学位論文要旨



No 115512
著者(漢字) 石川,哲
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,サトシ
標題(和) 非コンパクト型リーマン対称空間上のラドン変換
標題(洋)
報告番号 115512
報告番号 甲15512
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第132号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 助教授 松本,久義
 東京大学 助教授 小林,俊行
内容要旨

 Gをリー群とし、H,Kをそのunimodular閉部分群とする。等質空間G/K上の函数fに対して、等質空間G/H上の函数を以下のように定義する。

 

 ただしdhはHの不変測度とする。これまで、G/Kがリーマン対称空間で、H.KがG/Kの全測地的部分多様体のとき、fR.fをラドン変換と呼ぶことにする。がんらい、G/Kがユークリッド空間やコンパクト対称空間のときに、逆変換公式、像空間の特徴付けなどの研究がなされていたが、その類似として、G/Kが非コンパクト型対称空間である実双曲空間であり、H.Kが次元全測地的部分多様体のときにもさまざまな研究が進められていた。(cf.[He]).筆者は、参考論文[I]において、Lie理論的観点からこのラドン変換のさまざまな性質を研究した。(cf.[p108,He]).

 この論文においては、Gが非コンパクト型半単純リー群、がGのカルタン対合、KがGの-fixedな極大コンパクト部分群、HをGの非コンパクトな簡約型部分群(つまりGの-stableな閉部分群)という設定のもとで、ラドン変換Rの漸近的特性を論ずる。そして我々のアプローチは部分多様体H.Kが対称空間のコンパクト化いかに埋め込まれているのか、ということにもとずく。

 ラドン変換Rの漸近的特性とは、R.fがより急減少であれば、fもより急減少であるという性質のことである。これは,筆者が参考論文[I]において、

 

 のときに、導入し示したが、Rの像空間の微分方程式による特徴付けの研究において有効であった。この論文ではその手法を一般の場合に、適用し拡張することを試みる。

 またこの漸近的特性は、台定理(Support Theorem)という、上の設定でR.fの台が小さければ、fの台も小さいという、ラドン変換によくみられる性質に似た特徴を、持っているといえる。

 以下論文の主結果を述べる。g,,とをそれぞれ、G,KとHのリー環とする.さらにpとqをそれぞれ,のgにおける,Killing形式に関する直交補空間とする.をp∩qの極大可換部分空間とする.

 以下,次を仮定する。

 はpの極大可換部分空間でもある.

 Wをgのワイル群とする.+(,g)のpositive systemとする。+を対応するの正のWeyl chamber、つまり、

 

 とする。={1,…,n}をsimple root全体とし、Gとする。をgのリー部分環で、とK-共役であり、p∩の極大可換部分空間bがに含まれるものとする。(,)のPositive system を、

 

 となるようにとる。とおき、

 

 とおく。

 G/K上のLp型急減少関数空間(0<p2)を

 

 で定義する。ただし、||*||はKilling formから定まるp上のノルムとする。

 ここでSp(G/K)⊂Lp(G/K)であり[Eg]でG/Kのフーリエ変換のPayley-Wiener型定理が与えられている。さらに、0<p2に対して、

 

 とおく。ここで(G,H)が対称対のとき,Sp(G/H)⊂Lp(G/H)であることに注意し、このときSp(G/H)を、G/H上のLp型急減少関数とよぶ.主定理を述べるために、次の命題に注意する。

 Proposition A.をX=G/Kの極大Satakeコンパクト化とする.(cf.[Sa])+の任意の元A0を固定する.このとき、は次のセル分割を持つ。

 

 ただし,とおく.□

 そして,Wの部分集合WHを、次で定義する。

 

 ただし,はH.K(⊂G/K)のにおける閉包とする。

 Main Theorem.

 (0-0)0<p2は(G-p.H)⊂R>0をみたすとする.このとき,f∈Sp(G/K)にたいして、積分R.f(g.H)=∫Hf(g・h.K)dhは収束して、(R.f)(g.H)∈C(G/H)となる.このとき、ラドン変換

 

 がf→R.fで定義される。

 (1)(G,H)が次の(A1)と(A2)をみたすとする.

 (A1)(g,)は対称対で

 g0+p∩qは半単純リー環でそのワイル群はWとする.

 

 このとき、次がなりたつ。

 (1-0)(A1)と(A2)に加えて次の(A3)が成り立つとする.

 

 このとき、

 

 がなりたつ。

 (1-1)(漸近的特性)ある定数c,d>0があって、以下がなりたつ。p,q∈(0,1)が0<q<p<1,1/q>1/p+d,(A3)をみたし、f∈Sp(G/K)がR.f∈Sq(G/H)をみたすとする。このとき,fは次の減少度条件をみたす。

 D∈U(g),にたいして

 

 ただし、

 

 とおく。このD(X)はX∈+がWeyl chamberの壁から遠ざかるとき減少することに注意する。□

 Remark 0.上の(1)の設定のもとで,かつf∈(G/H)とすると、f∈(G/K)となり、弱い形の台定理が成り立つ。□

 Remark 1.上の(1-1)はR.fがある程度以上余分な急減少性を持つとき、fはの極少境界G.p=K.pのまわりである程度急減少であることが保障されるということを意味している。□

 Remark 2.

 

 とする。このとき、条件(A1)がなりたつ。さらに、であり、

 

 となることが、具体的な計算により確認することができて、(A2)をみたすことがわかり、上の主定理を適用することができる。□

 Remark 3.筆者は参考論文[I]において次を示した。Remark2の設定において、

 

 とする。さらに0<q2は0<q<p<2とをみたすとする.このとき、つぎの漸近的特性,f∈Sp(G/K)かつR.f∈Sq(G/H)であればf∈Sq(G/K)がなりたつ.これは、R.fが強い急減少性をもてば、fもそれに応じた強い急減少性をもつことを意味する。さらにf∈Sp(G/K)かつR.f∈(G/H)であればf∈(G/K)という台定理がなりたつ.ランクが高い場合にもこのような強い形の漸近的特性や台定理も予想されるが、さまざまな技術的な難点があり、本論文の主定理ではより弱い形の漸近的特性のみを示すにとどまっている。□

 次の[1][2]と[3]は証明において重要なステップである。

 [1]三角法的評価(Trigonometric estimates).

 Proposition B.

 Y(g)∈をg∈K.eY(g).Kで定義する.*を基本ウェイトの非負和とする。

 (B1)ある定数C1>0があって次が成り立つ。すべてのX∈とh∈Hにたいして、

 

 がなりたつ。

 (B2)wH∈WHをWの元で、WHのどの元よりも長い元とする。このときある定数C2>0があって次がなりたつ。すべてのX∈とh∈Hにたいして、

 

 がなりたつ。□

 参考論文[I]の設定においては、上の結果は、実双曲空間の三角法における測地線三角形の長さの関係式から導かれる。

 [2]fのフーリエ変換の解析接続。

 R.fのフーリエ変換は、fのフーリエ変換のEisenstein積分の初期値倍なのだが、条件(A1)は、これが収束領域で零点をもたないガンマ関数商の多重積でかけることを保証している。(cf.[OS][HS]).

 [3]fのHarish-Chandra展開下におけるWave Packetのフーリエ留数項の評価.

 この評価はX∈+をWeyl Chamberの壁から、遠ざけたときの、eX.H.Kのにおける漸近挙動と次のの位相的構造にかんする性質にもとずいている。(cf.[O])□

REFERENCES[Eg] M.Eguchi,Asymptotic Expansions of the Eisenstein Integrals and Fourier transform on Symmetric Spaces, J.Funct.Anal.34 (1979),167-216.[He] S.Helgason,The Radon Transform,Second Edition,Progress in Mathematics Vol.5,Birkhauser,Boston,1999.[HS] G.Heckman and H.Schlichtkrull,Harmonic analysis and special functions on symmetric spaces, Perspectives in Math.Vol.16,Academic Press, New York,Boston,London,1994.[I] S.Ishikawa,The range characterizations of the totally geodesic Radon transform on the real hyperbolic space,Duke.Math.J.90 (1997),149-203.[O] T.Oshima,A.realization of Riemannian symmetric spaces,J.Math.Soc.Japan 30 (1978),117-132.[OS] T.Oshima and J.Sekiguchi,Eigenspaces of Invariant Differential Operators on an affine symmetric space,Invent.Math.57 (1980),1-81.[Sa] I.Satake,On representations and compactifications of symmetric Riemannian spaces,Ann.of Math.71 (1960),77-110.
審査要旨

 球面上の関数の大円に沿っての積分による積分変換の逆変換は1916年にFunkによって、2次元および3次元のユークリッド空間上の関数の超平面での積分変換の逆変換はRadonによって得られ、Radon変換の研究の端緒となった。一般次元のユークリッド空間上の関数に対する超平面での積分の場合は、1934年にF.Johnによって逆変換公式が得られた。また、ユークリッド空間上の関数の直線に対する積分変換もX線変換と呼ばれて研究されてきた。

 これらの積分変換は一般にRadon変換と総称され、簡約Lie群Gの種々の等質空間の場合に拡張されているが、Radon変換の像を決定し、その逆変換を求めることは積分幾何学の基本問題となっている。Radon変換は、等質空間上のFourier変換や微分方程式論と関連して、GelfandやHelgasonにより研究が進展した。応用上も、CTスキャンやX線解析などの原理となっていて重要である。

 等質空間G/KがRiemann対称空間であるとき、Gのユニモジュラーな閉部分群HとG/K上の関数fに対して

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 によって等質空間G/H上の関数Rfが得られる。HKがG/Kの全測地的部分多様体のときが典型的なRadon変換である。

 G/Kがユークリッド空間の場合や、コンパクト対称空間の場合は、従来から逆変換公式や像空間の特徴付けなどの研究がなされてきたが、G/Kが非コンパクト型対称空間の場合は、積分域が非コンパクトであるために起きるユークリッド空間の場合と同様な積分の発散の問題と、空間が複雑であるために起きるコンパクト対称空間の場合の困難性とを合わせ持っているため、像の特徴付けや逆変換公式を求める問題は、ほとんど解けていない。G/Kが最も基本的な対称空間である実双曲空間で、HKがその次元全測地的部分多様体の場合はBerenstein等により様々な研究が行われてきた。これは微分幾何的立場からの研究であったが、論文提出者石川哲は、参考論文においてLie群論的観点からこの場合の研究を行い、fの急減少性が積分の収束を保証し、それが像にも伝搬することを示し、像の特徴付けに関してもLie群論的立場から明快な解釈を与えた。

 この参考論文は、G=SO0(n,1),K=SO(n),H=S(O(n-)×O0(,1))の場合にあたるが、提出論文においてG/Kが一般の非コンパクト型対称空間で、(G,H)がそれと両立する一般の対称対の場合の研究を行った。参考論文では対称空間G/Kのランクは1であるが、提出論文では一般には高いランクになって格段に解析が困難になる。

 論文の前半では、0くp2とするとき、G/K上の高階微分も込めた意味でのLp型急減少関数の空間Sp(G/K)の元に対し、逆変換を考察し、Radon変換が収束するための条件を研究した。G=KANを岩澤分解とし、G/Kの極大佐武コンパクト化をXとするとき、NAの作用によってXはG/KのWeyl群Wでパラメトライズされるセル分割をもつ。HKのXにおける閉包とこのセル分割との交わりを考えることにより、Weyl群Wの部分集合WHを定義し、WHを用いて収束の十分条件を具体的に与えることに成功した。

 条件が満たされるとSp(G/K)のRadon変換による像はSp(G/H)に含まれ、元の関数の台がコンパクトなら像も同様となることも示されている。

 条件は具体的に検証でき、たとえば、FをR,C,Hのいずれかとするとき、

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 において、m->n1ならばこの条件が満たされる。

 論文の後半では、像の漸近的特性が元の関数の漸近的特性がどの程度分かるかを考察した。ランクが高い場合は、無限遠方向が点でなく多次元になるので、解析が格段に困難となるが、0<q<p<1とするとき、もとの関数がSp(G/K)の元で、像がより良い漸近的特性であるSq(G/H)の元となるならば、fもある無限遠方向の周りでより良い漸近的特性を持つことを証明した。

 一般の非コンパクト型対称空間上のRadon変換の研究は、解析が非常に困難であったため今まで組織的研究はなされていなかった。石川哲の提出論文は初めての一般的結果であり、今後の研究の端緒となることが予想され、その業績は高く評価できる。

 よって、論文提出者 石川哲は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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