学位論文要旨



No 115507
著者(漢字) 木崎,理
著者(英字)
著者(カナ) キザキ,タダシ
標題(和) UDS4(チロシンフォスファターゼPTP-U2結合因子)の単離同定
標題(洋)
報告番号 115507
報告番号 甲15507
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第923号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 長谷川,成人
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨

 細胞内蛋白質のチロシン残基リン酸化過程は、リン酸化を触媒するプロテインチロシンキナーゼ(PTK)と脱リン酸化を触媒するプロテインチロシンフォスファターゼ(PTP)により可逆的に制御されている。チロシンフォスファターゼの多くはPTP触媒ドメインの相同性を利用してPCR又はクロスハイブリダイゼーション法などの生物学的手法によりcDNAクローニングされたため、PTP酵素自体の単離報告例は数多い反面、その生理的機能の詳細な解析報告は乏しいと言える。細胞内におけるシグナル伝達が蛋白質-蛋白質相互作用によって伝達されるとするならば、PTP酵素蛋白質に結合する会合蛋白質を同定することはその機能解析の足がかりとしては有効である。最近の研究から、PTP酵素触媒ドメインの特定アミノ酸モチーフに変異導入を行うことで基質蛋白質との親和性が増強することが示された。こうした変異体PTPを用いたsubstrate-trapping法の確立によりPTP標的基質蛋白質の同定が行われ、各PTPの持つ生理機能が詳細に解析されつつある。そこで当研究室によりcDNAクローニングされたPTP-U2を用い、酵母two-hybrid systemによりPTP-U2酵素活性領域に会合する結合因子の検索を行った。

1.酵母two-hybrid screening系の確立

 PTP-U2は基質蛋白質のチロシンリン酸基を脱リン酸化する酵素であることを踏まえ、スクリーニングにおいて出来る限りPTP標的基質蛋白質がトラップされ易いように次の工夫を行った。スクリーニングに用いる酵母はチロシンキナーゼに相当する遺伝子を持たないことがそのゲノム解析から明らかにされている。PTPとその基質蛋白質との結合には、基質側のチロシンリン酸化が必要であるため、チロシンキチーゼであるc-Srcをスクリーニングに用いる酵母へ導入し、酵母生体内蛋白質のチロシン残基リン酸化を亢進させた(c-Src導入はbait PTP-U2との共発現ベクターにより行った)。また、baitとして用いたPTP-U2酵素活性領域において、substrate-trapping法*に準じた特定アミノ酸モチーフにおける変異導入を行い基質蛋白質との結合増強を期待した(*近年の研究から、PTP酵素活性中心であるシステインをセリンヘ置換、又は活性中心近傍に位置する保存されたアスパラギン酸をアラニン等へ置換した変異体PTPでは基質との親和性が増強するとの報告)。前述PTP-U2及びc-Src共発現ベクターを導入した酵母生体内蛋白質のチロシンリン酸化が実際に亢進していることはanti-pTyr抗体によるwestern blottingによりこれを確認した(図1)。

図1 Src発現による酵母生体内チロシンリン酸化の亢進
2.PTP-U2結合蛋白質UDS4の同定

 前述実験系を用い、PTP-U2の発現が確認されるヒト胎児脳組織由来及びHeLa細胞由来のcDNA libraryをpreyとし酵母two-hybridスクリーニングを行った。結果、bait PTP-U2特異的にレポーター活性を示すクローンとしてUDS-#4を得た(図2)。単離したUDS-#4は5’末端が欠けていたため全長cDNAクローニングを行い全アミノ酸一次配列を決定した(UDS4)。シークエンスの結果、UDS4は最近報告されたマウスPLIC-1と非常に高いアミノ酸相同性(〜85%)を示すことからそのヒトホモログと考えられた。構造的にはORFとして589アミノ酸(およそ62.5kDa)をコードし、N末端領域(37〜103 a.a)にユビキチン様ドメイン、C末端側(543〜589a.a)には出芽酵母で報告されるDsk2のC末領域と相同性を有する保存領域を持つことが判明した(図3)。次に、GST-UDS4リコンビナント蛋白質を調整しin vitroにおけるPTP-U2とのpull-down assayを行い、UDS4のどの領域がPTP-U2との結合に必要かを検討した。その結果、Dsk2のC末領域と相同性を有するUDS4C末端領域(543〜589a.a)がPTP-U2との結合に必須であることが確認された(図4)。

図2 PTP-U2依存的UDS-#4導入による酵母レポーターの活性化図表図3 PTP-U2結合因子UDS4蛋白質の構造 / 図4 UDS4 deletion constructionsを用いたin vitroにおけるPTP-U2との結合実験
3.ヒト正常組織におけるUDS4遺伝子発現の確認

 UDS4cDNA内約1kbをプローブとしてヒト正常組織におけるUDS4遺伝子発現をnorthern blot法により解析した(図5)。その結果、調べた全ての組織において、4.0kbの転写産物が検出されユビキタスに発現していることが確認された。同遺伝子は心臓、脳、骨格筋、胎盤などでは特に強い発現が確認されたが、肺、肝臓においては極めて微弱な発現であった。また、骨格筋では4.0kbのサイズとは異なるおよそ3.2kbの転写産物も検出され、同組織内においてUDS4短鎖型アイソフォームの存在が示唆された。また、心臓、胎盤においても微弱ながら同アイソフォーム転写産物が確認された。

図5 ヒト正常組織内における UDS4遺伝子発現の確認
4.ヒト白血病U937細胞分化に伴うUDS4遺伝子発現の変動

 PTP-U2はヒト白血病U937細胞のTPA刺激による分化誘導に伴い遺伝子発現が認められるtransmembraneタイプのPTPであり、その終末分化における細胞死に機能関与することが示唆されている。そこでPTP-U2酵素活性領域に結合するUDS4の遺伝子発現がU937細胞分化に伴い変動しないかを検討した。その結果、TPA刺激により分化誘導させたU937細胞においてはPTP-U2と同様にUDS4遺伝子発現も上昇していることが確認出来た(図6)。最近になり、UDS4のマウスホモログと思われるPLIC-1がcDNAクローニングされ、IAP(integrin-associated protein)細胞質C末端tailと結合し、中間径フィラメントvimentinのdynamicsを誘起することで細胞接着亢進の過程に機能関与することが示された。U937細胞はTPA刺激により単球・マクロファージへと分化し、培養ディッシュへの細胞接着が認められることからも(図6)、UDS4はPLIC-1同様に細胞接着時における中間径フィラメントのdynamicsに機能関与しているのではないかと推測される。

図6 ヒト白血病U937細胞分化に伴うUDS4遺伝子発現の上昇
5.UDS4細胞内分布の特定、及び他のUDS4相互作用因子の検索

 GFP-UDS4キメラ発現ベクターを調整しCOS細胞へ導入後、GFP蛍光性をプローブとしてUDS4細胞内分布を調べた。結果、UDS4は細胞質に有意に存在することが確認された(図7)。次に、今度はUDS4C末端側(290-589アミノ酸)をbaitとし、酵母two-hybrid screeningにより他の相互作用因子の検索を行った。その結果、UDS4自身のC末端領域(455-589a.a)をコードするクローンが単離された。このことからUDS4は自身のC末領域を介してダイマーないしは複合体を形成するものと思われる。

図7 GFP-UDS4キメラ蛋白質によるUDS4細胞内分布の特定
審査要旨

 細胞内蛋白質のチロシン残基リン酸化過程は、リン酸化を触媒するプロテインチロシンキナーゼ(PTK)と脱リン酸化を触媒するプロテインチロシンフォスファターゼ(PTP)により可逆的に制御されている。チロシンフォスファターゼの多くはPTP触媒ドメインの相同性を利用してPCR又はクロスハイブリダイゼーション法などの生物学的手法によりcDNAクローニングされたため、PTP酵素自体の単離報告例は数多い反面、その生理的機能の詳細な解析報告は乏しいと言える。細胞内におけるシグナル伝達が蛋白質-蛋白質相互作用によって伝達されるとするならば、PTP酵素蛋白質に結合する会合蛋白質を同定することはその機能解析の足がかりとしては有効である。最近の研究から、PTP酵素触媒ドメインの特定アミノ酸モチーフに変異導入を行うことで基質蛋白質との親和性が増強することが示された。こうした変異体PTPを用いたsubstrate-trapping法の確立によりPTP標的基質蛋白質の同定が行われ、各PTPの持つ生理機能が詳細に解析されつつある。そこで、学位申請者の木崎は当研究室によりcDNAクローニングされたPTP-U2を用い、酵母two-hybrid systemによりPTP-U2酵素活性領域に会合する結合因子の検索を以下の実験に従い行った。

1.酵母two-hybrid screening系の確立

 PTP-U2は基質蛋白質のチロシンリン酸基を脱リン酸化する酵素であることを踏まえ、スクリーニングにおいて出来る限りPTP標的基質蛋白質がトラップされ易いように次の工夫を行った。スクリーニングに用いる酵母はチロシンキナーゼに相当する遺伝子を持たないことがそのゲノム解析から明らかにされている。PTPとその基質蛋白質との結合には、基質側のチロシンリン酸化が必要であるため、チロシンキナーゼであるc-Srcをスクリーニングに用いる酵母へ導入し、酵母生体内蛋白質のチロシン残基リン酸化を亢進させた(c-Src導入はbait PTP-U2との共発現ベクターにより行った)。また、baitとして用いたPTP-U2酵素活性領域において、substratc-trapping法に準じた特定アミノ酸モチーフにおける変異導入を行い基質蛋白質との結合増強を期待した。前述PTP-U2及びc-Src共発現ベクターを導入した酵母生体内蛋白質のチロシンリン酸化が実際に亢進していることはanti-pTyr抗体によるwestem blottingによりこれを確認した。また、c-Src共発現にかかわらず、bait PTP-U2は安定して発現しており、これを酵母two-hybridスクリーニング系として実験に用いた。

2.PTP-U2結合蛋白質UDS4の同定

 前述実験系を用い、PTP-U2の発現が確認されるヒト胎児脳組織由来及びHeLa細胞由来のcDNAlibraryをpreyとし酵母two-hybridスクリーニングを行った。結果、bait PTP-U2特異的にレポークー活性を示すクローンとしてUDS-#4を得た。単離したUDS-#4は5’末端が欠けていたため全長cDNAクローニングを行い全アミノ酸一次配列を決定した(UDS4)。シークエンスの結果、UDS4は最近報告されたマウスPLIC-1と非常に高いアミノ酸相同性(-85%)を示すことからそのヒトホモログと考えられた。構造的にはORFとして589アミノ酸(およそ62.5kDa)をコードし、N末端領域(37-103a.a)にユビキチン様ドメイン、C末端側(543-589a.a)には出芽酵母で報告されるDsk2のC末領域と相同性を有する保存領域を持つことが判明した。次に、GST-UDS4リコンビナント蛋白質を調整しin vitroにおけるPTP-U2とのpuli-down assayを行い、UDS4のどの領域がPTP-U2との結合に必要かを検討した。その結果、Dsk2のC末領域と相同性を有するUDS4C末端領域(543-589a.a)がPTP-U2との結合に必須であることが確認された。これまでのところ、UDS4のようなユビキチン様ドメインを持つ蛋白質がPTPに結合する報告例はなく、PTP-U2結合因子として興味深い分子を単離することが出来た。

3.ヒト正常組織におけるUDS4遺伝子発現の確認

 UDS4 cDNA内約1kbをプローブとしてヒト正常組織におけるUDS4遺伝子発現をnorthem blot法により解析した。その結果、調べた全ての組織において、4.0kbの転写産物が検出されユビキタスに発現していることが確認された。同遺伝子は心臓、脳、骨格筋、胎盤などでは特に強い発現が確認されたが、肺、肝臓においては極めて微弱な発現であった。また、骨格筋では4.0kbのサイズとは異なるおよそ3.2kbの転写産物も検出され、同組織内においてUDS4短鎖型アイソフォームの存在が示唆された。また、心臓、胎盤においても微弱ながら同アイソフォーム転写産物が確認された。

4.ヒト白血病U937細胞分化に伴うUDS4遺伝子発現の変動

 PTP-U2はヒト白血病U937細胞のTPA刺激による分化誘導に伴い遺伝子発現が認められるtransmembraneタイプのPTPであり、その終末分化における細胞死に機能関与することが示唆されていろ。そこでPTP-U2酵素活性領域に結合するUDS4の遺伝子発現がU937細胞分化に伴い変動しないかを検討した。その結果、TPA刺激により分化誘導させたU937細胞においてはPTP-U2と同様にUDS4遺伝子発現も上昇していることが確認出来た。最近になり、UDS4のマウスホモログと思われるPLIC-1がcDNAクローニングされ、IAP(integrin-associated protein)細胞質C末端tailと結合し、中間径フィラメントvimentinのdynamicsを誘起することで細胞接着亢進の過程に機能関与することが示された。U937細胞はTPA刺激により単球・マクロファージへと分化し、培養ディッシュへの細胞接着が認められることからも、UDS4はPLIC-1同様に細胞接着時における中間径フィラメントのdynamicsに機能関与しているのではないかと推測された。

5.UDS4細胞内分布の特定、及び他のUDS4相互作用因子の検索

 GFP-UDS4キメラ発現ベクターを調整しCOS細胞へ導入後、GFP蛍光性をプローブとしてUDS4細胞内分布を調べた。結果、UDS4は細胞質に有意に存在することが確認された。次に、今度はUDS4C末端側(290-589アミノ酸)をbaitとし、酵母two-hybrid screeningにより他の相互作用因子の検索を行った。その結果、UDS4自身のC末端領域(455-589a.a)をコードするクローンが単離された。このことからUDS4は自身のC末領域を介してダイマーないしは複合体を形成するものと思われた。PTP-U2会合因子であるUDS4が二量体を形成することは、間接的にPTP-U2をも二量体化する可能性を示唆し興味深いといえる。このことから、何らかの形でUDS4がPTP-U2の酵素活性を制御する可能性も考えられる。

 以上、本研究によって単離同定されたUDS4は、PTP-U2結合因子としては最初の報告であり、上記のように薬学、特にPTP生化学の分野において興味ある知見である。この成果は博士(薬学)の取得に値するものと評価する。

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