halidesを基質に用いた時の触媒活性などまだ幾つかの問題が残されている。Bedfordらは触媒7のphosphine部分をphosphiteに変えることによって触媒6を合成し、触媒7の活性を大きく改善することに成功した。そこで私は不斉Heck反応の高効率化研究の一環として触媒8を設計・合成し、Heck反応に適応することによりこれらの問題を解決しようと試みた(Figure 1)。

Figure 1

 触媒8はScheme 3に示す方法により合成した。この触媒は2-iodoresorcinolからワンポットで合成することができ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより単離精製できる。また、その構造は1H-NMR、13C-NMR、31P-NMR、元素分析、X-線結晶構造解析(Figure 2)により決定された。触媒8の構造上の特徴はphosphite性のリン原子がpalladiumに対し互いにトランス位に配位したPCP-Pd構造を有すことであり、その特異な電子的効果により独特の反応性を示すことが予想された。

Scheme 3Figure 2.

 次に触媒8を0.1mol ppm用い、iodobenzeneとn-butyl acrylateを基質に用いた180℃でのHeck反応の結果をTable 3に示す。はじめ触媒8を0.1mol ppm用いた180℃でのHeck反応を試みた。その結果60%の化学収率(run 1、 Table 3)しか得ることができなかった。そこで、更なる収率の向上を目指し1.0mol%のhydroquinoneを添加剤としてこれに加えることとした。その結果、化学収率は60%から79%へ有意に向上した(run 1-2、Table 3)。更なる収率の向上を目指し次に濃度の最適化を図ることにした(run 2-4、Table 3)。その結果、1.5Mのとき最も高い化学収率を得ることに成功した(run 3、Table 3)。これは、これまでに報告されていた最高の触媒活性(化学収率57.5%、TON=5,750,000回転、触媒6による)を大きく上回る結果である。

Table 3.Heck reactions using 0.10 ppm of the catalyst 8

 次に触媒8を1.0mol ppm用い、p-iodoanisoleとn-butyl acrylateを基質に用いた140℃でのHeck反応の結果をTable 4に示す。一般にpalladacycleを用いたHeck反応においては、電子供与基をもつaryl balideを基質に用いたとき高い触媒活性は得られにくいことが知られている。そこで私は、p-iodoanisoleと触媒8を用いたHeck反応の条件検討を同様に行うことにした。その結果、最高の化学収率(98%)を得ることに成功した(run 6、Tab1e 4)。このときの触媒活性はTONが980,000回転、TOFが14,000回転/hであった。これはpalladacycleを触媒に用い、電子供与基を持つaryl halideを基質としたHeck反応では過去最高の触媒活性である(これまでで最高の触媒回転は142,900回転(run 1、Table 4)である)2)

Table 4.Heck reactions using p-iodoanisole as a substrate

 次に私はHeck反応の触媒効率の更なる改善のため、触媒8の誘導体(触媒12-15)を合成し(Figure 3)、比較的報告例の少ないp-bromoanisoleを基質に用いたHeck反応へ適応した。その結果、140℃において触媒14が最も活性が高いことが分かった(run 1、Table 5)。また、180℃においは触媒8が最も活性が高く、その触媒回転は100,000回転に達した(run 1、Table 6)。

Figure 3Table 5Table 6

 1.Miyazaki,F.;Uotsu,K.;Shibasaki,M.Tetrahedron:1998,54,13073.

 2.Miyazaki,F.;Yamaguchi,K.;Shibasaki,M.Tetrahedron Lett.,1999,40,7379.

審査要旨

 本論文はパラジウムの反応に関する二つのセクションから成っている。

(1)タンデム型不斉Heck反応における銀塩と不斉配位子の効果

 不斉Heck反応は最も重要な触媒的不斉炭素-炭素結合形成反応の一つであり、柴崎研究室、Overman、林等によって先駆的な研究がなされた。柴崎研究室においてはbenzyl位四級炭素の不斉構築に代表される多くの研究がなされたが、近年新規不斉配位子BINAsを用いた興味深い結果も得られている。すなわち、alkenyl iodideを基質としcis-decalinを構築する系において、これまで不斉Heck反応に最も有用とされてきた不斉配位子BINAPよりも柴崎研究室によって開発されたBINAsの方がより最適な不斉環境を構築し、かつpalladium触媒の活性をより向上させるというものである。しかし、alkenyl triflateを基質に用いたときにはこのBINAsによる加速効果は見られなかったことからBINAsは脱離基がhalideのときBINAPより有効であると考えられる。

 一方、Keayらはタンデム型の不斉Heck反応を鍵工程とする(+)-xestoquinoneの触媒的不斉全合成を達成したが、1を基質に用いたとき比較的高い化学収率と不斉収率が得られたものの、2を基質に用いたときには合成化学的に有用な結果は得られていなかった(Scheme 1、Table 1)。また2を経由する合成経路は1を経由する合成経路より2工程短いことから、2を経由する合成経路の確立が有意義であることは明らかであった。

Scheme 1 / Table 1

 そこで宮崎は、脱離基がhalideのときBINAPより有効であるBINAsを、2を基質に用いて(+)-xestoquinone触媒的不斉全合成における鍵工程のタンデム型不斉Heck反応へ適用することとした(Scheme 2、Table 2)。その結果、不斉収率についてはAg3PO4-BINAsおよびAg exchanged zeolite-BINAPの組み合わせが最良であった(run 1とrun 4、Table 2)。また、化学収率に関してはAg exchanged zeolite-BINAPの組み合わせが最良であり、Ag exchanged zeoliteの不斉Heck反応を加速する効果が再確認された。更に不斉配位子としてBINAs、銀塩としてAg exchanged zeoliteを用いたとき銀塩の当量は最少化学量論量の1当量が最良であることも示され、原子効率という点における有効性が示された。

Scheme 2 / Table 2
(2)palladacycle触媒を用いた高効率的Heck反応の開発

 Heck反応は最も重要な炭素-炭素結合形成反応の一つであり、一般に高い触媒濃度(1-10mol%)が必要である。これは高い温度においてpailadium触媒が沈殿となって析出するからであり、このことが工業スケールでの応用を妨げる大きな要因となっている。近年いくつかのグループがpalladacycle触媒が分子間Heck反応において高い触媒活性を示すことを報告し、不斉Heck反応に用いる触媒の高活性化という点からも世界中の注目を集めている。宮崎太は不斉Heck反応の高効率化研究の一環として触媒4を設計・合成し、Heck反応に適応することによりこれらの問題を解決しようと試みた(Figure 1)。

Figure 1

 触媒4の構造は1H-NMR、13C-NMR、31P-NMR、元素分析、X-線結晶構造解析により決定された。

 次に触媒4を0.1mol ppm用い、iodobenzeneとn-butyl acrylateを基質に用いた180℃でのHeck反応の結果をTable 3に示す。はじめ触媒4を0.1mol ppm用いた180℃でのHeck反応を試みた。その結果60%の化学収率(run 1、Table 3)しか得ることができなかった。そこで、更なる収率の向上を目指し1.0mol%のhydroquinoneを添加剤としてこれに加えることとした。その結果、化学収率は60%から79%へ有意に向上した(run 1-2、Table 3)。更なる収率の向上を目指し次に濃度の最適化を図ることにした(run 2-4、Table 3)。その結果、1.5Mのとき最も高い化学収率を得ることに成功した(run 3、Table 3)。これは、これまでに報告されていた最高の触媒活性(化学収率57.5%、TON=5,750,000回転、触媒6による)を大きく上回る結果である。

Table 3.Heck reactions using 0.10 ppm of the catalyst 8

 又、触媒4を1.0mol ppm用い、p-iodoanisoleとn-butyl acrylateを基質に用いた140℃でのHeck反応を検討した。その結果、最高の化学収率(98%)を得ることに成功した。このときの触媒活性はTONが980,000回転、TOFが14,000回転/hであった。これはpalladacycleを触媒に用い、電子供与基を持つaryl halideを基質としたHeck反応では過去最高の触媒活性である(これまでで最高の触媒回転は142,900回転である)。

 以上宮崎太君の研究は、パラジウムの化学で興味深い結果を得、今後の医薬合成に貢献できると考えられ、博士(薬学)に相当すると判断した。

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