審査要旨 | | 近年,高発癌性で知られるBloom症候群原因遺伝子(BLM/RECQL2),早老症で知られるWerner症候群原因遺伝子(WRN/RECQL3),Rothmund-Thomson症候群原因遺伝子(RTS/RECQL4)が相次いで単離された。これらの遺伝子がコードするタンパク質は大腸菌のRecQタンパク質に相同性が高く,ヒト細胞には,これら3種のRecQホモローグに加えて,真核細胞で最初に発見されたRecQホモローグであるRECQL1と,最近発見されたRECQL5が存在する。「真核細胞RecQヘリカーゼファミリータンパク質の機能の解析」と題する本論文は,高等真核細胞のRecQファミリータンパク質の機能を,Bloom症候群原因遺伝子産物を中心に,RECQL1とRECQL5についても解析したもので,高等真核細胞で遺伝子破壊が容易にできる唯一の細胞であるニワトリのDT40細胞を解析に利用している。 1.2種類のマウスRecQL1 cDNAのクローニング及び発現の解析 マウス精巣由来のRNAからRT-PCR法で2種類のRecQL1 cDNAとを得た。両者はC末端だけ異なるアミノ酸配列をコードし,はKKRKという核移行シグナルをC末端近傍にもち,はその部分の配列が異なり核移行シグナルをもっていなかった。RT-PCR法によるmRNAの発現解析の結果,RecQL1はすべての臓器で発現しているのに対し,RecQL1は精巣でのみで発現していること,また,その精巣での発現は,生後14日目以降の減数分裂期の細胞が増加する時期から上昇することを示し,RecQL1の減数分裂時のDNA組換えへの関与を示唆した。 2.ニワトリRECQL1,RECQL2(BLM),RECQL5 cDNA及び,ゲノムDNAのクローニングと遺伝子破壊株の作製 ニワトリ精巣のRNAを鋳型にして,RT-PCR法によりニワトリRECQL1,BLM,RECQL5のcDNAを単離し,この配列に基づきRECQL1,BLM,RECQL5のゲノムDNAをクローニングした。それぞれのゲノムDNAのヘリカーゼドメインにあたるエキソンを除き,薬剤選択マーカーを挿入してターゲティングベクターを作製し,このターゲティングベクターを用いて,RECQL1単独,BLM単独,RECQL5単独,RECQL1-BLM二重破壊株,BLM-RAD54二重破壊株をトリDT40細胞を用いて作製した。 3.RECQL1,RECQL2(BLM),RECQL5遺伝子単独破壊株の解析 破壊株の解析から,RECQL1とRECQL5は増殖に必須ではないが,BLM破壊株では野生株に比べて増殖がやや遅くなり,DNA障害剤であるmethyl methansulfonateに対して感受性になることを明らかにした。Bloom症候群患者由来細胞の最も顕著な特徴は,姉妹染色分体交換(sister chromatid exchange;SCE)頻度の上昇であり,DT40のBLM破壊株でも顕著にSCE頻度が上昇していることを示した。一方,RECQL1,RECQL5の破壊株のSCE頻度は野性株と同程度であることを明らかにした。さらに,BLM破壊株で,外から導入した遺伝子がその遺伝子と相同な塩基配列をもつ部位に組み込まれる(targeted integration)効率が顕著に上がることを見出した。 4.BLM-RAD54二重変異株の解析 DNAの相同組換えに関与するRAD54遺伝子との二重破壊株の解析から,BLM破壊株で起きているSCEのかなりの部分が相同組換えによることを初めて明らかにした。さらに,細胞周期の進行や染色体異常の解析により,BLMの能が欠損するとDNA合成期にDNAの二本鎖切断が起き,それを相同組換えにより修復しているためにBLM破壊株ではSCEの頻度が上昇し,RAD54遺伝子が欠損し組換えが阻害されると,染色体のギャップとなって観察されることを明らかにした。 以上を要するに,本論文ではマウスRecQL1の新規なcDNAを発見し,それが精巣特異的に発現することを見出し,コードされるタンパク質が減数分裂時のDNA組換えに関与することを示唆した。また,DT40細胞を用いた種々の遺伝子破壊細胞の作製から,Bloom症候群の患者の細胞で高頻度に観察されるSCEの生成機構を初めて明らかにした。さらに,BLMの機能が欠損するとtargeted integrationの効率が顕著に上がることを見出した。これは高等真核細胞でtargeted integrationの効率をあげる方法論の開発につながるものである。これらの成果は,真核細胞RecQヘリカーゼファミリータンパク質の機能を解明するうえで重要な知見を与え,またBloom症候群の発症機構を分子レベルで理解する手がかりを与えるものであり,博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。 |