学位論文要旨



No 115493
著者(漢字) 李,東錫
著者(英字)
著者(カナ) リ,ドウソク
標題(和) X11Lに結合するアルツハイマー病関連新規タンパク質XB51の単離及び性状解析
標題(洋) Neuron-specific X11L-binding protein relative to Alzheimer’s disease
報告番号 115493
報告番号 甲15493
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第909号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 鈴木,利治
内容要旨

 X11-like(X11L)はアミロイド前駆体タンパク質(APP)の細胞質ドメインに結合する神経特異タンパク質として本研究室で単離された。X11Lおよびファミリー分子X11は-アミロイド(A)の生成を調節すると考えられているが、神経細胞における他の機能に関しては未解明である。X11LとX11は分子の中央のPhosphotyrosine Interaction(PI)ドメインとC末瑞側のPDZドメインの配列は類似しているが、N末端側半分の配列は相同性が低く、この部分がX11Lの機能特異性を担っていると考えられる。また、X11LのN末端側の配列の存在によって影響を受けることが明らかになっていた。

 そこで私は、X11LのN末端側の配列と相互作用し、X11Lの機能を調節し、またアルツハイマー病(AD)に関連するタンパク質の探索を行った。X11LのN末端側の配列を含むcDNAを用いたYeast two-hybrid法により得られたクローンがコードするタンパク質のうち、XB51と名付けた新規タンパク質はAPPとX11Lの結合を非競合的に阻害し、脳内では、未知の神経特異的タンパク質NSXと安定な複合体を形成していることが明らかになった。この複合体は、健常人の脳では可溶性分画に回収されるがAD患者脳では不溶化していた。これらの結果は、XB51が神経機能に大切な働きをしており、その不溶化は神経変性を引き起こす可能性を示唆しているので、XB51タンパク質の性状を解析した結果を報告する。

1.X11L結合新規タンパク質XB51の単離、一次構造、発現様式

 ヒト大脳cDNAライブラリーより得られたクローンは273アミノ酸からなる新規タンパク質(hXB51)であり、N末端側にleucine zipper-like coiled coil(LZ)ドメインを含んでいた。hXB51cDNAをプローブにマウスホモログmXB51cDNAを単離した。mXB51は分子中央部の32アミノ酸が欠けているが78.5%の類似性を示す(Fig.1)。mXB51はNorthern blot解析で脳特異的な発現を示した。

Fig.1.新規X11L結合タンパク質XB51の構造(h,human;m,mouse)
2.XB51とX11Lの結合領域の同定

 hXB51とX11Lの結合領域を同定する目的で、(実験1)X11LのN末端PDZドメイン、中央部のPIドメインを欠失した分子と全長hXB51を、(実験2)hXB51のLZドメインを欠失した分子と全長X11Lを、COS7細胞に共発現させ、可溶化後、特異抗体を用い共免疫沈降を行った。この結果、XB51のC末瑞側とX11LのN末端側が相互作用する領域であることが明らかになった。hXB51のLZドメインはこの結合に関与していなかった(Fig.2)。

Fig.2.hX11LとhXB51の結合模式図
3.細胞内におけるXB51の局在様式

 COS7細胞に安定的に発現させたFLAG-hXB51は、10mM CHAPS bufferの不溶性分画(ppt)に大部分が回収される。この細胞にX11Lを共発現させるとFLAG-hXB51は可溶性分画(sup)に回収される(Fig.3A)。FLAG-hXB51だけを発現している細胞を免疫染色法で観察すると、FLAG-hXB51は核周辺のERとcis-Golgiに存在していたが、X11Lを共発現した細胞では細胞質に局在が変化した(Fig.3B)。これは、XB51がX11Lとの結合によりアンカーリングがはずれ可溶化する事を示唆している。

Fig.3.hXB51の細胞内存在様式
4.XB51によるX11LとAPPの結合の阻害

 APPはX11LのPIドメインに結合するが、その結合はX11LのN末端側の存在によって影響を受けることが明らかになっている。そこで、XB51のX11LのN末端側への結合がX11LとAPPの相互作用に影響を与えるかどうかを検討した。APPを安定的に発現しているHEK293細胞にhXB51とhX11Lを共発現させ、APP抗体で共免疫沈降したところ、hX11Lは回収出来なかった。hX11Lだけを共発現させた細胞からはAPPと共にhX11Lが回収された(Fig.4)。Yeast three-hybrid法でも同様の結合阻害効果は得られた。この結果、XB51はX11LのN末端側に結合し、非競合的にX11LとAPPの結合を阻害する事が明らかになった。この阻害がAの生成に及ぼす影響に関してはXB51を単独で発現させた場合に不溶化する(Fig.3A)ので、はっきりとした結果は得られなかった。

Fig.4.XB51共発現による細胞内APP-X11L相互作用の阻害
5.神経細胞におけるXB51と神経特異タンパクによる複合体

 ヒト神経芽細胞SH-SY5Yとマウス脳をCHAPS bufferで可溶化した分画をXB51抗体を用いて免疫沈降・ウエスタンブロット法で解析すると、SDS耐性の高分子量タンパク質が検出できる。免疫沈降物を6M塩酸グアニジン処理後、ウエスタンブロット法で解析すると高分子量タンパク質は消失し、mXB51が検出される(Fig.5A)。[35S]メチオニン存在下で培養したSH-SY5Y細胞の抽出液からXB51抗体を用いて免疫沈降後、沈降物を6M塩酸グアニジン処理し、オートラジオグラフィーで解析したところ、hXB51以外に55kDaのタンパク質(NSX)を同定した(Fig.5B)。XB51のLZドメインを欠いた欠失体はNSXと複合体を形成できなかった。これらの結果から、神経細胞ではXB51はLZドメインを介してNSXと強固な複合体を形成していることが明らかになった。マウス大脳切片の抗体染色はXB51が細胞質・神経突起に存在する事を示した。XB51は複合体として細胞質に存在していると考えられる。

Fig.5.脳(A),SH-SY5Y細胞(B)におけるXB51-NSX複合体
6.X11LはXB51とNSXの複合体形成を部分的に阻害

 XB51はC末端を介してX11Lと結合し、N-末端側のLZドメインを介してNSXとSDS耐性複合体を形成する事を明らかにしてきた。また、XB51のX11Lへの結合は、APPのX11Lへの結合を阻害することも示した。そこで、次に、NSXのXB51への結合が、XB51のX11Lへの結合に影響を与えるかどうか実験した。

 hXB51を安定的に発現させたCOS7細胞を[35S]メチオニン存在下で培養し、lysateを調製する。このlysateにSH-SY5Y細胞のlysateを加えると、放射標識されたhXB51とNSXの複合体が形成されます。これに対し、hX11Lを発現させた293細胞のlysateを徐々に加えて行くと、hXB51とNSXの複合体は、35%程度阻害されした。

 このことから、X11LはXB51とNSXの複合体を部分的に阻害する事が明らかになった。Fig.6の双方向矢印で示すように、各分子は細胞内で相互作用し、その結合の強さを、矢印の数で示した。

Fig.6.XB51,NSX,NSX and APPの相互作用
7.XB51複合体とアルツハイマー病(AD)の関係

 XB51とADとの関連を調べる目的で、高齢ヒト健常人、弧発性・家族性AD患者の前脳部を可溶化し、XB51抗体を用いたウエスタンブロットを行った。その結果、高齢ヒト健常人では、RIPA buffer可溶化分画(sup)にhXB51/NSX複合体が回収されるが、弧発性・家族性AD患者サンプルでは、hXB51/NSX複合体は大部分がRIPA buffer不溶性分画(ppt)に回収された(Fig.7)。用いたサンプルでは、健常人・患者共にAPP,X11Lの発現に大きな差は認められなかった。これらの発見は、XB51が複合体を形成し神経機能維持に必要な何らかの役割を果たしており、複合体の不溶化が機能不全を引き起こした結果、神経変性を誘導する可能性を示唆している。複合体の機能および不溶化が神経変性の原因であるのか結果であるのかの解析は今後の課題である。

Fig.7.健常人(control)、弧発性(SAD)、家族性(FAD)アルツハイマー病患者脳におけるXB51/NSX複合体の存在様式
結果

 1.hXB51は273アミノ酸からなる新規タンパク質であり、N末端側にleucine zipper(LZ)-like coiled coilドメインを含んでいた。マウスホモログmXB51は分子中央部の32アミノ酸が欠けているが78.5%の類似性を示す(Fig.1)。mXB51はNorthern blot解析で脳特異的な発現を示した。

 2.XB51のC末端側とX11LのN末端側が相互作用する領域であることが明らかになった。hXB51のLZ-like coiled coilドメインはX11Lとの結合に直接関与していなかった(Fig.2)。

 3.hXB51は核周辺のERとcis-Golgiに存在していたが、X11Lを共発現した細胞では細胞質に局在が変化した。これは、XB51がX11Lとの結合によりアンカーリングがはずれ可溶化する事を示唆している(Fig.3)。

 4.XB51は非競合的にX11LとAPPの結合を阻害する事が明らかになった(Fig.4)。

 5.神経細胞において、XB51はLZ-like coiled coilドメインを介して神経特異タンパク(NSX)と強固な複合体を形成していることが明らかになった(Fig.5)。このXB51/NSX複合体形成はX11Lにより部分的に阻害される(Fig.6)。マウス大脳切片の抗体染色はXB51が細胞質・神経突起に存在する事を示した。

 6.高齢健常人では、RIPA buffer可溶性分画にhXB51/NSX複合体が回収されるが、孤発性・家族性AD患者サンプルでは不溶性分画に回収された(Fig.7)。このことはXB51が複合体を形成し神経機能維持に必要な何らかの役割を果たしており、複合体の不溶化がXB51の機能不全を引き起こした結果、神経変性を誘導する可能性を示唆している。

審査要旨

 X11-like(X11L)は、アルツハイマー病(AD)の原因因子の1つとされている-アミロイド前駆体タンパク質(APP)の細胞質ドメインと相互作用するタンパク質としてYeast Two-hybrid法を用いてcDNAが単離された。X11Lは、分子中央部にPhosphotyrosine Interaction(PI)ドメインを、PIドメインのC-末端側に2つのPDZドメインを持ち、すでに報告されていたX11とアミノ酸配列上で53.5%の相同性を示すLIN10遺伝子ファミリーに所属する分子である。X11LはAPPに由来する-アミロイドの生成を制御することが明らかにされてきたが、その機能は不明な点が多い。しかしながら、(1)X11LのPiドメインのN-末端側の配列が、APPとの相互作用に影響を与えること、(2)X11LとX11は、PIドメインのN-末端側の配列で類似性が乏しく(アミノ酸配列上で18.2%の相同性)、N-末端側の配列が両分子の機能特異性を規定している可能性があることが考えられた。そこで、X11Lのアミノ末端側の配列に結合し、X11Lの機能を修飾する分子の探索と機能解析を行った。

 まず、ヒトX11L(hX11L)の126-555アミノ酸をコードするcDNAをbaitとして、ヒト脳cDNAライブラリーよりYeast Two-hybrid法を用いてスクリーニングを行った。得たクローンの中、#51と名付けたクローンは273アミノ酸からなる新規タンパク質をコードする完全長cDNAであった。このタンパク質をX11L binding protein clone #51(XB51)と名付けた。ヒトXB51(hXB51)cDNAをプローブにマウス完全長cDNA(mXB51)も単離した。mXB51は、分子中央部の32アミノ酸残基が欠失している以外はhXB51と75.5%の相同性を示した。XB51は分子のN-末端側(amino acid number17-55 of hXB51)にロイシンジッパー構造を持つ。

 Northern blot hybridizationによる解析で、mXB51は脳特異的な発現を示し、hXB51は脳の他、心臓、骨格筋に強く発現が見られた。マウスプローブとヒトメンブレン、ヒトプローブとマウスメンブレンを用いたcross-probe hybridizationにおいても同様の結果が得られたので、アイソフォームが存在するのではなく、マウスとヒトでは発現様式が異なる事を明らかにした。hX11LとFLAG-hXB51の各ドメインコンストラクトをCOS7細胞に共発現させ、それぞれの特異抗体を用いた共役免疫沈降法で、両タンパク質の結合ドメインを同定した。その結果、XB51は、ロイシンジッパー構造を含まないC-末端側の配列でX11LのPIドメインよりN-末端側の領域と相互作用することを明らかにした。

 XB51をCOS7細胞に安定的に発現させた場合、XB51は10mM CHAPS buffer不溶性画分に回収され、蛍光抗体染色により核周辺のER/cis-Golgiに局在することが明らかになった。しかしながら、X11Lを共発現させると10mM CHAPS buffer可溶性画分に回収され細胞質に分布するようになった。XB51は、X11L不在下ではER/cis-Golgiにアンカーリングされているが、X11Lと複合体を形成する事で、細胞内分布を変えることを示した。また、vitroにおける結合実験から、XB51はX11LとAPPの結合を非競合的、容量依存的に阻害することを明らかにした。

 神経細胞におけるXB51の存在様式を検討する目的で、マウス脳およびヒトneuroblastoma SH-SY5Y細胞中のXB51を特異抗体を用いたWestern blot法で解析したところ、XB51タンパク質の他に約80kDaの高分子量タンパク質を検出した。脳および細胞の抽出液を6M塩酸グアニジン処理した後にWestern blot法を行ったところXB51だけを検出したことから、この約80kDaのタンパク質はXB51と未同定のタンパク質がSDS-耐性の複合体を形成しているものであると考えられた。XB51を安定的に発現するCOS7細胞を35S-メチオニンで代謝標識し、その抽出液とSH-SY5Y細胞の抽出液をインキュベートし、電気泳動後オートラジオグラフィーで解析したところ、約80kDaのタンパク質は出現した。しかしながら、放射標識されたXB51を含む抽出液を非神経細胞であるHEK293細胞の抽出液とインキュベートした場合は、約80kDaのタンパク質は検出出来なかった。この結果は、XB51と安定な複合体を形成しているタンパク質は神経特異的な分子であることを明らかにした。

 XB51と複合体を形成している神経特異的タンパク質を同定する目的で、SH-SY5Y細胞を35S-メチオニンで代謝標識し、その抽出液から、XB51抗体を用いて複合体を回収し、6M塩酸グアニジン処理後SDS電気泳動で分離し、オートラジオグラフィーで解析したところ、XB51以外に55kDa,60kDaのタンパク質を検出した。これらのタンパク質をneuron-specific XB51binding protein with molecular weight 55kDa and 60kDa(NSX55/NSX60)と名付けた。XB51がNSXsに結合するドメインを決定するために、XB51のドメインコンストラクトを作製し、各コンストラクトを発現するCOS7細胞を35S-メチオニンで代謝標識し、その抽出液とSH-SY5Y細胞の抽出液をインキュベートし、電気泳動後オートラジオグラフィーで解析した。その結果、アミノ末端側のロイシンジッバー構造を欠失したXB51はNSXsと複合体を形成出来ないことを明らかにした。XB51とNSXsは互いにロイシンジッバーを介して、複合体を形成している事が示唆された。

 神経細胞ではXB51はNSXsと安定な複合体を形成していることから、この複合体形成にX11Lがどのように関与しているのかを明らかにする目的で、SH-SY5Y細胞を35S-メチオニンで代謝標識し、その細胞抽出液にX11Lを加えてインキュベートし、XB51/NSXs複合体をXB51抗体を用いて回収後、オートラジオグラフィーで定量した。その結果、X11Lの容量依存的にXB51/NSXs複合体は減少したが、減少率は約35%に留まった。この結果、X11Lは非競合的にXB51/NSXs複合体形成を阻害するが、X11LとXB51の結合はXB51とNSXsの結合よりも弱いことが示唆された。

 脳組織におけるXB51の分布を明らかにする目的で、成体マウス脳の連続切片を作製し、免疫染色を行った。その結果、観察した脳内の神経細胞の細胞質および神経突起にXB51が発現していることを明らかにした。発現は大脳皮質、海馬の神経細胞で強い傾向が認められた。

 XB51とアルツハイマー病との関連を調べる目的で、家族性アルツハイマー病(FAD),弧発性アルツハイマー病(SAD),健常老人脳におけるXB51/NSXsの存在様式を生化学的に解析した。その結果、FAD,SAD共に、アルツハイマー病患者の脳では、XB51/NSXs複合体が10mM CHAPSbuffer不溶性画分に大部分が回収された。健常人脳では、大部分のXB51/NSXs複合体は10mMCHAPS buffer可溶性画分に回収された。著しい量的な変化は認められなかった。また、APPやX111Lの存在様式に量的・質的変化はなかった。このことは、XB51/NSXs複合体の不溶化が何らかの神経機能障害を引き起こし、神経変性を引き起こす原因になっている可能性を示唆する。一連の研究はAPP-X11L-XB51-NSXsというprotein Interaction mappingを解明し、神経変性の分子機構を解明する上でその重要性を示した。

 以上、本研究において、新規X11L結合タンパク質XB51のcDNAを単離し、その構造機能を解析すると共に、X11Lを中心としたprotein Interaction mappingを解明し、アルツハイマー病患者ではXB51/NSXs複合体の存在様式に違いがあることを明らかにした。これらの新規に発見した事実を多く含んでいる知見は、アルツハイマー病の発病分子機構を解明する上で重要な知見を与えると共に、原因因子とされるAPPが細胞内でどのような位置にいるのかに関する知見を与え、protein Interactionの異常が発病の原因となりうる新たな概念を提示したことで、博士(薬学)の授与に値するものと判断した。

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