学位論文要旨



No 115513
著者(漢字) 織田,寛
著者(英字)
著者(カナ) オダ,ヒロシ
標題(和) (B)型、(D)型の単純リー群の退化主系列の零化作用素
標題(洋) Annihilator operators of the degenerate principal series for simple Lie groups of type(B)and(D)
報告番号 115513
報告番号 甲15513
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第133号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 助教授 松本,久義
 東京大学 助教授 小林,俊行
 東京大学 助教授 寺田,至
内容要旨

 gを複素簡約リー環とする。U(g)はその包絡環であるが、その個々の元を扱う研究は、最近まであまりされていないらしく、未知なことが多い。

 [O1]において、次のような問題がいろいろな事に有効であることが認識された。pを極小放物型部分環としをその指標とする。このとき、U(g)の左イデアル

 

 で定義する。pを含む一般の放物型部分環pFに対しても、同様にを定義する。(問題)がFに関して退化しているとき、

 

 を満たすad(g)不変な部分空間を具体的に求めよ。

 例えば、(A)型の場合、[O1]において定義されたgeneralized Capelli operatorによって、実質的にすべての退化系列に対するが構成可能である。有効性として、退化主系列表現の主系列表現の中での相対的な特徴付けを内在的に与えること、超幾何微分方程式系の構成、ラドン変換の像の特徴付けなどがあり、generalized Capelli operatorの場合は、[O1]において既に研究されている。

 このとして既知なものは全て、「Z(g)の生成系の元が含まれているような、少し大きなad(g)不変な部分空間」である。Z(g)の生成系として、有名なものに、Capelli elementによるもの、Gelfandの行列の冪のトレースによるものが知られており、ちょうど対称多項式環の基本対称式と冪和多項式の2種類に対応している。[O2]では、Gelfandの行列の冪のトレースの空間からが構成された。これは、(A)型以外の場合にも比較的容易に拡張されるが、基本対称式に対応するは(A)型以外の場合には知られていなかった。

 論文では、(B)型、(D)型の場合にも基本対称式に対応するが構成できることを示す。それは、歪対称行列のdeterminantの平方根として知られるPfaffianの非可換版の張る空間内に構成される。このPfaffian達に対応するpFは、限られており、以下の退化の仕方が対応している。

 

 

 論文では、最初の二つの場合と後の二つの場合にわけて、を具体的に構成し、(0.1)を示すことを目標としている。(0.1)には、左辺が右辺に含まれること、またその逆の問題があるが、左辺が右辺に含まれることを示すには、リー群の単位元近傍の正則関数の空間O(G)eを理論的に用いる。概念的なものを後の節で用いるので、第2節では、O(G)eとU(g)の双対性についてまとめた。また第2節では、一般の場合に同種の問題を解く時に有効な補題や命題もいくつか記述した。理論的に、O(G)eが使われると述べたが、それはU(g)の問題に帰着させるためのものであり、実際に(0.1)を示すのは、U(g)における計算である。双方向の包含関係を示す計算は、実際良く似ており、その計算を論文で定義した部分的Harish-Chandra準同型のいくつかの合成と見ると、双方の計算の大部分が共有される。

 Clifford代数の偶元の空間から包絡環内のPfaffianの空間へのso(n,C)準同型を構成し、それを用いた。この準同型のもと、(0.1)のの候補を、Clifford代数の中で探すことにより、のad(g)不変性は最初から満たされることになる。外積代数とPfaffianの空間も自然に対応させられるが、どちらを用いたらよいかは、問題によるようである。例えば、[IU]では、外積代数との関係から繊細な結果を得ているが、それと同様のことをClifford代数で行うのは困難である。逆に、上の退化の仕方のうち、後の二つはClifford代数を使わないでsimpleにを表して計算するのは難しいと思われる。

 上の全ての場合について、がPfaffianの空間内に構成され、(0.1)が、強い形で示される。特に、後の二つは複数の異なるがPfaffianの空間内に構成できるが、その全てを取り扱った。

文献:[IU]M.Itoh and T.Umeda, On central elements in the universal enveloping algebras of the orthogonal lie algebras,preprint,Department of Mathematics,Faulty of Science,Univ.Kyoto,1999.[O1]T.Oshima,Generalized Capelli identities and boundary value problems for GL(n),preprint,Department of Mathematical Science,Univ.Tokyo,1995,UTMS 95-44.[O2]-,Degenerate principal series and boundary value problem for GL(n),private note,1996.
審査要旨

 半単純Lie群の表現論において、Harish-Chandraによって群上のPlanchrelの公式が得られたが、彼はLie環や包絡環による代数的研究もその手段として用いた。Harish-Chandra以降この代数的アプローチはJoseph,Duflo,Bernstein,Vogan,Bryrinski,Kashiwaraなどにより格段に進展し、D-加群の理論の成果と合わさって多くの成果が得られている。

 表現に対し定まる包絡環におけるannihilatorは、表現の最も重要な不変量であり、とくに既約表現の場合は包絡環のprimitive idealと呼ばれて一般的研究がなされ、Jpseph,Dufloなどによって一般論が得られている。

 最も大きな既約表現のannihilatorは包絡環の中心から生成される。中心の元はHarish-Chandra同型によりWeyl群不変式と対応することが知られているが、その具体型については、GL(n)の場合のCapelliによる19世紀末の結果が見直されて最近盛んに研究が行われている。一方、より小さな表現が表現論で現在主要な研究対象となっているが、それを与えた場合にそのannihilatorを具体的に求めることは困難であり、特殊な場合を除いて従来あまり研究がなかった。

 半単純Lie群Gに対し、その放物型部分群Pの指標から誘導された表現に対し、そのannihilatorを具体的に求める研究が大島により始められ、GL(n)の場合は小行列式を非可換化したある種のCapelli型作用素のつくるG-加群として生成元が具体的に構成でき、その応用としてPoisson積分やRadon変換の像の特徴付けや、青本-Gelfandの超幾何関数の表現論的解明とその拡張がなされた。ほかの古典群の場合も大島により、行列のベキ型の生成元が求められたが、これは指標が一般のときのみ有効で、興味ある超幾何関数の場合などには適用できなかった。

 織田寛は、提出論文で直交群O(n)の場合にこのannihilatorを具体的に求める問題を研究した。O(n)の場合は小行列式型のほかに生成元としてPfaffian型のものが必要であることが予想されていたが、織田は予想されるすべての場合に、この生成元を具体的に構成した。しかもその生成元は、放物型部分群とその指標に対する一般Verma加群と極小放物型部分群に対する通常のVerma加群との差を特徴づける作用素であることも示した。

 後者の結果の方が応用上は重要であり、たとえば放物型部分Pに対するGの境界からのPoisson積分の像の特徴付けを、この生成元に対応する微分方程式が与えていることは、この後者の結果から容易に従う。

 織田はClifford代数の偶元の全体から包絡環への単射準同型を具体的に構成し、生成元に対応するものをCifford代数のなかのO(n)-加群として見つける、という方法を取った。これは従来にない新しい手法であり、Ito-Umedaで最近研究されたO(n)の中心元は外積代数を用いるものであったが、織田の手法の方が中心元でないものも容易に扱えるところに大きな利点がある。

 特に今後超幾何関数への応用が見込まれる極大放物型部分群に対応する場合は、いくつかのPfaffian型の生成元を与え、その相互の関係も調べた。

 可換化すると、GのLie環のG-軌道に対しそれを特徴づけるイデアルの生成元を求めよ、という問題に対応する。それはG=GL(n)の場合が1989年に解かれたが、それ以外のO(n)などについては分かっていない。織田の構成した生成元から作られるイデアルのシンボルは、この生成元を与えているので、可換な場合への応用も興味深い。

 今後Radon変換や超幾何関数への応用が見込まれ、GL(n)以外で一般的に退化系列表現のannihilatorの生成元をPfaffian型で初めて構成した業績は高く評価できる。よって、論文提出者 織田寛は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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