ポリオウイルス(PV)は、ピコルナウイルス科エンテロウイルス属に属するウイルスであり、小児麻痺(急性灰白髄炎)の原因ウイルスである。エンベロープを持たず、カプシドの中に、一本鎖のプラス鎖RNAをゲノムとして持つ。カプシドは、4種のタンパク質VP1,VP2,VP3,VP4から構成され、60コピーの各カプシドタンパク質により直径約30nmの正二十面体の粒子が形成されている。PVの正二十面体の粒子には、5、3、2回対称軸が存在し、この5回対称軸の周りには、キャニオンと呼ばれる溝が走っている。キャニオンは、ポリオウイルスレセプター(PVR)の結合部位であると推定されている。1つのキャニオンは、1コピーづつのVP1,VP2,VP3,VP4から形成される。従って、1個のPV粒子上には60箇所のレセプター結合部位が存在する。 PVR遺伝子およびcDNAは、2つの研究グループによって独立にクローニングされ、Igスーパーファミリーに属するヒトの新規分子であることが明らかにされた。PVに非感受性であるマウス細胞の表面にPVRを発現させると、マウス細胞はPVに感受性となるため、PVRはPVの細胞表面への吸着から脱殻(uncoating)の成立までの感染初期過程に関与している分子であると考えられている。また、リンパ球のホーミングレセプターであるCD44Hは、細胞表面上でPVRと近い位置に局在していると考えられているが、PVの感染成立にはCD44Hは必須ではないことが最近示された。そのため、現在のところ、PVの脱殻に関与している分子はPVRのみであると考えられている。 PVが感染を成立させるためには、ウイルス粒子がその構造を160S粒子→135S粒子→80S粒子(各数字は沈降係数を表す)と変化させることが重要であると考えられている(下図参照)。160S粒子は感染能を持つウイルス粒子であり、135S粒子は、160S粒子の内部に存在するカプシドタンパク質VP4を失った粒子であり、80S粒子は135S粒子からゲノムRNAが放出された粒子である。 ウイルス粒子の構造変化の模式図 一方、脱殻の過程に必要とされるPVRの機能については、今のところ、PVに対する結合能とウイルス粒子の構造を変化させる機能の2つが示唆されており、この2つの機能がPVの脱殻に必要であると考えられている。これまでに、PVRを含む細胞画分によって、ウイルス粒子は160S粒子→135S粒子と変化することが知られている。しかし、精製PVRを用いた実験はおこなわれていないため、ウイルス粒子の構造変化がPVRのみによって引き起こされているか否かは不明である。さらに、PVとPVRの相互作用から始まる感染初期過程の分子メカニズムの詳細も明らかにされていない。そのため、本研究では、まずPVR分子を精製し、試験管内反応におけるPVとPVR間の相互作用に関する解析を行った。 具体的には、PVRの細胞外ドメイン(soluble PVR)を、組換えバキュロウイルスを用いた発現系から精製して実験に用いた。Soluble PVRとして、N末端から330アミノ酸を含むもの(PVR330)と、241アミノ酸を含むもの(PVR241)の2種類を作製して用いた。精製は、抗体を用いたアフィニティーカラムを用いて行った。さらに、精製後のsoluble PVRの高次構造が保たれていることを、PVRの細胞外ドメインの高次構造を認識する抗体を用いて確認した。また、各soluble PVRが、精製後もPVに対する中和活性を保持していることも確認した。 次に、精製したsoluble PVRとPV粒子上のPVR結合部位との間の親和性を測定した。その結果、4℃で測定された解離定数は、4.50±0.86×10-8Mの値であった。また、この時、ウイルス1粒子あたりに、少なくとも43分子までのPVR分子が結合することが観測された。 さらに、精製したsoluble PVRの持つウイルス粒子構造変化能について解析を進め、高い濃度のsoluble PVR中では、ウイルス粒子の構造変化の速度が上昇し、速い場合には5分以内にウイルス粒子の構造変化が終了することが観測された。また、試験管内反応においては、生じる135S粒子と80S粒子の生成比は、加えるsoluble PVRの濃度によらず一定であった。さらに、80S粒子の生成速度とVP4分子の放出速度がほぼ一致していることから、80S粒子は、135S粒子を介してではなく、160S粒子から直接生じることが示唆された。 よって、試験管内反応系を用いた解析により、PVはPVR分子と反応するだけで、その粒子構造を変化させることが明らかとなったが、本当にこのようなウイルス粒子の構造変化が感染の成立に必要とされるのかという点については、まだ明らかにされていない。実際、135S粒子自身も特定の条件下では感染性を示すものの、その感染性が非常に低いことや、ウイルス粒子の構造変化が見かけ上生じない温度で増殖するミュータントのPVでは、カプシドタンパク以外の部分に変異が生じることが明らかにされている。そのため、135S粒子自身の重要性については、現在、議論の最中である。そこで、本研究では、次に、PVの感染成立に必要とされるPVRの機能を明らかにすることで、この問題を解決することを試みた。 具体的には、PVRのPVに対する結合能とウイルス粒子構造変化能を分離して解析できる系を確立することを試みた。まず、PVに非感受性であるマウスの細胞に、高親和性Fcレセプター(FcRI)を導入し、その細胞において、抗PV抗体を介して媒介されるPV感染を比較することを試みた(下図参照)。Fcレセプターとは、IgG抗体のFc部分に親和性を持つレセプターであり、特にFcRIは、モノマーのIgG抗体に対しても高い親和性を持つことが知られている。そして、PVRの細胞外ドメインとマウスIgG2aのFc部分を結合したキメラ分子(PVR-IgG2a)を構築し、抗PV抗体またはPVR-IgG2aによって媒介されるPV感染の効率を比較することで、PVRのもつ2つの機能を分離して各々の重要性を見積もることを試みた。つまり、抗PV抗体を介した場合には、PVは細胞表面に結合できるが、その粒子構造の変化を生じない。一方、PVR-IgG2aを介した場合には、細胞表面に結合し、かつ粒子構造の変化を引き起こす。そのため、この2つの場合で生じるPV感染を比較することで、PVの脱殻におけるPVRの2つの機能、すなわちPVに対する結合能とウイルス粒子構造変化能、を分離して解析できると考えられる。 PVRまたはFcRIを介したPV感染の模式図 まず、FcRIのcDNAをJ774細胞からRT-PCRを用いて調製し、それを発現ベクターに組み込み、マウスL細胞に導入し、FcRIを発現している形質転換細胞を得た(LmFcRI細胞)。LmFcRI細胞におけるFcRIの発現は、RT-PCRとIgG感作ウシ赤血球を用いたロゼット法で確認し、実験に用いた。また、コントロールとして、マウスL細胞に、発現ベクターのみを導入した細胞を、実験に用いた。PVR-IgG2aは、組み換えバキュロウイルスの系を用いて、発現・精製した。マウスIgG2a抗体のFc部分のcDNAは、ハイブリドーマからRT-PCRで回収した。用いた抗PV抗体は、マウス腹水から精製したものを用いた。 その結果、まず、抗PV抗体を介した場合にも、LmFcRI細胞においてPV感染が観察された。また、PVR-IgG2aと用いた抗PV抗体は、PVに対し同じ程度の親和性を示したが、それらによって媒介されるPVの感染効率は大きく異なった。PVR-IgG2aによって媒介されるPV感染は、抗PV抗体によって媒介される場合に比べ、50-100倍効率が高いことが示された。また、用いた抗PV抗体のうち、中和抗体の方が結合抗体に比べ、効率よくPV感染を媒介することが観察された。用いた分子の中で、PVR-IgG2aのみがPV粒子の構造変化を生じたが、135S粒子の感染性は、PVR-IgG2aの存在下でも観察されなかった。 これらのことから、PVの感染は、細胞にウイルス粒子が結合するだけでも生じうるが、そこにPVRに特異的な相互作用がウイルス粒子に働くことで、感染の効率が非常に高くなることが明らかとなった。また、135S粒子がPVR-IgG2aを介して感染できないことから、脱殻に至るためのPVR特異的な相互作用は、PV粒子が135S粒子へと構造変化してしまう以前に働き、PVの脱殻の効率を高めるものであることが示唆された。 本研究により、PVとPVRの間に働く相互作用の性質とPVの脱殻過程に関するいくつかの新しい知見が得られた。まとめると、1)PVが効率よく脱殻するためにはPVRとの間の特異的な相互作用が必要であること、2)PV粒子の構造変化の速度は、高いPVR濃度で上昇することが明らかとされ、PVの脱殻は135S粒子生成の前の段階で生じることが示唆された。これらの知見は、特定の細胞をターゲットするために脱殻過程を制御した新しいPVベクターの開発に有用な情報を提供すると考えられる。また、本研究では明らかにできなかったVP4の役割やPVの脱殻中間体を明らかにすることで、今後より自由度の高い脱殻過程の制御が可能になると考えられる。 |