学位論文要旨



No 115496
著者(漢字) 全,京姫
著者(英字)
著者(カナ) チョン,キョンヒ
標題(和) 遅延型過敏症の感作時における真皮マクロファージの遊走機構
標題(洋) Characterization of Dermal Macrophage Trafficking during the Sensitization Phase of Delayed Type Hypersensitivity(DTH)
報告番号 115496
報告番号 甲15496
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第912号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 西山,信好
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 序論

 マクロファージは進化の過程で最も早くから登場する免疫細胞である。高等動物のマクロファージは、異物の貪食と消化や癌細胞殺傷などのエフェクター機能と、抗原提示やサイトカインの産生と分泌による制御機能の両方を通して、自然免疫と獲得免疫の両方に深くかかわっていると考えられている。しかし、アレルギーの発症をコントロールするという可能性については、十分な検証がされてなかった。研究が遅れていた理由は、高等動物ではこの細胞が多様で不均一な細胞集団であるのに、個々の亜集団を見分ける手段がこれまで得られていなかったこと、種々の分化段階の亜集団が位置を変えながら機能している可能性が高いことなどであった。本研究では、遅延型過敏症の感作時に真皮(結合組織)のマクロファージが皮膚からリンパ節に遊走にするメカニズムついて検討した。接触皮膚炎をはじめ遅延型過敏症め感作時において、表皮のランゲルハンス細胞は抗原提示細胞として重要な役割を果たしている。一方、真皮に存在するマクロファージはこの感作時に補助的な役割を果たしていると予想されているが、その役割や重要性はまだ明らかではなかった。真皮マクロファージとランゲルハンス細胞を識別する良いマーカーがなかったため、真皮マクロファージの遊走と活性化についてはほとんど研究されていなかったが、マクロファージレクチン(mMGL)特異的モノクローナル抗体により、真皮マクロファージを検出することが可能になった。さらに、遅延型過敏症の感作時に見られる、真皮マクロファージの皮膚から所属リンパ節へ遊走は、感作の際にアレルゲンを溶解したアセトンとジブチルフタル酸混合溶液(AD)をマウスの皮膚に塗布することによって誘導された。本研究では真皮マクロファージの遊走のメカニズムについてより確かな知見を得るために、ex vivoでのマクロファージ遊走アッセイ法を開発し、真皮内のマクロファージの遊走とそれに伴う形態学的変化の制御について検討した。

実験及び結果1.AD塗布後の真皮内mMGL陽性細胞の減少

 AD塗布後のマウス皮膚におけるmMGL陽性細胞の分布を、モノクローナル抗体LOM-14を用いて免疫組織学的に調べた。その結果、mMGL陽性細胞の数は塗布後12時間まで減少し、24時間後にはmMGL陽性細胞数は回復していた(Figure1)。同様の実験を100mm3の皮膚組織を培養したex vivoアッセイにより行ったところ、mMGL陽性細胞は減少を続け24時間後も回復することはなかった。すなわちmMGL陽性細胞は、AD刺激により真皮から遊走するが、in vivoでは、何らかのメカニズムで補充されることが、明らかとなった。またADを塗布した皮膚を器官培養した上清(conditioned medium:CM)を加えたメディウムで未処理の皮膚を培養したところ、真皮からmMGL陽性細胞が減少することがわかった。この結果よりCMにはAD塗布部位の皮膚から産生された可溶性因子が含まれており、それがマクロファージの遊走を起こすのでないかということが示唆された。

Figure1:Decrease in number of mMGL-positive cells after AD-application.
2.真皮マクロファージ遊走における炎症性サイトカインの役割

 L-1などの炎症性サイトカインは、遅延型過敏症の感作時ランゲルハンス細胞の遊走を誘導するのに重要な役割を果たしていることは分かっているが、マクロファージの遊走に関してはまだ分かっていなかった。本章では、ADによって引き起こされた真皮マクロファージの遊走が、真皮内に分泌されたIL-1による可能性を検証した。ELISAアッセイ法によりAD処理皮膚由来のCM中の炎症性サイトカインであるIL-1を4.5ng/mの濃度で確認した。AD処理しない皮膚からは、IL-1の放出はみられなかった。すなわち前述した可溶性因子の中に炎症性サイトカインが含まれていることが示唆された。実際ex vivoアッセイ系でIL-1やIL-1、またTNF-を加えて皮膚をインキユベートすると真皮のmMGL陽性細胞は減少した(Figure2)。

Figure2:Decrease in number of mMGL-positive cells after incubation with cytokines.

 またこの時mMGL陽性細胞は遊走中のマクロファージに特徴的な形(のびた形)に変化した。皮膚から単離したmMGL陽性細胞を用い、type I collagenをゲル化したなかに埋めて行ったin vitroの実験においても同様であった。皮膚内のmMGL陽性細胞の減少はIL-1、IL-1、またはTNF-に対するモノクローナル抗体のいずれによって阻害された。

 さらにマウスの前肢に25ngのrecombinant IL-1を皮内投与したところ、所属リンパ節においてmMGL陽性細胞の増加を確認され、遊走がおこったと考えられた。以上の結果よりIL-1及びTNF-は、IL-1と協奏的に、またはサイトカインカスケードの下流で機能すると考えられたが、詳細は明らかでない。またIL-1が真皮マクロファージの遊走に関与していることは分かった。

3.真皮マクロファージ遊走における接着分子の役割

 mMGL陽性細胞の遊走には、これらの細胞、及び脈管系細胞表面の接着分子によっても制御されると考えた。AD塗布後の皮膚組織をCD29(1-integrin)、CD31(Platelet-Endothelial Cell Adhesion Molecule-1)、CD54(Intercellular Adhesion Molecule-1)に対するブロッキング抗体を加えたメディウムで培養しmMGL陽性細胞の減少を組織化学的に検討したところ、どの抗体によってもmMGL陽性細胞の減少は抑えられた(Figure3)。IL-1で誘導したmMGL陽性細胞の皮膚からの遊走もどの抗体によってブロックされた。Boyden Chamber法により皮膚から単離したmMGL陽性細胞をIL-1によって遊走される実験では、抗CD29抗体及びCD54抗体は遊走を阻害したがCD31に対する抗体では阻害されなかった。またtype I collagenを用い行ったin vitroの実験においても単離した細胞の形態変化もCD31に対する抗体でブロックされなかった。CD29は主にマクロファージにCD54はマクロファージと内皮細胞の両方にCD31は内皮細胞上に発現していることから遅延型過敏症の感作時におけるマクロファージの遊走にはマクロファージ側、及び内皮細胞側のこれらの細胞が遊走に関与していることが示された。

4.mMGL及びこのリガンドのマクロファージ遊走への関与

 ここまでの研究ではmMGLは主として真皮マクロファージに特異的なマーカーとして用いた。本章では、mMGL及びそのリガンドが遊走において積極的な役割を果たしていることを検討した。前章と同様にex vivoで皮膚組織を培養するアッセイ系と皮膚から単離したmMGL陽性細胞のBoyden Chamber法での遊走を測定する系を用いた。mMGLに対するブロッキング抗体LOM8.7及びmMGLに強い親和性を示すガラクトースを多価で含む可溶性アクリルアミドポリマーを競合阻害分子として用いた。mMGLに対する阻害抗体(Figure4)、合成リガンドもCD29、CD54と同様に両方のアッセイ系で遊走を阻害した。これらの結果からリガンドがマクロファージの表面に結合すると遊走を抑されることが示された。

図表Figure3:Inhibitory effect of blocking mAbs against adhesion molecules on Decrease in number of mMGL-positive cells after AD application. / Figure4:Inhibitory effect of blocking mAbs against mMGL on Decrease in number of mMGL-positive cells after AD application.
結語

 マウスを用いて遅延型過敏症の感作段階を再現するモデルであるAD皮膚塗布後の真皮マクロファージの遊走に関して検討した。免疫組織学的手法により真皮からの遊走によるmMGL陽性細胞を初めて示した。遊走における炎症性サイトカイン及びCD54、CD31、CD29などのマクロファージ及び脈管内皮に発現する接着分子の関与を初めて示した。mMGLとリガンドとの相互作用が遊走に阻害的に働くことを初めて示した。

審査要旨

 高等動物のマクロファージは、異物の貪食と消化や癌細胞殺傷などのエフェクター機能と、抗原提示やサイトカインの産生と分泌による制御機能を通して、自然免疫と獲得免疫にかかわっている。遅延型過敏症等の細胞性免疫応答においては、エフェクター細胞の一つと考えられるが、適敏症の発症を制御するという可能性については十分な検証がなされてなかった。研究が遅れていた理由は、高等動物ではマクロファージが多様で不均一な細胞集団であるのに、個々の亜集団を見分ける手段がこれまで得られていなかったこと、種々の分化段階の亜集団が位置を変えながら機能している可能性が高いことなどであった。学位申請者は、遅延型過敏症の感作時における真皮マクロファージの皮膚からリンパ節への遊走機構を、マウス実験モデルにて解析した。マクロファージに特異的に発現している、単糖としてはガラクトース及びN-アセチルガラクトサミンに特異的なC型レクチン(mMGL)に対するモノクローナル抗体でこの分子を発現している真皮マクロファージを検出することにより、これまで明らかにされていなかった真皮マクロファージの挙動を初めて観察した。また、このメカニズムを解析するために、ex vivoでのマクロファージ遊走アッセイ法を開発し、真皮肉のマクロファージの遊走とそれに伴う形態変化を明らかにした。

 全体は四つの章から成る。第1章では、遅延型過敏症の感作時に見られる真皮マクロファージの皮膚から所属リンパ節への遊走を、感作の際にアレルゲンを溶解するのに用いていたアセトンとフタル酸ジブチル混合溶液(AD)のみをマウスの皮膚に塗布することによって誘導する、という実験系を構築した。AD塗布後に真皮内からmMGL陽性真皮マクロファージが減少することを観察し、AD塗布した後に切除して取得した皮膚をin vitroで器官培養することによって、組織からの遊走を再現する実験モデルを構築した。皮膚にADを塗布してそのまま経時的に皮膚のmMGL陽性真皮マクロファージの消長を観察すると、塗布後12時間まで減少したが、24時間後には回復していた。一方、器官培養によるアッセイでは、mMGL陽性真皮マクロファージは減少を続けた。すなわちmMGL陽性真皮マクロファージはAD刺激により真皮から遊走するが、in vivoでは、何らかのメカニズムで補充されることが明らかとなった。また、ADを塗布した皮膚を器官培養した上清を得て、これを加えたメデイウムで未処理の皮膚を培養したところ、真皮からmMGL陽性細胞が減少することを明らかにした。この結果より培養上清にはAD塗布部位の皮膚から産生された可溶性因子が含まれており、それがマクロファージの遊走を起こすことが示唆された。

 第2章では、ADによって引き起こされたmMGL陽性真皮マクロファージの遊走が、真皮内に分泌されたIL-1によることを検証した。ELISAアッセイ法によりAD処理皮膚由来の培養上清中の炎症性サイトカインであるIL-1を確認した。ex vivoアッセイ系でIL-1を加えて皮膚をインキユベートすると真皮マクロファージの遊走を誘導した。またこの時これらの細胞は遊走中のマクロファージに特徴的な形に変化した。このような形態変化は、単離したmMGL陽性真皮マクロファージによっても再現され、IL-1の重要性が確認された。

 第3章では、真皮マクロファージ遊走について、マクロファージ表面または脈管の内皮細胞に発現している接着分子の役割が、特異抗体を用いた実験から検証された結果が述べられている。ex vivo器官培養実験では、抗CD29(1-integrin)抗体、抗CD54(Intercellular Adhesion Molecule-1)抗体、抗CD31(Platelet-Endothelial Cell Adhesion Molecule-1)抗体で遊走が阻害された。単離した細胞を用いた、遊走実験や形態変化の観察では抗CD31抗体ではブロックされなかった。CD29は主にマクロファージにCD54はマクロファージと内皮細胞の両方にCD31は内皮細胞上に発現していることから、これらの結果は容易に説明された。以上のように、遅延型過敏症の感作時におけるマクロファージの遊走にはマクロファージ側、及び内皮細胞側の接着分子が関与していることが示された。

 第4章では、mMGL及びそのリガンドが遊走において積極的な役割を果たしていることを検討した結果が述べられている。ex vivoで皮膚組織を培養してmMGLF陽性真皮マクロファージの計数するアッセイ系と、皮膚から単離したmMGL陽性真皮マクロファージの遊走をBoyden Chamberで測定する系を用いて、mMGLに対するブロッキング抗体の効果を調べたところ、この抗体は阻害的に働いた。また、mMGLに強い親和性を示すガラクトースを多価で含む可溶性アクリルアミドボリマーも、単離したmMGL陽性細胞がサイトカインによって誘導される形態変化を阻害した。これらの結果から、内在性のmMGLリガンドがマクロファージの表面に結合することによって、その遊走が抑制される可能性が示唆された。

 以上のように学位申請者は、マウスを用いて遅延型過敏症の感作段階を再現するモデルを構築し、mMGL陽性マクロファージの挙動、特に皮膚からリンパ節への遊走、を明確に示した。炎症性サイトカインIL-1及びマクロファージ及び脈管内皮に発現する接着分子、更にマクロファージ表面に発現する接着分子でもあるmMGLとそのリガンドとの相互作用が遊走に阻害的に働くことを初めて示した。これらの研究成果は免疫学、アレルギー学、糖鎖生物学に資するところが大であり、学位申請者全京姫は、博士(薬学)の学位を得るに充分値すると判断した。

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