学位論文要旨



No 115516
著者(漢字) 利根川,聡
著者(英字)
著者(カナ) トネガワ,サトシ
標題(和) 非線形シュレーディンガー方程式の初期値問題の可解性と解の漸近挙動
標題(洋) Solvability of the initial value problem and asymptotic behavior of solutions for nonlinear Schrodinger equations
報告番号 115516
報告番号 甲15516
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第136号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 山本,昌宏
 東北大学 教授 堤,誉志雄
内容要旨

 本論文では、以下の非線形シュレーディンガー方程式の初期値問題の可解性、および解の漸近挙動について考察する。

 

 

 非線形シュレーディンガー方程式に研究には、様々な方向がある。例えば、初期値問題の時間局所・大域可解性、時間大域解の漸近挙動(散乱作用素・波動作用素の存在・非存在)、孤立波解の存在とその安定性・不安定性に関する研究が行なわれてきた。本論文では、次に挙げる4つの問題(P1)-(P4)を取り扱う。初めの3つ(P1)-(P3)は、空間次元1(n=1)に対するものである。

 (P1)非線形項がのときの、初期値問題(1)-(2)のHs(s∈(-,0])における局所適切性

 (P2)非線形項がのときの、初期値問題(1)-(2)のHm(m1)での解の大域存在と散乱作用素の存在

 (P3)非線形項がのときの、初期値問題(1)-(2)のHm(m7)での解の大域存在と散乱作用素の存在

 (P4)空間次元1(n=1)非線形項,および空間次元2(n=2)非線形項の場合の、方程式(1)に対する波動作用素の存在

 ここで、(P1)-(P4)の非線形項の係数c,cjは任意の複素数である。また、HsはL2型の古典的ソボレフ空間である。

 問題(P1)-(P3)は初期値問題に関するものである。一口に初期値問題といっても、様々なレベルでの問題設定があり、それらによって異なる多様なアプローチがある。たとえば、初期値問題の適切性を考えるクラスとして、次のようなものが採用されてきた。

 (i)エネルギー保存が確立できるクラス(Hs;sはある大きい値)

 (ii)エネルギーが定義できるクラス(H1)

 (iii)電荷量に相当する量が定義できるクラス(L2)

 シュレーデインガー方程式が量子力学を起源にもつものであることを考えると、少なくとも解のエネルギー量や電荷量が定義できるクラスで問題を考えるのが自然であると思われるが、より広い関数空間における適切性の証明も初期値問題の分野における最近の1つの方向となっている。すなわち、

 (iv)負の指数sをもったソボレフ空間Hs

 における適切性の研究も盛んに行なわれている。この方向の研究としては、空間1次元で2次の非線形項をもつシュレーディンガー方程式を考察したKenig,Ponce and Vega(’96)の結果が知られている。そのような流れの中で、問題(P1)を考察し、次の結果を得た。

 定理1 とする。このとき、初期値問題(1)-(2)はHs(s∈(-1/3,0])で時間局所的に適切である。

 定理1の証明は、線形シュレーディンガー方程式の解に対するStrichartz型評価(Ginibre and Velo(’85))とフーリエ制限ノルムの方法(Bourgain(’93),Kenig,Ponce and Vega(’96))を組み合わせることでなされる。

 次に問題(P2),(P3)を考える。(P1)同様、初期値問題ではあるが、これらは時間大域的な問題である。(P2)の非線形項は、古典的なエネルギー法を直接応用すると微分の損失と呼ばれる現象が起こる、幾分たちの悪いものである。しかし、近年の研究により、微分の損失を回避する技術は確立された(Kenig,Ponce and Vega(’93),Hayashi and Ozawa(’94))。ただし、それらの技術の適用により得られる結果はH3における時間局所的適切性である。なお、(P3)の非線形項に対しては、古典的なエネルギー法でも微分の損失現象は起こらない。

 さて、エネルギー評価と減衰評価に関する簡単な考察から、空間n次元では非線形項の原点における次数が1+2/nより大きくないと、従って、空間1次元では3次より大きくないと、大域解の存在を示すのに十分なアプリオリ評価を得ることは困難であることが示される。空間1次元で3次の非線形項を持つ非線形シュレーディンガー方程式の研究は、非線形項毎に様々な方法を用いて現在も続けられている。そのような状況で(P2),(P3)に関して、次の結果を得た。(以下において、U(t)=とする。)

 定理2 とする。mを1以上の整数とする。このとき、が十分小さいu0∈Hmに対して、初期値問題(1)-(2)はC(R;Hm)∩C1(R;Hm-2)で唯一つの解を持つ。もし、さらにu0∈L1ならば、解の減衰の速さはで与えられ、ある∈Hm∩L1が唯一つ存在してが成り立つ。

 ただし、以上において

 

 およびFはフーリエ変換を表す。

 定理3とする。mを7以上の整数とする。このとき、が十分小さいu0∈Hmに対して、初期値問題(1)-(2)はu∈C(R;Hm)∩C1(R;Hm-2)で唯一つの解を持つ。また、この解は時刻無限大で次のような挙動を示す。

 

 さらに、ある+,-∈Hm∩L1がそれぞれ唯一つ存在してが成り立つ。

 定理2の証明は、(u)が線形シュレーディンガー方程式の解になることを基にして行なわれる。この証明はに対するOzawa(’95)の論文がら着想を得たもので、一般にの形の非線形項に対して、同様の結果を導くことができる。

 定理3の証明は、以下のように進められる。まず、は微分の損失を起こさないタイプの非線形項なので、時間局所解の存在はただちにわかる。つぎに、Shatah(’95)が非線形クライン・ゴルドン方程式の初期値問題の研究で導入し、その後、他のいくつかの方程式の研究にも応用されているnormal formの方法により、3次の非線形項をもつ元の方程式を、5次の非線形項をもつ新たな方程式に書き換える。非線形項の次数の点だけから言えばこれで十分であるが、元の方程式の解と新たな方程式の解の間の変換が特異性(=微分の損失を引き起こす)をもっていると、我々が望む時間大域性の結果は、少なくともnormal formの方法の応用によっては得られない。そのため、Fourier multiplierに関するCoifman and Meyer(’86)の結果を応用して変換の正則性の証明を行なう。このようにして得られたアプリオリ評価と時間局所解の存在定理を合わせることで、時間大域解の存在が証明される。

 以上、初期値問題に分類される問題(P1)-(P3)について述べてきた。これに対して、問題(P4)-(P5)は波動作用素の存在に関するものである。

 定理4 空間次元を1、非線形項をとする。このとき、

 

 が十分小さいに対して、方程式(1)の解u∈C([0,∞);H1)で

 

 を満たすものが存在する。

 定理5 空間次元を2、非線形項をとする。このとき、

 

 が十分小さいに対して、方程式(1)の解u∈C([0,∞);H2)で

 

 を満たすものが存在する。

 微分方程式(1)を条件のもと解くことは、次の積分方程式を解くことと同値である:

 

 U(t)がHm上のユニタリー作用素であることに注意すると、この積分方程式から

 

 を得る。もし、が[0,∞)で可積分ならば、t→∞で両辺は0に収束し、従って、波動作用素の存在が言える。しかし、空間1次元で3次の非線形項、空間2次元で2次の非線形項に対しては、高々期待されるに過ぎず、上に書いた議論は通用しない。

 本論文における定理4・定理5の証明には、Hormander(’86)が非線形クライン・ゴルドン方程式の解の存在時間の研究において利用した、非線形方程式の解の近似解の構成法を応用した。

審査要旨

 本論文提出者は、次のような非線形Schrodinger方程式の初期値問題の可解性とt→∞での解の漸近挙動を調べた。

 115516f34.gif

 但し、非線形関数Fは各変数について滑らかで、ある自然数mに対して次を満たすものとする。

 115516f35.gif

 非線形発展方程式の初期値問題(1)-(2)の可解性及び解の時刻無限大での漸近挙動を決定する一次的な要素は、非線形性の次数、即ちmであることが知られている。しかしもちろん同じ次数の非線形項であっても、非線形性のより微細な構造によって、可解性や解の振る舞いは大きく変わることもある。利根川氏は、非線形性の微細な構造が初期値問題の可解性や解の振る舞いにどのような影響を与えるかを解析した。学位申請者の主な結果は次の3つである。

 まず最初の主結果(Theorem 1)においては、n=1かつ非線形項が115516f36.gif(cは複素定数)であるとき、空間Hs,s>-1/3において初期値問題(1)-(2)は時間局所的に適切となることを、Bourgainのフーリエ制限法を用いて示した。同じ3次の非線形項でも、n=1かつF=c|u|2u(cは複素定数)であるときは、Bourgainによるフーリエ制限ノルムを使った手法で初期値問題(1)-(2)を空間Hs,s<0で解くことができないことは、すでにTakaokaによって示されていた。このことから、同じ3次の非線形項でも可解性に関しては、115516f37.gifとF=c|u|2uは全く異なる性質を示すことが明らかとなった。

 2番目の主結果(Theorems 2,2’,3)は、n=1かつ115516f38.gifはゼロの近傍で正則な函数)または115516f39.gif(cは複素定数)のとき、初期値u0が滑らかで小さければ初期値問題(1)-(2)の解は時間大域的にかつ一意に存在し、t→±∞に対して漸近的に自由解(F≡0の解)に近づくことを証明した。n=1かつ非線形項が3次のときは一般には非線形項の効果がずっと残り、解は時刻無限大で自由解には近づかないことが知られている。この結果も、特殊な3次の非線形項に対しては、時間が経つと非線形効果の消滅があることを示しており、興味深い定理となっている。証明方法は、非線形項の特殊性を用い未知関数を変換することにより、前者の非線形項に対しては方程式(1)を非線形項が無い方程式に、後者の非線形項に対しては5次の非線形項をもつ方程式に変換することにより解くことに成功した。このような手法は、ShatahやOzawaにより開発されていたが、今回はそれらの手法を改良することにより結果を得た。

 3番目の主結果(Theorems 4,5)は、波動作用素の構成に関するものである。n=1かつ115516f40.gif(cは複素定数)またはn=2かつ115516f41.gif(cは複素定数)であるとき、ある適当な条件を満たす散乱データに対して波動作用素を構成できることを示した。一般に、n=1かつ非線形項が3次またはn=2かつ非線形項が2次のときは、非線形方程式の解は自由解には近づかず、波動作用素は構成できないことが知られている。しかし、特殊な非線形項と特殊な散乱データに対しては可能であることを示した申請者の定理は、この分野における今後の研究の方向を示唆していると言える。

 よって,論文提出者利根川聡は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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