高等動物のマクロファージは、異物の貪食と消化や癌細胞殺傷などのエフェクター機能と、抗原提示やサイトカインの産生と分泌による制御機能を通して、自然免疫と獲得免疫にかかわっている。遅延型過敏症等の細胞性免疫応答においては、エフェクター細胞の一つと考えられるが、適敏症の発症を制御するという可能性については十分な検証がなされてなかった。研究が遅れていた理由は、高等動物ではマクロファージが多様で不均一な細胞集団であるのに、個々の亜集団を見分ける手段がこれまで得られていなかったこと、種々の分化段階の亜集団が位置を変えながら機能している可能性が高いことなどであった。学位申請者は、遅延型過敏症の感作時における真皮マクロファージの皮膚からリンパ節への遊走機構を、マウス実験モデルにて解析した。マクロファージに特異的に発現している、単糖としてはガラクトース及びN-アセチルガラクトサミンに特異的なC型レクチン(mMGL)に対するモノクローナル抗体でこの分子を発現している真皮マクロファージを検出することにより、これまで明らかにされていなかった真皮マクロファージの挙動を初めて観察した。また、このメカニズムを解析するために、ex vivoでのマクロファージ遊走アッセイ法を開発し、真皮肉のマクロファージの遊走とそれに伴う形態変化を明らかにした。 全体は四つの章から成る。第1章では、遅延型過敏症の感作時に見られる真皮マクロファージの皮膚から所属リンパ節への遊走を、感作の際にアレルゲンを溶解するのに用いていたアセトンとフタル酸ジブチル混合溶液(AD)のみをマウスの皮膚に塗布することによって誘導する、という実験系を構築した。AD塗布後に真皮内からmMGL陽性真皮マクロファージが減少することを観察し、AD塗布した後に切除して取得した皮膚をin vitroで器官培養することによって、組織からの遊走を再現する実験モデルを構築した。皮膚にADを塗布してそのまま経時的に皮膚のmMGL陽性真皮マクロファージの消長を観察すると、塗布後12時間まで減少したが、24時間後には回復していた。一方、器官培養によるアッセイでは、mMGL陽性真皮マクロファージは減少を続けた。すなわちmMGL陽性真皮マクロファージはAD刺激により真皮から遊走するが、in vivoでは、何らかのメカニズムで補充されることが明らかとなった。また、ADを塗布した皮膚を器官培養した上清を得て、これを加えたメデイウムで未処理の皮膚を培養したところ、真皮からmMGL陽性細胞が減少することを明らかにした。この結果より培養上清にはAD塗布部位の皮膚から産生された可溶性因子が含まれており、それがマクロファージの遊走を起こすことが示唆された。 第2章では、ADによって引き起こされたmMGL陽性真皮マクロファージの遊走が、真皮内に分泌されたIL-1によることを検証した。ELISAアッセイ法によりAD処理皮膚由来の培養上清中の炎症性サイトカインであるIL-1を確認した。ex vivoアッセイ系でIL-1を加えて皮膚をインキユベートすると真皮マクロファージの遊走を誘導した。またこの時これらの細胞は遊走中のマクロファージに特徴的な形に変化した。このような形態変化は、単離したmMGL陽性真皮マクロファージによっても再現され、IL-1の重要性が確認された。 第3章では、真皮マクロファージ遊走について、マクロファージ表面または脈管の内皮細胞に発現している接着分子の役割が、特異抗体を用いた実験から検証された結果が述べられている。ex vivo器官培養実験では、抗CD29(1-integrin)抗体、抗CD54(Intercellular Adhesion Molecule-1)抗体、抗CD31(Platelet-Endothelial Cell Adhesion Molecule-1)抗体で遊走が阻害された。単離した細胞を用いた、遊走実験や形態変化の観察では抗CD31抗体ではブロックされなかった。CD29は主にマクロファージにCD54はマクロファージと内皮細胞の両方にCD31は内皮細胞上に発現していることから、これらの結果は容易に説明された。以上のように、遅延型過敏症の感作時におけるマクロファージの遊走にはマクロファージ側、及び内皮細胞側の接着分子が関与していることが示された。 第4章では、mMGL及びそのリガンドが遊走において積極的な役割を果たしていることを検討した結果が述べられている。ex vivoで皮膚組織を培養してmMGLF陽性真皮マクロファージの計数するアッセイ系と、皮膚から単離したmMGL陽性真皮マクロファージの遊走をBoyden Chamberで測定する系を用いて、mMGLに対するブロッキング抗体の効果を調べたところ、この抗体は阻害的に働いた。また、mMGLに強い親和性を示すガラクトースを多価で含む可溶性アクリルアミドボリマーも、単離したmMGL陽性細胞がサイトカインによって誘導される形態変化を阻害した。これらの結果から、内在性のmMGLリガンドがマクロファージの表面に結合することによって、その遊走が抑制される可能性が示唆された。 以上のように学位申請者は、マウスを用いて遅延型過敏症の感作段階を再現するモデルを構築し、mMGL陽性マクロファージの挙動、特に皮膚からリンパ節への遊走、を明確に示した。炎症性サイトカインIL-1及びマクロファージ及び脈管内皮に発現する接着分子、更にマクロファージ表面に発現する接着分子でもあるmMGLとそのリガンドとの相互作用が遊走に阻害的に働くことを初めて示した。これらの研究成果は免疫学、アレルギー学、糖鎖生物学に資するところが大であり、学位申請者全京姫は、博士(薬学)の学位を得るに充分値すると判断した。 |