半単純Lie群の表現論において、Harish-Chandraによって群上のPlanchrelの公式が得られたが、彼はLie環や包絡環による代数的研究もその手段として用いた。Harish-Chandra以降この代数的アプローチはJoseph,Duflo,Bernstein,Vogan,Bryrinski,Kashiwaraなどにより格段に進展し、D-加群の理論の成果と合わさって多くの成果が得られている。 表現に対し定まる包絡環におけるannihilatorは、表現の最も重要な不変量であり、とくに既約表現の場合は包絡環のprimitive idealと呼ばれて一般的研究がなされ、Jpseph,Dufloなどによって一般論が得られている。 最も大きな既約表現のannihilatorは包絡環の中心から生成される。中心の元はHarish-Chandra同型によりWeyl群不変式と対応することが知られているが、その具体型については、GL(n)の場合のCapelliによる19世紀末の結果が見直されて最近盛んに研究が行われている。一方、より小さな表現が表現論で現在主要な研究対象となっているが、それを与えた場合にそのannihilatorを具体的に求めることは困難であり、特殊な場合を除いて従来あまり研究がなかった。 半単純Lie群Gに対し、その放物型部分群Pの指標から誘導された表現に対し、そのannihilatorを具体的に求める研究が大島により始められ、GL(n)の場合は小行列式を非可換化したある種のCapelli型作用素のつくるG-加群として生成元が具体的に構成でき、その応用としてPoisson積分やRadon変換の像の特徴付けや、青本-Gelfandの超幾何関数の表現論的解明とその拡張がなされた。ほかの古典群の場合も大島により、行列のベキ型の生成元が求められたが、これは指標が一般のときのみ有効で、興味ある超幾何関数の場合などには適用できなかった。 織田寛は、提出論文で直交群O(n)の場合にこのannihilatorを具体的に求める問題を研究した。O(n)の場合は小行列式型のほかに生成元としてPfaffian型のものが必要であることが予想されていたが、織田は予想されるすべての場合に、この生成元を具体的に構成した。しかもその生成元は、放物型部分群とその指標に対する一般Verma加群と極小放物型部分群に対する通常のVerma加群との差を特徴づける作用素であることも示した。 後者の結果の方が応用上は重要であり、たとえば放物型部分Pに対するGの境界からのPoisson積分の像の特徴付けを、この生成元に対応する微分方程式が与えていることは、この後者の結果から容易に従う。 織田はClifford代数の偶元の全体から包絡環への単射準同型を具体的に構成し、生成元に対応するものをCifford代数のなかのO(n)-加群として見つける、という方法を取った。これは従来にない新しい手法であり、Ito-Umedaで最近研究されたO(n)の中心元は外積代数を用いるものであったが、織田の手法の方が中心元でないものも容易に扱えるところに大きな利点がある。 特に今後超幾何関数への応用が見込まれる極大放物型部分群に対応する場合は、いくつかのPfaffian型の生成元を与え、その相互の関係も調べた。 可換化すると、GのLie環のG-軌道に対しそれを特徴づけるイデアルの生成元を求めよ、という問題に対応する。それはG=GL(n)の場合が1989年に解かれたが、それ以外のO(n)などについては分かっていない。織田の構成した生成元から作られるイデアルのシンボルは、この生成元を与えているので、可換な場合への応用も興味深い。 今後Radon変換や超幾何関数への応用が見込まれ、GL(n)以外で一般的に退化系列表現のannihilatorの生成元をPfaffian型で初めて構成した業績は高く評価できる。よって、論文提出者 織田寛は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 |