学位論文要旨



No 115494
著者(漢字) 王,文晟
著者(英字)
著者(カナ) ウァン,ウェンスェン
標題(和) 高等動物細胞のRECQヘリカーゼファミリーの機能の解析
標題(洋)
報告番号 115494
報告番号 甲15494
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第910号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨 序論

 大腸菌のRecQの相同遺伝子は、出芽酵母ではSGS1のひとつしか存在しない。ところが、ヒト細胞には大腸菌RecQと高い相同性をもつタンパク質をコードする遺伝子が5つ存在する。それらは、我々がクローニングしたDNAヘリカーゼQ1(RECQL1)、Bloom症候群(BS)の原因遺伝子BLM(RECQL2)、Werner症候群(WS)の原因遺伝子WRN(RECQL3)、また最近Rothmund-Thomson症候群亞群原因遺伝子RTSと同定されたRECQL4、及び、機能不明のRECQL5である。BLM、WRNとRTSはSgs1のように大腸菌RecQより長いN末端とC末端を持っているが、DNAヘリカーゼQ1/RECQL1とRECQL5は持っていない。ブルーム症候群患者は低身長(発育不全)、免疫不全、若い年で癌が多発することで知られている。細胞レベルにおいて、BS細胞では姉妹染色体間の交換が正常細胞の10倍程度亢進することが知られている。ウェルナー症候群患者では10代のころまでは普通だが、30代を過ぎた頃からいろいろな老化の症状が加速して現われる。

 本博士論文では、機能不明なDNAヘリカーゼQ1/RECQL1を含め、高等動物のRECQヘリカーゼファミリーの機能を解析することを試み、それぞれのRECQLがどのように機能の分担をしているのかを念頭において解析を進めることにした。この目的のために、実験材料として、ニワトリのB細胞由来DT40という細胞株を用いた。この細胞は高等動物細胞で唯一、ターゲッテイングインテグレーションが高率に起こる細胞で、その効率は50%にも達する。従って、細胞レベルで二重、三重RECQL遺伝子破壊細胞を容易に作ることが可能である。また、染色体のカリオタイプが安定で、RECQL欠損による染色体不安定性を染色体異常という形で定量できる利点がある。

実験結果1、ニワトリRECQL1、BLM、RECQL5遺伝子破壊細胞の樹立

 ニワトリの精巣からPCR法を用いてRECQL1、BLMおよびRECQL5のcDNAをクローニングした。RECQL1は全長661アミノ酸からなり、ヒトと72.9%の相同性がもっていた。RECQL5は446アミノ酸からなり、ヒトとの相同性は79.1%であった。ニワトリBLMに関してはN末端を除いて、cDNAの大部分を得た。ヘリカーゼドメインにおいてはヒトのBLMと約94.3%の相同性を示した。それぞれ対応するニワトリのゲノムDNAをPCRで増幅・クローニング後、薬剤耐性遺伝子をその中央に挿入し、遺伝子破壊用ベクターを作成した。これを用い、RECQL1、BLMおよびRECQL5の遺伝子破壊DT40細胞を樹立した。

2、RECQL単独破壊株の増殖、MMSに対する感受性

 それぞれ単独遺伝子破壊株で、RECQL1とRECQL5破壊株の増殖は野生株とほぼ同じであるが、BLM破壊株では野生株より増殖が悪いことがわかった。また、DNAアルキル化剤であるMMSに対する感受性は、BLM破壊株でのみ野性株に比べ高感受性を示した。

3、BLM破壊株では姉妹染色体間の交換(SCE)頻度が亢進する。

 野生株のSCEは平均2.16だが、BLM破壊株では平均27.11に増加していた。RECQL1、RECQL5破壊株のSCEは野生株と全く差がなかった。いままでWSとRTS患者の細胞でのSCEの亢進は報告されていない。今回の実験により、ヒトとニワトリでBLMの機能が保存されていることが確認された。

4、BLM破壊株ではターゲッテイングインテグレーション頻度が亢進する。

 BLM破壊株でDNAの組換えの頻度の指標として外来のDNAがその染色体上の相同領域に挿入される(ターゲッテイングインテグレーション)頻度を測定する実験を行った。野生株のターゲッテイングインテグレーション頻度は32%であるのに対し、BLM破壊株では90%に達した、一方RECQL1やRECQL5の単独破壊株では野生株と同等だった。

5、RECQL1/BLM二重破壊株は増殖が遅い。

 RECQL1は上記の解析で野性株との差が検出されていない、そこでRECQL同士の機能のオーバーラップの可能性を考慮し、RECQL1/BLM二重破壊株を作成した。二重破壊株のMMS感受性、SCE頻度、ターゲッテイングインテグレーション頻度はBLM単独破壊株と同じであり、RECQL1とBLMに機能の重なりは見い出せなかった。増殖に関しては、二重破壊株はBLM株よりさらに悪くなった。

6、BLM/RAD54二重破壊株の解析

 DNA相同組換え反応に関わっているRAD54とBLMとの二重破壊株を作製し、BLM破壊株の示す表現型と相同組換えとの関係を調べた。野生株、BLM及びBLM/RAD54二重破壊株のSCEはそれぞれ2.16、27.11、8.37であったので、少なくともBLMで亢進するSCEの大部分は組換え酵素Rad54pを介する反応であることがわかった。さらにBLM/RAD54二重破壊株のターゲッテイングインテグレーション頻度は、BLM単独破壊株の81.9%から二重破壊株では1.67%に低下したことより(Table 1)、BLM破壊で上昇したターゲッテイングインテグレーションはRad54pに依存して起こることが明らかになった。

Table 1.Targeted integration frequencies
7、BLM/RAD54二重破壊株ではisochromachid breakが増える。

 BLMおよびRAD54単独破壊株は野生株よりも増殖がやや遅くなったが、二重破壊株では更に相乗的に増殖が悪くなった。FACSによる細胞周期の解析したところ、野生株と比べ、二重破壊株でのみG2/Mの細胞集団が増えていることが観察された。さらに細胞をG2/M期に同調し、同調解除後の細胞周期の進行をFACSで調べた結果、同調解除後10時間にG2/Mにたまって次のサイクルに入れない細胞集団が二重破壊株の中に出現した。そこでG2/M停止を引き起こす染色体異常の特定を目指した。その結果、BLM/RAD54二重破壊株で特異的に上昇した染色体異常は、姉妹染色体の両方が同時に切断されるタイプ(isochromachid break)であった(Fig.1)。さらに、BLM/RAD54二重破壊株のMMS感受性を調べた結果、二重破壊株ではそれぞれの単独株よりも感受性が高くなっていた。

Fig.1.Frequencies of chromosomal aberrations in wild type,BLM,RAD54 and BLM/RAD54 deficient cells
まとめと考察

 ヒトに5つあるRECQLファミリー遺伝子のうち、RECQL1、BLM(RECQL2)、RECQL5の3つのRECQL遺伝子破壊ニワトリDT40細胞を作製した。自然発生的SCEの上昇はBLM破壊株でのみ観察され、Werner症候群の細胞やRothmund-Thomson症候群の細胞でも観察が報告されていないことから、SCEの抑制の役割を担うのは5つのRECQLの中でBLMのみであることを確定した。また、BLM破壊株でのSCE上昇はRAD54が関与するDNA相同組換え機構により生成することを明らかにした。また、BLM破壊株でターゲッテイングインテグレーション頻度が上昇したことにより、高等動物細胞でターゲッテイングインテグレーションの効率を上げるための一手段としてBLM機能の抑制が考えられた。

 RECQL1とBLMとの二重破壊株を作製したところ、その増殖が野性株と比べて著しく遅くなった。これはBLMの機能が失われている細胞ではRECQL1が、少なくとも増殖に関連するBLMの機能を代行していることを意味し、いままで未知であったRECQL1の細胞内機能を追及するキッカケを掴めた。

 RAD54破壊状態でのBLM機能の欠損は、普通に増殖している一部の細胞にisochromachid breakという致命傷を与えた。isochromachid breakはDNA複製中に生じると考えられており、BLMはDNA複製中に過剰のDNA二重鎖切断ができないようにする機能を担っているものと考えられる。

審査要旨

 近年,高発癌性で知られるBloom症候群原因遺伝子(BLM/RECQL2),早老症で知られるWerner症候群原因遺伝子(WRN/RECQL3),Rothmund-Thomson症候群原因遺伝子(RTS/RECQL4)が相次いで単離された。これらの遺伝子がコードするタンパク質は大腸菌のRecQタンパク質に相同性が高く,ヒト細胞には,これら3種のRecQホモローグに加えて,真核細胞で最初に発見されたRecQホモローグであるRECQL1と,最近発見されたRECQL5が存在する。「真核細胞RecQヘリカーゼファミリータンパク質の機能の解析」と題する本論文は,高等真核細胞のRecQファミリータンパク質の機能を,Bloom症候群原因遺伝子産物を中心に,RECQL1とRECQL5についても解析したもので,高等真核細胞で遺伝子破壊が容易にできる唯一の細胞であるニワトリのDT40細胞を解析に利用している。

1.2種類のマウスRecQL1 cDNAのクローニング及び発現の解析

 マウス精巣由来のRNAからRT-PCR法で2種類のRecQL1 cDNAを得た。両者はC末端だけ異なるアミノ酸配列をコードし,はKKRKという核移行シグナルをC末端近傍にもち,はその部分の配列が異なり核移行シグナルをもっていなかった。RT-PCR法によるmRNAの発現解析の結果,RecQL1はすべての臓器で発現しているのに対し,RecQL1は精巣でのみで発現していること,また,その精巣での発現は,生後14日目以降の減数分裂期の細胞が増加する時期から上昇することを示し,RecQL1の減数分裂時のDNA組換えへの関与を示唆した。

2.ニワトリRECQL1,RECQL2(BLM),RECQL5 cDNA及び,ゲノムDNAのクローニングと遺伝子破壊株の作製

 ニワトリ精巣のRNAを鋳型にして,RT-PCR法によりニワトリRECQL1,BLM,RECQL5のcDNAを単離し,この配列に基づきRECQL1,BLM,RECQL5のゲノムDNAをクローニングした。それぞれのゲノムDNAのヘリカーゼドメインにあたるエキソンを除き,薬剤選択マーカーを挿入してターゲティングベクターを作製し,このターゲティングベクターを用いて,RECQL1単独,BLM単独,RECQL5単独,RECQL1-BLM二重破壊株,BLM-RAD54二重破壊株をトリDT40細胞を用いて作製した。

3.RECQL1,RECQL2(BLM),RECQL5遺伝子単独破壊株の解析

 破壊株の解析から,RECQL1とRECQL5は増殖に必須ではないが,BLM破壊株では野生株に比べて増殖がやや遅くなり,DNA障害剤であるmethyl methansulfonateに対して感受性になることを明らかにした。Bloom症候群患者由来細胞の最も顕著な特徴は,姉妹染色分体交換(sister chromatid exchange;SCE)頻度の上昇であり,DT40のBLM破壊株でも顕著にSCE頻度が上昇していることを示した。一方,RECQL1,RECQL5の破壊株のSCE頻度は野性株と同程度であることを明らかにした。さらに,BLM破壊株で,外から導入した遺伝子がその遺伝子と相同な塩基配列をもつ部位に組み込まれる(targeted integration)効率が顕著に上がることを見出した。

4.BLM-RAD54二重変異株の解析

 DNAの相同組換えに関与するRAD54遺伝子との二重破壊株の解析から,BLM破壊株で起きているSCEのかなりの部分が相同組換えによることを初めて明らかにした。さらに,細胞周期の進行や染色体異常の解析により,BLMの能が欠損するとDNA合成期にDNAの二本鎖切断が起き,それを相同組換えにより修復しているためにBLM破壊株ではSCEの頻度が上昇し,RAD54遺伝子が欠損し組換えが阻害されると,染色体のギャップとなって観察されることを明らかにした。

 以上を要するに,本論文ではマウスRecQL1の新規なcDNAを発見し,それが精巣特異的に発現することを見出し,コードされるタンパク質が減数分裂時のDNA組換えに関与することを示唆した。また,DT40細胞を用いた種々の遺伝子破壊細胞の作製から,Bloom症候群の患者の細胞で高頻度に観察されるSCEの生成機構を初めて明らかにした。さらに,BLMの機能が欠損するとtargeted integrationの効率が顕著に上がることを見出した。これは高等真核細胞でtargeted integrationの効率をあげる方法論の開発につながるものである。これらの成果は,真核細胞RecQヘリカーゼファミリータンパク質の機能を解明するうえで重要な知見を与え,またBloom症候群の発症機構を分子レベルで理解する手がかりを与えるものであり,博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク